腐れ縁の清算

 ティアナとの合流を諦めたアルマは森の中でウッツ達五人と戦っていた。


 木々の密度が低いため隠れる場所は少ないが、その木をうまく使えば盾になる。これを利用しない手はない。


 攻め立てる側は、ウッツを除いた暗い印象の男達四人が中心である。一度に攻撃できる人数は限られているということもあるが、明らかに動きが違うのだ。


「いやらしいくらい、慣れてるわね」


 滲み出る汗を拭わないままアルマがつぶやいた。人を追い込むのに慣れている。足を止めると四人のうちの誰かが仕掛けてきて休ませないようにしてきた。


 それでも休もうとすると更にもう一人が迫ってくるわけだが、これらの連携を水の精霊と一緒になって躱している。だからこそ、今も体を動かせる体力が残っているのだ。


 ここでもう一押し、飛び道具などを使われるといよいよ窮地に立たされることになったのだが、不思議とそんな様子はない。あくまでも近接戦闘のみである。


「最初から、剣だけで、勝負するつもり、だったのかしら? どうして?」


 徐々に息切れする中、アルマは相手の攻撃を受け流しながら考えた。魔法を妨害する用意をしているのに、それ以外の用意をしていないというのは考えにくい。


 現にティアナとの合流直前に投げナイフを使われたのだ。それくらいは仕掛けてきそうなものである。


「そういえば、さっきから同じことの繰り返しね。これって」


 さすがにアルマもこれくらいは知っていた。単調な攻撃を繰り返してあるとき急に変化させる戦法だ。たまに視界に入るウッツの顔が笑っている。


 そしてそのときはやって来た。今までは休ませないようにまずは一人だけで攻撃してきた男達は、いきなり二人が前後を挟むように同時に攻めてきた。


 地面を転がってアルマはその同時攻撃を右に躱すと、三人目が剣を振り下ろしてくる。立ち上がるのが遅れて攻撃を受けそうになるが、水の精霊が相手の顔面に雹を集中的に撃ってのけぞらせた。


 立ち上がったところで包囲網から逃れようとしたアルマだったが、そこへウッツがたちはだかる。


「おっと、そこまでだ。楽しい輪から外れちまうぜ」


「楽しくないから遠慮するわ!」


「オレ達が楽しいんだよ!」


 撃ち込まれた金属の棒を長剣で逸らせたアルマがそのまま脇を抜けようとした。しかし、そのときには他の四人が再び囲んでいた。


 楽しそうな笑顔のままウッツはその輪から出ると、アルマに話しかける。


「残念だったな。もうちょい付き合ってもらうぜ」


「そんな義理はないんだけどね」


 また元に戻ったことに内心落胆しつつも、アルマは気を取り直して剣を構えた。


「こっちから仕掛けると逃げるんだから、徹底しているわよね。体力切れを狙ってるのが丸見えじゃない」


 当初は相手の攻めも激しいものだったが、何度か斬りつけられた傷を水の精霊が治すのを見て持久戦に切り替えられた。狙いはアルマにもわかる。動きが鈍ったところを集中的に攻撃し、魔法による回復を追いつかなくしてしまおうという考えだ。


 自分から攻撃をしても相手にされないので、今のアルマは本当に体力を消耗する一方だ。水の精霊は傷を治せても体力は回復してくれない。この点を突かれている。


 ただ、この状況は今のアルマにとって最悪というわけではなかった。ティアナが魔法の妨害の原因を取り除くまで我慢する方針なので、それまで博打を打たずに済むという利点がある。今は待つときなのはアルマも同じなのだ。


