決戦への決心
ガイストブルク王国で身を隠していたヘルゲ達だったが、新年を迎えてすぐに転機が訪れた。ティアナ達の動向を追っていた部下の一人が戻ってきたのだ。
今や仇敵と言ってもよい相手がどこで何をしているのかを知ってヘルゲは驚く。
「なに? あちらの大陸に渡って、アルノーの手の者に襲われただと?」
「はい。オストハンに奴等が到着した夜に襲撃され、撃退したようです」
「なぜアルノーがティアナ達を襲ったのだ?」
「申し訳ありません。そこまでは確認できませんでした。まずはご一報をと急いで参りましたので」
肝心なところがわからないままなのでヘルゲが渋い顔をした。
ただ、聖教団を勢いづかせてしまったヘルゲ達は仲間から白い目で見られている。説明を求めても門前払いされる可能性は高いので、すぐにこちらへと走った判断は悪くない。
その他の細かい報告を聞いて部下を下がらせると、倉庫内にはウッツとユッタを含めて三人だけとなる。
まず口を開いたのはユッタだ。
「確かアルノーっていう人も幹部の一人だったかしら? ティアナを殺すために協力していたわけではないのよね?」
「あやつと協力などしない。権力を握ることしか考えておらん俗な者だ」
「だったら、ティアナ達を襲った理由は何かしら?」
「はっきりとはわからんが、恐らく点数稼ぎなのだろう。私の失敗をあやつが雪いだとなると、私の地位は更に下がるであろうしな」
面白くなさそうにヘルゲは応えた。推測ではあるが発言の内容には確信めいた自信を持っている。散々やりあった間柄なので、ある程度の考えがわかるのだ。
次いでウッツが尋ねる。
「ティアナ殺しが点数になるんでしたら、どの派閥も狙ってくるんじゃないですかい?」
「聖教団の圧迫が日増しに強くなっている今、ティアナに目を向けられる余裕のある一派は少ない。アルノーもついでに手を出して手痛いしっぺ返しを受けたのだろう」
「となると、これで手を引くって可能性が高いってわけですかい」
確認の意味でウッツが問いかけたのに対してヘルゲは首を横に振った。
目を見開いたウッツにヘルゲが答える。
「いや、逆に再び仕掛ける可能性が高いな。裏方も会わせて二十人ほど使って襲撃したという報告が正しければ、体面のためにも再び襲うかもしれん」
「獲物を横取りされちゃ、たまりませんよねぇ」
「まったくだ。このままアルノーの一派にティアナを殺されると、私の立場がなくなる」
ただでさえアルノーからの派閥切り崩しが激しい昨今、この上汚名を雪ぐこともできなければ再起することすら難しくなってしまう。
しばらく考えてからヘルゲが宣言した。
「危険だが、一度あちらへと戻って様子を見ることにする」
「ヘルゲ様、まだ早すぎませんかね? 様子を見るんでしたら、他のヤツに行かせてはどうですかい?」
「あたしもウッツの意見に賛成よ。ようやくこちらの基盤も築けてきたんだし、せめてあと半年は潜伏したいわね」
「二人の意見はもっともだが、こちらで準備が整ったときにあちらに残した派閥が残っていないのでは意味がないのだ。そうならないためにも、向こうに戻る」
ヘルゲにとってはあくまでもテネブー教徒内での立場が重要なので、その基盤をすべて失うわけにはいかないということだ。そう言われるとウッツとユッタは反論できない。
「わかりやした。そういうことでしたら行きやしょう」
「仕方ないわね」
最終的には自分の意見を受け入れた二人にヘルゲはうなずいた。
決断すると三人の行動は速い。翌日にはガイストブルク王国の王都を出発して一路西の大陸を目指した。
新年最初の月の終わり頃にヘルゲ達は危険を冒してオストハンにたどり着く。周囲に気を付けながら用意された隠れ家に移った。
ヘルゲとウッツが最初にやったことは現状の確認だ。ヘルゲはテネブー教徒内の、ウッツは裏社会の情報を得るために行動した。
その結果、意外な情報が手に入る。
テネブー教徒関係では、アルノーがこのオストハンに来ていた。重要な港町なので幹部がやってくることはおかしくないが目的は不明だ。
