第9章エピローグ
聖教団によるテネブー教徒の拠点制圧は、激しく抵抗されたので多数の死傷者が発生した。一部で地の利を活用されて反撃されたのである。
それでも数の力で押し切り、終わってみれば突入作戦そのものは二十分もかかっていない。しかも聖教団側の圧勝だ。
ティアナ達が本隊の司令部にアルノーを連行していったのは、戦いも終わりに近づいたときである。人間を運んできた土人形二体を見た隊長の騎士は目を剥いた。
しかしすぐにその表情は渋いものとなる。自分達が挙げるはずだった手柄を差し出されたからだ。
さすがに我慢しきれなかったのか、その隊長はティアナに問いかける。
「なぜ我々に連絡しなかったのだ?」
「そちらのベンヤミンという方にご連絡しました。その後建物の中に入っていかれましたので、わたし達はわたし達で追跡したのです」
「あいつ! それにしても自分達だけで動くのではなく、我々本隊の協力も得るべきだっただろう。対処できぬ場合はどうするつもりだったのだ」
「相手は六人だとわかっておりましたし、わたし達は自由に動いて良いというお約束をしていただいておりました」
拠点への突入を諦める代わりの条件を持ち出された隊長は黙るしかなかった。しかも本部への連絡漏れの責任は自分達側にあるとなれば、これ以上文句も言えない。
ならばと、せめてアルノーを捕らえたのは自分達ということにしてほしいと隊長は交渉する。功名には興味のないティアナ達は承知するとこの件は終わった。
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翌日、昼近くまで寝ていたティアナ達は起床すると、四人揃って繁華街の食堂へと向かう。教会の食事は質素すぎたのだ。
ちょうど昼時ということもあってどこの食堂も賑わっているが、その中の一店をアルマが選ぶ。以前も使ったことがある店に入ると空いている四人席に全員が座った。
料理のみを給仕に注文し終わるとティアナがリンニーへ声をかける。
「リンニー、私に憑依しているテネブーの魂は今も落ち着いていますか?」
「うん、森の中で戦い終わってから静かだよ~。もう大丈夫なんじゃないかな~」
話を聞いたティアナは安堵のため息を漏らした。
昨晩の戦いではテネブーの力を使わなかったが、一度使ったことがある身としてはやはり気になって仕方ない。魂そのものに何か異変があっては困るのだ。
そのため、ティアナはリンニーにテネブーの魂の様子を見てもらった。いくら自分に憑依させているとはいえ、魂そのものについてはわからないからである。
診断結果が良好ということでティアナは安心した。しかし、今度はアルマが不安げに問いかけてくる。
「魂の方はいいとして、あんた自身はどうなのよ? 力を引き出したときに随分と性格が変わったって言ってたじゃない」
「そちらはもう大丈夫です。憑依したものの力を引き出すと影響を受けますが、使わないのならいつもどおりですよ」
「精霊でも神様でも同じなんだ」
「みたいですね」
「ということは、いつでもテネブーの力を使っても平気ってわけ?」
「使い終わった後に後遺症が残らないという意味でしたら平気ですよ。けど、力を使っているときは性格が変わりますから、場合によっては危ないかもしれません」
あまり個性のない精霊ならばともかく、神や人の魂となると人格の影響は大きかった。引き出した力の使い方に問題が発生するかもしれないことをティアナは知っている。そのため、憑依させたものの力を何でも気軽に使うわけにはいかないのだ。
話を聞いたアルマがうなずく。
「なるほど。となると、テネブーの力はあんまり使わない方がいいのね」
「できればもう使いたくありませんね。今回は魂が欠けて弱ってましたけど、完全だったらもっと性格が変わっていたかもしれませんし」
更に付け加えると、テネブー教徒の使っていた魔法の性質を考えると、ご本尊であるテネブーも魔法を使えるはずなのだ。しかし、恐らく通常はあまり使いたくなるような魔法ではないだろう。
何にせよ、できるだけ遠ざけておきたい類いのものだとティアナは感じた。
注文していた料理が運ばれてきた。昼とはいえ起きたばかりなので重い品物はない。パンと野菜を煮込んだスープだ。
それらを何度か口に入れてからアルマが別の話題を振ってくる。
「それにしても、ヘルゲは倒せたけどウッツとユッタは逃がしちゃったのよね、結局」
「別の方向に逃げたってティアナは言ってたよね。だったら仕方ないんじゃないかな。片方しか追えなかったんだし」
「確かにそうなんだけど、妙に気になるのよねぇ」
あまり興味がなさそうなトゥーディの返事にアルマが納得いかないという表情を返した。それでもトゥーディは気にした様子もない。
「当面は脅威にならないんだから気にし続けても意味がないと思う。気疲れするだけだよ」
「まぁそりゃぁねぇ」
「この広い世の中、そう簡単には出会わないと思うんだけどな」
「それが実は結構遭っちゃってるのよ。この三年半弱で三回も」
「え? ほとんど毎年じゃないか」
具体的な数字を示されたトゥーディは、スープに浸したパンを口に入れようとした手を止めた。
苦笑いしながらアルマが言葉を返す。
「まるで運命の神様に嫌われてるみたいよねぇ」
「あいつはそんな面倒なことはしないよ。個別の人間に何かするんじゃなくて、もっと大雑把にしか動かないから」
「やっぱり運命の神様っているのね。リンニーは知ってる?」
