囲まれる中で
後退中に一度ティアナから離れてしまったアルマは、水の精霊の助けもあって合流しつつあった。今まで何度も多人数を相手にしてきたこともあって、こんな状況にも慣れているからこそできることだ。
水の精霊によるもう何度目かの敵の撃退により、ようやくティアナを囲む八人に近づく道筋が見えた。ここを突破できれば合流できる。
「さて、いくわよ!」
声を出して自分に気合いを入れたアルマが走り出した。すると同時に、右側面から何かが飛来してくるのに気付く。
「なに? きゃっ!」
水の精霊が張った氷の薄板にぶつかったナイフが弾かれ、その薄板も砕けた。突然のことにアルマの足が竦む。
その間に、薄暗い男達四人が体勢を立て直した。合流させまいと行く手を遮る。
足を止めていたアルマはすぐに動いた。止まると格好の的だからだ。
「焦りすぎた? 森の中に入ってからの方が良かったの?」
合流する好機を逃したと感じたアルマが独りごちた。落胆はしたもののまだ生きているので次の機会を狙う。
とはいうものの、ちらりと見たティアナの方は徐々に森から離れていた。誘導されているのか自ら空いた場所に向かっているのかわからないが、先程よりも離れてしまう。
ここでどうするべきかアルマは迷った。あくまで合流を目指すべきか、それとも単独で戦うべきか。
合流を目指すのならば、今後とも周囲の妨害は確実なのはもちろん、ウッツとその配下の四人だけでなくユッタ達九人も刃を向けてくるのは間違いない。
単独で戦うのならば五人を相手にすることになる。ウッツの配下四人は明らかに手慣れていた。
どちらにしても大きな負担なのは違いない。
しかし、アルマにはその迷っている時間も充分には与えられなかった。考え事をしている間はわずかに動きが鈍かったのだろう。相手の男二人が前後から剣を打ち込んできた。
正面の相手の剣は受け流し、その反動を利用して背後の剣を躱そうとしたアルマだったが、そこまでうまくいかなかった。水の精霊による氷の薄板で威力を減じつつも右の二の腕を切りつけられてしまう。
「痛っ!」
「おっ、もうそろそろかよ?」
少し離れたところで鈍く光る金属の棒を握りながら、ウッツが楽しげに声をかけてきた。
答える義理も余裕もないアルマは歯を食いしばるが、その痛みは次第に消えていく。ちらりと傷口を見ればきれいに治っていた。
弱っていても傷を治す魔法を水の精霊が使えることを思いだしたアルマは、再びティアナへと目を向けた。先程よりも更に離れている。もう合流を目指すのは難しい。
森から出てきた人数と精霊が確認した人数に差があり、精霊の魔法の効きが悪くなっていることから、かつてのように妨害を受けていることは明白だ。すぐにでも妨害している四人を倒すべきである。
ところが、その四人がいる場所とは反対側に逃げてしまったとアルマは失敗を悟った。最初に無理にでも前に出て突破するべきだったのだ。五人に囲まれた状態で反対側の森の縁まで移動するのは恐らく無理だろう。
「ああもう、しつこいわね!」
「ははっ! いい加減諦めたらどうなんだよ!」
「なんであんたの思い通りにしてやんなきゃいけないのよ! バカじゃない!?」
ある程度ティアナとの距離が離れたからだろう。ウッツ達五人は進路の妨害よりもアルマへの攻撃を優先してきた。
言われっぱなしは嫌いなアルマはウッツに言い返すが、実際のところは追い詰められつつある。魔法の妨害を取り除けない以上は袋小路にいるのと同じだ。
今のティアナが何を考えているのかわからないが、見かけない相手の四人が魔法を妨害していることは理解しているだろう。そうなると、後はティアナを信じて待つしかない。
森の縁で包囲網を完成させないよう動き回っていたアルマは、向きを変えて森の奥へと走り出した。それに合わせて五人も続く。
「こりゃひたすら我慢ね。あーもう面倒な」
一体どのくらい待てば良いのかわからないのは不安だが、それでもやるしかないとアルマは覚悟を決めた。
