明日に備えて
王城でテオフィル暗殺未遂事件があったとティアナが知ったのはその翌朝だった。宿泊先にバッハ公爵家の使者がやって来たのだ。
ちょっとした騒ぎになった宿を後にしたティアナとアルマは急いでバッハ公爵邸へと向かった。応接室に案内されるとすぐにテレーゼとリンニーが現れる。
「朝から騒がせて申し訳ないですが、要件が要件ですのでご容赦ください」
「承知しています。使者殿からは火急の知らせがあるだけ聞きましたが」
「昨夜、就寝中のテオが賊に襲われました。幸い無傷ですが、今王城は侵入者を許したことで大騒ぎだそうです」
テレーゼに続いてテオフィルも襲われたことを知ってティアナとアルマは目を見開いた。一月以内に王子と公爵令嬢が連続して襲われるなど初めてのことだ。
衝撃から立ち直ったティアナが問いかける。
「それで、明日の婚礼の儀式はどうなるのですか?」
「予定通り行うそうです。一部には延期の声もありましたが、暗殺を恐れていては何もできなくなってしまうとのことです」
「お二人とも実際に狙われたのにですか?」
「延期をしたところで安全になるわけではないですからね。不安はわたくしも感じておりますが」
不安を感じるのは当然だろうと二人は思った。そして、確かに延期して安全が保証されるわけではないが、その意見には首をかしげる。
「暗殺を示唆した者を調べてからの方が良いと思います」
「賊は二人だそうですがどちらも既に倒されてしまい、更には証拠になるような物は何も持っていないそうです」
「手がかりがないから調べようがないわけですか」
「はっきり申し上げるとそうですわね」
例え暗殺者を生け捕っても直後に自殺する可能性はあるので、ティアナはあまり強く反論できなかった。
事件の解明と儀式の予定についてはどうにもならないので、ティアナは話題を変える。
「テオフィル殿下はご無事とのことでしたが、精神的に参ってしまっていらっしゃることはありませんか?」
「連絡を伺った限りではそのようなことはないようです。ただ、わたくしも気にかけておりますので、お昼にお見舞い申し上げようかと思っております」
「それがよろしいかと思います」
「それで、ついてはあなたにも同行していただきたいのです」
「私ですか?」
指名されたティアナが背後で立つアルマ共々首をかしげた。現時点でテオフィルに面会する理由が思い当たらないからだ。
そんなティアナに対してテレーゼが説明する。
「実はテオの身辺警護についてです」
「近衛の方々が担当されていますよね」
「ええ。それに加えて、その、言いにくいことなのですが、わたくしと同じようにテオも精霊に守っていただけないかと」
珍しく言い淀みながらも本題に入ったテレーゼを改めて真正面から見つめた。そして、少し経ってからテレーゼの背後に立つリンニーへ顔を向ける。
「リンニー、この話は聞いていましたか?」
「うん、聞いたよ~」
「あなたはどう思います?」
「どうって、どうかな~? 元々この子達はティアナのために一緒にいるんだから、あんまりばらばらにするのは良くないと思うの~」
意外にもテオフィルを精霊で守ることに否定的な意見を言ったリンニーにティアナは驚いた。厳密には否定的というよりも原則的なわけだが、てっきり王子も守るべきと発言すると思っていたのだ。
これは全員の意見を聞いておいた方が良いと考えたティアナは、振り返ってアルマに問いかける。
「アルマ、あなたはどう考えます?」
「テオフィル殿下も守るとなると五人になりますけど、精霊は四体です。どう配置するんです?」
指摘されてティアナは目を見開いた。確かに一人は精霊の守りがなくなることになる。簡単に決められることではないことに改めて知った。
そんなティアナは更に気付いたことをリンニーに尋ねる。
「リンニー、精霊達はなんと言っています?」
「ん~、特には何も言ってないね~。お願いしたらやってくれるけど~」
「嫌がってはいないのですね?」
「今はね~。あんまり知らない人だと困るけど、テレーゼのお婿さんだったらいいんじゃないかな~」
精霊から拒否反応がないことを知ってティアナは安堵した。さすがにここで拒絶されては選択のしようがないからだ。
