聖教団の傭兵と手を組む

 ミネライ神殿近くで襲撃されたティアナ達はその後も警戒しながら旅を続けた。オストハンへとたどり着いたのは新年を迎えてからだ。


 精神的にかなり疲れていた四人だったが、港町についてもすぐに休息というわけにはいかなかった。


 停車場で馬車を降りたティアナが続く三人に声をかける。


「やっと着きましたね。さて、それでは手分けして作業に取りかかりましょう」


「あたしは宿探しね。ここだともう定番の宿があるけど、早く押さえないと」


「は~い! わたしはトゥーディと一緒に倉庫まで鉱石を運ぶね~!」


 アルマとリンニーが自分の役割を確認した。既に日は大きく傾いているので一つずつ片付けていく時間がないのだ。


 その二人を見てからトゥーディがティアナへと顔を向ける。


「終わったら赤い鯨亭に集合だったね。前にあのインゴルフと一緒に飲んだ店だっけ」


「そうです。最初に入った人が席を取っておいてください。私は最後になるでしょうから」


 お互いのやるべきことを確認した四人は停車場を離れた。


 仲間と別れたティアナは朱く染まる街中を迷いなく歩いて行く。北へと向かって進むと商店街から住宅街へと移り変わり、目的地であるルーメン教の教会へと着いた。祈りを捧げる教会堂は白を基調とした年季の入っている建物だ。


 もうすぐ日没だというのに割と人の出入りがあることに驚いたティアナだが、それならばと周囲の信者にまぎれて中へと入る。


「思った以上に簡素ですね」


 教会堂内の様子を一瞥したティアナはつぶやいた。外と同じ白い壁と天井は飾り気がなく、窓もステンドグラスではない普通の窓だ。中央奥にある等身大の白亜の像が目立つ。


 祈りや説教の時間はもう過ぎたのか、皆が思い思いに祈りを捧げたり話し込んだりしている。堂内に声が反響して割とうるさかった。


 そんな中、ティアナは教会の関係者を探して回る。一般人とは異なる白一色の使用人が往来していた。近くを通りかかったある教会の使用人へと声をかける。


「あの、人を伺いたいのですが」


「よろしいですよ。どのような方でしょうか?」


「インゴルフという方です。お目通りすることはできますか?」


「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「ティアナと申します」


「承知しました。しばらくお待ちください」


 物腰柔らかに対応していた使用人の表情が真剣なものに変化した。そのまま軽く一礼するとその場を立ち去る。


 特にインゴルフから聞いていたわけではないが、ここなら話を通せるのではと期待していたティアナは安心した。あの使用人の様子だとインゴルフはこの教会と関わっていると確信する。


 再びやって来た使用人に案内されて、ティアナは教会堂の隣に建っている居住施設に案内された。こちらも白で統一されており、割と大きな建物にもかかわらず飾り気はない。


 建物の中に入ると出入り口近くにある応接室へと案内される。


「よぉ、ティアナ! まさかおめぇから連絡があるとは思わなかったぜ!」


「私も自分から連絡するとは思いませんでしたよ」


 立ち上がって挨拶するインゴルフにティアナは苦笑いを見せた。


 白湯を用意して使用人が退室すると、二人は向き合って座る。


 差し出された白湯を一口飲んだティアナは、寒い中で胃まで染み渡る温かさを楽しんだ。


 そんなティアナに対してインゴルフが話しかける。


「そっちから連絡してくるってことは、何かあったのかよ?」


「ええ。以前あなたと会ってから南へと向かったのですが、その先でテネブー教徒に再び襲われたのです」


「なんだって? また襲って来やがったのか。そういや確か、おめぇさんはトゥーディさんの護衛をしてたよな。無事なのか?」


「無事ですよ。まだ護衛は終わっていませんが、つい先程一緒にこの町へ戻ってきました」


「そりゃ良かった。飲ませてもらった恩を返せてねぇからな」


 安堵のため息をついたインゴルフが背もたれに深く背を預けた。こういう手合いにとってただ飯とただ酒を振る舞ってくれる相手は重要なのだ。


 手にした白湯に再び口を付けてからティアナが本題に入る。


「それで、以前あなたからお話があったテネブー教徒に反撃するという話ですが、あれに乗ってみようと思います」


「お、そうかい! あいやでも待て。トゥーディさんも一緒なんだよな? そっちの護衛はどうなんだ?」


「まだ終わっていません。しかし、この件は既に話をして了承してもらっています」


「は? いいって言ったのかよ」


 意外な返答にインゴルフは驚いた。インゴルフからするとテネブー教徒の襲撃はティアナが目的でトゥーディは無関係だ。なのに雇った護衛が別件を引き受けることを認めるなど通常はありえない。


