寄り道
封印石をエステに託したティアナ達は精霊の庭を後にした。本当の意味で肩の荷が下りたティアナは心底安堵する。振り返ってみれば、気楽に旅ができた期間はあまりなかったことに今更ながら気付いた。
後は北の塔に赴くだけだが、少し寄り道しようと決める。脇目も振らずに進む必要はないのだ。
ガイストブルク王国に入ると三人は最初にラムペ商会へと立ち寄った。久しぶりに訪問したティアナを当主のラムペは快く迎えてくれる。
「お久しぶりです、ティアナ嬢。お元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。こちらの商会もすっかり大きくなりましたね」
「半年前にお目にかかったときはまだ以前の建物でしたから、こちらは初めてですよね」
「はい。でも、すぐにここがわかりました。知らない人なんていませんでしたから」
数年前のエルネにまつわる騒動でガイストブルク王国随一の商会にのし上がったラムペは、手狭になった旧館に代わって大きな新館を建てた。そして、今年の初めに移ったのである。
話には聞いていたが今回初めてラムペ商会の新館にやって来たティアナ達は、迷いつつも何人かの王都民に話を聞いてたどり着いたのだ。
何もかもが真新しい応接室でティアナ達はラムペと向かい合う。
「あまり迷わずにここへいらっしゃったのは良かった。ご用件は王女様への取り次ぎですね?」
「そうです。お願いします」
「お安い御用です。しかし、もう私は必要ないのではないですか? 直接あちらのお屋敷へ向かわれても失礼にはならないと思うのですが」
「先方からもそう言っていただいてはいますが、こればかりはどうしても」
苦笑いしながらティアナは返答した。貧しくとも貴族だったのならばともかく、今は事実上平民であるティアナが王族の屋敷へ約束もなくいきなり行くのは一般的に失礼に当たるからだ。
ティアナとエルネの仲が非常に良いことを知っているラムペだが、同時に身分差も承知しているので強くは勧めない。
「では、王女様へはすぐに使者を走らせましょう。宿はどうされます? まだでしたら今晩はこちらで部屋をご用意しますが」
「お願いします。それと、新しくなったこちらの商会がどうなっているのか、アルマが気にしているので後で見せていただけませんか?」
「ちょっと、今ここで言うの?」
「わたしも見たいな~!」
ここで切り出されるとは思わなかったアルマがティアナの隣で目を剥いて顔を横に向けた。反対側ではリンニーが楽しそうに賛意を示す。
その様子を楽しそうに見ていたラムペが笑った。
「よろしいですよ。では明日、見学していただきましょう」
「ありがとうございます」
その後、夕食の席で旅の話をしたティアナ達は、以前よりも一回り大きくなった客室でぐっすりと眠った。
翌日は年配の使用人を先頭に三人は商会のあちこちを見学して回った。大抵は旧館の各部署が大きくなっていたが、たまに新設された部署がありアルマの興味を引く。ついでに倉庫も見せてもらいながら一日かけて商会の色々な部署を見学させてもらった。
更に翌日、許可を得た三人はラムペ商会からエルネの屋敷へと向かった。
久しぶりに再会したエルネは相変わらず元気いっぱいに突撃してくる。避けるわけにもいかないので、今では待ち構えて受け止めていた。
「お久しぶりです、ティアナ姉様!」
「もっと穏やかに挨拶してほしいですね!」
「何をおっしゃいます! これでも加減していますのよ!」
胸からみぞおちの辺りに鈍い痛みを覚えながらティアナは苦笑いした。どうも普通に挨拶はできないらしい。
そんな二人の隣でアルマが侍女のローザに声をかける。
「お久しぶりです、ローザ様。王女様は相変わらずお元気ですね」
「こんにちは~!」
「お二人も相変わらずで何よりですね。それと、エルネスティーネ様があれだけ快活になられるのはティアナの前だけです」
「普段は静かなの~?」
「それはもう。神々しいくらいです」
いささか得意気に返答したローザから目を離して、アルマとリンニーは顔を見合わせた。ティアナの側にいるせいで、その神々しい姿を見たことがない上に想像もできない。
五人は玄関先での挨拶を終えると応接室へと向かう。すぐに封印石を精霊の庭で別の神に託してきたことを始め、道中で起きた面白い出来事をティアナ達は話して聞かせる。