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あと少しでアルマと合流できそうだというところで、突然そのアルマが足を止めた。右側面に氷の薄板が現れて何かがそれを砕く。その間に暗い印象の男達が行く手を阻むところまでティアナは見た。
しかし、人の心配をしている余裕はティアナにもない。六人が輪を描き、二人が牽制のような攻撃を仕掛けてくる。体力と精神を消耗させる作戦なのはすぐに気付いた。
更にはアルマと合流しないように連携している。見た目もそうだが、この八人はただのごろつきではない。
「恐らく騎士ですね。籠絡された中に何人もいましたっけ」
意外と身持ちを崩している騎士は多いのかと思いつつも、ティアナは剣を躱して受け流し続けた。
多人数を相手にすることは何度もあったとはいえ、毎回楽だったわけではない。第一、いずれも精霊の支援が充分にあることが前提だ。
苦戦するティアナにユッタが声をかけてくる。
「思ったよりも頑張るわね。すぐに勝負がつくとはさすがに思わなかったけど」
「これでも毎日鍛えていますからね! 今の私は、傭兵みたいなものですから!」
日頃地味に鍛えているのですぐに体力が尽きることはないものの、無限に動き回ることはできない。力尽きる前に今の状況を打開しなければならなかった。
世間話をするようにユッタは話を続ける。
「ああ。だから邪神討伐隊なんてものに紛れ込んでいたのね。おとなしく野垂れ死んでくれてたら良かったのに」
「そうは思惑どおりにはさせませんよ!」
「目障りなのよ、あんた」
「お互い様です、よっ!」
突き出された剣を避けながらティアナがユッタに返答した。
さすがにずっと走り続けることはできないのでたまに立ち止まることもあるが、そうすると輪が狭まって四方から剣が繰り出されてしまう。風の精霊の力でかろうじて躱しているが、状況は追い詰められる一方だ。
何か手はないものかと考え続けていたティアナだったが、ふと誘惑の指輪を持っていることを思い出した。動きながら八人の様子をティアナはしばらく観察する。
「駄目ですね、これは」
誘惑の指輪は男の好意を何倍にも増幅して虜にする魔法の道具だ。なので、わずかでも相手が好意を抱いていれば虜にできる。しかし、まったく好意を抱いていない相手には効かない。
周囲を囲んでいる男達八人の目には敵意しか浮かんでいなかった。この状態ではさすがに効果はない。
こうなると、封印石に閉じ込めたテネブーの力が惜しく思えてくる。確かに危険ではあるが、前に使ったときは今よりも悪い状況を苦もなく跳ね返した。今は昼間なのである程度の効果しか発揮できないだろうが、それでも似たようなことを再現はできるだろう。
徐々に息が上がってきた。後は何が使えるかと考えるが何も思い浮かばない。
「あら、息が上がってきたみたいね」
「これだけ動いていれば息切れするのも当然でしょう」
「ということは、そろそろ終わりということかしら?」
楽しそうにユッタが話すと、男八人は輪を狭めて攻撃に転じてきた。さすがに八人全員が一度に剣を繰り出してくることはないが、極端に行動範囲が狭くなる。
もはや無傷では避けられないと判断したティアナは負傷覚悟で前に出た。正面から突き出された剣を受け流し、右前方から突っ込んでくる男に肩からぶつかるように体当たる。
「ウェントス!」
『吹キ飛バス』
何度も同じ事をしていれば精霊も学習する。風の精霊はティアナの体を受け止めた男の顔面に風の塊をぶつけた。発生直後の風の塊を顔に受けた男はのけぞる。
その間に男の脇をすり抜けようとしたティアナを止めるため、今度は剣を受け流された男が左手を伸ばした。しかし、風の精霊が塊をぶつけて弾く。
正面の視界は不完全だが開けていた。このまま走り抜ければ包囲網を突破できる。
そのとき、ティアナの左脇腹に何か熱いものが走った。わずかに見ると剣先が見え、更に脇腹が朱く染まっている。風の精霊が剣先を逸らしきれなかったのだ。
「ああっ!」