ともかく、こうなると後はティアナの判断次第となってくる。
いつも一緒に行動している組にわけるとティアナとアルマ、そしてリンニーとテレーゼとなる。一見するとどちらから精霊をテオフィルにつけても良いように思えるが、事はそう単純ではない。
ティアナとアルマの場合、一緒に仕事をしているが別行動をすることがある。そのときにどちらか片方に精霊がいないというのはどうにも不安だ。
一方、リンニーとテレーゼの場合、常時一緒にいるがどちらも重要人物という問題がある。リンニーは友人のエステから託された神であり、テレーゼは高位貴族だ。精霊を片方にしか貼り付けないというのは不安が残る。
本当に最悪の手段として、封印石に移したテネブーを利用することもティアナは考えた。しかし、倫理的道徳的には大問題だ。更に一度封印したものを引っ張り出すのも気が引ける。
他には何かないかと考えたティアナは、誘惑の指輪、捕縛の種、破魔の護符を思い出した。ティアナ、アルマ、リンニーがそれぞれ持っている。ただし、どれも精霊ほど決定打にはならない。
考えれば考えるほどティアナには難しく思えてきた。ため息をついてテレーゼに話しかける。
「テオフィル殿下の元へ同行するのでしたら、ご本人も交えてお話をしませんか? そもそも殿下が拒否なされば考えるまでもありませんし」
「確かにそうですわね。承知しました。それでは、お話は一旦これでお終いにしましょう」
悩むティアナの姿を見たテレーゼはうなずいて相談を打ち切った。
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本来、儀式の前日ともなれば準備で忙しいか当日に向けてゆっくりとしているかのどちらかだが、事件が発生したテレーゼはそれどころではない。
ただ、婚礼の儀式を直前に控えているということもあって暗殺未遂事件は公表されず、表面上は何事もないように見えた。もちろん噂はすぐに貴族社会に広まったが、表立って騒ぐ者はいない。
簡単な昼食を済ませるとティアナ達はテレーゼに従って王城へと向かった。乗り込んだ馬車の中で雑談に興じるが途切れがちになる。
王城に着くと四人は応接室に案内された。ティアナがテレーゼと共に椅子に座り、アルマとリンニーが背後に立つ。
さすがにテレーゼが面会人だとテオフィルもすぐに現れた。対面に座るとすぐに話しかけてくる。
「婚礼の儀式の前日にわざわざすまない。そちらも忙しいだろうに」
「いいえ。わたくしのときにはお見舞いに来てくださったのに、テオのときに伺わないなんて薄情ではありませんか」
「そう言ってもらえると嬉しいな。しかし、見ての通りまったくの無傷だぞ」
「本当に良かったです」
既に報告で聞いているので知っていることだが、実際に安否の確認をしてテレーゼは改めて安心した。これを皮切りに昨晩の襲撃の話へと移ってゆく。
最初眠っていたテオフィルからすると、突然剣戟の音でたたき起こされたところから始まった。脇にある剣を手に取って寝台から飛び降りたときには、既に警護の騎士が相手にしていたという。
「結局のところ、僕は見ているだけだったな」
「警護の者がお務めを果たしたということですから結構なことです。それと、バルシュミーデ侯爵家から遣わされた者も活躍されたわけですわね」
「ゲルルフのことだな。そうだ。しっかり務めてくれた」
「それは良いことですが」
テレーゼの表情が若干微妙になった。テオフィルの身を救ってくれたことは嬉しいが、どことなくもどかしそうだ。
その様子を見たテオフィルが苦笑いする。
「言いたいことはわかる。しかし、活躍したことは事実だ。それは評価しないといけない」
「もちろんです」
「務めを果たせなければ明日のバルシュミーデ侯爵家の護衛について何か言えただろうが、そのときは僕の命がなかっただろうからな」
「そうですわね。しかし、バルシュミーデ侯爵家の件は置いておいても、明日の警備は大丈夫なのですか?」
「実際のところはやってみないとわからない。警備の命令系統が二つに増えるのは困ったものだが、守りにつく者の数は増えるからその分だけ厳重になる。そう思うしかない」
