初めてのお相手は美少女で!

 初夏に入ったばかりの頃、ティアナ達は北の塔に戻って来た。以前出発してから実に一年以上が過ぎている。


 精巧な石人形に応接室へ案内された三人は、既に座っていたトゥーディと挨拶を交わす。


「もうちょっと早く戻って来ると思ったんだけど、道にでも迷ったの?」


「聞いてよトゥーディ、大変だったんだよ~」


 即座に返答したのはリンニーだった。


 てっきりティアナが説明すると思っていたトゥーディは若干驚いた様子だったが、そのまま話を聞いてから返答する。


「大体わかった。王子と知り合いのご令嬢の結婚式を妨害する企みを阻止したんだね。それで、ついでにティアナとアルマの因縁も決着をつけたと」


「そうなのよ~!」


「リンニーも活躍したのが少し信じられないところだけど、すごいじゃない」


「どうして信じてくれないのよ~!」


 口を尖らせたリンニーが土と火の精霊を自分のところに寄せてトゥーディに抗議した。


 それを笑いながら受け流していたトゥーディはティアナへと顔を向ける。


「きみの様子からして、封印石は精霊の庭に届けられたんだよね」


「はい、エステに渡してきました。後はあちらで封印してくださるでしょう」


「良かった。これでテネブーの件は落着だね」


 話を聞いたトゥーディが安堵のため息を漏らした。ようやく大きな仕事が終わって肩の荷を下ろしたのだ。


「となると、これでようやく本題に入れるわけだ。研究は完成しているから、後はきみの準備次第だよ」


「では!?」


「今日のところは旅の垢でも落として、明日以降に実施すれば良いと思うよ」


「ありがとうございます!」


「良かったね~!」


 喜ぶティアナの隣でリンニーが小さく拍手をした。仲間の苦労が報われると知って満面の笑みを浮かべている。


 一方、喜びつつもアルマが冷静に提案する。


「しばらく休んでから男になる魔法を掛けてもらったら良いんじゃない?」


「そうですか? う~ん、でしたら、明日はどうでしょう」


「だったら決まりだね~!」


 こうして、いよいよティアナが男になる日が決まった。この世界に転生して二十有余年、物心付いたときからの願が叶うときはもう目前である。


 翌朝、朝食を済ませると、いよいよトゥーディが声をかけてきた。


「さて、こっちはいつでもいいけど、ティアナはどうかな?」


「でしたらすぐに魔法をかけてもらいましょう。何か用意をするものはありますか?」


「特にはないね。実験室に行こう」


 食後のお茶を飲み終わってから、三人はトゥーディの案内で実験室へと入った。室内は適度に物が溢れているが、それほど狭くは感じられない。


 不思議そうな表情を浮かべたリンニーがトゥーディに声をかける。


「ここでないと魔法は使えないのかな~?」


「そんなことはないよ。別に食堂でも応接室でもできるけど、まぁ僕の気分ってやつかな」


「だったらもう魔法を唱えるだけなんだよね~?」


「その通り。解明する謎はほとんどなかったけど、地味に調整が難しかった魔法のお披露目だよ」


 研究の内容に関しては三人とも関与していないので、トゥーディの苦労は本人以外誰にもわからなかった。それでも、他の神々に否定的なことを告げられてきただけに、難しかったのだろうと誰もが想像する。


