再会

 届けられた手紙に描かれた略地図に従ってティアナとアルマは王都郊外の森を目指した。テレーゼに用立ててもらった二人乗り馬車で王都内を進む。


 今日は婚礼の儀式当日というだけあって朝からどこも浮かれていた。早くも露店を開いて客を集めているところもある。


「いいなぁ。一生に何度もないお祭りだっていうのに参加できないなんて」


「ごめんなさいね、巻き込んでしまって」


「今更ね。それに元はと言えば、あっちが突っかかってきたんだからあんたも被害者よ」


「もし王立学院で絡まれていなければ、今頃何をしていたでしょうか」


「うーん、結局あんたは実家から放り出されて似たようなことになってたんじゃない?」


「ひどいですね」


 周囲の様子を見ながら話す二人は代わり映えのしない結果に笑った。


 王都を出た頃には太陽は高い場所にまで昇っていた。寂れた街道に沿って馬車が進む。


 指定された場所は王都郊外の森だが、王都の真隣から木々が生い茂っているわけではない。間には畑や草原がある。


 それらを過ぎて森の手前に着くと、二人は馬車を降りた。


 戻っていく馬車をわずかに見送ってからティアナが声を上げる。


「さて、いい加減に決着をつけるとしましょうか!」


「そうね。あたしもそろそろ飽きてきたわ」


 うなずき合ったティアナとアルマは前を向いて森の中へと入っていった。


 王都郊外の森の中は一般的な森よりも木々の密度が低い。人によっては林と呼びそうなくらいだ。地面には思ったほど下草は生えておらず、石混じりの茶色い地面が広がる。


 略地図に従って歩く中、布を巻き付けた木がたまに現れた。これが正しく進めている証拠だ。


 やがて木々が生えていない空き地のような場所にたどり着く。雲が陽光を遮ってくれているのでそこまで暑くない。


 開けた場所の手前で立ち止まった二人は地図と実際の場所を見比べる。


「ここのようですね」


「ゲームだと広場の真ん中まで進まないとイベントが始まらないのよね」


「相手はもうこちらに気付いていると思いますが。ああそうでした。ウェントス、姿を現して寄ってください」


 思い出したようにティアナが話しかけると風の精霊が現れた。近寄ってきたそれに手を重ねると自分に憑依させる。これで最後の準備ができた。


「ウェントス、この近くに敵意を持った者達はいますか?」


『イル。木ノ裏ニ隠レテル』


「何人いますか?」


『十八人』


「結構いますね」


 奇襲を仕掛けようとしているのか、それとも単に待っているだけなのか、今のティアナにはわからなかった。しかし、とりあえず相手の数を確認できたのは良いことだ。


「木の裏に十八人が隠れているそうですよ」


「やっぱり。広場の真ん中にまで行かないとイベントが始まらなさそうね、これ」


「あとは飛び道具に注意です」


 お互いにうなずき合った二人は意を決して開けた場所に進んだ。中央まで歩いて立ち止まると周囲を見渡す。特に何かが飛来してくる様子はない。


 しかし、再び正面へ向き直ると、森の木々の裏から次々と人が現れた。全部で十四人、先頭をユッタとウッツが歩いている。


 ユッタに続く八人は清潔感のある姿の男達でいずれも長剣を腰に佩いていた。一方、ウッツに続く四人は明らかに後ろ暗い者達だ。いずれもティアナ達へ敵意の眼差しを向けてきている。


 相手の集団はティアナ達の二十歩ほど手前で立ち止まった。


 勝ち気な笑みを浮かべたユッタが声をかけてくる。


「よく来てくれたわね。正直なところ、半々ってところだと思ってたわ」


「お招きありがとう。こんなにはっきりとお誘いを受けるなんて思いもしませんでした」


「あの舞踏会より前から、あんたにはやることなすこと散々邪魔されてきたわ。だからそろそろ、この辺りでこの腐れ縁を断ち切ろうと思ったのよ」


「王立学院に在籍していた頃から不思議でしたが、どうして身に余るものを求めたり、人を押しのけてまで何かを成そうとするのです?」


「自分の力を使って思うように生きているだけよ。生まれ持った能力を自分のために使って何が悪いっていうの?」


 挑発的に笑うユッタが視線を強めた。それに対してティアナは一瞬迷ったが、勝っても負けてもこれが最後ならと口を開く。


「自分の能力を使うことに反対はしません。けど、あまりに自分のことばかり考えすぎますと、肝心なときに足下を掬われますし、いざというときに誰にも助けてもらえませんよ」