説明をしているテオフィルも自分の言葉で自分を説得しているように見えた。警備のような役目の場合、いくら準備をしても不安が拭えないのが実際のところだ。
婚約者とある程度話をしたテオフィルは次いでティアナへと目を向けた。
「君もお見舞いに来てくれたのか」
「はい。それもありますが、実はテレーゼ様からテオフィル殿下の警護についてご相談がありまして、その話のために同伴いたしました」
「僕の警護? テレーゼ、どういうことだ?」
「以前わたくしが馬車で襲撃されたとき、ティアナと共に精霊にも助けられたことはお話をしましたわよね。以来わたくしはティアナから精霊を遣わして守ってもらっていますが、テオにも必要ではないかと思ったのです」
「僕に精霊を?」
最初は呆然としていたテオフィルだったが、テレーゼの言葉を理解すると何度かうなずいた。
王子が再び自分へと顔を向けてきたので、ティアナは問いかける。
「最初にお尋ねしたいのですが、精霊による警護は必要でしょうか?」
「う、ん。まぁ、必要かどうかと言われると、すぐには答えられないな。今まで考えたこともなかったから。テレーゼ、君には風の精霊がついていると聞いているが、実際のところどうなのだ?」
「精霊に守っていただいてからは何も起きていませんので何とも。ただ、馬車で襲撃されたときは相手を風の魔法で吹き飛ばしたのを見ております。大の男を木の葉のように舞わせておりました」
「そうなのか。その話を聞くと、守ってもらいたくはなるな」
「普段はその姿を隠していますので目立つことはありませんし、人とは違って片時も休みなく守っているそうです」
自分よりも上手に説明しているなとティアナは感心しながら聞いていた。これならテオフィルも望むだろうと予想し、王子と公爵令嬢の問答中にどの精霊に守ってもらうのか考える。
バッハ公爵邸にいる頃から考えていたが、やはりリンニーとテレーゼの護衛は外せない。何かあって別行動をしたときに精霊の守りが外れるのは危険すぎた。
そうなるとティアナとアルマのどちらの精霊がテオフィルを守るかだ。こうなると、選択肢は自然に絞られてくる。
意識を会話に戻すと、テレーゼとテオフィルの話は予定通りにまとまりそうだ。王子の顔がティアナへと向けられる。
「色々話を聞いていたが、それほど優秀ならば僕も守ってもらいたい。もちろんずっとというわけにはいかないだろう。明日の婚礼の儀式のときだけ借りることはできるか?」
「そうですね。明日は特に何があるかわかりません。火の精霊に守ってもらいましょう。イグニス、テオフィル殿下を明日いっぱいまで守ってください」
ティアナの言葉に反応した火の精霊は半透明な姿を現すと、音もなくテオフィルの頭上へと移った。そして再び姿を消す。
決めるまでは散々迷っていたティアナだったが、決まってしまうとすっきりとした表情となった。肩の荷が下りたかのようだ。
しかし反対にアルマとリンニーの表情が曇る。
特にリンニーは不安そうにティアナへ声をかけた。
「ティアナ、危なくないかな~?」
「元々精霊がいないのが当たり前でしたから、別にどうというわけはありませんよ」
「わたしはテレーゼ様と一緒だから、テッラの方がいいんじゃないかな~」
「エステとの約束を破るわけにはいきませんから。心配してくれてありがとう」
まだ何か言おうとしたリンニーだったが、横からアルマに袖を引っ張られて黙った。しかし、表情はそのままだ。
その様子を見ていたテオフィルが気遣わしげにティアナへと声をかける。
「別に無理にとはいわないぞ。当日はとなりにテレーゼもいれば、リンニー様もいるのだから」
「お一人のとき、儀式の前後で狙われる可能性があります。昨晩狙われたのも、まさにそのときでしたよね?」
「確かに」
まだ記憶に新しい出来事を思い出したテオフィルがぎこちなくうなずいた。
こうして、精霊の守りについての話は決まった。更にいくつかの雑談をして面会も終わる。どうなるかはこれから次第だった。
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