二人の末路

 テネブー教徒の拠点がある区画で大規模な制圧劇が行われているため、その人の叫び声や剣戟の音は夜の街中によく響いた。


 さすがにこれだけ派手にやると周囲の住人も気付く。おっかなびっくりではあったが、窓から顔を突き出したり路上に出て野次馬になったりし始めた。


 そんな中、リンニーは南へと仲間を導いていく。精霊と常にやり取りしているため迷いがない。


 一区画、二区画、そして三区画目にして、リンニーは歩みを緩めた。そして仲間二人へと振り返る。


「この辺りで上に登ったよ~」


「さっきの拠点に近くはないけど、遠くもないわね。抜け道なんだから町の外に脱出すると思ってたのに」


 なぜとアルマは首をかしげた。確かに聖教団の包囲網からは抜けたが、すぐに駆けつけられる場所でもある。逃げるならもっと遠くの方が良いように思えた。


 不思議そうにしているアルマに対してティアナが教える。


「町の外まで続くような隠し通路は、領主のようなごく一部の限られた人しか作れないですし、使えないですよ」


「こっそりと作っちゃえばいいじゃない」


「誰にも知られず穴を掘らないといけないですから、かなり大変らしいです。恐らくこの距離が精一杯だったのではないですか」


 かつて見た隠し通路を思い出したティアナが返答した。


 建物の下を通るので何も考えずに掘ると住人に知られてしまうため、派手に掘れないのだ。


 二人で隠し通路の話をしていると、リンニーが声をかけてくる。


「あの建物から外に出ようとしてるけど、わたし達はどうするの~?」


「相手は何人いますか?」


「六人で、ラウラもいるよ~」


 問われたティアナは迷った。隠れて引き続き追跡するのも一つの手だが、それで今度こそ町の外に出られると厄介だ。それならば、自分達三人で六人を相手にするのはどうか。


 ここでティアナは自分達が相手を奇襲できるということを思い出した。とりあえずアルマとリンニーを物陰に連れ込んで指示を出す。


「奇襲しましょう。こっちは姿を隠せる精霊が四体もいますから、どうにかなるはずです」


「攻撃させるつもりなの?」


「はい。相手が建物から出た直後に、ウェントスとアクアが正面から、イグニスとテッラが建物の壁をすり抜けて背後から」


「えぐいこと考えるわね。奇襲としては正しいんでしょうけど」


「精霊達が狙うのはラウラとアルノー以外の四人です。ラウラはアルマが、アルノーは私が相手をします」


 すべてを精霊に任せても良いと最初は考えたティアナだったが、説明している途中で考えを改めた。ラウラはしぶとく逃げてしまいそうで、アルノーはできれば生きて捕らえたかったからだ。


「もうすぐ出てくるよ~」


「精霊達の攻撃が終わったら、私とアルマが出て行きます。リンニーはそのまま精霊達に指示をしてください」


 必要なことは伝え終わったティアナが口を閉じると、アルマとリンニーはうなずいた。


 しばらくして、三人が注目する建物の扉がゆっくりと開く。中から一人が慎重に出てきて周囲を見て回った。それから一旦中へと戻たが、すぐに頭巾と外套で正体のわからない者達六人が出てくる。暗闇でほぼ何も見えないはずだが明かりも点けていない。


 その様子を見てアルマが焦る。


「顔が見えないんじゃ、どれがラウラかわかんないわよ?」


「ラウラは一番後ろだよ~。アルノーっていう人は前から三番目~」


 昨日からずっとラウラとアルノーの動きを監視していたリンニーが返答した。もちろん精霊達も理解している。


 そそくさとその場から離れようとした六人だったが、突然撃ち込まれた土の槍、氷の塊、火の玉、風の刃によって四人が倒された。いきなり何もないところから発生した魔法の攻撃を無傷の二人は呆然と見る。