「言ってくれるじゃない。あんたにあたしの何がわかるっていうのよ?」


「別に何もわかりません。でも、ここまで身を落としたことが、いくらかでも証明になりませんか?」


 それまで笑顔を浮かべていたユッタの顔から表情が抜け落ちた。後には憎しみを湛えた目つきだけが残る。


 沈黙が訪れたところで、今度はウッツがアルマに顔を向けた。嫌らし笑みを浮かべならが口を開く。


「てめぇらとは何かと縁があるよなぁ」


「嬉しくないわね。さっさと切りたいわ」


「同感だぜ。オレもこんな鬱陶しい連中のツラを見るのはこれっきりにしたいねぇ」


「今度はガイストブルクのときみたいに、地面に叩き付けられるだけじゃ済まないわよ」


「ケッ、抜かせこのクソアマ。てめぇなんぞ精霊さえいなけりゃとうの昔にぶっ殺せてんだよ」


「その言葉、前にも他の誰かからか聞いたことがあるわね。ありもしない可能性に縋っていると、いつまで経っても勝てないわよ?」


「言ってな。今日こそぜってぇぶっ殺してやるぜ」


 顔を引きつらせながらもウッツは笑顔を維持した。しかし、目は既に笑っていない。


 ここまでだなと四人は同時に思った。後は戦うだけだ。


 最後にティアナがユッタに話しかける。


「それで、これからどう戦うのです? 一対一の決闘方式ですか?」


「バカなことを言わないで。どうしてあんた相手にそんなことをしなきゃいけないの。囲んで嬲り殺しよ!」


 ユッタが叫ぶと、その背後の男達八人とウッツの後ろにいる暗い印象の男四人がが一斉に動き出した。


 期待はしていなかったティアナも包囲される前に後ろに下がる。同時にアルマも続いた。


「アクア、相手を攻撃して!」


 表情の暗い四人に半包囲されつつあったアルマが水の精霊に叫ぶと、小粒の雹が相手にばらまかれた。四人は一瞬怯んだが、当たると痛いだけだと知ると無視する。


「やっぱり!」


「ははっ、残念だったなぁ!」


 後からゆっくりと追いかけてくるウッツが嬉しそうに笑った。水の精霊の魔法が明らかに弱くなっているからだ。


 逃げるアルマはこの状況を予想していた。あらかじめティアナから相手の人数を教えられていたので、現れた人数の数が合わない時点で予想できたからである。しかし、状況を好転させる方法はすぐに思いつかない。


 隣のティアナもユッタに籠絡されたらしい男達に半包囲されそうだった。そのうちの二人が近づいて来る。


「ウェントス、風の塊を相手の顔に!」


『風ノ塊ヲ相手ノ顔ニブツケル』


 風の精霊はティアナの命令通りに相手二人の顔へ風の塊を放った。魔法の威力が低下しているのならば、一点集中で効果を期待する。


 風の魔法はその性質上非常に見えにくいため、躱すことが難しい。これが他の属性の魔法と違うところだ。そのため、ティアナはとりあえず命中することは信じて疑っていなかった。


