協力するにあたって
テネブー教徒の拠点が判明してからの聖教団の動きは速かった。インゴルフが昼下がりに連絡をして夕方には夜半の摘発が決まる。
応接室でその決定を聞いたティアナ達は驚いた。
思わずトゥーディが尋ねる。
「随分と動きが速いね。少なくとも一日は準備に費やすと思ってたのに」
「やっぱ大物を逃がしたくねぇらんしいんだ。単に拠点を押さえるだけなら何日か準備してたんだけどな」
気持ちはわかるといった様子のインゴルフがうなずいた。
ルーメン教徒側が動くのがわかったところで、今度はティアナ達がどうするかという話になる。元はテネブー教徒の襲撃を防ぐために協力をしたわけだが、後はどこまで首を突っ込み続けるのかだ。
もしインゴルフと聖教団が拠点を制圧してアルノー派を壊滅させられたのならば問題はない。他のテネブー教徒の派閥は消極的ならば今後は安心して旅を続けられるだろう。
しかし、アルノー派を潰せなかった場合、特に今回の場合はアルノー本人を捕縛あるいは殺害できなかった場合は厄介だ。復讐に燃えて更に何度も襲われる可能性が高い。
こう考えると、他人任せにするのは危うく思えた。四人が参加してもアルノーを確実に仕留められる保証はないがまだ諦めはつく。
「インゴルフ、その拠点の摘発に私達も参加できますか?」
「もちろんだ。何せあっちにまだ精霊を送り込んでんだから、来てもらうぜ」
「拠点への突入の一翼も任せてもらえるということですか?」
「あーそっちかぁ」
相手の困惑した表情を見てティアナはやはりとつぶやいた。インゴルフはどう考えているのかわからないが、恐らく聖教団は自分達だけで拠点を制圧するつもりなのだ。
これはある意味当然ともいえる。突入後の連携を考えるといきなり部外者に参加されても困るし、下手をすれば同士討ちだ。その間に敵の大物を逃しては目も当てられない。
ただそうだとしても、自分の身を囮にしてまで協力したのに、総仕上げの段階で重要な仕事から外されるというのは納得できなかった。
幾分か眉をひそめたティアナが更に問いかける。
「現状では私達の扱いはどうなっているのですか?」
「精霊を使って内部の状況を逐一連絡するってぇ役だな。突入組には入ってねぇ」
「そこから外されている理由は理解できますが、私達としてもアルノーという重要人物を逃したくありません。付け加えるのなら、ラウラも」
「だよなぁ。けどよぉ、オレだってやっと突入組にねじ込めたくらいなんだ。そこで更におめぇらをってのはちょっとなぁ」
半ば予想していた返答にティアナは肩を落とした。勇者の片腕とはいっても、やはり傭兵であるインゴルフも基本的に部外者扱いなのだろう。
このまま強く要求したらインゴルフも聖教団に頼んでくれるかもしれない。しかし、それで無理矢理入り込めたとしても不安が残る。
色々と考えてみたが良い案は浮かばなかった。すると、隣のアルマが口を開く。
「拠点への突入組に入れないんなら、せめて自由に動くくらいは認めてくれないかしら?」
「自由に動いて、どうするんだよ?」
「そっちがラウラ達を取り逃がしたときに、あたし達が倒すのよ」
「それならまぁ許可はもらえそうだが、精霊との連絡役ってのはどうすんだよ?」
「できるだけ連絡するってことにするのよ」
話を聞いたインゴルフが微妙な表情になった。表現が曖昧なのでお互いの認識に齟齬が出てきそうだからである。
「始まった途端、いきなり連絡できねぇってのは困るぜ?」
「相手が最初から逃げの一手だったらそれもあるでしょうね」
「おいおい、そりゃいくらなんでも」
「こっちの精霊は聖教団が契約している使い魔じゃないわ。いくら便利だからって、そっちの都合だけで振り回される理由はこっちにはないわよ」
このままでは良いように使われるだけと感じたアルマがはっきりと言った。
通常だと使い魔とは契約を交わして使役するものだが、地水火風の精霊四体はその契約すらしていない。大精霊がティアナを守るために付けてくれた対等の存在なのだ。ティアナならまだしも、他者が好き勝手に使って良い存在ではない。
「拠点内の地図は描いて渡してあるんだし、本来ならそれで充分なはずよ」
「まぁそれを言われると弱いんだけどよ。あいつらに言いづれぇなぁ」
「その点については同情するけど、要求は変えないからね。今テッラをあっちに潜り込ませているのだって、あたし達の目的を果たすためだもの。そっちはあくまで便乗するだけ」
