反撃の機会
王城の地下牢に出向いたティアナとアルマはそれほど長居はしなかった。特定個人の名前を出すことで望む情報を得るのに時間はかからなかったからだ。相手の騎士は剣の腕ほど交渉事には長けていなかったようである。
再び応接室に戻ってきた二人は夕方までテオフィルを待った。いくら本人から教えてほしいと言われても、次期国王の予定はそう簡単には変えられないのだ。
たまに立っては凝った体を
「待たせてすまない。僕を呼んだということは、何かわかったことがあったんだな?」
「テオフィル殿下、ユッタを覚えていますか? この件、ユッタが関わっている可能性があります」
「あいつか!」
顔をしかめたテオフィルが天を仰いだ。苦々しいというだけでは済ませない相手である。それはかつて籠絡された王子個人だけでなく、隔離先から脱走された王国としてもだった。
尚も憤懣やるかたないといった様子の王子にティアナが語る。
「今はジルケと名乗っているようですが、私達が知っているユッタの特徴と地下牢の男の話を付き合わせると、ユッタが暗躍している可能性が高いです」
「かつて捕らえたれた恨みでこんなことをするのか。いやしかし、確かユッタは誘惑の指輪を使って男をたらし込んでいたはず。あの指輪がなければただの女でしかないはずだが」
「その認識は間違っています。実のところ、ユッタは男を誘惑できる魔法が使えるのです」
「なんだと!?」
話に驚くテオフィルの様子を見ながらティアナは言葉を選んで説明した。ここで前世の説明をしても面倒な上にあまり意味もないので魔法ということにしたのだ。
「地下牢で話をした男はユッタ、この場合ジルケですが、のことについてだけ異常に反応していました。というより、それ以外は興味がないといった様子です」
「男を誘惑する魔法のせいか」
「恐らくそうでしょう。一度この術中にかかると相手の言いなりになってしまいます」
「となるとあの騎士崩れ達がテレーゼを襲えたことも説明がつくわけだな。盲目的にユッタの命に従ったと」
「はい。最初は借金苦だったところをつけ込まれたのかも知れませんが、以後は操り人形のような状態だと思います」
「その男を誘惑できる魔法は、男なら誰でもかかってしまうのか?」
「私の知る範囲では。更に、面と向かって会えば誰でも魔法をかけられるようです」
「厄介だな」
ユッタから仕掛けられると相手が男だとほぼ打つ手なしと知ってテオフィルの顔は渋面になった。
頭を抱えている王子にティアナは更に話を続ける。
「それと、ユッタの他にもう一人気になる男がいます。カイと名乗っている男がどうもウッツらしいですね。この男は王子と面識はありませんが」
「どんな男なのだ?」
「裏社会のごろつきなのでが、私と妙に縁があるらしく、ガイストブルク王国で出会って以来何度も敵対している人物です」
「その男は今回何をしているのだ?」
「あの地下牢の男の話から考えますに、実行犯の管理でしょうね。恐らく他に様々なことをしていると思われますが、何にせよユッタの片腕なのは間違いないでしょう」
多分に推測が含まれているが、ティアナはそれほど間違っていないと確信していた。
自信に満ちたティアナの言葉を聞いたテオフィルがうなずく。
「なるほどな。そうなると今回の一件は、テレーゼを恨んで籠絡した騎士達をけしかけたということか」
「動機については本人に尋ねないとわかりませんが、ユッタが企画してウッツが実行したことは大いに考えられます」
「それにしても厄介だな。誰がユッタに籠絡されているかなんてわからないぞ」
地下牢のときのように追い詰めると馬脚を現すこともあるだろうが、普段の生活で常時そんな喧嘩を売るようなことはできない。しかも、考えすぎてしまうと誰も信用できなくなってしまう。
「救いなのは、この国で今のユッタは追われる身だということか。大っぴらに人と会えないから籠絡できる男もある程度限られる」
「ウッツのような裏社会の者に声をかけられても断れないような事情を抱えた騎士や貴族を調べてはいかがでしょう?」
「今はそれしかないか。ティアナ、ユッタはまた仕掛けてくると思うか」
