最後の戦い

 近づいてくる複数の足音を聞きながらティアナは考える。風の精霊が制限なしで魔法を使えるので、もう先程のように逃げ回る必要はなくなった。


 気になる点は風の魔法を見切れる人物が相手にいることだ。いくら魔法の威力が強くなっても当たらなければ意味がない。


「黒精霊の導きと言ってましたっけ?」


 まだ北の塔にいた頃、テネブー教徒の使う魔法の道具についてティアナはトゥーディから話を聞いていた。旅先で襲われたときのことを話したときに教えてもらったのだ。


 効果は二つあるそうで、一つは強力な精霊がいる方向の表面が赤く変化すること、もう一つは直接像に触れていると精霊の魔法を見ることができるらしい。


 どんな理屈かまでは理解できなかったが、効果については一応覚えていた。恐らく風の魔法を見切ることができるのはこのためだろうと推測する。


「ただ、全員が見切れていたわけではないので」


 考え事はそこまでだった。体力を回復させるために繁みから少し離れたところに立っていると、ユッタ達九人が姿を現した。


 地面に倒れる死体を見たユッタが顔をゆがめる。


「遅かったのね」


 しばらく呆然としているユッタをティアナが黙って見ていると、八人の男達が周りを囲んだ。


 そのまま再び攻め立てるのかと待ち構えたティアナだったが、八人とも動きがない。何か様子がおかしいと眉をひそめる。


 気を取り直したらしいユッタがティアナへと顔を向けた。その表情は不機嫌そうだが怒りは浮かんでいない。


「あのまま殺されていればこっちは楽だったのに、ホント、厄介なことばかりしてくれるわね」


「思惑通りに死んであげる必要はこちらにはありませんからね」


「ああもうホント嫌な奴。絶対ここで殺してやるわ」


 力強く宣言するユッタを見てティアナは首をかしげた。切り札であるはずの尊き主の像を持った四人は倒した。それなのにまだティアナを殺せるという自信はどこからやってくるのか。多対一だからという単純な理由とは思えなかった。


 勝ち気な笑みを浮かべたユッタは男達に告げる。


「さぁ皆さん、万が一のときがやってきてしまいました。秘薬を持っている方は飲んでください。他の方は、首飾りをしているか確認しましょうね!」


 ユッタが口を閉じると、八人中六人の男達が腰から小さな土瓶を取り出した。そしてその栓を抜くと中身を呷る。飲み終わると次々に土瓶を手放した。


 嫌な予感がしたティアナはユッタに問いかける。


「ユッタ、これは一体?」


「今年の初めくらいまであたしがテネブー教徒と一緒に行動していたのは覚えてるでしょ? あそこの司教の一人がね、超人になるための秘薬を復活させたのよ」


「では、今周りで皆さんが飲んだのがそれだと?」


「その通り! あんたに負けてからすぐ逃げたから手持ちの分しかなかったけど、これで倒せるでしょ」


 テネブー教徒という言葉を聞いたティアナは嫌な予感を一層強めた。絶対に飲ませてはいけなかったと思ったがもう遅い。


 土瓶の中身を飲んだ六人は一斉に苦しみ始めた。それがまた普通ではないのでティアナの不安感を煽る。


 このままここにいてはまずいと判断したティアナは、今のうちに包囲を突破することにした。苦しんでいる男達はそのまま苦しみ続け、ユッタと飲んでいない二人だけが追いかけてくる。


「あはは! 逃げてもムダよ! あいつら犬みたいに鼻が利くようになるからね!」


 楽しそうに話しかけてくるユッタを無視して、ティアナは開けた場所をまずは目指した。精霊が本来の力を取り戻しているのならばアルマと合流した方が得策だと判断したのだ。


 それにしてもとティアナは思う。魔法を妨害する道具が尊き主の像だと見当がついていたのなら、他の魔法の道具にも思い足るべきだったと後悔した。テネブー教徒との争いは一段落ついたと思って、頭の中からきれいに抜け落ちていたのだ。


 今更ながらに反省しつつ森の中を走っていると、背後から雄叫びが聞こえてきた。聞いたことのあるものだ。


「これって地下神殿や邪神討伐隊のときの!」


 かつての半人半魔を思い出したティアナは嫌そうな顔をした。一体だけならともかく、六体を一度にとなるとさすがにきつい。


 やがて森から抜け出した。すると、ちょうどこちらに向かってくるアルマと出くわす。


「アルマ!?」


「ティアナじゃない! そっちからなんか雄叫びが」


「魔法の妨害を止めたら、ユッタが地下神殿のときに戦った半人半魔の化け物を出現させました! もうすぐ来ます!」


「ええ!?」


 時間がないため簡潔にティアナは説明した。しかし、説明されたアルマの方は良くわからないまま森の奥へと目を向ける。すると、最初にユッタと男二人、次いで半人半魔の化け物が六体追いかけてきたのを見つけた。


