もう一つの戦いと次の仕掛け

 森の中でティアナがヘルゲ達と戦っていた頃、馬車の近辺ではリンニー達が新手の襲撃者に襲われていた。


 伏兵としてインゴルフ達を隠していたので最初の襲撃者に対して頭数は充分だったが、別の襲撃者の集団が現れたことで状況が一変する。


 馬車の後方にある森から現れたその襲撃者達と最初に相対したのはリンニー達四人だった。相手は十人なので倍以上の敵だ。


 顔に焦りを滲ませたベンヤミンが前に出る。


「まずい! エーミール、前へ!」


「はい! リンニーとトゥーディは下がって!」


「僕達のことは気にしなくてもいいよ。ウェントス、襲撃者を攻撃して」


「テッラ、土人形は作れるかな~? やっぱり~? わたしも作れなくなっちゃった~。それじゃ、今いる子達で守ろうね~」


 近づいてくる襲撃者を目前にベンヤミンとエーミールが前方に出て、リンニーとトゥーディが後方へ下がった。馬車はリンニーのすぐ左側にある。


 先手を打ったのは風の精霊だった。襲撃者に次々と風の刃を撃っていく。ところが、その刃はとても小さく弱々しいものだ。かすり傷を負わせたり怯ませたりしかできない。


「なるほど、新手も魔法を妨害してきてるのか。どうりで」


 それを見ていたトゥーディは眉をひそめた。リンニーとテッラが先程までなら小さいながらも土人形を作れていたのに、今は作れない理由を知る。


 こうなるとこちらの魔法は当てにならない。トゥーディは魔法の道具を持っているが、それもどれだけ使い物になるか怪しかった。


 それでも怯ませることができるのなら意味はあると思ったトゥーディは風の精霊をそのままにさせる。そこへ襲撃者達が近づいて来た。


 風の刃に怯んで足を止めた四人に先んじて六人が突っ込んでくる。前衛の二人にそれぞれ一人ずつぶつかり、トゥーディと一人が対峙、そしてリンニーの前で小さな土人形に二人が捕まっていた。


 残る一人が周囲を見て舌打ちする。


「ちっ、ティアナのヤツ、ここにはいねぇのかよ」


 その女傭兵はラウラだった。どうするかと一瞬迷ったところで横合いから声をかけられる。


「ラウラ! あんた性懲りもなくまだこんなことやってんの!?」


 走り込んできたのはアルマだ。そのままラウラへとぶつかる。


 剣を交えてつばぜり合いを仕掛けてきたアルマにラウラが叫んだ。


「てめぇ! ジャマすんじゃねぇ!」


「敵の邪魔をするのは当たり前でしょ!」


 動き回る度に飛び跳ねる泥水を無視して二人が一旦間合いを取った。その間にアルマはリンニーへと近づく。


「怪我してない!?」


「うん、平気だよ~! でも、魔法が使えないの~」


 仲間の姿を見て喜んだリンニーだったが、魔法を封じられたことを思い出してすぐにしょげかえった。


 小さな土人形にしがみつかれながらもやって来た襲撃者二人を押し返すと、アルマはラウラと対峙する。


「今夜こそ覚悟しなさいよ!」


「ちっ、うっせぇ! てめぇを殺して、ティアナもぶっ殺す!」


 条件反射のように答えたラウラが猛然と襲いかかってきた。最初は喉を狙った突き、次いで手首を斬りつけ、そして脇を突く。


 正面から繰り出される連撃をアルマは受け流した。しかし、泥に足を取られながらというのはやはり厳しい。同じ条件で戦っているはずのラウラの方がわずかに優勢だった。


 更に小さな土人形にまとわりつかれた襲撃者二人がアルマを牽制してくる。三対一でまずは厄介な方を仕留めようということらしい。


「ははっ、いいねぇ!」


 勢いを得たラウラは嗜虐的な笑みを浮かべて更なる攻勢に出た。他の二人の攻撃を牽制に利用して攻め立てる。


「痛い!」


 他の二人の攻撃を受け流した隙を突かれたアルマは右脚を刺された。顔をしかめながら後退する。ところが、血が溢れ出した傷口は緩やかに塞がっていった。いつもよりもかなり遅いが効果は抜群だ。アルマは人心地つく。