 次の瞬間、ティアナとアルマは長剣を持って物陰から飛び出して駆けた。リンニーの言葉に従って、ティアナは前から三番目、アルマは左後尾の人物に突き進む。


 奇襲の第一撃目は完全に成功したが、第二撃目はいささか距離が離れすぎて間が空いた。そのため、周囲を探っていた二人にティアナとアルマに気付かれてしまう。


「ルーメンの犬め!」


 最初に攻撃を仕掛けたのはアルノーだった。突っ込んでくるティアナに対して黒い矢を放つ。戦いを専門としないアルノーだったが、このくらいの芸当はできた。


 反対にティアナには完全に不意打ちとなってしまう。アルノーが魔法を使えるとは思っていなかったからだ。


「うわ!?」


 元貴族の子女らしくない悲鳴を上げながらティアナは体勢を崩してしまった。それでもどうにか黒い矢を躱すと、そのまま滑り込む形でアルノーへと突っ込んだ。


 次はアルノーが驚く番となる。まさか足下から滑り込んでくるとは思っていなかったので、避けることができずに足下を蹴り飛ばされてしまった。そして、短い悲鳴を上げて地面に転ぶ。


 とりあえず逃げることを阻止できたティアナはすぐに起き上がった。アルノーが転んだ場所を目にすると長剣を手放して飛びかかる。


「おとなしくしなさい!」


「放せ! 下賤な輩が!」


 立ち上がろうとしていたアルノーの衣服を掴んだティアナは、そのまま建物の壁まで押し込んだ。更に尚も暴れるアルノーをおとなしくさせるために殴り始める。


 当然アルノーも手足をばたつかせて抵抗した。これがインゴルフならば簡単に取り押さえていただろう。しかし、女性の体であるティアナは腕力不足で苦労する。


「おのれ! 無礼で、ぶはっ!?」


「いい加減黙って!」


 予想以上に抵抗するアルノーにティアナは驚いた。背後で鳴り響く剣戟の音を聞きながら、ティアナとアルノーは泥臭いもみ合いを演じる。


 これなら多少剣で傷つけた方が良かったとティアナは後悔した。慣れもしないのに無傷で捕らえようとしたのが間違いだったと強く感じる。


 殴っているばかりでは埒が開かなかったことから、ティアナは一旦手を放してわずかに距離を取り、肩からアルノーの体に体当たりをした。そして、胸ぐらを掴んで何度も壁にぶつける。次第に抵抗を弱めていったアルノーはやがておとなしくなった。


 息を切らせたティアナはぐったりとしたアルノーを地面に転がすと、しばらくその場で呼吸を整えた。


「はぁ、やっと終わりました」


 思いの外手間がかかったことにティアナはげんなりした。生かして相手を捕らえる方がずっと難しいという意味を思い知る。別に必ず相手を殺したいとは思わないが、生かすのも面倒だなとティアナは思った。


 一方、アルマは最後尾のラウラに突撃した。勢いを殺さないまま長剣を振るう。


「ラウラ、観念しなさい!」


「てめぇ!」


 突然現れたアルマに驚いたラウラだったが、瞬時に動揺から立ち直ると長剣を抜いて受け止めた。暗闇の中ほとんど見えないにもかかわらずだ。


 力尽くでアルマの剣を押し返したラウラはそのまま下がろうとした。しかし、精霊にやられて倒れたままのテネブー教徒を踏んでしまい、体勢を崩す。


「ちっ、うぜぇ!」


「逃がさないわよ!」


 よろけながらもそのまま逃げようとするラウラをアルマが追いかけた。こちらは精霊の魔法のおかげで視界は明瞭だ。足場の状態もよく見える。


 このままでは逃げられないと悟ったラウラは、首からかけていた小袋の中から輝光石を地面に撒いた。一つずつの光は弱くとも、複数が一帯に散らばるとうっすら周囲が見える。


 視界が確保できたのなら反撃は可能だ。早速ラウラは長剣で力強く攻め立てる。


「オラァ、死ねぇ!」


「ああもう厄介な!」


 当初の予想では精霊の攻撃に気を取られている隙に押し切るつもりだったアルマだが、今や立場は逆だった。主導権はすっかり相手側である。


 こういうときは仕切り直すために一旦離れる方が良いのだが、今のラウラならその隙に踵を返す可能性が高い。延々と町中を走り回って追跡はしたくなかった。


 とにかく主導権を取り戻さなければと考えていたアルマは喉元を長剣で突かれかける。そして、その切っ先を躱すためにとっさに体ごと右側に避けた。ところが、動いた直後に何か柔らかいものを踏んで体勢を崩してしまう。