次いで聖教団関係では、勇者の片腕と呼ばれる傭兵が活動中ということだった。テネブー教徒狩りに熱心なので要注意である。
最後に、アルノー派の手下に襲われて撃退した四人組は南へ去ったとのことだ。また、アルノー派も四人組の動向を探っているらしかった。
他にも町の官憲の摘発状況などもあるが、差し当たって必要な情報はこの三点だった。
一通り探りを終えると三人は隠れ家に集まる。手に入れた情報の分析と今後の方針を決めるためだ。
持ち寄った話を聞き終えたヘルゲが唸る。
「アルノーがティアナ達を狙っていそうなのはわかったが、その意図までは掴めないのがもどかしいな」
「狙ってる可能性が高いってのがわかったんですから充分でしょう。こりゃ絶対また仕掛けますぜ」
「身を守ることも考えないとね。勇者の片腕っていう傭兵はインゴルフって奴よ。他にも仲間が三人いるわ。一見馬鹿に見えるけど、見下すと足下を掬われるって話よ」
「確か、去年あちらが襲撃したときにティアナ達を助けた連中ですかい?」
「ええ。鼻が良いのか知らないけど、インゴルフがやって来たときにこっちは摘発されやすいらしいわよ。気を付けないと」
集めた情報は興味深いものが多かったが精度はもう一つだった。しかし、その精度を上げるためには更に突っ込んだ調査が必要だ。時間に限りがあるので迷いが生じた。
しばらく考えたヘルゲが口を開く。
「傭兵のことはとりあえず後回しにする。それより、アルノーの動向とティアナの居場所が重要だ」
「ティアナの情報は南に出かけて足取りを追いかけるしかねぇですよね。アルノーって幹部の動向は」
「あっちの派閥の男を籠絡するのが早そうね。あたしがやってみるわ」
「こういうときのユッタさんってすごいっすよねぇ。外から少しずつしか探れねぇオレじゃ全然かなわねぇや」
「万能じゃないってのは、聖教団で嫌という程思い知ったけどね」
褒められたユッタが自嘲気味に笑った。かつてとは違い、今のユッタは自分の能力の有効性と限界をよく理解している。しかし、使い方によっては効果的だということもだ。
そんなユッタが思い出したようにヘルゲに尋ねる。
「そうだ。アルノー派の男以外に、他に籠絡してほしい人っているかしら? 聖教団の一人はもう味方にしたけど」
「今は取り立てていないな。必要があればそのときに頼むとしよう」
「わかったわ。それなら先に、用心棒代わりにもう何人か堕とさないと」
こうしてやるべきことが決まった。三人は再び個別に行動する。
ところが数日後、非常に重要な情報がもたらされた。
報告したいことがあると連絡を受けたヘルゲが隠れ家でウッツと会う。
「昨日ティアナ達がこの町にやって来ただと?」
「ティアナらしき四人組ですがね。昨日の夕方、南から荷馬車でやって来て倉庫にいくつもの荷物を放り込んだらしいんですよ」
「いくつもの荷物? なんだそれは?」
「さぁ? 倉庫へ運ぶ仕事をした人足の話じゃ、丈夫な革袋をいくつも運んだらしいんですよね。しかもそれが結構重たいのばっかりだとか」
説明を聞いたヘルゲは首をかしげた。ティアナ達の移動だけでなく、運んでいる荷物も気になる。一体南で何をしてきたのか。
ヘルゲが考え込んでいると、ユッタが部屋に入ってきて声をかけてくる。
「二人ともいたのね。ちょうど良かったわ」
「何かあったのか?」
「アルノー派は南へ向かったティアナ達を襲撃して返り討ちに遭ったみたいよ。それで、昨日ティアナ達がこの町に戻って来たからどうするか対策を考えているみたいね」
「なんだと!?」
目を見開いたヘルゲが立ち上がって叫んだ。既に二回目の襲撃をしていると知ってウッツも驚く。
「あーそりゃダメだ。下手すりゃ明日にでもあっちは仕掛けるかもしれませんねぇ」
「どうにかこちらが先手を打つ必要がある。後れを取ってしまうと、せっかくティアナを誅殺してもその功績が半減してしまうからな」
アルノー派からつまらないケチをつけられないためにも、ヘルゲは独力でティアナを討ち取りたかった。