 逆にラウラは目を剥いた。ようやく形勢が大きく傾いたと思ったのに、魔法であっさりと帳消しにされてしまったからだ。本来なら動けなくなっているのにと歯噛みする。


「てめぇ、魔法なんぞ使いやがって!」


「そっちは三人がかりでしょ。魔法くらい使わせなさいよ」


「ちっ、うるせぇ!」


 目を剥いて攻撃してくるラウラの剣をアルマは受け流した。より一層激しく攻め立てられたので、他の襲撃者二人への対応がおろそかになる。


「ああもう! あぶなっ!」


 右から短槍で突かれそうになったアルマは体をひねって避けようとした。僅差で当たりそうだったが水の精霊が氷の壁を作って防いでくれる。


 更に左からも襲撃者が長剣で斬りかかろうとするが、氷の礫を受けて悲鳴を上げた。


 左右からの攻撃を避けたアルマがラウラを見据えると、次の瞬間泥水のしぶきが襲ってくる。ラウラが蹴り上げたのだ。


「なっ!?」


「いただき!」


 とっさに左腕で目を守ったアルマだったが、ラウラにとっては充分な隙だった。しかし次の瞬間、水の精霊がアルマを中心に周囲へ泥ごと泥水を吹き飛ばす。


 お互いに目が見えない状態になってしまったわけだが、天秤はわずかにラウラへと傾いた。


「つうっ!」


「うわっぷ!? くそっ!」


 盛大に泥を被ったラウラは成果を確認しないまま後退した。


 一方、脇腹をいくらか切られたアルマは、そのまま無理をして一時的に目が見えなくなった短槍持ちの襲撃者に斬りかかる。確かな手応えが手に伝わった。


 水の精霊に傷を治してもらいながらアルマがつぶやく。


「やっと一人倒せたわね」


 ちらりとラウラの背後を見ると、先程風の精霊に怯まされていた四人は既に戦いの渦中にあった。御者の相手が各々二名に増え、トゥーディが三人を相手に逃げに徹している。情勢はかなり悪い。