「ん~? 知ってるよ~。いつもどこかでお昼寝してるの~」
「なによそれ?」
神様の意外な事情を聞いたアルマは呆れた。脱力して突っ込む気にもなれない。
一方、今までのんきに食べてはしゃべっていたリンニーが、少し目を見開いて手を止めた。そして、ティアナへと若干不安そうな顔を見せる。
「ねぇ、ティアナは聖教団の人に誘われたことってあるかな~?」
「誘われる? 信者になるよう勧誘されたのですか?」
いささか驚いたティアナが問い返した。アルマはスープを吹き出しそうになる。結構奥まで入ったようで長くむせていた。
トゥーディが面白そうに口を開く。
「知らないとは言え、よりによって神を勧誘するとはね。これで本当に信者になったら、ルーメンの奴はどんな顔をするかな」
「それ、リンニーの信者の立つ瀬がなくなっちゃうわよ」
落ち着いたアルマがどうにか返答した。まだ少し苦しそうだが立ち直ったようだ。
仲間の反応を見ていたリンニーは困った顔のまま弱々しく抗議する。
「違うも~ん。聖教団に入らないかって誘われただけだよ~」
「それってルーメン教徒になるってことだと思うけど、何が違うのかな?」
「あの子達をこれからも使いたいんだって~」
「あの子達? もしかして精霊のこと?」
うなずくリンニーを見てトゥーディが微妙な表情を浮かべた。信者としてではなく、戦力としての勧誘と知ったからだ。
聖教団の思惑がわかって興ざめした一同だったが、アルマが首をかしげる。
「でも不思議ね。どうしてリンニーなのかしら?」
「多分わたしがいつもあの子達とお話をしてるからじゃないかな~」
「ああそっか」
リンニーの返答を聞いたアルマが納得した。
テネブーの魂を憑依させる前のティアナも割と精霊と会話をしていたが、最近はそれができない。そのため、精霊との対話はリンニーの担当となっている。特に今回はインゴルフをはじめ人前で精霊と話をすることが多かった。
相変わらず困惑した様子のリンニーが話を続ける。
「あの子達はわたしのお友達で使い魔じゃないって言っても、信じてくれないの~」
「そりゃ普通は信じないでしょ。確かエルネ王女も契約するのが普通だって言ってなかったっけ?」
「あの王女様がかい? 僕は覚えてないなぁ」
「トゥーディと会う前のことだから、知らないのは無理ないわよ。普通は契約で縛り付けないとそばにもいてくれないんでしょ?」
「そうだね。望んで人間のそばにいるなんて普通は考えられないから」
「あれ~? 前は人間ともお友達になってなかった~?」
「いつの話だい、それ。人間風に言えば神話の時代じゃないか」
「え~?」
両側から突っ込まれたリンニー不思議そうに首をかしげた。どうも時間の感覚がかなり曖昧らしい。
話をしていた三人のうち、トゥーディが何かに気付いたようにティアナへと話を振る。
「ティアナはリンニーみたいに誘われなかったのかな?」
「誘われていませんね。恐らく印象が良くないでしょうから」
「何かしたの?」
「私からは何もしていませんよ。ただ、本隊の隊長とやり取りしたときのことを思い出すと、いささか非友好的だと思われたかもしれません」
正論を主張しただけだと今でもティアナは考えていた。しかし、それをどう受け取るかは相手次第だ。あるいはまったくの気のせいという可能性もあるが、聞き出さない限りわからない。
少し立ち直ったリンニーが独りごちる。
「本当はみんなティアナについて来ているのにね~」
「私のことが心配だからと紹介してもらいましたが、本当に大正解ですよね」
かつて精霊の庭で風の大精霊に言われたことをティアナは思い出した。あのときは反発したが指摘は正しかったのだ。
スープを何度か飲んだアルマが面白そうにティアナへと話しかける。
「聖教団は勧誘する相手を見誤ったわね。誘うならあんたでないといけないのに」
「誘われてもお断りしますけどね。ここで誘いに乗るくらいでしたら、邪神討伐隊を途中で抜け出したりしませんよ」
「あんたの中にテネブーの魂がある以上はどうやっても受け入れられないわよねぇ」
「それもありますけど、そもそも宗教に興味はありませんから」
「わたし達、もしかして否定されてるのかな~?」
「信者のいない僕達には関係のない話だよ、リンニー」
首をかしげたリンニーへ冷静に返答したトゥーディがスープを含んだパンを口に入れた。
木の匙を置いたティアナが三人に改めて話しかける。
「さて、これでテネブー教徒の件は片付きました。あとは北の塔に戻るだけですね」
「そうだね。終わってみれば一週間くらいしか足踏みしていないし、これで大きな問題が片付いたんならいいんじゃないかな」
「長かったわね。やっと封印石の作成かぁ。あんたの本当の望みまではまだ時間がかかりそうじゃない」
「でももうすぐなんだよね~!」
最後にリンニーが明るい笑顔を浮かべた。確かにこのままいけば時間の問題だ。悪い話ではない。
大体食べ終わった仲間を見たティアナが忠告する。
「アルマ、トゥーディ、今晩はインゴルフ達との飲み会がありますから、お昼は控えめにしてくださいよ」
「わたしは~?」
「あんた別腹って言って無制限に飲むじゃない」
「何なら今からだっていくらでも飲めるんだよね?」
「うっ」
再び両側から突っ込まれたリンニーが縮こまった。上目遣いでティアナに救いを求めてくる。
その様子が面白くてティアナは笑った。
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