意識した途端に激痛が体を走り抜けた。体が止まろうとするが今はまずい。無理にでも走る。
『てぃあなノ体カラ何カ出テル。コレハ、危ナイ?』
『人間ハ傷ツクト弱ル。ダカラ治ス』
『ドウヤッテ?』
『コウスル』
脇腹の痛みで余裕のないティアナの頭に精霊の会話が響いた。傷を治せない風の精霊に対して水の精霊が説明しているようだが、ティアナには大雑把に返答しているようにしか聞こえない。
ところが、会話が途切れた途端に脇腹の痛みが楽になった。まだ鈍い痛みはあるものの、先程までのような倒れてしまいそうになるくらいではない。
「精霊って、別の精霊の魔法も使えるのですか?」
『普段ハ使ワナイ。苦シイカラ。別ノ魔法ヲ使ウト体ガ痛クナル』
「別属性の魔法を使うと自分が傷つくのですか。では、今のであなたは」
『一度クライナラ平気。何度モ使ウノハ嫌』
今のは裏技というか非常手段だというのがティアナにもわかった。多用するべきではないことを理解する。そして、命拾いしたティアナは尚も包囲網から抜けるために走った。
驚いたのは男達である。どう考えても動きが鈍くなるような傷を負ったにもかかわらず、ティアナが走り続けているからだ。
どうなっているのか理解できないのはユッタも同じだった。これで終わると思ったのにまったく傷を気にせず動いているのを見て動揺する。
「どうして平気なのよ!? あいつの脇腹は空っぽなわけ?」
あるいは傷が浅かったのかとも考えたがユッタにはわからなかった。崩れた包囲網を見て不機嫌になる。
「早く追いつきなさい。手負いの女一人捕まえられないなんて情けないわよ!」
そんなユッタの声を背に受けながらティアナは走った。一応は男八人の包囲網を突破したものの、その次のことはまだ何も考えていない。あくまでも危機を脱しただけだ。
こうなると、水の精霊と一緒にいる方が戦いやすいのではと思うティアナだったが、慌ててその考えを否定した。無い物ねだりをしても状況は良くならない。
手持ちの道具で有効な物がないとなると、他には何があるのかと考える。
体で覚えている幽霊騎士の剣術は未だ完全に体得はしていない。男達八人の包囲をどうにか切り抜けられたのはこのおかげだが、道はまだ半ばである。確かに役立ってはいるが状況を打開する決定打にはならない。
後は風の精霊だ。普段ならば一体だけでもそばにいてくれれば大抵の困難は切り抜けられた。しかも、精霊が傷つくことを許容すれば別の属性の精霊に魔法を使ってもらうこともできる。
ただし、現在は敵から魔法を妨害されて効果がかなり落ちていた。使い方によっては有効だが限定的すぎる。
「本当に、ユッタはよく考えて仕掛けてきましたね」
すべてを見通したわけではないだろうが、それでも必要なところはきちんと押さえてきていた。もしこれでテレーゼの進言通り風の精霊を返してもらわなければ、ティアナは確実に殺されていただろう。
精霊の視界を通して見れば、一方の森には四つの魔法的な存在がじっとしていた。恐らくあれが尊き主の像だろうとティアナは予想する。近くはないが、走ればそれほどはかからない距離だ。
「あれさえなくせば、どうにかなるのですが」
上がりそうになる息を押さえながらティアナは走った。このままだと再び追いつかれるだろう。
もう一度風の精霊についてティアナは考えた。本当に何もできないのか。今までの出来事を思い出してみる。
「ウェントス、今私の姿を隠したり、空を飛ばしたりできますか?」
『一応デキル。デモ不完全。干渉シテクル魔法ガ邪魔』
「他のことは何もしなくても良いので、姿を隠して空を歩くことに集中しても不完全ですか?」
『ドチラカ片方ダケナラ、完全ニデキル。デモ、短時間ダケ』
意外な返事を聞いてティアナは驚いた。半ば諦めていたのだが、短時間だけでも可能だというのなら戦いようはある。
体力的にあまり時間がない中、ティアナはどのようにしてこの危機を切り抜けるのか考えながら走り続けた。
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