「怨恨が理由なら必ず仕掛けてくるでしょう。ただ、気になるのは地下牢の男がテレーゼ様を殺す気はなかったと言っている点ですね」
「ふん、いつでも殺せると思っているのだろう。しかし、そのうち本当に僕とテレーゼを殺そうとするのではないか?」
「問題は、いつ、どうやって目的を達成するつもりなのかです。単純に襲撃の回数を増やしても、私達の警戒が厳しくなるですから」
「そこは深く考えていなかったな」
盲点を指摘されたかのようにテオフィルは眉をひそめた。
襲撃犯がテレーゼを殺す気でいたのなら事はまだ簡単だったが、実際はそうではない。狙いは別にあると見るべきだろう。最初に思いつくのは婚礼の儀式に何か仕掛けるということだが、果たしてこの見立てが正しいのかはわからない。
どうしたものかとティアナが考えていると、その背後から声がした。アルマだ。
「発言してもよろしいでしょうか?」
「構わない。何かあるのか?」
「こちらから犯人側に仕掛けてはいかがですか?」
「そんな手があるのか?」
「牢屋にいる犯人のうち一人をわざと逃がして、その後を追って真犯人を突きとめるという方法です」
「なるほどな。しかし、追跡することは簡単ではないぞ。相手を見失う可能性もある」
「人間が追跡するのならその通りですが、精霊に追跡してもらえるのなら見失うことはありません」
アルマとテオフィルの話を聞いていたティアナは、その手があったかと小さく声を上げた。以前やったことがあるのを思い出す。
提案を聞いたテオフィルも精霊の存在を思い出して何度かうなずいた。そして、ティアナへと顔を向ける。
「精霊に追跡させるというのは思いつかなかったな。というより、そんなことができるのか?」
「可能です。この方法でしたら、テオフィル殿下はアルマの案に賛成されるのですか?」
「そんな便利な方法があるのなら、使わない手はないだろう。じっと待つのと違って、こちらから打って出られるのも良い。ティアナの方こそ構わないのか?」
「はい。相手の目的がわからないまま待つのは疲れます。反撃する機会があるのなら、反撃するべきでしょう」
「わかった。それなら父上に犯人の扱いを僕に一任してもらえるよう進言する。恐らく実施できるのは二日後か三日後くらいになるだろう」
これ以上尋問しても成果を得られそうにないところだったので、思わぬ提案を聞いたテオフィルの声は明るかった。ティアナとしても一気に解決できるのならその案に乗りたかったところだ。
その後、具体的にどのような内容で追跡するのかを三人で話し合ってから、その日の面会は終わった。
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翌日、ティアナとアルマはバッハ公爵邸に赴いた。昨日の王城での話をリンニーとテレーゼにも説明するためだ。
応接室でティアナが座り、アルマがその後ろで立っていると、テレーゼとそれに付き従うリンニーが入ってきた。
立ち上がったティアナが一礼する。
「テレーゼ様、お目にかかってくださってありがとうございます」
「ごきげんよう。昨日に続いて寄っていただき申し訳ありません」
「また会えたね~」
「すっかりテレーゼ様の侍女が板についていますね」
「えへへ~、そうでしょ~!」
テレーゼの背後に立ったリンニーにティアナが声をかけると、嬉しそうな笑顔を返してきた。この一週間はずっとテレーゼと共に行動していたのだ。
楽しそうなリンニーにアルマからも声をかける。
「酔っ払って粗相はしてないわよね」
「ずっと飲んでないから粗相なんてしてないもんね~!」
「あんた、いつもその口調で話してるの?」
「そんなことないよ~。お仕事してるときは、ちゃんとした口調でお話してるよ~」
「テレーゼ様、本当ですか?」
「ええ、本当ですよ。突然女神のような侍女が現れたと他でも評判ですのよ。もっとも、リンニー様の正体を知っている身としては、いささか返答に困りましたが」
普段の様子を知っているアルマからすると、わかっていてもなかなか想像できない姿だった。酒を飲まなければこうも変わるのかと妙な感心をする。
