王子との再会
路上で襲撃された翌朝、バッハ公爵邸は未だに騒然としていた。
何しろ来月に婚礼の儀式を控えた公爵令嬢の馬車が襲われたのだ。怒り狂ったテレーゼの父は、何としても犯人を捕らえるべく捜査の陣頭指揮を始める。
護衛の騎士と一緒に襲撃者を撃退したティアナはテレーゼの両親からとても感謝されたが、四年前の事件を思い出されると微妙な顔をされた。
当主の執務室からティアナと一緒に応接室へ戻ったテレーゼは、待っていたアルマとリンニーの前で呆れる。
「自分達の体面のために犠牲にした人物に助けられてばつが悪いのはわかりますが、あそこまで露骨に態度を変えるなんて恥ずかしいですわ」
「それでも嫌われているわけではなかったのですから、まだ良い方ですよ」
「ティアナは優しいですわね。しかし、父上の評価を変えねばなりません」
意外に厳しいテレーゼの言葉にティアナは苦笑した。
一通り憤ると落ち着いたご令嬢を見てリンニーが安心した表情を見せる。
「もう落ち着いたようだね~」
「取り乱したところをお目にかけてしまい、申し訳ございません。もう大丈夫ですわ」
「よかった~。でも、いきなり襲いかかるなんてひどいよね~」
「貴族である以上、誰かしらに狙われているでしょうから覚悟はしていました。しかし、いざ当事者となると震えてしまいますわね」
「怖いもんね~」
「はい。それに対して、ティアナが敢然と立ち向かうのを見て、とても羨ましく思いましたわ」
いきなり褒められたティアナは目をぱちくりとさせた。もはや日常と言えるほど慣れてしまっていたので、称賛されるとは思っていなかったからだ。
若干のむず痒さを感じながらもティアナは答える。
「精霊がいてくれるおかげです。私だけではとてもあれだけの活躍はできません」
「自在に精霊を操れるとは前に聞いておりましたが、まさかあれほどとは思いませんでした。契約していらっしゃらないのですよね?」
「はい。でも、自在に操れるのでしたら、リンニーもアルマも同じですよ」
「まぁ!」
驚きつつもテレーゼが最初にリンニーへ、次いでアルマへ顔を向けた。リンニーは笑顔で、アルマは引きつった笑いで応える。
そうやって四人で談笑していると、一人侍女が応接室に入ってきた。そのまま静かにテレーゼへ近づくと耳打ちする。
何事かと三人が見守っていると、困惑した様子のテレーゼが口を開いた。
「テオが、テオフィル殿下がお見舞いにいらっしゃったそうです」
その言葉を聞いてティアナとアルマは目を見開いた。特にティアナは対決したときのことを思い出す。舞踏会以来会っていない。
当事者であるテレーゼもティアナ達の心情はある程度推し量れるので、遠慮がちに提案する。
「今日のところは、一度戻っていただいた方がよろしいかもしれませんわね」
「そうですね。調査については昨日お話しましたので、また来週お伺いします」
今更会っても喧嘩になることもないだろうが気まずくなるのは確実だ。テレーゼの結婚直前で厄介なことが起きているときにわざわざ会うこともない。
提案を受け入れたティアナはテレーゼがうなずいてから立ち上がった。続いてリンニーも立つと三人一緒に一礼をする。
若干足早に扉へと向かったティアナはそのまま何も考えずに開けた。そして、廊下を挟んで反対の壁側に立っている人物を見て声を漏らす。
「えっ?」
「なっ?」
驚いたのは相手側も同じだった。金髪碧眼の典型的な美男子であることは今も変わりなく、落ち着いた雰囲気が現れた分だけ大人びて見える。
こうしてティアナは、ヘルプスト王国の王子テオフィルと約四年ぶりに再会した。
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偶然とはいえ出会ってしまった以上そのまま素通りするわけにもいかず、ティアナ達は再び応接室へと戻った。もちろんテオフィルも同席しており、テレーゼの隣に座っている。
ただし、予想通りティアナは気まずかった。良い思い出のある相手ではないし、なんと声をかければ良いのかもわからないからだ。救いがあるとすればテオフィルも同じらしく、先程からやりにくそうな表情を浮かべていた。