どうすれば良いのか考えるヘルゲに対してユッタが更に語る。
「あっちにはラウラもいるみたいなんだけど、押さえるのに苦労しているみたいね」
「切り替えるのが早いねぇ。そうなると、あちらさんはラウラに引きずられてさっさと襲撃しちまいそうだな」
「それは何としても防がねばならん。ユッタ、今からアルノー派をできるだけ攪乱しろ。ウッツ、この近場でティアナ達を襲いやすい場所を探すんだ」
もう時間の余裕がないことを理解したヘルゲは勝負に出ることにした。アルノー派の動きからして、機会はこれが最後だろうとも予想する。
指示を受けたウッツとユッタが部屋を出て行く姿をヘルゲは厳しい顔つきで見送った。
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ラウラの意見を採用してティアナを殺すことにしたアルノーだったが、その目論見は二度も失敗した。
特に二度目は信者が全滅したこともあって、ヘルゲ派がその失敗を吹聴して回っている。
「たかが小娘と侮って二度も暗殺を失敗している。あれではヘルゲ殿のことは言えまい」
もちろん失敗の程度の差はヘルゲの方がはるかに大きいのだが、同じティアナ相手に手こずっているのでアルノーも同程度ではと陰で囁かれ始めていた。
今はまださざ波程度の揺らぎだが、さすがに次も失敗となるといよいよ派閥の沽券に関わってくる。これ以上の失敗は許されなかった。
そうなると三度目をいつどこで仕掛けるのかだが、機会は意外に早くやって来る。ティアナ達が再びオストハンへと戻って来たのだ。戻って来た理由はアルノー派には不明だったものの、この機会を活かそうと早急に準備をする。
ところが、ここで一つ問題が発生した。ラウラの処遇である。
「アタシが提案した策なのに、なんでアタシが外されるんだよ!」
最初の襲撃のときに指揮者の命令に従わなかったラウラは、二度目の襲撃からは外されていた。それに怒り狂ったのである。
もちろん三度目の今回は襲撃組に参加させるようアルノーに直談判してきた。
「おい、今度こそアタシも入れな! 絶対にティアナをぶっ殺してやる!」
「いいだろう。ただし、今度は命令に従うんだぞ」
目を細めたアルノーの言葉にラウラは不敵に笑うだけで答えなかった。にやつく顔をはたいてしまいたい衝動にアルノーは駆られたが我慢する。
本当ならラウラなど使いたくないのだが、困ったことに二度目の襲撃で多くの人員を失ってしまった。派閥の規模からするとまだ人を集められるが、ティアナだけに人材を
自分の気に入らないことには返事をしないラウラを見つめていたアルノーは、冷たい口調で一言つぶやく。
「勝手な行動はするなと言っているのだが、従えないのか?」
「そんなの関係ねぇ! アタシは自分で考えて行動するんだ!」
「聞き分けられないというのなら、出て行ってもらうぞ」
「んだとてめぇ!」
「今外に出て行って生きていけるのか?」
大声で怒鳴り散らされながらもアルノーはまったく動じなかった。冷ややかな目を向けて黙る。
しばらくにらみ合いが続いたが、最初に視線を外したのはラウラだった。ここでアルノーを殺しても自分に未来はないことをぎりぎり理解していたのだ。
「ちっ、ムカツクぜ!」
「成功すれば報酬ははずんでやるぞ?」
「そう言って本当にはずんだヤツなんていねぇよ」
「どのみちお前に選択する権利などないだろう。成功すれば評価してやるだけありがたく思え」
「ちっ、てめぇ!」
今度はラウラが怒りの形相で睨み付け、アルノーは薄く笑った。
またもや沈黙が続いたが、面白くなさそうにラウラが目を背ける。
「ちっ、わーったよ。できるだけ聞いてやる」
「お前の評価は指揮する者の報告次第だということを忘れるな。行け」
命じられたラウラは不機嫌そうに顔をゆがめると荒い足取りで部屋を出た。
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