 裏に何かありそうだと思ったインゴルフだが、差し当たっては自分に都合が良いのでそこは不問にした。これで大きな獲物が釣れるかもしれないと内心喜ぶ。


「まぁ、そっちの雇い主がいいって言ったんなら問題はねぇや。そんじゃ、これからどうやるか話をしねぇとな。っと、その前に、南の方で襲われたときのことを聞かせてくれ」


「いいですよ。野営していたところを夜中に襲われました。一回目のときと戦い方は同じで前衛と後衛に別れていましたね」


 それから先日遭った襲撃についてティアナは簡単に説明した。オストハンでの襲撃の話を聞いていたインゴルフなので説明に手間はあまりかからずに済む。


 ただ、ティアナが大活躍したという部分はできるだけぼかして話した。突き詰めるとテネブーの魂について説明することになってしまうからだ。


 話を聞いたインゴルフが唸る。


「よく全員無事だったなぁ。頼みの綱の精霊を押さえられて、三倍以上の敵をはねのけるなんて大したモンじゃねぇかよ」


「ありがとうございます。偶然あらかじめ土人形を用意していたのが勝因ですけど」


「それでも羨ましい話じゃねぇか。オレ達傭兵にとっちゃ武勇伝になるぜ?」


「ああなるほど」


 事情が事情なだけに自慢するわけにもいかないティアナは苦笑した。しかし、いつまでも過去の話ばかりはしていられない。今後の話をしなければならなかった。


 室内が蝋燭の明かり以外はすっかり暗くなっていることに気付いたティアナが、再びインゴルフへと意識を集中する。


「ともかく、こうなると今後も私達がテネブー教徒に狙われる可能性が高いわけです。しかし、いつ襲ってくるかまではわかりません」


「そこが厄介なんだよな」


「ですから、こちらから誘き出してはどうでしょう?」


「誘い出す? できんのかよ?」


「恐らく難しくありません。あちらは私を殺したがっていますから、私の情報には必ず食いついてきます。あとは襲いやすい場所に引き込んで迎え撃てば良いでしょう」


「あらましはわかった。連中がやる気なのを逆手に取るわけだな。悪かねぇ。具体的にどうすんのかは考えてんのかよ?」


「ええ、まずは荷馬車を用意してもらって」


 促されるままにティアナは作戦の詳細を説明した。興味を示していたインゴルフはその案に乗ることを了承する。


 その後、あまり時間をかけずに打ち合わせを終えたティアナは教会を後にした。


-----


 所用の済んだティアナは日の暮れた街中を進んだ。住宅街は暗いが繁華街に入ると明るくなる。同時に人通りも段違いに増えた。


 繁華街の大通りに沿って歩くティアナは赤い鯨亭を探して中に入る。店内は満席で宴もたけなわといった様子だ。いつもの席取りの感覚を思い出しつつ奥へと進む。


「あそこですか」


 店内を見回して仲間三人を見つけたティアナはそちらへと足を向けた。


 最初に気付いたのはアルマだ。


「お帰り。結構かかったのね。首尾はどうだったのよ?」


「上々ですよ。インゴルフは承知してくれました。用意はあちらがしてくれるそうなので、私達は待つだけです。リンニー、一つわけてください」


「いいよ~」


 一旦話を区切るとティアナは給仕に酒を頼んだ。そして、リンニーが確保していたまだ手を付けていない木製のジョッキを一つもらう。すぐに口を付けた。


 とりあえず喉を潤したティアナはトゥーディへと顔を向ける。


「あなたの考えてくれた作戦の通りに進めることになりました」


「それは良かった。どうせなら厄介事は早く片付けたいしね」


「自分達の情報を相手にわざわざ与えるというのは良い気分ではありませんが」


「テネブー教徒が余程馬鹿な集団じゃなければ、もう僕達がこの町に入ったことに気付いていると思うよ。こっちから話をばらまくのは、そうじゃなかったときの対策さ」


 話し終えたトゥーディが豚肉を口に入れた。


 ミネライ神殿の近くで襲われてから、ティアナ達はこれから襲撃にどう対処するのかを話し合った。現実的に考えて次の襲撃が予想される以上、対策しておかないと危ない。


 そこで四人はテネブー教徒に襲撃させて反撃することにした。相手の隠れ家の位置はわからないので、襲撃に備えた自分達を襲わせることにしたのだ。


