第10章 Showdown

第10章プロローグ

 宗教との争いに一区切りつけられたティアナ達は、冬の終わりに北の塔へとようやく帰還できた。長旅の上に何度か戦いを経たこともあって全員疲労の色が濃い。


 しかし、ここまで来たらもう後は待つだけのティアナは気が楽である。まずはテネブーの封印先をトゥーディに作ってもらう予定だ。


「製作期間は三ヵ月程度だから、その間に破魔の護符を取ってきたらどうかな?」


「確か、尊き主の像対策のためでしたよね」


「使用者に対する魔法の妨害を無効化してくれるから、あの像以外にも役立つよ」


 てっきり尊き主の像専用だと思っていたティアナはトゥーディの言葉に驚いた。地味だが予想以上に便利そうな魔法の道具に興味が湧く。


 今後のことも考えたティアナ達は、すぐに以前足を踏み入れた古代遺跡の屋敷へと向かった。前と違って今回は暖かくなってからなので雪と寒さに苦しめられることはなかったが、獣と虫に追いかけ回されて困り果てた。


 首尾良く手に入れた破魔の護符をリンニーが不思議そうに眺める。


「どうして首飾りなんだろうね~?」


「板きれみたいなのだと思ってたけど、ちょっと違ったわね」


「一つしかないけど、誰が身に付けるのかな~?」


「あんたでいいんじゃないの? あたしもティアナも魔法は使えないんだし」


 深く考えずにアルマがリンニーに返答したが、実際にはその通りだった。憑依させた精霊に魔法を使用させるティアナも自分自身ではまったく魔法は操れない。


 それならばとリンニーは遠慮なく破魔の護符を首にかけた。鈍い銀色を放つあまり目立たない代物だ。効果はそのときが来たらわかるだろう。


 こうして、三人のお使いのような冒険はあっけなく終わった。再び北の塔へ戻ったのはすっかり春らしくなった頃である。


 都合二ヵ月強の冒険だったわけだが、約束の期限にはまだ時間があったので封印石は完成していなかった。中途半端な三週間程度の時間をどう過ごすか三人は悩む。


 ため息をついたアルマが仕方なさそうに口を開く。


「直前になって出かけると、必ず何かしらの問題が起きるのよね。ここは待った方がいいんじゃないかしら?」


「そうですね。私は剣の練習でもしていましょうか」


「わたしはこの子達と遊んでるね~」


 これといったやるべきことを思いつけなかったティアナ達は、結局北の塔でじっとするという選択肢をした。そして、これは結果的に正解だった。


 三人が北の塔に戻って一週間後、トゥーディから封印石が完成したという連絡を受けたのだ。


「クヌートのところで多めに鉱石をもらってきたのは正解だったね。おかげで製作がはかどったよ」


「より質の良いものができるのならわかりますが、期間が短くもなるのですか?」


「当初予定していた鉱石より、加工が簡単で耐久力が高いやつがあったんだ。いやぁ、盲点だったよ。良い勉強になった」


 予定よりも二週間ほど早く封印石を作れたトゥーディは上機嫌だった。思わぬ発見をしたことが嬉しかったらしい。


 ともかく、これで準備は整った。研究室に案内されたティアナは、簡素な台座の上に乗せられた楕円形の銀色できれいな封印石を目にする。


「この、卵のような物が封印石なのですか?」


「そうだよ。試作品のときに精霊を移したのと同じようにテネブーも移せるよ」


「大がかりな儀式でもするのかと思ってましたけど、あっさりしてますね」


「精霊石を参考にしたというのもあるけど、ティアナの体質のおかげというのが大きいかな。何しろ入れ物に出入り口がなくても精霊や魂を出し入れできるんだからね」


「壁を無視して瞬間移動させているようなものですか?」


「恐らくそうじゃないかなぁ。実際のところはどうなんだろう?」


 相変わらず自分の体質に疑問が残るティアナだったが、気軽に封印できるのというのならば文句はなかった。


 勧められるまま封印石に手を触れると、ティアナはテネブーの魂にあちらへ移るよう念じる。すると、あっさりと神の魂が自分の中から消えた。


 封印石から手を放したティアナはトゥーディへと顔を向ける。


「終わりました。本当にあっけなく移しましたけど、そちらで確認できますか?」


「気配が移ったのはわかるよ。リンニーは?」


「うん、ちゃんとこっちの卵に移ったね~」


「封印石も正常だから、これでもう安心だね。いやぁ、良かった」


 無事にテネブーの魂が封印されたことでトゥーディは安堵のため息を漏らした。