「となると、あとはあたしの体力次第なのよね」


 周囲の様子を窺いながらアルマがつぶやいた。体力が尽きた段階で相手が一斉に攻撃をしてくるのがわかっているので、何としても逃げ切らなければならない。


「随分と頑張るじゃねぇか。いい加減諦めたらどうなんだよ」


「冗談でしょ。諦める理由なんてないもの」


「ティアナが何かするのを期待してんならムダだぜ。今頃死んでるだろうさ」


「そんな戯れ言、信じるわけないでしょ!」


 実際のところどうなっているのかわからないのでアルマにも不安はあった。しかし、だからといってそう簡単にウッツの言葉を信じるわけにはいかない。


「まぁいいさ。あっちとは関係なくこっちは片付けるだけだ。いい加減飽きたからな。更に激しく運動してもらって、さっさと力尽きてもうらうぜ」


 余裕の笑みを浮かべるウッツが指示を出すと、暗い印象の男達四人の動きが変わった。一人ずつ攻撃してきたのが二人同時攻撃になる。


 受け流し、転がり、更に水の精霊に助けてもらいながらアルマは避け続けた。傷ができる度に魔法で治してもらうが、体力は確実に失いつつある。


「ああ、もう!」


「ははっ! いいザマだな!」


 声を上げて笑うウッツを無視してアルマは避け続けた。途中で気付いたが、徐々に相手の攻撃と立ち位置の間隔が狭くなってきている。ウッツは体力切れを狙うと宣言していたが、四人はこのまま決めてしまうらしい。


 これ以上はもう避けきれないところまで追い詰められたアルマだったが、突然右横に大きな氷の壁が現れた。男の攻撃を防ぐためのものだとすぐに気付いたが、先程までの氷の薄板とはまったく違う。


「アクア、妨害がなくなったの!?」


 もちろんティアナやリンニーのようにアルマには精霊の声は聞こえない。しかし、攻めるにしろ守るにしろ、その魔法はいつもの威力だった。


 これに驚いたのはウッツ達五人もである。まさか精霊の魔法への妨害がなくなるとは思わなかったからだ。


「ちくしょう! あのアマ、しくじりやがったな!」


 笑顔から一転して苦々しげな表情となったウッツが吐き捨てた。余裕の源泉を失ってしまう。


 表情が厳しくなったのは他の四人の男達も同じだ。今の精霊の魔法を見て嬲るような追い詰め方はもうできないと悟る。


 アルマを攻める動きは更に俊敏になった。これからが本気だということがよくわかる。しかし、それでも四人は攻めあぐねた。正面から攻めるとアルマが受けたり受け流したりするが、その他三方の攻撃は水の精霊による氷の壁により完璧に防がれてしまうのだ。


「なんてこった! 全然相手になってねぇ!」


 高い金を積んで雇った手練れの者達だが、あれほど大きな魔法を瞬時に使われては攻められたものではなかった。おまけに、傷を負わせても瞬時に治されてしまう。


「ぐあっ!」


 水の精霊により魔法でばらまかれた拳程度の雹が一人の男の頭にぶつかった。よろめいて足が止まったところに今度は長いつららのような氷の棒が男の胸を貫通する。


 包囲網の一角に穴が開いた。それでもまだ三人いるが、四人でも攻めあぐねていたものを三人で攻め倒すのは無理がある。


 まずいと思ったウッツは自分も加勢した。背後から襲いかかる。


「オラァ!」


 思い切り金属の棒を振り抜くが厚い氷の壁に阻まれてしまった。その瞬間危険を察知して後退する。直前まで自分のいた場所に拳程度の雹がいくつも飛来してきた。


 かつてティアナとの対戦で経験したことだが、改めて精霊の化け物っぷりにウッツは歯噛みする。


「なんだってこんなでたらめなモンが、こいつらに付いてんだよ?」


 明らかに普通の人間が手懐けられる代物ではなかった。ティアナもアルマもそんな規格外には見えないだけに不思議で仕方ない。


 他の三人と何度か連携してアルマへと攻撃したがいずれもうまくいかず、逆にまた一人討ち取られてしまう有様だった。


 この時点でウッツは自分の手に負えないと判断する。戦っても勝てない相手とは戦うべきではない。


「てめぇら、引き上げるぞ!」


 とりあえずユッタと合流して味方の頭数を確保したかったウッツは、懐から煙り玉を取り出した。他の二人も同じく煙り玉を手に取って、地面に叩き付ける。


 煙り玉が地面にぶつかった瞬間、地面から猛烈な煙が湧き出てくるはずだった。いや、正確には湧き出ようとした瞬間、大量の水が上から落ちてきて強制的にかき消されたのだ。


「は?」


 まずは姿を眩ませて逃げるつもりだったウッツ達三人は、煙り玉を無効にされたことに呆然とした。その間に一人が氷の槍に胸を刺し貫かれる。


「ちくしょう!」


 我に返ったウッツともう一人の男は全力で走った。脇目も振らずに森の中を駆け抜ける。


 圧倒的に優勢だったところから一転して絶望的な状況へと変化したことにウッツは怒った。一体何がどうなったのかわからないが、像を持つ四人が殺されたのは間違いない。


 残っている煙り玉をもう一つ懐から取り出し、ウッツは地面へと叩き付けた。煙が出た瞬間は見たが、すぐに走り抜けてわからなくなる。どの程度効果があるか不明だが、今は藁にも縋る思いだ。