「しょうがねぇなぁ」
きっぱりと言われたインゴルフががっくりと肩を落とした。
会話を聞いていたティアナは、それならリンニーとトゥーディも同じだなと思う。今は友人のように接しているが、どちらもルーメン教の主神と同格の神様なのだ。本来ならば畏れ多い存在である。よく考えると無茶苦茶な集まりだと思えた。
そんなティアナに対してトゥーディが声をかける。
「そうだ、今回のテネブー教徒の拠点摘発だけど、僕は参加しないことにするよ」
「なぜですか?」
「身を守る道具しか持ってないからだよ。今回みたいに誰かを攻めるための道具は持ってきてないんだ。参加しても逃げ回るばかりだと意味ないでしょ?」
「確かにそれは」
理由を聞いたティアナが苦笑いした。思い返して見れば、今までの戦いでもトゥーディが攻撃したことはない。確かにこれでは制圧作戦に参加しても意味がなかった。
うなずいたティアナがインゴルフへと言葉を投げる。
「そうなるとこちらは、私、アルマ、リンニーの三人になりますね」
「元々おめぇさんらの雇い主だしな。これ以上危ねぇ目に遭わせねぇって意味でも妥当だと思うぜ」
「では、この三人は突入組に入らない代わりに、自由に動くと伝えておいてください」
「わかったよ」
半ば諦めのため息をついたインゴルフが立ち上がった。それを機にティアナ達も立ち上がる。
こうしていよいよテネブー教徒の拠点へと向かうことになった。
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日が没してからの教会は密かに慌ただしく動いていた。しかし同時に、一般の信者には悟られないように関係者は事を進めていく。
最初にテネブー教徒の拠点へと送られたのは監視役の者達だ。浮浪者など、そこにいてもおかしくない格好で異変がないか見張る。
次いで軽装備の者達だ。傭兵崩れなどの変装をしつつ、夜半前までに拠点の建物近辺で待機する。本隊が来る前に異変が起きた場合に対処するためだ。予定通り突入が行われた場合は逃げ出すテネブー教徒を捕縛する役目を果たす。
ティアナ達三人はこの軽装備の者達として先に拠点へとやって来た。頭巾を被り、外套で体を包んで正体をわかりにくくしている。
暗闇の中、拠点から少し離れた場所に固まった三人はお互い顔をつきあわせていた。
小声でティアナがリンニーへと問いかける。
「ラウラとアルノーは拠点にいますか?」
「お昼からずっと中にいるらしいよ~。どっちも寝てるって~」
「後は本隊が思った通りに展開して突入できれば何とかなりそうですね」
相手側に慌ただしい動きがないことを知ったティアナは安心した。今のところは聖教団の動きは知られていないようである。
そうして三人が待っていると、ようやく本隊が姿を現した。聖教団所属の騎士と兵士ばかりでオストハンの官憲もいない。連携する時間がなかったと三人は後で聞いた。
例外はインゴルフ達四人だ。勇者の片腕として活躍し、以後もテネブー教徒の摘発に貢献しているため、突入組の末端に加わっている。
一応頭巾や外套なで隠す努力はしているが、多人数で鎧の擦過音をさせていて目立たないはずがない。拠点のある一区画をある程度包囲したところで、その内部に異変があった。
土の精霊から伝えられた内容をリンニーが仲間に伝える。
「中の人間が慌ただしく動き始めたって言ってるよ~」
「気付かれたわね。あたしが本隊の人へ伝えに行けばいいかしら?」
「あちらから来てくれるようですよ」
アルマから尋ねられたティアナが別の方へと顔を向けながら答えた。精霊の魔法で視界を確保しているのでよく見える。
本隊からベンヤミンとエーミールがやって来た。近づいて来たベンヤミンが小声で話しかけてくる。
「皆さん、もうすぐ本隊がこの区画を包囲しますので」
「それよりも、テネブー教徒にそちらの動きが気付かれましたよ。突入するときはそのつもりでいてください」
「くそっ、そうですか!」
「まずは本隊の方に伝えてはどうですか?」
いきなりの情報に驚いたベンヤミンだったが、すぐにエーミールを走らせた。
その様子を見ていたリンニーがティアナに問いかける。
「これからどうする~?」
「ラウラとアルノーに動きがあるまでは待ちます」
「二人がばらばらに動いたときはどうしよっか~?」
その場合を考えていなかったティアナはとっさに何も答えられなかった。完全に手落ちである。二人一緒に行動してくれることを期待するのは良くない。
