白昼の襲撃
婚礼直前の侯爵令嬢から仕事を引き受けたティアナ達は翌日から行動に移った。しかし、使用人やメイドから話を聞き出すのだからまずは接触を、と思ったら間違いだ。
目下の人間であっても一個の人格を持っているので様々な性格の者達がいる。そのため、接触する相手を選ばないといけない。口が軽い者から堅い者までいるのだ。
更に、三人もそれぞれに適した役割をこなす。
アルマは、この仕事の中心人物だ。対象となる貴族の使用人やメイドの確認と選定、そして接触と会話を担当する。簡単に言えばすべてだ。
一方、ティアナとリンニーは情報収集、相手が男の場合はたまに接触と会話もやる。ただし、アルマの付き添いありでだ。
この役割分担にリンニーから疑問の声が上がる。
「どうしてわたしとティアナは情報を集めるのが中心なの~?」
「リンニーはどんな使用人やメイドが話を聞きやすそうか見分けられる?」
「うっ」
質問に対してアルマが端的に返答した。
使用人やメイドについては本職であるアルマがよく知っているので、集めてきた情報から狙いを絞ることができる。逆に元貴族のティアナと神様であるリンニーはこの判断ができない。
「でも、どうして男の人のときだけしかわたし達はお話に参加できないのかな~?」
「そもそも、あんた達二人はどこをどう見ても使用人やメイドに見えないでしょ。相手の本音を聞き出さないといけないときに、普段仕えてる貴族みたいな人が一緒にいて本当のことを話してくれると思う?」
「そっか~。でもそれだと、どうして男の人だと良いの~?」
「酔っ払ったときにあんた達のような美人がいると、口を滑らせやすい男がいるからよ」
「へぇ~」
わかっているのかわかっていないのか判然としない様子のリンニーが気のない返事を返した。とりあえず理由があるということは理解したらしい。
今度はティアナが問いかける。
「すぐに始めるとして、ある程度の成果を上げるには、どのくらいかかると思います?」
「テレーゼ様から聞いた貴族全部は無理だから的を絞ったとして、狙う家を決めるのに一週間くらいかしらね。そっからは相手次第だけど、更に二週間でいくらかわかったらいいわね」
「婚礼の儀式までに片付いたら良いと思っていましたが、無理そうですね」
「二つ三つの家くらいならともかく、あれ全部は絶対無理よ。もしあたし達だけで全部やるのなら、終わるのは秋くらいかしら」
説明を聞いたティアナは微妙な表情をした。簡単だとは思っていなかったが、思った以上に時間がかかることに驚く。
「それなら三つに的を絞りましょう。本命が二つに予備が一つ。どこも当たりそうなら、こんな区別は必要ないでしょうけど」
「けど、区別はしておいた方がいいわね。怪しいだけで無実でしたって可能性はあるんだから」
話が決まると、アルマの指示に従ってティアナとリンニーが動き始めた。
噂程度も含めてテレーゼが示したのは六人の下級貴族と八人の騎士だ。いずれも春から初夏にかけて借金があるにもかかわらず、次々に羽振りが良くなったらしい。
その中から三人の下級貴族と二人の騎士を選ぶ。選んだ理由は、テレーゼによると特に借金の額が大きいということだからだ。歪なところほど付け入る隙があるのだ。
そして更に絞り込むために周辺を探っていった結果、下級貴族二人に騎士一人を選ぶ。貴族のうち一人は予備だ。
ここまでで六日かかった。ティアナとリンニーは特に疲労が目立つ。
「うう~、歩いてばっかり~」
「そりゃ聞き込み調査ばっかりだもの。大変だけど我慢して」
「お酒がいっぱい飲みたいよ~」
「さすがにテレーゼ様の資金で飲むのは気が引けますから、我慢してください」
「これが終わったらたくさん飲むからね~」
拗ねるリンニーをティアナとアルマの二人がかりでなだめつつ、テレーゼとの面会の約束を取り付けて当日報告へ向かった。
屋敷にたどり着いた三人は例によって応接室で待っていたが、やって来たのは侍女の一人のみである。
「申し訳ありません。たった今テレーゼ様は王宮へ参内されることになりました。ついては、馬車の中でお話を伺いたいとのことですので、ティアナ様のみご同行ねがえないでしょうか」