 これで大きな仕事が一つ終わり、体の力を抜いた一同は応接室へと戻る。あっけなかったが大きな案件が一つ片付いて皆の表情が明るい。


 今や久しぶりに何も憑依させていないティアナが用意されたお茶を笑顔で飲む。


「ようやく本来の目的に戻れますね」


「良かったね~」


「これで僕はきみが男になる方法を研究できるんだけど、まだ一年以上はかかるよ」


「そうでしたね。たまにエルネのところへ行くにしても、それ以外は何をしましょうか」


 封印石のときとは反対に今度は長い待ち時間をティアナは持て余しそうだった。無理に見つければやることはあるのだろうが、あまり嬉しい状態ではない。


 どうしたものかとティアナが悩んでいると、横からアルマがトゥーディに声をかける。


「テネブーをあの封印石に閉じ込めたのはいいけど、あの石はどうするの? その辺に捨てるわけにはいかないのよね?」


「もちろんさすがにそんなことはできないよ。どこか人目のつかないところに埋めるべきだと考えてる」


「クヌートに預けたらどうかな~? エステに任されてる御神木のところに埋めるの~」


「なるほど、悪くない案だね」


 半年ほど前に会った鉱物を司る神を思い出したトゥーディがうなずいた。ミネライ神殿から更に別の場所へ移った場所なら、今度こそ人の手に渡ることはないと考える。


 話を切り出したアルマがティアナへと顔を向けた。同じ大陸なので移動も難しくない。ただ、エステと御神木という言葉を聞いて思い出したことがあり、ぽつりと漏らす。


「どうせなら、一度精霊の庭に戻ってみませんか? エステにも久しぶりに会ってみたいですし」


「そういえば、精霊の庭を出て行ったとき以来会ってないものね。リンニーのことも一度話をしておきたいし」


「な、何をお話するのかな~?」


 不安そうな表情を浮かべたリンニーが窺うようにアルマへ目を向けた。心当たりのあるトゥーディはその様子を見て半笑いとなる。


 ほぼ思いつきの発言だったが誰も反対しないことで流れは精霊の庭へと移っていった。ティアナが念のために確認する。


「ミネライ神殿よりもかなり遠くになりますけど、精霊の庭に行くということで構いませんか?」


「安全な場所に封印できるのなら、僕はどこでも良いよ」


「行き方ならわかってるんだし、今度は最初ほどきつくはないでしょ」


「エステには会いたいけど、お話する内容が気になるな~」


 反対する者は誰もいなかった。若干一名が不安そうにしているが、目を向けられているメイドは苦笑いするだけで何も答えない。


 こうして封印石を精霊の庭へ持って行くことに決まった。二日後、ティアナ達三人は北の塔を出発する。春真っ盛りのことだった。


-----


 初夏から本格的な夏へと移ろうかという頃、ティアナ達はヘルプスト王国の王都にたどり着いた。


 今回の旅は資金援助を受けていないので護衛の仕事を引き受けながらの旅だ。目的地に着いた隊商からめでたく満額の報酬を手に入れた三人は王都内をのんびりと歩く。


 宿を決め、繁華街へと繰り出した。いつものようにどこの店に入ろうかと迷っていると、三人は何となく周囲の様子が普通でないことに気付く。


 首をかしげながらリンニーがつぶやく。


「みんなどうしたんだろうね~?」


「何か浮かれてるって感じよね。お祭りでもあるのかしら?」


「でも、この時期にお祭りなんてありました?」


 出身国の王都の行事くらいは覚えているティアナにも理由はわからなかった。まるで取り残されたかのようで若干寂しく感じる。


 とはいっても、いつまでも通りを歩いていても暑苦しいだけなので、三人は疑問をそのままに店を決めた。今回は火蜥蜴食堂という店だ。


 店内は既に満員に近く、窓はすべて全開だが涼しくはない。この時期だと室内が暑苦しいのは仕方ないが、それでも店名のせいで更に暑苦しくなっているのではと疑ってしまいそうだ。


 どうにか四人席を確保すると三人は座った。給仕に酒と料理を頼むと微妙な表情となる。


「暑いわね。早く一息つきたいわ」


「冷たいお酒が飲みたいな~」


「そんな贅沢言ってもでき、るわよね。アクアに冷やしてもらえるじゃない」


「それ~!」


 名案とばかりにリンニーがアルマの言葉に飛びついた。幸い今日の荷物番は土の精霊なので、水の精霊はアルマの頭上に透明なまま浮いている。


 給仕が酒を満たした木製のジョッキを持ってくると、リンニーはすぐに水の精霊へお願いした。すると、すぐにリンニーの目の前にあるジョッキの中身がひんやりと冷える。冷えた酒を口にしたリンニーは目を細めてジョッキを傾けた。


