第10章エピローグ
婚礼の儀式から一週間が経った。今、ティアナ達はバッハ公爵邸の応接室にいる。頼まれていた調査の報告をするためだ。
室内には四人おり、テレーゼの前にティアナ、その隣にリンニーが座っている。アルマは二人の背後だ。
いささか疲労を顔に浮かべたテレーゼが雑談から本題へと切り替える。
「皆さんとのお話は楽しいですが、そろそろ調査の結果を報告していただきましょうか」
「はい。調査対象の下級貴族と騎士ですが、婚礼の儀式の日を境に行方不明になったそうです。そのせいで使用人達は大層混乱していました」
「ということは、婚礼の儀式の襲撃者の中にその者達がいた可能性が高いのですね」
「下級貴族は恐らく。騎士の方は私達の襲撃の方に参加していたかもしれません」
今月に入ってからというもの、調査対象の家はどこも混乱していた。しかも揃ってというのだからかなり怪しい。
次いでアルマが口を開く。
「念のために、以前テレーゼ様が教えてくださった貴族や騎士の家も調べてみましたが、何人もの当主が失踪していました」
「社交界でも婚礼の儀式を混乱に陥れた者達の話で持ちきりです。今まで生活苦ではあっても王家に叛意を示した者などいなかったのに、一体いきなりどうしたのかと」
「あたし達とテレーゼ様のご存じの家名を付き合わせると、たぶんほとんど一致するんでしょうね」
「当主がいなくならなかったお家も大変なことになってるんだよね~」
「といいますと?」
「いきなりお金がたくさん使えなくなっちゃったから、また借金が増えちゃったんだって~」
のんきに用意されたお茶を飲みながらリンニーも貴族達のその後を話した。要は浪費癖を更に加速させた結果、いきなり収入源を失って首が絞まったのである。
話を聞いたテレーゼがため息をついた。
「この様子ですと、混乱している家は大体ユッタの息がかかっていたと見て良さそうですわね」
「そうですね。しかし、でしたらもう安心です。ユッタもウッツも私達が討ちましたから、同じことは起きないでしょう」
「ありがとうございます。これでようやく落ち着いて生活できますわ」
「そういえば、婚礼の儀式で事を起こそうとした首謀者はユッタとウッツですが、計画の実行者は誰だったのかわかりましたか?」
謁見の間で半人半魔の化け物が現れた以上、あの二人が襲撃計画を企画したとティアナは睨んでいた。しかし、当日は王都郊外の森で自分達と対決していたので、他に計画を主導する人物がいたはずなのだ。
どんな返答が聞けるのか少し緊張しているティアナ達に対し、テレーゼは言いにくそうに三人を見る。
「一応判明しましたが、事はそう簡単なことではないようなのです」
「どういうことです?」
「わたくし達を襲ってきた貴族を何人か生け捕りにしましたが、その中にオットマー・ホフマン子爵という人物がおります。尋問して今回の計画を主導したことが判明したのですが、どうも二種類の支援者がいたようなのです。しかも、まったく別々の」
「連携していない支援者がいたということですか?」
「その通りです。オットマーは元々ジルケとハンスという二人の傘下にいたそうですが、あるときギードという人物から話を持ちかけられたそうです。そこで、ギードを利用しつつ、ジルケとハンスの指示に従って計画を進めたと」
「どうしてまたそんな面倒なこと?」
「元々オットマー達は独自に何か事を起こそうとしていたらしいのですが、自分達と方向性が似ている上に豊富な資金援助付きなので、計画を乗っ取ったと供述しています」
説明を聞いたティアナ達は呆れた。裏で色々と暗闘があるのはここに限った話ではないが、それにしても生き馬の目を抜くようなことだなと感じる。
何と返すべきか迷っているティアナに代わって、リンニーが問いかける。
「そのハンスって誰なのかな~?」
「残念ながらはっきりとはわかりませんでした」
首を横に振ってテレーゼはリンニーに回答した。しかし、ジルケがユッタなのならば、ハンスはウッツなのだろうなとティアナとアルマは予想する。