 ところが、その風の塊をまるで見えているかのように相手の男二人が避けた。


 驚いたティアナは一瞬呆けたが、その間に二人の男が鞘から抜いた剣を抜いて襲いかかってくる。


 一人の剣はティアナが受け流し、もう一人にはウェントスが至近距離から風の塊を撃ち込んでのけぞらせた。しかし、足を止めたせいでアルマとの距離が離れる。


「相手にするのはまずいですね」


 今のティアナとアルマは空けた場所から森へと引き返しているところだ。遮る物のない場所で囲まれるよりは、盾替わりの木がある場所の方がましと考えたからである。


 ウッツを含めて五人の男達に追われて後退しているアルマはもうすぐ森に到達しそうだが、ティアナはもう少しかかりそうだ。


 そんなティアナに悠然と追いかけてくるユッタが声をかけてくる。


「頼みの精霊が大して役に立たなかったら、あんたなんてこんなものね」


「人頼みでないと私と対峙できないあなたの程度もお察しですよね!」


「言ってくれるじゃないの。でも、あたしの能力を使って戦うとなると、こうなるのですから仕方ないでしょう?」


「自分の能力を使うのが良いのなら、私も問題ないはずです!」


 余裕を取り戻したかに見えたユッタの顔が、ティアナに反論されて引きつった。


 一方、言い返すことで本来ならいくらかでも溜飲を下げられたはずのティアナだったが、そんなことを思う余裕はなかった。というよりも、森に近づきつつも周囲を包囲されつつあるので、ユッタと言い合いをしている場合ではない。


 何にせよ動き続けないと危ないのでティアナは走り続ける。その間にも、清潔感のある八人のうち二人がティアナに直接攻撃を仕掛けて足止めをしつつ、六人が包囲しようとし続けていた。


 分断されつつあることに危機感を持っているのはティアナだけではなく、アルマも同じだ。どうにか合流しようと、森に差しかかるとその縁に沿ってウッツ達五人から逃げる。


「ああもう、厄介ね!」


「あっちと合流したいんだろうが、そうはさせねぇぜ!」


「うるさい! アクア!」


 移動先に回り込もうとしていた一人に対して、水の精霊が雹を集中して撃ち込む。人数を絞り込み、雹の数を減らして一粒の大きさを大きくしてだ。途中から有効な方法に切り替えたのである。


 さすがに危ないと判断したその男は仕方なく飛んでくる雹を避けるために飛び退いた。その空いた場所をアルマが駆け抜ける。


 一部始終を見ていたウッツが唸った。


「くそ、やっぱ完全に押さえねぇとダメか!」


 前日まで弄した策により、ウッツはティアナとアルマが連れてくる精霊の数は一体だと予想していた。実際、王城でテオフィルに火の精霊を譲ったところまでは計画どおりだったのだ。


 ところが、実際に対峙してみると精霊は二体である。持って来た黒精霊の導きという小さな像二体が別々の反応を示したときはユッタ共々ため息をついた。


 おかげで尊き主の像で魔法を妨害する相手が増えてしまい、不完全にしか押さえられなくなってしまった。本当ならもう追い詰めて殺していてもおかしくないはずだったのだ。


「グチってもしょうがねぇ。合流だけは阻止しねぇと」


 無い物ねだりをしても問題は解決しないと、軽く首を振ったウッツはティアナとアルマの様子を窺った。


 二度もティアナに言い返されたユッタの心情は不愉快極まりなかったが、それもすぐに大体落ち着いた。言い返した当の本人が少しずつ追い詰められていたからだ。


「ふん、この状況なら何を言っても負け惜しみよね」


 尊き主の像により相手の精霊の魔法を妨害し、八人のうちの二人には黒精霊の導きの像を持たせて不可視の魔法が見られるようにしていた。


 惜しむらくは尊き主の像による魔法の妨害は、二人以上を対象とする場合は効果が分散してしまい、不完全になってしまう。


 それでも、圧倒的な数で臨み、ティアナ達の有力な手段を押さえ込んでいるので余裕はある。


「あらいけない、アルマと合流しそうだわ。邪魔しなきゃ」


 目の前では、八人の男達に包囲されかかっているティアナの元へアルマが近づきつつあった。ウッツ達も追っているが、水の精霊に邪魔されて捕らえきれないでいる。


 たまには自分で動くのも悪くないと苦笑いしながら、ユッタはナイフを構えた。

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