 実験室のほぼ中央にティアナが立ち、トゥーディは少し離れて正対した。アルマとリンニーはトゥーディの左右にそれぞれ移動する。


「今から始めるよ。念のために言っておくけど、体調がおかしいと感じたりしたらすぐに伝えて。動物実験まではやったんだけど、人間にかけるのはこれが初めてなんだ」


「その話を聞いて不安になりましたが、仕方ありませんね。他の方を犠牲にするわけにもいきませんし」


「そういうこと。リンニー、何かあったら手伝ってよ」


「いいよ~!」


 最後の確認が終わると室内は静かになった。もうすぐ夢が叶うとあってティアナは今になって緊張してくる。


 いよいよトゥーディが呪文を唱え始めた。


 その歌うような旋律をティアナは聴き入る。今まで散々魔法を使っておきながら、実のところ呪文を唱えたことがないティアナにとっては、非常に珍しかったのだ。


 何しろ天才魔法使いの王女は詠唱を必要とせず、知り合いの神や精霊も同様なので呪文に接する機会がなかった。平均的な魔法使いの知り合いがいなかったのが盲点である。


 ともかく、呪文の詠唱中に何か変化はあるのかとティアナは意識を周囲に巡らせてみたが、特にこれといってなかった。魔方陣が現れるわけでもなく、体が輝くこともない。


 いつまで詠唱が続くのだろうかとティアナ達三人が思い始めたとき、トゥーディは口を閉じた。そして、全身の力を抜く。


「終わったよ」


「え? 終わりですか? これといって何も」


 訝しげに首をかしげたティアナだったが、ちょうどそのときに体が熱くなり始めたことに気付いた。


 同時に、どこかで体験した感覚だとも思った。かつて黒い奔流を飲み込んだ後に倒れたことを思い出す。しかし、幸い体が熱いだけで倒れるような倦怠感はない。


 全身で感じた熱が徐々に引いていくが、一部、胸と股の辺りは未だに熱を帯びたままだ。不快ではないものの、あまり知りたいとは思えない感覚である。


 他の三人が見守る中、衣服で見えないがティアナの体は徐々に変化していく。


 やがてその変化が終わると、ティアナは非常に懐かしい感触を覚えた。


「一旦部屋に戻っても良いですか?」


「いいよ。確認しなきゃいけないからね」


 トゥーディの返事を聞くと、ティアナはそそくさと自室に戻った。


 扉を閉めるとまずは上を脱ぐ。


「おぉ、胸がない」


 立派に育っていた二つの女の子の印はきれいになくなっていた。そこにはどう見ても男としか思えない胸板となっている。


 次いで一番気になっているところを見るために下も脱いだ。


「おおぉ、正に」


 そこには待ち望んだものが鎮座していた。一時期は中途半端な状態が続いたものの、今日この日をもって完全に男へと生まれ変わったことを実感する。


 衝撃的とも感動的ともいえるような気持ちを抱きながらしばらくそれを眺めていたティアナだったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。


「とりあえず確認できたし、服を」


「ティアナ~、どうだった~?」


 扉を開けたリンニーが明るい声で問いかけてきた。そして、素っ裸のティアナの体を見て固まる。


 まさかいきなり扉を開けられるとは思わなかったティアナも同時に固まった。よく考えてみれば、今までは女同士だったのでノックの必要はなかったが、よりによって今回はそれが仇になってしまう。


 二人とも、アルマとトゥーディがやって来るまでそのまま動けなかった。


-----


 きちんと服を着たティアナが食堂へ足を運ぶと、他の三人は既に座って雑談をしていた。そして、ティアナに気付いた途端、アルマは吹き出し、リンニーは困った表情を浮かべた。