尚、隣のリンニーは話でしか知らないことなのでよくわかっておらず、不思議そうにティアナ達を見ている。
最初に口を開いたのはティアナだ。まだリンニーの紹介さえもしていない。とりあえずこの場を動かす必要がある。
「お久しぶりです、テオフィル殿下。こちらのリンニーとは初めてですよね。紹介いたします。こちら、精霊の庭に住んでいらっしゃる慈愛を司る女神リンニーです」
「初めまして~!」
「は?」
いきなり神様を紹介されたテオフィルは呆然とした。隣に座るテレーゼが婚約者の横顔を見る。
「すまない、聞き間違いかもしれないから確認するが、今、この方を慈愛を司る女神と言ったのでいいか?」
「はい。テレーゼ様は以前お目にかかっていらっしゃるのでご存じですし、隣国のエルネスティーネ王女ともご友人なのですよ」
「なに? ガイストブルクのあの王女と? いや待て。それ以前にテレーゼ、君は知っていたのか?」
「三年前の王立学院襲撃事件のおりにお目にかかったことがあります」
「それほど前から? なぜ話してくれなかったんだ」
「あのときはティアナとリンニー様から口外しないよう申しつけられておりましたし、話したとしても信じてくださらなかったでしょう。何より、舞踏会の件からまだ一年しか経っておりませんでしたから」
「あぁ」
呻きを漏らしたテオフィルはそのまま黙った。テレーゼの言い分が正しかったらしい。
しばらく黙っていた王子だったが、どうにか声を絞り出す。
「ティアナを見て、髪の毛が短くなったり、雰囲気が変わっていたりと色々思っていたが、全部吹き飛んでしまったな」
「これだけでは信じられないでしょうから、いくらか証明したいと思います。ウェントス、アクア、テッラ、姿を現してください」
王子に向かって話をしていたティアナが声をかけると、半透明の竜巻、水玉、そして土人形が現れた。
精霊三体の姿を呆然と眺めている王子にティアナが更に語りかける。
「私はとある理由で精霊の庭へと赴き、そこでリンニーをはじめとする神様と精霊の知己を得ました。この者達はそこから同行してくれている精霊四体のうちの三体、風、水、土の精霊です」
「おとぎ話に出てくる精霊のようだな。あの話は本当だったのか。ところで、残りの一つはどうしたんだ?」
「火の精霊イグニスは今、宿で私達の荷物番をしてもらっています」
「こんな大精霊にそんなことをさせているのか!?」
完全に使いっ走り状態だと知ってテオフィルは驚愕した。普通なら王家の守護神として祀られてもおかしくない存在である。これにはテレーゼもため息をついて目を逸らした。
苦笑いをしながらティアナは答える。
「きちんと了解を得ていますよ」
「みんな順番に荷物番をしてるんだもんね~」
「無茶苦茶だな」
「どうしてこうなったのかは、今から簡単にご説明しますね」
この四年間に何をしていたのかをティアナは目の前の王子に説明した。隣国で大精霊を保護し、精霊の庭へと連れて行き、そして隣の大陸各地を回っていることをだ。さすがに男になる方法を探すことまでは明かさなかったが。
想像以上に様々なことをしていると知ったテオフィルは半ば呆れてティアナを見る。
「波瀾万丈とは正にこのことだな。本当に驚いた。そして、今までの非礼な態度申し訳ありません、リンニー様」
「いいよ~! お酒いっぱい飲ませてくれるのなら許してあげる~」
「今の発言は無視してください」
「何でよ、ティアナ~」
口を尖らせたリンニーが抗議してくるが、ティアナはそれを軽く受け流した。
そんな二人のやり取りを見ていたテオフィルはしばらく楽しそうな表情だったが、やがて少しつらそうなものへと変わる。そして、意を決したかのように口を開いた。
「ティアナ、前から決めていたことなんだが、もし再び会えたとしたら、君に謝ろうと思っていたんだ」
「テオフィル殿下?」
「今から思うとどうしてあそこまでユッタに入れ込んでいたのかわからないが、僕がかつて君にしたことは許されるようなことではない。でも、許されなくても謝罪しないといけないことだとはあれから気付いたんだ」
その真剣な表情に周囲は沈黙した。その中でテオフィルは言葉を続ける。