「ぎゃっ!」


 悲鳴と共に人の倒れる音が背後で聞こえた。生き残っていた最後の一人が死んだらしい。背後から足音が聞こえる。煙り玉は効果がなかったようだ。


 視界が開けた。森から出たのだ。曇っているおかげで目が眩むことはないが、開けた場所に出た以上隠れる場所はない。


 急停止したウッツは反転して剣を構えた。息が荒いが構っていられない。


「ちくしょう、やってくれんじゃねぇか!」


 声を荒げてウッツが叫んだ。


 ようやく追いついたアルマもウッツの前で立ち止まった。こちらも息が荒い。


 お互い呼吸を落ち着かせるためにしばらく無言で対峙した。お互い睨み合ったまま動かない。


 ぬるい風が二人の間をそよいでいる。汗が流れるほど動き回っていた二人には心地よい。ただし、状況はまるで正反対だ。


 先に呼吸が落ち着いたウッツが口を開く。


「何だっててめぇらはいつもオレの邪魔をするんだよ」


「別にあんたの邪魔をするためにあっちこっちを旅してるわけじゃないわよ。たまたま旅先で出くわすだけ」


「そんなんでやることなすこと邪魔されたんじゃ、たまったモンじゃねぇな」


「そりゃそうなんでしょうけど、あんたろくなことしてないじゃない」


 ウッツ達が今まで何をしていたのかなどアルマはほとんど知らない。それでも要所要所でお互いかち合うことが多かったのだから、余程相性が悪いのだろう。


「なぁ、ここでオレを見逃さねぇか?」


「何を言ってるのよ? ユッタはどうすんのよ?」


「成り行きで何年か一緒にいたが、別に大した仲じゃねんだ。それに、そっちの精霊の魔法が元に戻ったってことはあっちも同じだろ。となると、ティアナとあいつの仲を考えたらとても生きてるとは思えねぇ」


「ここで見逃したら、また別のところで絶対鉢合わせになるわ。そして、また今日までみたいに面倒なことに巻き込まれるのよ。もうそんなのは嫌だから、ここで終わらせるわ」


 提案を拒絶されたウッツの表情が険しくなった。


 先に動いたのはアルマの方である。構えた長剣を突き出して右腕に狙いを定めた。


 対するウッツは一歩下がって剣を避けると、一気に突っ込んで鈍い光を放つ金属の棒を振りかぶる。


「オラァ!」


 その直線的な金属の棒の動きを左側に小さく飛んで躱したアルマは、同時にウッツの右脇腹を長剣で薙ぎ払った。避けようとしたウッツだったが間に合わずに脇腹から鮮血を撒き散らす。


「がっ、いてぇ」


 右手の金属の棒を取り落とし、右脇腹から血を流しながら、ウッツは地面に膝から崩れ落ちた。


 その様子を見たアルマはしばらく剣を構えていたが、やがて全身の緊張を解く。


「やっとこいつとの縁もこれで終わりね」


 心底疲れ果てたという調子でアルマはため息を吐き出した。そして、わずかに笑顔となる。

 血糊を振り払って長剣を鞘に収めたアルマは背を向けた。ウッツとの対決が終わったので早くティアナと合流するためだ。


 水の精霊の魔法が元に戻ったということは、ティアナは相手の像を持つ四人を倒したということになる。そうなると、まだ生きて戦っている可能性が高い。


「間に合うといいんだけど。え?」


 背後でどすっという何かが刺さる音と男の呻く音が聞こえて、アルマは足を止めた。振り返ってみると、倒れたウッツの背中に氷の槍が刺さっている。


 しばらく呆然としていたが、アルマは水の精霊に呼びかける。


「まさか、あれで生きてたの?」


 てっきり死んでいるとばかり思っていたアルマは目を丸くした。姿を現した水玉姿の水の精霊は音もなく浮いている。


 最後の最後で精霊に助けられたことに肩を落としながらも、アルマは踵を返して今度こそティアナの元へと向かった。

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