キーワード〜あだ名、ツチノコ

「みんなこれ見てよ! なんだと思う?」

 今まで、大声で注目を集める事なんてしなかった僕が、体育の授業中に大声を出したのは、小学三年生の時だった。

間近に迫った運動会のため、50メートル走の練習をしている時に見つけたそれを、僕は片手に掴み、走り終わって遠くにいる人にも見えるよう頭上まで持ち上げた。

「おいなんだよ、その黒くて汚いやつ」

 一番近くにいた洋介君が指をさして訊いてくる。クラスで1番足の速い人気者だ。

 よくぞ聞いてくれました、と僕は昨日の夜にテレビで見たことを話そうと口を開く。もしかしたらその時、1度周りを見ていたらよかったのだろうか。そしたら、こちらに向かって走る先生の姿を見て、僕は弁舌を垂れるのをやめていたかもしれない。

 もう過ぎた話だ。かも、に意味はない。タイムマシーンを使って過去に戻れるなら殴ってでも自分を止める所だが、そんなものはない。

 僕は“黒くて汚いやつ”を手に、50メートルを走りきって遠くにいる人にも聞こえる声で言った。

「これはツチノコだよ!」

すると、「えっ……!」という驚きの声が所々で上がる。昨日、僕と同じ動物番組を見ていた人達かもしれない。僕はその反応を見てさらに気を良くする。

「テレビで言ってたんだ。ツチノコを見つけるとたくさんのお金を貰えるって」

「それが? なわけないじゃん」

 洋介君が馬鹿にするように言ってくる。

「しらないの? デンセツの生きものとか、マボロシの生きものって呼ばれてるんだよ」

 今になって思うのは、あの時洋介君が言っていたのは『僕の手にしているものがツチノコではない』ということであって『ツチノコに価値がない』と言っているわけだはなかったのだと思う。

それもそのはずだ。だって僕が持っていたのは校庭に補植された芝(あの剥がれるやつだ)だったのだから。

僕はその後、いたずらでそれを剥がしたと思い込んだ先生にこっぴどく怒られた。存外、維持費がかかるらしく、何より虫なんかが住みついているため不衛生らしい。

その日から僕のあだ名はツチノコになった。




 現在中学二年生になった僕は、未だにツチノコと呼ばれている。人工芝をツチノコだと嘘をついた、というレッテル的なあだ名ではなく、ツチノコ並に見かけないから、という揶揄的な意味合いからだ。

 教室ではひっそりと本を読み、授業が終わるとすぐに教室を出て、チャイムの鳴る直前に教室に入って席に着く。放課後はいの一番に帰宅した。そうやって、なるべく教室にいないようにしていた。別にいじめを受けているとかいうわけではない。だから、というべきか、僕は相当気味悪がられている。

 僕は自分が嘘つきと呼ばれたのが許せなくて、僕を嘘つきと呼んだ連中も許せなかった。そのプライドの高さが教室にいるのをなるべく拒んでいた。

 だが、それも今日で終わる。

 いつもと同じく早足に家へと向かっていた僕は、道路のわきに身体だけが膨張した蛇のようなシルエットが見つけた。雷に打たれたような思いで、僕は急いでそれに近づき拾い上げる。

 このフォルム、肌触り、なにより小学三年の時とは違うこのずっしりとした重さ。なにより、じたばたと暴れて僕の手から逃げようとしているのが、これが生きているという証左だった。

「……間違いない。これは、ツチノコだ……!」

 思わずそうこぼした僕は、ツチノコを持って来た道を走って戻る。

 今ならまだほとんどの人が学校に残っているはずだ。

 教室までもっていって僕をバカにしていた連中に見せびらかしてやろうか。いや、いっそのこと校門の前でもいいかもしれない。またあの時みたいに大声を出してみんなを驚かしてやるんだ。

 こいつが本物のツチノコだ!嘘じゃなくて実在するんだよ!僕と同じでツチノコも存在しているんだ、ここにいるんだよ!

 ツチノコ捕獲による賞金なんかよりも、僕を嘘つき呼ばわりした奴らを見返せることの方がよっぽど嬉しかった。家に向かう人や、部活の走り込みに向かう人が僕の持つツチノコを見て驚愕する。それを想像するだけでニヤケが止まらない。

 僕は嘘つきじゃない!本当のことを言っていたんだ!

「これでやっと汚名返上できる!」

 校門まで着くと、僕は苦しそうにもがくツチノコを高く持ち上げ、自分の出せる限りの大声で叫んだ。

「これがツチノコだ!!」

 周囲にいた人が一斉ににこちらを向く。

 そしてその時、僕の手に持つそれが勢いよく、口から灰色の何かを吐き出した。

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ショートストーリー ダムい(ダルくて眠いの略) @damui

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