 もう遠慮はいらないとばかりにティアナは多少雑な男の口調で声を投げかける。


「楽しそうじゃないか、アルマ」


「くくく、だってさっきの光景を思い出したから」


 テーブルに突っ伏してかろうじてティアナに顔を向けていたアルマだったが、我慢できずに顔を背けてしまった。


 一方、まだ動揺しているリンニーが独りごちる。


「棒だけじゃなくて、ふく」


「リンニー、それ以上は駄目だよ。きみのためにも黙っておこう」


 すんでのところでトゥーディが止めに入った。


 空いている席に座ったティアナは石人形の使用人からお茶をもらって一口飲んだ。それからトゥーディへと顔を向ける。


「確かにお願いはしたけど、本当にどこを見ても男の体だったから驚いたよ」


「そりゃそうさ。だってそのための魔法なんだから。体調はおかしくない?」


「今は何ともない。時間差で悪くなることってあるのかな?」


「確実なところは何もわからないね。理想的には一年くらい様子を見るべきだとは思うけど、さすがにそれは難しいだろう?」


「様子見か。受けた方が良いんだろうな」


 人間に試したのは初めてだという言葉を思い出したティアナは悩んだ。旅の途中で副作用が発症するのは勘弁願いたい。


 どうしようか迷っているティアナに、笑いがおさまったアルマが尋ねてくる。


「女のときとあんまり姿が変わらないわね。喉仏が少し出たくらいかしら?」


「服を着てるからわからないだろうけど、これで結構筋肉質な体になったんだぞ」


「ああそういえば、ぷ、くくく」


「なんで笑うんだよ?」


「いやごめん、さっきの様子をまた思い出したから」


「俺の裸なんて面白くもなんともないだろう」


 口を尖らせたティアナが憮然と反論した。しかし、本当の理由はわかっている。


 そんなティアナに対してトゥーディが話しかけてきた。


「見た目は女の子みたいなのは勘弁してほしい。何しろ作ったばかりの魔法なんで、性別を転換させるので精一杯だったんだ」


「顔の作りはそのままって意味なら理解できるよ。でも、さっきも言ったけど体は結構筋肉質になってたけど?」


「僕はそのあたりの調整を意識してしていないから、それは男と女の差なんだと思う」


 魔法のことも男女の体格差のことも詳しくないティアナはそんなものかと受け入れるしかなかった。不都合なことがないのならば受け入れることにする。


 今度はしばらく黙っていたリンニーが声を上げた。


「ティアナ、声が変わったね~」


「男になったんだから、そりゃ低くなったと思うよ。そんなに変かな?」


「変じゃないけど、今までとは違うな~って」


 声色が変化したという意識はティアナにもあったが、他人にどのように聞こえているのかは自分ではわからなかった。


 そのアルマが再び落ち着いてティアナへと顔を向けてくる。


「それにしても、これから面倒なことになりそうなんだから、今から色々と考えておいた方がいいわよね」


「考えるって、何を?」


「あんた、名前はどうするのよ? ティアナって女の名前なんだから、男の名前に名乗り変えないとまずくない?」


「あ」


「他にも、あんたが性転換したって知らない人にどう説明するのよ? 王女様やローザ様はご存じだからいいけど、テレーゼ様やラムペさんには教えてなかったわよね?」


 話を聞いたティアナは目を見開いたまま固まった。知り合いと二度と会わないというのなら気にしなくても良いが、少なくとも名前は変えないといけない。


 そこへリンニーが更に追い打ちをかけてくる。


「エルネってティアナのことをすごく好きなんだよね~? 今度会ったらどうなるんだろう~?」


「そうだった。忘れてた」


 厳密には意識することを避けていたのだが、今となっては意味のない言い訳だ。やたらと押しの強い妹分が今後どのように接してくるのかわかるだけに頭が痛い。更にお付きの侍女の視線も厳しくなりそうだ。


「そうなると、当面はこっちにいた方が良いのか」


「みたいだね。僕としては自分の研究に協力してもらえるから、いつまでいてくれても大歓迎だよ。その間に今後のことをゆっくりと考えると良いね」


「まいったな」


 男になったことに後悔はないものの、思った以上に問題が山積みだとわかってティアナは頭を抱えた。いっそ逃げ出したいとも思ってしまう。


 そんなティアナに対してアルマが楽しそうに声をかける。


「何にしても良かったじゃない。これで別の願も叶いそうなんだから。初めてのお相手は美少女でって、あんた言ってたもんね」


「何の話なの~?」


 首をかしげたリンニーがアルマへと顔を向けた。その様子をトゥーディが呆れた様子で眺めている。


 しばらく頭を抱えていたティアナは気分が落ち着くと再び顔を上げた。じんわりと胃を締め付けられるような不安感はあるものの、長年の夢は叶った喜びの方が大きい。


 最初はどこから手を付けていいのかさっぱりわからないところから旅を始めたが、周囲の仲間に助けられながらここまでやってきた。なので、これからも色々と問題は起きるだろうが、その度にどうにかやっていけると何となく思える。


 仲間三人が自分のことであれこれと話をしている様子を眺めながら、ティアナはまずどんな名前に変えるべきか考え始めた。

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初めてのお相手は美少女で! 佐々木尽左 @j_sasaki

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