少し考えたティアナは自分を守ってくれている火の精霊にお願いする。
「イグニス、テッラのところへ行って、ラウラという女傭兵の後を追ってください」
「ティアナを守ってくれる子がいなくなるよ~?」
「今の私は平気ですよ。それより、テッラとイグニスとの連絡をお願いします」
「わかった~」
心配してくれたリンニーにティアナは笑顔で答えた。いざとなれば、森の中で戦ったときのようにテネブーの力を引き出すつもりである。
エーミールが本隊へと戻ってしばらくすると、外套の内から擦過音をさせる集団の動きが慌ただしくなった。そして、少し離れた場所に集まっていた一隊が拠点へと突入する。建物内から怒号が聞こえてきた。
ベンヤミンがつぶやく。
「予定よりも早いですが、始まりましたね」
「包囲網が完成する前だと、逃がしちゃいません?」
「どうですかね。こっちの準備が整うまでのんびりと待ってくれないでしょうし」
そのつぶやきに反応したアルマにベンヤミンが答えてくれた。顔に危機感は浮かんでいないが、微妙な表情をしている。この決断がどんな結果をもたらすのかはまだわからない。
目の前の騎士と兵士は次々と拠点へと入り込んでいく。それにつれて怒号や悲鳴、それに剣戟の音が大きくなっていった。更には、別の場所からも同様に戦闘音が聞こえてくる。
同時に先行していた本隊以外の者達が明かりを点けて視界を確保していった。もう隠す必要がなくなったということだろう。
しばらくその様子を見ていたアルマが思い出したように目を見開いた。そしてベンヤミンへと顔を向ける。
「こっちにはインゴルフ達を見かけないですけど、どこにいるんです?」
「あの四人なら、この区画の反対側から中に入ってるはずです。ちょうど邪教徒の拠点の裏側ですから、手柄を上げるのならいい場所取りをしたと思いますよ」
話を聞いたアルマはうまくやっていると苦笑した。なんだかんだと言いながらも、抜け目なくやっているのだ。
多少予定が狂ったとはいえ、聖教団は一区画を包囲して、本隊の騎士や兵士を順次中へと突入させている。今のところテネブー教徒は一人も外に出てきていない。
突入の様子を目の当たりにしたティアナ達はこのまますべて終わるように思えた。ラウラとアルノーが捕まるか殺されるかしてくれるのならば、三人に言うことはない。
しかし、それはいささか都合が良すぎる想像だったようだ。リンニーが精霊からの話を伝えてくれる。
「テッラから、アルノーっていう人が動き始めたって言ってきたよ~」
「今から逃げるのですか? 包囲網を突破できる自信でもあるのでしょうか?」
「どうなんだろう~? あ、イグニスもラウラが動いてるって~。え? アルノーに近づいてるの~?」
突然もたらされた重要な情報にリンニーを除いたティアナ達三人は顔を見合わせた。示し合わせたのか偶然なのかがわからない。
真剣な表情のベンヤミンがリンニーへと問いかける。
「どこにむかっているのです?」
「部屋から廊下に出て、また部屋に入って、あれ? 暖炉の中に入るの~?」
「隠し通路か!」
土の精霊を通して見える風景を順番に話していたリンニーの話を聞いていたベンヤミンが叫んだ。更に顔を近づけて詳しく聞こうとする。
「どこの部屋の暖炉なんだ!?」
「え、どこって、えっと~」
「リンニー、暖炉のある部屋は一階ですか?」
「うん、一階だよ~」
「建物のどの辺りにあります? 玄関側とか、裏の勝手口側とか」
「その真ん中くらいかな~」
リンニーから話を聞き出す方法を心得ているティアナがベンヤミンに助け船を出した。
今のリンニーではこれ以上詳細な情報は得られないと判断したベンヤミンはそのまま目の前の突入部隊へと走り行く。
こうなるとティアナ達もじっとしていられない。逃げられてしまう可能性があるからだ。
何かに気付いたアルマがリンニーへと尋ねる。
「ラウラはどうしてるの?」
「今暖炉の中に入っていったよ~」
「テッラとイグニスの向かっている場所に案内できる?」
「うん、できるよ~!」
先回りを提案してきたアルマにティアナはうなずいた。どのみち拠点の中へは入れないのならば、別の道から追いつくしかない。
ちょうど仲間三人しかいなくなって身軽になったティアナ達は、リンニーを先頭にラウラとアルノーを追い始めた。
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