「えっ!?」


「もらい!」


 攻撃を避けきれなかったアルマは左肩にラウラの長剣を受けてしまった。痛みで小さな悲鳴を上げてアルマは後退する。そして、精霊が倒したテネブー教徒の体を踏んでしまったことを知った。


 周囲を見るだけでなく、利用することもラウラは得意だと知ったアルマは顔をしかめる。近寄ってきた水の精霊が傷を治してくれたものの、状況は良くない。


「こんな状況でも周りがよく見えてるのね」


「はっ、たりめーよ。何でも利用したモン勝ちさ。にしても、そのクソ精霊さえいなけりゃ、てめぇなんぞすぐにぶっ殺せてるのによ」


 苛立ちながら答えつつもラウラはさりげなく周囲を見ていた。アルノーの側近四人は倒され、悲鳴を上げていた当の本人の声も既に聞こえない。


 口元を歪めたラウラが前に進み出ようとする。


「てめぇはぶっ殺す!」


「何度も同じことを、わっ!?」


 剣を構えて迎撃しようとしたアルマだったが、ラウラはつばを吐き付けてきた。思わず大きく避ける。


「何をつまんないことをって、ちょっと!」


 外れた視線をラウラがいるはずの場所に戻したが誰もいないなことにアルマが訝しんだ。その先を見ると背を向けて逃げ始めたラウラが見える。


 小細工に引っかかったアルマは一瞬呆然としたが、すぐに我に返って追い始めた。


「待ちなさい!」


「バーカ! 誰が待つかよ! ぎゃっ!?」


 捨て台詞を吐いて森の奥へと逃げようとしたラウラだったが、突然悲鳴を上げて地面に転んだ。右の太股が大きく切り裂かれて出血していた。


 少し離れた場所を走っていたアルマが右側へ顔を向けると、半透明の竜巻が浮いている。


「ありがとう、ウェントス」


「ちくしょう! てめぇ、クソ精霊にばっかり頼りやがってよ!」


 倒れたラウラが仰向けになった。右手に持っていた剣は近くに転がっている。


「自分一人で戦えねぇのかよ!」


「何でも利用したもの勝ちなんでしょ?」


 内心精霊に頼りすぎだとは認めながらもアルマは表面上は平静にうそぶいた。


 そして、長剣でとどめを刺すために近づいたとき、突然ラウラが自分の腰に吊していた手斧を手に取ってアルマに斬りかかる。


「死ねぇ!」


「あっと!」


 往生際が悪いことを知っていたアルマは、何らかの形でラウラが反撃してくることを予想していた。そのため、驚きつつも手斧を持った右手を切り落とすことができる。


「ちくしょう!」


 すべての望みが断たれたラウラが絶望した表情を浮かべて叫んだ。


 その様子を見て内心嫌な思いをしつつもアルマは長剣を振るい、刃先は狙い通り首元へ叩き込まれる。わずかの間震えていたラウラはその後、全身の力を抜いて崩れ落ちた。


 ラウラを倒したアルマは周囲を見ると、離れた場所に立っているティアナが目を向けていた。そして、リンニーが更に奥の物陰からそろりと出てくる。


「終わったよね~?」


「終わりましたよ。土人形を二体作ってください。アルノーを本隊に連れて行きます」


「わかった~! テッラ~」


 土の精霊を呼びつけたリンニーが一緒に土人形を作り、ティアナの足下に倒れているアルノーを抱えた。


 土人形の様子を見ていたティアナは近づいて来たアルマへと顔を向ける。


「そちらも終わったようですね」


「最後まで本当にやっかいだったわ。それもこれで終わったけどね。あれがアルノーって人なの?」


「らしいですよ。リンニーがそう言っていたからとしか私は言えませんが」


「随分とぐったりとしてるわね。もしかして死んじゃってるのかしら?」


「生きてるはずです。よっぽど殴りどころが悪くなければ。生きて捕らえるなんてほとんどしたことがなかったので、うまく加減できてるか自信がないですけど」


「アクアに治療させましょ。そのまま死なれちゃ困るじゃない」


 アルマに提案されたティアナはその方法があったことを思いだした。思いつけなかったことに苦笑する。


 改めて周囲を見て回ったティアナは自分達以外に動くものがないことを確認した。とりあえずアルノーを奪回する動きは見当たらない。


 今のうちに本隊へアルノーを引き渡すべく、ティアナ達は戦いの場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る