「それじゃ、ギードっていう人は誰なのかな~?」
「その者についても今はわかりません。しかし、供述内容からある程度高い地位の貴族の関係者のようなので、現在王家が調査しております」
今回、婚礼の儀式という重要な儀式で王子を堂々と暗殺しようとしたことに対して、王家は本気で怒りを抱いていた。かつてない容赦のなさで調査を進めている。普段は王家であっても他家の内部にまで手を入れられないが、今回だけは別だった。
ため息をついてからテレーゼが続ける。
「そして、今最も怪しいとされている家の一つがバルシュミーデ侯爵家です」
「あれ~? そこって死んじゃったお髭の人のお家じゃなかった~?」
「そのとおりです。ここの家令であるラルフとギードの特徴が似ているのです」
「でも、そのお家って王様のお母さんのお家だよね~?」
「ええその通りです。それだけに」
微妙な表情をしたテレーゼが口を閉ざした。王家の親戚筋がこんな大事件を起こしたとあっては世間に示しが付かない。そればかりか、国王としては母親が心労に耐えられるかが心配だろう。
話を聞いていたアルマが首をかしげながら問いかける。
「でも、あそこのご当主様は、その婚礼の儀式で化け物に殺されてしまったんですよね? そうなると被害者じゃないんですか?」
「王家もそれで悩んでいるそうです」
「こんな手の込んだ自殺なんてするわけないですもんね」
「計画がうまくいかなかったのか、それともバルシュミーデ侯は関係ないのか。ともかく、その家令を尋問する必要があると王家は考えています」
「それはいいんですけど、バルシュミーデ侯爵家の新しいご当主様は何ておっしゃってるんですか?」
「新しい当主はいません。カールハインツ候は子をなしていなかったので断絶です」
「ええ!?」
さすがに予想外の返答を聞いたアルマが驚いた。あれだけの大貴族ならば子供を作るのは義務というのが常識だ。その常識が外れたことでアルマが絶句する。
「ですから、今回の事件がバルシュミーデ侯爵家の企んだことにして、家名はこのままお取り潰しということにするという案もあります」
「結構な大貴族ですけど、財産と領地は王家が没収ということに?」
「はい。これなら当主を処刑して家を潰し、財産と領地を召し上げるという最も厳しいお沙汰を下したことになるので、対外的にも都合が良いそうです」
「親戚筋でも厳しい処罰を下したと面目が保てるということですか」
「その通りです。それに、わたくしとテオが男の子を二人以上授かれば、バルシュミーデ侯爵家を継がせることも可能です。お婆様の血を引いていますから」
話を聞いたティアナは呆れた。恐らく裏では大筋の話が決まっていることに気付いたからだ。なまじ大きな財産と領地が絡むので早く処理をしないと争いで国内が不安になってしまうことは理解できるが、それでもである。
次第に雰囲気が重くなる中で、リンニーが別の話題を振ってきた。
「でも、婚礼の儀式が台無しになったのは残念だったね~。せっかくテレーゼがあんなにおめかししたのに~」
「わたくしも、まさかあそこまで滅茶苦茶になるとは思いもしませんでした。テオや王家の方々も同じです」
「そうだよね~。もう一回やり直したらどうかな~」
「どうもそういうことになりそうです」
残念そうに話すリンニーに対して、テレーゼがにっこりと笑顔を浮かべて返した。その話を聞いた三人が驚く。
「ええ~、本当にもう一回するんだ~! ねぇ、いつするの~?」
「来年の春以降だそうです。半年以上先ですわね」
「すぐにはしないんだね~」
「さすがに事件のあった直後はやりずらいですから。しばらく間を空けて仕切り直すのですよ」
「そっか~半年後か~。あれ~? ティアナ、わたし達はどうしてるのかな~?」
首をかしげて問われたティアナも同じく首をかしげた。今になって思い出したが、本来は封印石を精霊の庭へと運んでいる最中なのだ。指折り計算してみる。
「ここからですと、精霊の庭までは大体三ヵ月くらいですね。となると、往復で六ヵ月ですから、春に儀式をされるのならばぎりぎり戻って来ることができますね」