 森の縁でティアナとアルマはユッタ達に囲まれてしまう。


「また懐かしいのが出てきたわね。会いたくなかったわ」


「私もです」


 互いに背を向け合って死角をなくすように立って構えた。どちらも傷だらけだ。


 そんな二人を包囲する半人半魔の化け物の外から、ユッタがアルマに声をかける。


「あんたがティアナと合流できたということは、ウッツは死んだのね」


「苦労したわよ。かなりしぶとかったから」


「でしょうね。実は死んだふりをして生き延びてるんじゃないかって思ってるもの」


「死んだふりをしていたのは確かよ。この子にばれてとどめを刺されたけどね」


 軟禁生活から助け出してもらって以来ずっと一緒に活動していたが、ついに死んでしまったかと少し落胆してユッタは自分に驚いた。思った以上に同志として親近感があったのかと内心苦笑する。


 これからは何でも自分で準備しないといけない面倒さを感じながらも、まずは目の前の二人を殺してからだと思い直した。そして、仲間に命じる。


「皆さん、あの二人を殺しなさい」


 告げられた半人半魔の化け物や男が一斉に動き出した。


「ウェントス、化け物を切り刻んで!」


『切リ刻ム』


 近づいてくる三体の半人半魔の化け物を見ながらティアナが叫んだ。すると、風の刃が次々と飛び出す。


 見えない刃に突然体をあちこち切られた化け物達は不快な悲鳴を上げて止まった。人間ならばらばらになっているところだが、出血の割には傷は深くないようだ。


 その間を掻い潜って男の一人が急速に迫ってきた。ティアナも長剣で迎え撃つ。


 互いの剣がぶつかって金属音がなるとそこからつばり合いが始まった。膂力りょりょくの違いからティアナが徐々に押されていく。


「ウェントス!」


『切リ刻ム』


 呼びかけに答えた風の精霊が半人半魔の化け物に続いて男に風の刃を撃ち込んだ。男は離れようとするが、それよりも早く複数の風の刃にその体を半ばまで切断されて倒れた。


 ある程度傷が回復したらしい化け物が再びティアナに向けて動き出す。今度はティアナも動き、正面の化け物を相手にした。


「ガァァ!」


「はっ!」


 左右から襲いかかる半人半魔の化け物を風の精霊が風の壁で押さえる中、ティアナは右腕を突き出して攻撃してきた化け物の鉤爪を躱した。そして、同時に長剣でその右腕を切断しようとする。


 ところが、丈夫さもとりえだけあって右腕は切断できなかった。半ばまでは斬れたがそこで剣は止まってしまう。


 痛みに吼えつつも化け物は無事な左腕の鉤爪でティアナを切り裂こうとした。焦るティアナは避けるために下がろうとするが間に合わない。


『危ナイ』


 仲間の危機を察知した風の精霊が化け物の左腕に風の塊をぶつけて軌道を逸らせた。次いでその顔面に風の刃を撃ち込んで半ばまで切断する。


 さすがに顔面を切られては無事ではいられなかった化け物は片膝を突いて呻いた。そこへ、今が好機とティアナが側面に回って首を切り落とす。


「やっと一体! アルマ、そっちはどうです!?」


「大変よ! 簡単に倒せないってのは知ってたけど!」


 風の壁が弾けて吹き飛ばされた化け物が立ち上がる隙にティアナがアルマを見ると、化け物二体と男一人と対峙していた。とりあえずは戦えているらしい。


 とりあえず仲間が生きていることに安心するとティアナは残る二体と対峙した。その瞬間、白く輝く球体に襲われる。思わず転がって避けた。


 それをきっかけに化け物が再び襲ってくる。


「ここで絶対殺してやるわよ!」


 叫ぶユッタの声を聞きながらティアナは左右から迫ってくる化け物を見た。出血は止まっているようだ。地下神殿のときのように瞬時とはいかなくても完治まではするらしい。


 両方を同時に相手取るのは厳しいのでティアナは右側に走った。急に間合いが縮んだ右側の化け物がぶつかる勢いで迫ってくる。


「ガァ!」


 大口を開けて噛みつこうとする化け物の前でティアナは右に避けた。気付いた化け物が左の鉤爪で頭を砕こうとするので、走ったまま体を深く沈める。足りない分は風の精霊が突風で相手の腕を上に逸らしてくれた。


 化け物の攻撃を避けている間、ティアナは長剣を水平にして相手の胴をなぎ払おうとする。脇腹に剣の刃が当たり中に食い込んだ。しかし、腕でさえも切断できなかったのに胴を切断できるわけがない。


 勢いで大半は切り裂けると考えていたティアナだったが、長剣が化け物の胴に食い込んでそのまま持っていかれそうになる。急に重くなった剣を、最初は両腕で、次に全身で支えて振り抜こうとした。


「アアアアアア!」


「くっ!」


 一方はあらん限りの雄叫びを上げて、もう一方は歯を食いしばって、どちらもその場を駆け抜けようとした。その結果、長剣が折れてしまう。


 小さい金属音がしたかと思うと、急に手元の抵抗がなくなったティアナは地面に転がった。慌てて立ち上がりながら短剣を抜き、化け物を見る。脇腹から血を溢れさせて片膝をついていた。とどめを刺すなら今だが、もう一体が迫ってきている。