「承知しました。お屋敷に戻ってくるのはいつ頃になるのでしょうか?」
「申し訳ありませんが存じ上げません」
「あたしとリンニーは一度戻った方が良さそうね」
「いつまで待てば良いのかわからないと困るもんね~」
急用となればどうにもならない。仕方なく、ティアナのみがテレーゼに同行することになった。
公爵家専用の馬車ともなるとさすがに広い。テレーゼ、お付きの侍女二人、そしてティアナが余裕で座れる。
前後を護衛の騎馬で挟まれて通りを進む馬車の中で、ティアナはテレーゼと向かい合って座っていた。王女用の馬車に乗ったこともあるので気後れはしないが微妙に肩身が狭い。
そんなティアナに対してテレーゼが声をかける。
「約束の日にこのような場所でお話を聞くことになってしまい、申し訳ありません。本来なら後日改めてということにするのですが、どうしても早くお話を伺いたかったので」
「いえ、構いません」
「それと、この二人は信頼できますので、お気になさらずにお話ください」
自分の隣とテレーゼの隣に座っている侍女二人へティアナはちらりと目を向けた。姿勢も表情も崩さずじっと座っている。
視線を正面に戻したティアナは口を開いた。
「承知しました。とはいっても、実のところそんなに重要なお話はまだありません」
「では、どの程度まで調査は進んでいるのですか?」
「調査対象の絞り込みが終わったところです。貴族の方が二人と騎士の方が一人です。いずれも仕えている者達を見て判断しました」
「そこならば、いずれも話が聞きやすいということですか」
「おっしゃる通りです」
さすがに頭の回転が速いなとティアナは内心で感心した。また、てっきり落胆するかとも予想していたが、少なくとも表面上は平静だ。
テレーゼからの問いかけが更に続く。
「何かしらのお話が聞けるのはいつ頃になりそうですか?」
「一週間から二週間後です。確たる証拠を掴むのならば更にかかるでしょうが、お話だけでしたらその程度で聞き出せます」
「悪くないですわね。婚礼の儀式で慌ただしくなる時期ですが、そこは仕方ないでしょう。資金は追加で必要ですか?」
「いえ、まだほぼ手を付けていませんので」
本格的に資金が必要になるのはこれからだ。使うのは主にアルマなのできっと有効に使うのだろうと思う。
よく考えてみれば、この程度の報告ならば馬車で出発する直前に話しても良かったとティアナは気付いた。鎧こそ身につけていないが、帯剣した旅装姿で王城に入っても居づらいだけだ。
内心失敗したなと思っているティアナに対してテレーゼが礼を述べる。
「ありがとうございます。今回は準備が整ったという報告をいただけたということにしましょう。次回のお話を期待していますわ」
「はい、承知しました」
軽く一礼したティアナが顔を上げると半透明な火柱が目の前に現れた。いつも側にいてくれる精霊二体のうちのひとつだ。
驚く他の三人をよそに、何かを伝えたがっていることを知ったティアナは急いで触れて憑依させた。すると、すぐに火の精霊が話しかけてくる。
『敵意ノアル生キ物ガ近ヅイテ来ル』
「敵襲? こんなところでですか?」
王都内、しかも貴族の居住地域での襲撃などティアナには信じられなかった。何しろどこの国でも一番安全な場所だからだ。
半信半疑ながらもティアナは馬車の外へと顔を向けた。ゆっくりと流れる周囲の風景はのどかな貴族の邸宅ばかりだ。今は昼まで周囲も明るい。
ただ、一点だけ気になることがあった。周囲に誰もいないのだ。貴族の居住地域などそもそも人通りは多くないが、それでも昼間に人影がないのは珍しい。
怪訝な表情をティアナに向けたテレーゼが声をかける。
「どうかなさいましたか?」
「イグニス、火の精霊が敵意のある者が近づいて来ると警告してきました。護衛の方に周囲を警戒するよう伝えていただけますか?」
「精霊は人にはうかがい知れないような感覚があるのですね。イザベラ、御者に敵襲に備えるよう伝えなさい」
「承知しました」
ティアナの隣に座っていた侍女が小窓を開けて御者台へと顔を向けた。一方的な通達なので会話はすぐに終わる。直後に馬車外で御者が声を上げた。
その間にティアナは精霊二体に話しかける。