 それを見たアルマが羨ましそうな表情を浮かべる。


「あら良さそうじゃない。アクア、あたしのも冷やしてちょうだい」


「最初の一杯目くらいは良さそうですね。あんまり冷えたものを飲み過ぎると、お腹の調子が悪くなりそうですが」


「何おっさんみたいなことを言ってるのよ」


「良いじゃないですか。楽しく健康的に飲むのは大切なことなのですから」


 若干口を尖らせつつ、ティアナも冷やしてもらった酒を口に付けた。久しく忘れていたこの感触、遠い前世の居酒屋を思い出す。


 冷えた酒を楽しみつつアルマから顔を逸らせたティアナは、自然に入ってくる周囲の話し声を耳にした。大半は声に声が重なって聞き取れないが、中には通りの良い声が聞こえることもある。


「にしてもよ、とうとうあの王子様も結婚するたぁねぇ」


「何年か前に舞踏会っつうところで派手にやらかしたらしいが、それを許してくれる相手のご令嬢様も大したお嬢様だよなぁ」


 いきなり聞こえてきた内容にティアナはむせた。思い切り当事者として巻き込まれていたので当時のことを鮮明に思い出してしまう。


 正しく他人事ではない会話の内容にティアナは思わず耳を傾けた。アルマとリンニーはまだ気付いていない。


「何言ってんだおめぇ。公爵家のご令嬢ともあろうお方が、ただで済ませるわけねぇだろが。何しろ尻に敷く格好の理由が手に入ったんだからよ」


「ちげぇねぇ。あのお嬢様、美人だけどおっかなそうだもんなぁ」


「おめぇ見たことあんのかよ?」


「遠目でちらっとな。ありゃかなりきつい性格だぜぇ」


 しっかりとした方ではあるな、とティアナは心の中で言い直した。


 それにしてもこの二人の酔っ払いの口ぶりでは、ついにテレーゼ公爵令嬢とテオフィル王子は結婚するらしい。


 思えば王立学院を退学してもうすぐ四年になるが、時期としてはそろそろかと納得した。


 ようやくティアナの気が逸れていることに気付いたアルマが声をかける。


「どうしたのよ?」


「周りが浮かれている理由がわかりました。テレーゼ様とテオフィル殿下がご結婚されるらしいです」


「ああ! なるほど。あれからもうそんなに経つのねぇ。それで、式はいつなの?」


「そこまではわかりませんでした。料理を注文するときに給仕に聞いたらどうですか?」


「そうするわ」


 木製のジョッキを空にしたアルマはちょうど通りかかった給仕を引き留めた。そして注文と質問をする。


 遠ざかる給仕から目を離したアルマがティアナへと顔を向けた。そして、軽い口調で回答を伝える。


「九月の一日ですって。正にあのときよね」


「誰か狙ってその日にしたのでしょうか」


 苦笑するアルマに対して、ティアナは嫌そうな表情を返した。あらゆる意味で人生の分岐点となったあの日のことを掘り返されたみたいでげんなりとする。


 ひたすら冷えた酒を飲み続けていたリンニーは、一区切り付いたのか手を休めてティアナへと声をかけた。まったく酔った気配がない。


「ねぇ、テレーゼには会いに行かないの~?」


「どうしようか迷っているのですよね。結婚式が九月一日なら、今の時期は準備で忙しくなっているでしょうし」


「でも、エルネには何度か会ってるけど、テレーゼには会ってないよね~」


「この国を素通りしていることは確かですけど」


 今まで何度か祖国であるヘルプスト王国を通過したことがあるティアナ達だったが、王立学院襲撃事件以来テレーゼとは会っていなかった。いつでも会えると思って先を急いだからだ。


 今も目的のある旅をしている身だが急ぎというわけではない。結婚式という一生に一度の催しがあるのならこの機にあっても良いのではとティアナは思い直す。


「そうですね。本当に王妃様になられたら更に会いづらくなるでしょうから、今のうちに会っておきましょうか。アルマ、明日バッハ公爵邸に行ってください」


「わかったわ。会えるといいわね」


「楽しみだね~!」


 もう既に会えると確信しているリンニーを見てティアナとアルマは微笑んだ。


 翌日の昼頃、アルマは約束通りバッハ公爵邸へ使いとして向かった。面識のある使用人に家令へと取り次いでもらうとあっさりと許可が下りた。どうも待っていたらしい。


 こうしてティアナは久しぶりに故郷の知り合いと面会することになった。

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