「ほんと~?」
「あっちで何もせずにすぐ戻って来るならでしょ。封印石をあちらに渡してお終いになるかわかんないし、大体あんた、エステとろくに話もせずにまた離れるの?」
「あ~」
アルマに指摘されたリンニーが口を開けて呆然とした。話すことならいくらでもあるのだ。とても一日で切り上げられるとは思えない。
どうしたら良いのかわからなくなったリンニーがティアナへと顔を向けた。当然ティアナもどうして良いかわからないのでテレーゼへと目を向ける。
「ふふふ、半年後ちょうどなるのかどうかはまだわかりません。五月くらいになるよう、わたくしもテオにお願いしてみましょう」
「わ~、ありがと~!」
どちらか一方を選ぶ羽目にならずに済んだリンニーはテレーゼに満面の笑みを向けた。
ひとしきり笑った後、何かを思い出してテレーゼは少し真剣な表情になる。
「そうですわね。皆さんに参加してもらうのなら、婚礼の儀式は少し先延ばしにした方がよろしいですわね」
「テレーゼ、どうしたの~?」
「実は、今回の事件でリンニー様と精霊が活躍なさったのを見て、王家の方々と貴族の諸侯が注目されているようなのです」
「わたし~?」
「はい。わたくしとテオを暴徒から守っただけでなく、近衛の騎士でさも相手にならなかった化け物を倒したお話は、社交界に広まっていますのよ」
謁見の間で活躍したリンニー達の話はティアナとアルマも聞いていた。土の精霊の石人形と火の精霊の火の玉をひたすら繰り出し、数の暴力で圧倒したというのが第一印象だ。
テレーゼの話はまだ続く。
「並の魔法使いでは一体作るだけでも大変ななずの精巧な石人形を簡単に作り、あれだけ強力な火の玉を連続して放てるなど初めて見たと皆が申しています」
「確かにあれは私も大したものだと思います」
「そうでしょうとも。そんなことを簡単にやってのける大精霊を操るリンニー様は、きっと名のある魔法使いか精霊使いに違いない。どうにかしてお近づきになれないものかと考えているそうです」
「私のときとは逆ですね」
「申し上げにくいことですが。ともかく、リンニー様は色々と目立ちすぎました。今はバッハ家関係者ということで皆さん遠慮していらっしゃいますが、今後はわかりません」
「ということは、あまりこちらでのんびりとしているわけにもいかないですね」
「ええ。リンニー様にいらぬちょっかいをかける輩もそうですが、そこからティアナの風聞が復活してしまうと困るでしょう?」
「ああ、そちらですか」
良い噂ならば放っておいても良いが悪い噂だとそうもいかない。場合によっては傷つけられてしまうこともあるからだ。特にティアナの場合、国全体に噂が広まっているので蒸し返されてはたまらない。
まるで亡霊のように蘇っては自分の足を微妙に引っ張るかつての噂にティアナはため息をついた。
「なかなか落ち着けませんね」
「守ってもらっておきながら恩を仇で返すようなことになってしまい、申し訳ありません」
「今回は私にも因縁のある話でしたので仕方ありません。それに、その因縁もこれできれいに清算できたので今回は良しとします」
「そう言ってもらえて助かります」
若干悲しそうな顔をしたテレーゼが軽く一礼した。
それにしても、これで本当に大きな因縁がなくなったことにティアナとアルマは安心した。今まで内心どこかで気にかけて旅をしていたが、今後はそんなこともなくなる。
後は封印石を精霊の庭へと送れば重くのしかかるものはなくなる。
ティアナはこれから先の旅のことを考えながら、封印石を手放した後のこともぼんやりと気にし始めていた。
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第10章は以上で終わりです。
次はこの物語のエピローグである最終章です。
このまま続きます。
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