水面花の空論 第4話

 生まれた頃から一緒の兄は、花に詳しくて、よく花のことを教えてくれて、たまに花をプレゼントしてくれた。


通澄つずみのなまえは桃色のタンポポからきてるんだよ。花ことばは、あたたかみのある心』


 そうして、兄は私に愛もくれた。

 幼い頃は兄の視界に入る場所にいたからなのかもしれない。否、思えばその頃から執着的だった気もする。いつも側にいて、他の人と話しているとすねて、手を繋いだり抱きしめたりをしたがった。

 仲がいいね、と周りの人によく言われて、私もそうだと信じていたのだ。

 でも、私が中学二年生、兄が高校一年生の時のこと。


『通澄、好きだ』


『え……』


 突然、部屋に来ていた兄に告白された。


『目の届かないところで、ぼく以外に穢れてほしくない、だから──』


 兄は私の手を掴み、ベッドに押し倒し、服を脱がせ、身を寄せ、口づけをして──

 そうして、初めてを全て奪われた。


『痛かった?』


 震える体を、兄は優しく抱きしめてくる。その温もりすら怖くて、何も言えず、涙だけが止めどなく溢れてしまった。


『他の男には触らせちゃ駄目、喋るのも駄目だからね』


 それ以来、兄が怖くなってしまう。

 兄は女友達には少しだけ寛容でいようとしてくれたけど、男の人は誰だろうと警戒した。

 私は男の人と一定の距離を縮めることが苦手になっていく。女友達とも、兄を怒らせたくないからと、一定の距離を縮められなくなってしまった。

 でも、私には親友がいる。彼女はもう既に怒りの対象となっているけれど、昔からの大切な相手で、今更捨て去ることはできない。

 それにたいして、兄は私の行動を制限することはなかったけれど、よく感情のままに私を抱いた。

 繰り返す内に、それでいいと思った、私は自分からその立場に落ち着いてしまう。

 そうじゃなければ、耐えられなかった。


「……え? 指輪?」


「うん。友達からアドバイスを貰って、僕の通澄だっていう証にシルバーの指輪を買ってきたんだ」


 兄が開けた箱の中には、紫色のチューリップが掘られたそれが入っていた。


「花言葉は不滅の愛、エンゲージリング代わりに貰ってほしいな。通澄が高校を卒業したら、誰にも言わないような場所で、二人で暮らそう。それが、きっと通澄の幸せになるよ」


 私の脳裏に、親友や友達の姿がよぎる。

 親友が傷つかない場所にいけるのなら、友達が泣かないまま終われるなら、今はその方法しか知らないから、それでいいと思えた。

 それに、兄にも笑ってほしい、喜んでほしい。──拒めない。


「ありがとう、和蘿かずらお兄ちゃん」


 私は指輪を受け取り、左手の薬指にはめてもらった。これでいい、私もこれが一番だと思う。

 私は、兄としか幸せになれない。




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水葬の日々 青夜 明 @yoake_akr

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