「すまない、ティアナ。今になって家同士の取り決めをなかったことにはできないけど、僕が即位したら何らかの形で君の汚名を雪ぎたいと思う。失った時間は取り戻せないが、せめてこのくらいはしないと」
「ありがとうございます、テオフィル殿下。王子のお気持ちはよくわかりました。謝罪は受け入れます」
穏やかな表情で答えたティアナを見て王子は体の緊張を解いた。テレーゼも嬉しそうだ。
その様子を見ながらティアナは更に言葉を続ける。
「しかし、即位後に何かをしてもらう必要はありません。ヘルプスト王国の貴族に戻る気はありませんから、そのままで結構です」
ヘルプスト王国では貴族子女として認知されているので、念願叶って男になった場合はどうやっても復帰できない。それに、下手に詮索されるよりは、このまま忘れ去られた方が好都合なのだ。
「確かに打算はいくらか含まれますが、もう王国の貴族にも王子にも含むところはありません。このままにしておいていただくのが何よりです」
「君がそう言うのならそうするが、本当にいいのか?」
「はい。今の私には、頼れる仲間がいますから」
胸を張ってティアナが言い切ると、アルマとリンニーも嬉しそうにうなずいた。精霊三体も体を揺らす。
こうして舞踏会で発生した二人のわだかまりは本当の意味で解決した。
応接室全体に弛緩した空気が流れ始めると、テオフィルがテレーゼに声をかける。
「ティアナのことですっかり忘れていたが、テレーゼ、怪我は本当にないのか? 痛むところも?」
「はい。ティアナが守ってくれたので無傷です」
「しかし、まさか白昼堂々と襲ってくるとはな。こうなると、警護の者を増やす必要がある。義父上はどうされるつもりとおっしゃっているのだ?」
「馬車の警護を増やすとのことでしたが、さすがに普段から何十人とするわけにもいかないので、どうするか悩んでいらっしゃいます」
捨て身上等の作戦ならば単純に護衛以上の数を揃えてしまえば良い。何人かでも馬車にたどり着いてしまえばどうにかなるのだ。そのため、単純に数を増やせば済む問題でもない。
悩んでいる王子と公爵令嬢を前にティアナが提案する。
「でしたら、リンニーと精霊を護衛に付けてはいかがでしょうか?」
「リンニー様と精霊を、ですか? しかし、それは」
「昨日の襲撃でもご覧になったとおり、精霊がそばにいるかどうかで守りやすさはまったく変わってきます。そして、リンニーはその精霊と直接会話ができます」
「あれ~? ティアナもお話できるでしょ~?」
「私は精霊に憑依してもらわないといけないので、直接会話をしているわけではないです」
「そうだったね~」
テネブーを憑依させていたときに、精霊の声を聞けなかったもどかしさをティアナは覚えていた。あれではとっさのときにテレーゼを守れない可能性がある。
「ですから、風の精霊ウェントスに直接テレーゼ様を護衛してもらい、リンニーが常におそばに控える形なら、大抵のことなら乗り切れるはずです」
「テッラはわたしのそばにいるのかな~」
「ええ。最悪近くにいられなくなる場合のことを考えたら、その方が良いですから」
「ということは、アクアがアルマに付いて、イグニスがティアナに付くのね~。あ、荷物番はどうする~?」
「その前に、テレーゼ様、私の提案はいかがでしょうか?」
「わたくしにとっては願ってもないことですが、リンニー様はよろしいのですか?」
「いいよ~! お友達は守らないとね~! あ、でも調べ物はどうしよ~?」
「そちらは私とアルマがやります。良いですよね、アルマ?」
「この流れでダメだって言えないですよ」
後ろに振り向いて問いかけてきたティアナに対して、アルマが目を細めて答えた。三人の様子をテレーゼとテオフィルは微笑ましそうに見ている。
こうして、リンニーと精霊二体はテレーゼの護衛をすることに決まった。そのため、しばらく別行動となる。
ちなみに、宿に置いてある荷物で日用品以外はバッハ公爵邸に移すことになった。精霊を荷物番から解放するためである。
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