わたり編
水面花の空論 第3話
親戚の夫婦が殺された。犯人は見つかっていないけど、葬式が行われる。
兄が周りと談笑しているのを見ていると、一人の女の子が目についた。大泣きしている美人さんに、私は目を瞬かせる。兄の話はまだ終わらなさそうなので、美人さんにハンカチを差し出しに行った。
「大丈夫?」
「あり、がと、……っ」
美人さんはハンカチを受け取り、顔を埋める。それでも泣いてしまうのは、何か事情があるのか。考えても分からなさそうなので、私は入口を指した。
「ね、外の空気吸いに行こうよ!」
「っ……うん……」
美人さんと一緒に会場を出ると、満開の桜が目に入り、思わず見惚れてしまう。
「桜。花言葉は、優れた美人、純潔、淡泊」
「……詳しいんだね……」
桜から目を離して、美人さんと向き合う。
綺麗な人だ。泣いても崩れない化粧がよく似合う。全身を喪服で、手袋で、タイツで覆って、首元には向日葵のチョーカーを咲かせている。
でも、違和感があった。
鼻や輪郭の形も、喉仏も、しっかりと骨張っている。見え隠れする細い眉毛も、どこか凛々しい。
雨のような泣き顔にさえ、私には首を傾げてしまう。
分からない。
「私ね、貴方に聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと……?」
「どうして嘘泣きしてるのかなって」
美人さんの涙が完全に止まる。表情から違和感が抜け落ちて、冷たい目がこちらを見た。
「何でわかった」
「やっぱりそうなんだ……私ね、ちょっと目ざとくて」
「もしかして女装もばれてる?」
頷くと、自虐的な嘲笑が返ってくる。散々泣いていたが、実は冷めた人なのかもしれない。
「貴方の名前、聞いても良い? 私は
「俺は、本当は
「花純君かあ、よろしく──」
手を差し出した時だ。
後ろから影が射す。私より大きな体躯は、見慣れたもの。聞こえてくる声音は、いつもより厳しく、怒りを想定させる。
「通澄、何をやってるの?」
振り返らなくても分かる、兄だ。話が終わったのか、切り上げてきたのかは分からない。
兄は私の腰に両腕を回し、私を引き寄せる。
「物騒な世の中だ、知らない人と二人っきりはやめておいた方がいい。……貴方も、通澄と話すのは止めてくれないかな」
花純君は私をじっと見てから、太陽のような笑顔を作ってみせた。
「そうだね、ごめんなさい! それじゃ、私行くから……ありがとう!」
手を振って去っていく後ろ姿に何も言えない。震えそうになり、自分の手を握る。
兄は私の髪を掬い、キスを一つ落とした。
「僕の通澄だからね」
「……うん」
私は笑って応えた。
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