 ただ、状況が悪いのはアルマも同じだった。リンニーを庇うように戦っているので、実質一対二なのだ。水の精霊の支援があるとはいえ、他の仲間が倒れると厳しい。


 お互い泥だらけになりつつも一旦仕切り直しで双方対峙した。


 苦々しくラウラが吐き捨てる。


「ちっ! なんだよそのクソ精霊は! 鬱陶しい!」


「いいでしょ。健気に支えてくれるのよ?」


「くそっ、くそっ、くそっ! あいつらの魔法を押さえられるんじゃなかったのかよ!?」


「雨の日に襲ってきたのが運の尽きね。晴れてたら、もう負けていたかもしれないわ」


「ちっ! うっせぇ! てめぇは絶対ぶっ殺す!」


「さっきから何度もそう言ってるけど、まだできてないわよね」


「そのクソ精霊さえいなけりゃ、てめぇなんぞとっくに殺せてる!」


 吠えたラウラの言い分にアルマが苦笑した。実際にその通りだからだ。一対一ならばともかく、先程まで三人相手にここまで生き延びられたのは精霊のおかげである。


 偶然生じた膠着状態で、この後どのように戦うか考えながら両者ともに刃を突きつけ合っていた。しかし、ここで大きな変化が外からやって来る。


「てめぇら、行くぞぉ!」


 インゴルフのかけ声と共に四人が一斉に飛び込んできた。四人の頭上には火の精霊が漂っている。その姿は弱々しい。


 先程アルマが一人倒したので数の上では完全に互角となる。一方、精神的には増援を得たリンニー達の方が優位となった。


 明らかに形勢が悪くなった襲撃者側だが、ラウラもその流れを敏感に感じ取る。


「ちっ、ツイてないね!」


「ご愁傷様! これで、わっ!?」


 言い返してきたアルマに対してラウラが盛大に泥水を蹴り上げた。これに対して水の精霊が先程と同じように泥水をラウラへと吹き飛ばす。


 このせいで一瞬アルマはラウラを見失った。跳ね上がった泥水が収まる頃には、踵を返して脇目も振らずに逃げていくラウラの背中を目の当たりにする。


 反射的に追いかけようとするアルマだったが、まだ襲撃者の一人がリンニーの近くに残っていることを思い出した。小さな土人形にまとわりつかれていても放ってはおけない。


 すぐに思考を切り替えたアルマはリンニーへと近づく。


「リンニー、ラウラが逃げたわ。テッラに追跡させて。土人形はあんたでも操れるんでしょ?」


「うん、できるよ~。テッラ、あの女の人の後を見つからないように追いかけて行って~」


 両手を挙げてリンニーに応えた土の精霊は、かわいらしい動きをしつつ森へと入ろうとしていたラウラの後を追いかけ始めた。


 この辺りから次第に形勢はリンニー達へと傾いていく。


 アルマは土人形にほとんど動きを封じられていた襲撃者を倒すと、防戦一方のトゥーディへと加勢した。


 ベンヤミンとエーミールはなかなかの使い手と戦っていたらしく、決着までに時間がかかったがどちらも勝利する。しかし、ベンヤミンは左腕を負傷してしまった。


 インゴルフ達もそれぞれ一対一で戦っていたが次々と襲撃者を討ち取っていく。


 最後に残った一人をまたもやアルマが倒すことで決着はついた。最初はあれだけ苦戦していたのに終わってみれば圧勝だ。


 勝ったことを喜ぶインゴルフ達の脇を通り過ぎて、アルマがベンヤミンに近寄る。


「怪我してるじゃないですか」


「泥に足を取られてね。避け損ねたんだ」


「アクア、この人の傷を治してあげて」


 頼まれた水の精霊である半透明な水玉が震えた。すると、最初は右手で傷口を押さえて顔をしかめていたベンヤミンが、怪訝な表情で元傷口へと目を向ける。


「これは!?」


「すごいでしょ。アクアは大抵の傷口ならすぐに治してくれるんですよ」


「精霊はこんなこともできるのか! ありがとう! アルマも精霊使いだったのか」


「違いますよ。あたしは借りてるだけです」


「良かったね、アクア~」


 笑顔で近づいて来たリンニーがアルマの上に浮かぶ水の精霊へと声をかけた。


 感心しているベンヤミンとエーミールをよそに、遅れてやって来たトゥーディがリンニーへと問いかける。


「結局ほとんどの敵を倒しちゃったけど、ちゃんと計画通りにやったの?」


「大丈夫だよ~! さっきテッラに追いかけてもらったから~」


「あの戦いの中、よく判断できたね」


「えへへ~」


 嬉しそうに笑いながらリンニーがうなずいた。実際はアルマが声をかけたわけだが、当人は水を差す程のことではないと黙っている。


 最後にインゴルフ達四人がやって来た。勝てたことでご満悦の様子だ。


「やっぱ勝つってのは気持ちのいいもんだな!」


「まったくだ! 博打と一緒だぜ!」


「木箱の中でじっとしてるよか、体を動かしてる方がずっといいや」


「ちげぇねぇ。このあと一杯やるのがたまんねぇんだよな」


 インゴルフに続いて、トーマス、ローマン、ホルガーが次々と喜びの声を上げた。


 そんな中、精霊達の様子を見ていたトゥーディが独りごちる。


「イグニスとウェントスがさっきよりも元気になったみたいだね。ということは、魔法の妨害はなくなったのかな」


「ほんとだね~。アクアも元気いっぱい~」


「ということは、ラウラはちゃんと逃げたってことね。後はテネブー教徒の隠れ家まで連れて行ってくれるといいんだけど」


 周囲の様子を見ながらアルマがつぶやいた。


 実は今回の迎撃に関しては、相手を返り討ちにするだけではないのだ。姿を隠せば人間には見えない精霊を活用して、テネブー教徒の拠点をあぶり出す計画なのである。


 理想はテネブー教徒について充分に調べ上げてどの派閥の拠点を摘発するか選ぶことだが、さすがにそこまでは無理だった。今回はラウラの後を土の精霊に追わせているが、これは偶然である。


「とりあえず、予定通りに後を追えたのは幸いだね。リンニー、相手を見失う可能性はあるのかな?」


「よっぽどひどい妨害をされなかったら大丈夫だと思うよ~。地面に足が付いていたら見失うことはないんだよ~」


「その辺はさすがに土の精霊だね」


 話を聞いたトゥーディが苦笑いをした。後に土の精霊に聞いたところ、地面にさえ接していれば距離は関係ないとのことである。


 ともかく、これで再びテネブー教徒へと仕掛けることができてアルマは安心した。後は結果を待つだけである。


 大きくため息をついたアルマは緊張を解いた。

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