 テネブー教徒に自分達の望む時期に襲撃させるためには、まず自分達の居場所を知らしめる必要がある。この情報を流す役はインゴルフを通じて聖教団がしてくれる予定だ。


 食べていたパンを飲み込んだアルマがティアナに尋ねる。


「こっちは待つだけって言っても、いつまで待てばいいわけ?」


「一日待ってくれと言われました。情報を流すこともそうですが、荷馬車の用意もしてもらわないといけないので」


「あらかじめこっちで決めてた手順でいいわけなの? 変更点はある?」


「荷馬車が幌付きになったことと、御者が付くことになったこと、それにインゴルフ達が箱の中に入って荷物に紛れることですね」


「結構変わったわね」


「別の町に荷物を運ぶ運送屋に便乗させてもらうという設定に変わりましたから」


 話をしていたティアナが一旦口を閉じると、給仕が届けてくれた木製のジョッキをリンニーに手渡した。


 当初はティアナ達がインゴルフ達四人を雇って荷馬車を借りる予定だった。しかし、インゴルフ達は既に顔が知られているので、これでは罠を仕掛けていると思われてしまうと本人に指摘されてしまう。


 そこで、倉庫街で町を出る運送屋に便乗するという流れに変更となった。御者はその運送屋というわけである。尚、幌付きの荷馬車に変わったのは、インゴルフ達四人が発見されにくくするためだ。


 話を聞いていたトゥーディが口を挟む。


「ということは、当日は停車場ではなくて、倉庫街に行くことになるわけだね」


「そうです。どのみち倉庫に預けた鉱石を取りに行かないといけませんから、そこで荷馬車を見つけることにしようとインゴルフに提案されました」


「良いと思うよ。手間も省けるし。そうなると後はどこで襲われるか、だね」


 自分の言葉に思案顔となったトゥーディが木製のジョッキに口を付けた。


 襲撃する側が自分達ならば時期と場所を選べるが、襲撃される側となると選べない。ここをどうするかということでティアナ達は一番悩んだ。


 この問いかけにティアナが答える。


「この港町から出発するのなら、襲う場所は大体決まってるとインゴルフは言っていました」


「どこなのさ?」


「西の門から出るなら、その奥にある森の中だそうです。次の町までの間が大半森の中なので、仕掛けるのならここしかないと断言していましたよ」


「そういえば、その後はしばらく平原が広がっていたよね」


「はい。隠れる場所がいくらでもある森が近くにありますから、襲わない手はないと」


 話を聞いたトゥーディがうなずいた。


 北の塔までの道のりに襲いやすい場所はいくつかある。しかし、そもそもティアナ達の目的地を知らない相手からすれば、近場で済ませたいと思うだろうということだ。


 先程まで延々と酒を飲んでいたリンニーがふとティアナへと尋ねてくる。


「わたし達が襲われたら、ルーメン教徒の人達は助けに来てくれるのかな~?」


「残念ながら、私達とインゴルフ達だけで相手にするしかありません。助けられる程近いところに仲間がいそうだと思われると、襲撃してもらえませんから」


「そっか~」


「確かに不安ではあるわよねぇ。御者の人は戦えるのかしら?」


「その点は大丈夫だそうですよ。二人用意してくれるそうです」


「となるとこっちは十人なのね。そうなると後は相手が何人で襲ってくるかよね。ここは運を天に任せるしかないかぁ」


 難しい顔をしたアルマが唸った。


 その様子を見ていたトゥーディが独りごちる。


「襲われた後のことも考えるとある程度いてくれた方が良いんだけど、多すぎても困るのが難しいね。都合良くはいかないんだろうな」


「え~そんなこと言わないでよ~」


「やるだけのことをやった後は、なるようにしかならないんだから仕方ないね」


 すまし顔のトゥーディが不安そうなリンニーを諭した。


 こうして仲間内での情報のすり合わせをティアナ達は進めていく。酒が入っていたこともあって、この日の夕食は夜遅くまで続いた。

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