「ウェントス、さっきのにとどめを刺してください!」


『トドメヲ刺ス』


 命じられた風の精霊が化け物の長剣の刃が刺さったままの患部に風の刃を撃ち込んだ。すると胴体が切断される。更に尚も動く化け物に対して何度か風の刃を放って絶命させた。


 その間のティアナはもう一体の化け物の鉤爪を躱していた。しかし、間髪入れずに輝く白い球に襲われる。地面を転がって魔法の攻撃を避けたティアナが立ち上がってユッタを見た。


「しぶといわね。やっぱり精霊は厄介だわ」


 長剣を鞘から引き抜いたユッタが不機嫌そうに独りごちた。あれだけいた手駒がもう半分以下に減っている。自分の元にいる半人半魔の化け物一体とアルマの相手をしている化け物二体のみだ。得た戦果はティアナの長剣一本ではまったく見合わない。


 いつも思うのだが、なぜ圧倒的な戦力を揃えているのにいつも負けるのか。もちろん戦いは専門ではないので自分の作戦は完璧でないのは知っている。それでもその都度慣れた人物の意見を聞いて決めていた。それで勝てない理由がわからない。


 今回だってそうだ。自分の能力も持っている道具も全部使った。それでもこれだけ追い詰められている。


「あと一体か二体、半人半魔がいたら」


 そこまでつぶやいて気付いた。あと二体は王城で暴れているだろう。こちらは充分だからとあちらに回したのだ。過剰だと思っても全部自分の手元に置いておくべきだった。


 しかし、今更言ったところでどうにもならない。


 ユッタは右手に長剣を持っているため、左手で作り出した白く輝く球体を維持する。その状態のまま、様子を窺いつつティアナに近づいた。


 もちろん戦っている最中なのでティアナと化け物の位置は頻繁に変わる。そして、既に二体を倒しているティアナは風の精霊の力を借りて戦いを有利に進めていた。


 機会は一度だけ。ここまで来ればユッタにもわかる。二度目はない。


 激しい戦いの末、ついに化け物は致命的な一撃を受けた。左脚を切り飛ばされて地面に倒れる。


「今!」


 全力で駆けると同時に、維持していた左手の球体をティアナめがけて投げつけた。命中するとは思っていない。ただティアナと風の精霊の気を引くためだ。


 白く輝く球体は風の精霊によってかき消された。そして、ティアナの意識もユッタに向く。そのため、左脚を失った化け物から注意が逸れた。


 這いずって近づいた化け物がティアナに右の鉤爪を振るう。そのまま腕を振り切れば右の腰を抉り取るはずだった。しかし、それは風の精霊によって阻まれる。風の塊によってその右腕は弾かれた。更には風の刃で喉元を切断される。


 ここまでは予定通りだった。あと一つ、再びティアナの意識が一瞬でも化け物に逸れてくれれば成功だ。ユッタは走っていた。腰だめに長剣を構えて突き進む。


「やった!」


 ティアナの目が化け物を見るために動いたのを目の前で見たユッタは勝利を確信した。意識を自分に戻したとしても体はすぐには動かない。そして、風の精霊もあれだけ振り回されたのだから対応は遅れるはずだ。そう思い込む。


 最初にユッタが違和感を持ったのはティアナを目前にしたときだった。まっすぐ持っていたはずの長剣が、突然強い力で右側に弾かれたのだ。そのせいで剣先が大きく右側にずれてしまい、ティアナから逸れてしまう。


 次いで、ティアナは意識をユッタに戻しつつも足を一歩さげ、更には右手の短剣を腹部の真ん中にまで持って来た。それに気付いたのは、ユッタがティアナにぶつかったときだ。


「あ」


 激しく衝突し、驚きから冷めたユッタは腹部に奇妙な感触があるのに気付いた。ぶつかる直前に目にしたものを思い出し、目を見開く。


「うそ、なんで?」


「私はともかく、精霊の意識は逸らせませんよ。人間とはまったく感覚が違いますから」


 手にした感触を不快に思いつつも、ティアナはユッタの疑問に答えた。最初から気付いていたわけではないが、後から振り返ってみるとユッタがやっていたことを何となく理解できたからだ。


「そう、なんだ」


 つぶやくような感想を聞きながらティアナはユッタの体から離れた。その場で崩れ落ちる姿を見ながら横に回って剣を構える。


「ざんねん、だなぁ。せっかく、てんせい、したのに」


「次に転生することがあるのなら、まっとうに生きなさい」


 返答を聞かないまま、ティアナは短剣をユッタの首筋に叩き込んだ。半ば切り落とされた頭に引きずられるようにしてユッタは地面に倒れる。


 これでようやく終わったというのにティアナの気分は晴れなかった。それどころか、知り合いを一人失った気分だ。ある意味間違っていないが、なぜこんなことを思ってしまうのか自分でもわからない。


 体の力を抜いたティアナはしばらく呆然としていたが、雄叫びを聞いて我に返った。振り向くと、アルマが化け物一体と戦っている。


「いけない。忘れてました」


 落ち込んでいる場合ではないことに気付いたティアナは、慌ててアルマの元へと駆け寄る。


 完全に戦いが終わったのはそのすぐ後だった。

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