とても楽しそうにその話を聞いていたエルネだったが、一段落するとこれからのことについて問いかけてきた。
「ティアナ姉様はこれから北の塔へ向かわれるのですよね? いつ頃男性になれそうなのですか?」
「その前にヘルプスト王国に寄るつもりです。テレーゼ様の花嫁姿を拝見したいので」
「そういえば、婚礼の儀式は来月でしたわよね。あれに参加なさるのですか?」
「王宮まで参加できるのかはわかりませんが、儀式前にバッハ侯爵邸へ寄ってご挨拶するつもりです」
前回は事情があってリンニーが侍女として参加したが、今回はどうなるのか会って話を聞かないとわからない。半年前のような騒動はないはずなので、バッハ侯爵邸のお祝いに参加という形になると三人は考えていた。
婚礼の儀式の話が出てきたので、ティアナもエルネに質問を返してみる。
「私達はともかく、エルネは招待されていないのですか?」
「招待状は届いていませんわ。あの方とは別段親しいわけではないですし、今のわたくしの評判では、招待状を送るのは二の足を踏むでしょうから」
返答聞いたティアナはすぐに納得した。精霊石の巫女ではなくなり、更にブライ王国王子の末路にまつわる噂もある王女である。確かにこれは招待しずらい。
それでも特に気にした様子もないエルネが言葉を続ける。
「そもそも余程の理由がない限りは隣国からお誘いが来ることはありませんから、お気になさらず楽しんでいらっしゃるとよろしいですわ」
「わかりました。次に会ったときにそのときのことをお話しますね」
「はい、ぜひお願いします!」
嬉しそうにエルネが返事をした。
その後、実に二週間にわたってティアナ達はエルネ邸に滞在した。エルネの要望というのももちろんあったのだが、婚礼の儀式の日程に合わせてヘルプスト王国への到着日を調整するためでもあった。
三人がバッハ侯爵邸にたどり着いたのは四月の下旬である。婚礼の儀式まで一週間を切ったある日だ。
準備に忙しいはずのテレーゼが三人を迎え入れてくれた。
「ようこそ。どうにか間に合いましたわね」
「はい。テレーゼ様の花嫁姿を拝見するために参りました」
「今度は心ゆくまでご覧ください」
「承知しました。ところで、準備は順調に進んでいますか?」
「もちろんです。半年前に一度やったことを繰り返すだけですので、忘れないようにしておけば良いというのは楽ですわ」
衣装などの準備はやり直しとなるが、覚えるべき手順に変わりはない。そのため、事前に学んでおくことは今回ないのであった。
幾分か余裕のあるテレーゼに対してリンニーが笑顔で問いかける。
「婚礼の儀式って王宮でするんだよね~? わたし達も一緒に行けるのかな~?」
「それが、前のように直接的な危機があるわけではないので、貴族以外の方は遠慮していただく方針に戻ってしまいました」
「そっか~、残念だね~」
「元貴族のティアナと前回参加したリンニー様はどうにかなりますが、さすがにアルマまでは」
心苦しそうにテレーゼは返答した。もちろん王宮へ行く場合はレテーゼの侍女扱いである。アルマは身分差や礼儀作法が壁になって難しいというわけだ。
話を聞いたアルマが仲間二人に声をかける。
「二人だけでも行って来たらどうかしら? あたしは公爵様のお料理をごちそうになってるから」
「え~どうしよう~?」
「でしたら私達もこのお屋敷に残りましょう。テレーゼ様の花嫁姿を拝見するのが目的でしたから、婚礼の儀式に参加できなくても困りませんし」
「それじゃわたしもここに残るね~!」
それで本当に良いのかアルマが目で尋ねてきたのでティアナは笑顔でうなずいた。
三人の様子を眺めていたテレーゼが羨ましそうにため息をついてから話しかけてくる。
「承知しました。でしたらそのように手配いたしましょう。我が家の料理も大したものですから、皆さん是非ともご堪能ください」
「はい、楽しみにしていますね」
テレーゼからの言葉にティアナは嬉しそうに答えた。
数日後、仕切り直された婚礼の儀式が予定通りに挙行された。
バッハ侯爵邸内で花嫁の姿を拝見しながら言葉を交わしたティアナ達は、その後邸内で開かれたお祝いの席で様々な料理を堪能する。また、三日間にわたって行われた王都内でのお祭り騒ぎも一緒に堪能した。
三人が王都を出発したのは、婚礼の儀式当日から五日後のことだった。
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