「けれど、リンニーって侍女としての礼儀作法なんてよく知ってたわね」
「わたし知らないよ~。ただ、ちょっとツンとして丁寧にお話したら、みんな何も言わなかったよ~」
「王城にも行ってたんでしょ? それで何とかなったの?」
「なったよ~!」
説明が大雑把すぎてアルマはそのときの様子が想像できなかった。テレーゼが何も言わないので大丈夫だったのだろうが、不安は消えない。
そんな雑談をしたところですっかり和やかな雰囲気になった。この辺りで、ティアナがテレーゼに少し真剣な顔を向ける。
「テレーゼ様、昨日王城で襲撃犯の一人と面会しました。また、テオフィル殿下とも話し合って決めたことがございますので、それも合わせてお話いたします」
「ええ、お願いします」
襲撃犯に指示したのがカイと名乗ったウッツの可能性があり、ジルケと名乗ったユッタに籠絡されているらしいことを最初に説明した。それを聞いたテレーゼは驚く。
次いで、テオフィルと相談して犯人の一人を別の場所へ移送する際に意図的に逃亡させ、精霊にその後を追跡させて相手の一味を探ることも話した。
すべてを聞き終えたテレーゼはため息をつく。
「行方をくらましたユッタがまた舞い戻ってきているとは。しかし、それならわたくし達に対して何かを企むというのも納得できます」
「まだ推測に推測を重ねている段階ですけど、それをはっきりとさせるためにも、犯人を泳がす必要があります」
「そうですわね。ただ待っているよりも良いでしょう。ただ、その使用する精霊はどうするのですか?」
「イグニスとアクアに頼む予定です。前にも同じ事をしたので、追跡すること自体は難しくありません」
「ならばその献策は成功するでしょう。これで相手を一網打尽にできれば良いのですが」
話を聞いたテレーゼはうなずいて返答した。
伝えるべき事は一通り伝えたティアナは緊張を解く。
「ともかく、数日後には何らかの結果が出ます」
「良い知らせを期待したいですわね」
「ええ、テオフィル殿下も同じでした。でも、殿下は別のことでも悩んでいらっしゃるようで大変ですね」
「別のことですか?」
「婚礼の儀式当日の護衛のことです」
「ああ、バルシュミーデ侯爵家の件ですね。確かに」
既に事情を知っているテレーゼは微妙な表情を見せた。自分への襲撃がきっかけになったので若干の負い目があるのだ。
しかし、そんな理由がわからないリンニーは首をかしげる。
「バルシュミーデ侯爵家の件って何のことかな~?」
「三日前にお目にかかったバルシュミーデ侯です。リンニー様なら、ゲルルフのいる家と言った方がわかりやすいしょうか」
「思い出した~! あのお髭の人、わたし嫌い~!」
突然リンニーが叫びだしたのを見て、ティアナとアルマは驚いた。
二人の様子を見てテレーゼが苦笑いする。
「三日前に王城へ参内したときにバルシュミーデ候と廊下で会ったのです。そのときに、あちらの護衛騎士であるゲルルフとリンニー様で一悶着ありまして」
「だってひどいのよ~! わたしがテレーゼの護衛をしてるって言ったら笑うんだよ~!」
「まぁ、騎士殿からすれば、リンニーはか弱く見えてしまいますからね」
当時のことを一生懸命に説明するリンニーの姿を見て、ティアナは反応に困った。いっそ魔法使いらしくゆったりとしたローブを着ていれば、相手の印象は変わったかもしれないと内心で思う。
最後は口を尖らせて怒ったリンニーにアルマが問いかける。
「そんなに悔しいんだったら、精霊の姿を見せたら良かったんじゃないの?」
「あんな人達にこの子達を見せたくない~!」
「わたくしも後で同じことを申し上げたのですが、同じ言葉を返されてしまいました」
駄々っ子みたいな状態になりつつあるリンニーを見て、他の三人は首を横に振った。
四人の雰囲気は柔らかく温かいが、婚礼の儀式を半月後に控えたテレーゼ達の周囲は、馬車への襲撃以来不穏な空気が流れている。しかし、ようやくその端緒をつかみかけたことで、誰もがその空気を払拭できると信じた。
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