「イグニス、ウェントス、敵意のある人は更に近づいて来ますか?」
『モウ来ル』
『来タ』
両方の精霊が警告してくれたと同時に、馬車が急停止した。次いで外から喚声が聞こえてくる。
急制動で驚いた四人に小窓を開けた御者が叫んだ。
「賊の襲撃です! しばしご辛抱を!」
「本当に賊が!?」
報告を聞いたテレーゼが叫んだ。ティアナでさえも訝しんだくらいなので、この居住地域の安全に絶対の信頼を寄せている公爵令嬢が驚くのも無理はない。
事前に襲撃を知りながらも後手に回ったティアナは歯噛みした。しかし、状況は待ってくれない。
剣戟と喚声の音が聞こえる馬車の外を見ると、顔に布を巻いた男達三人が馬車の扉に近づいて来た。見た目はみすぼらしいが、動きはやたらと良い。
そのうちの一人が扉の取っ手に手をかけて開けた。テレーゼと侍女二人の顔が引きつる。
「ウェントス、吹き飛ばして! イグニス、剣に入って!」
『吹キ飛バス』
『入ル』
命じられた風の精霊は馬車の中に入ろうとした覆面の男を突風で外へと吹き飛ばした。馬車内にも風が荒れ狂いテレーゼ達三人が目をつむる。
次いでティアナが外へ出ると同時に長剣を抜くと、その剣身が淡く赤く輝いた。
地面に叩き付けられて転がった一人が起き上がるよりも早く、残り二人が抜き身の剣でティアナに襲いかかる。左右同時だ。
目の前の危機を知ったティアナは迷わず右側の相手に向かい、その剣を受け流しながら体当たりをするようにぶつかってゆく。一方、左側の男は突風により吹き飛ばされた。
「てめぇ、ふざけやがって!」
「はっ!」
体当たりを喰らった右側の男がよろめきつつも踏ん張り、目を怒らせてティアナを睨んだ。しかし、ティアナはまったく気にすることなく斬りかかる。とっさに剣で受けようとした男だったが、火の精霊の加護を受けた長剣に体もろとも両断されてしまった。
血と内臓を撒き散らしながら崩れ落ちる男を見た仲間の襲撃者二人は数歩後退る。
「くそ、こんなヤツがいるなんて聞いてねぇ!」
「失敗だ。引き上げるぞ!」
一人が口笛を吹き、もう一人が地面に何かを叩き付けた。すると、猛烈な煙幕が発生する。護衛の騎士の近くからもだ。
ティアナ自身は暗闇でも目が見える魔法で周囲が見えているが、他の騎士達にはそんな便利な魔法はない。ティアナはすぐに風の精霊に命じた。
「ウェントス、この煙を風で吹き飛ばして!」
『吹キ飛バス』
急速に失われていくはずだった視界だが、風の精霊の巻き起こした風ですぐに拡散された。そのため、目くらましとしての効果はほとんどなくなってしまう。
本来ならここで追撃するところだがティアナは動けなかった。テレーゼ達を守るために馬車の扉前から動けないのだ。代わりに無傷の騎士二名が追跡する。
全力でこの場を去って行く襲撃者と騎士を見ながら全身の緊張を解いた。そしてため息をつく。
「まさかこんな白昼堂々と襲ってくるなんて」
つぶやいてから、ティアナはテレーゼ達を放ったままだということに気付いた。周囲に敵がいないことを確認して、振り返って馬車内を覗く。
「テレーゼ様、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。賊はどうなりました?」
「私と護衛の騎士で三名を斬り、残りは失敗を悟って逃げました。護衛の騎士の方は二名が負傷されたようですね」
「そうですか。まさかこれ程堂々と襲われるとは。一体何者が」
「さすがにそれは。ともかく、一度お屋敷に戻りましょう。王城への使者は改めて出すべきです」
「わかりました。そういえば、御者は?」
「無事です。私から引き返すように伝えましょう」
青い顔のテレーゼにそう伝えると、ティアナは御者台へと回った。こちらも青い顔をしていたが承知してくれる。
今になって周囲には遠巻きにこちらの様子を窺う人の姿がちらほらと見かけるようになった。そして、現場の保存はそもそもどうするのかという問題にティアナは気付く。
精霊の憑依を解除したティアナは、後始末は意外に苦労しそうだとため息をついた。
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