帰り道での戦い

 ミネライ神殿で三泊したティアナ達は一路馬車の停車場がある町を目指した。


 クヌートにもらった材料はどれも鉱石でしかも結構な量がある。四人で分担してもかなり重いので鉱物ごとに丈夫な革袋に入れて六体の土人形に担がせた。


 冬の冷たい風が吹く中、四人と六体はミネライ神殿から出発する。今日も良い天気で直射日光が降り注ぐが、朝の日差しはまだ弱い。


 歩き始めてしばらくするとアルマがぼやく。


「自分で徒歩を提案しておいてなんだけど、馬車がほしいわね」


「神殿に挑戦者がいないとわかっただけに尚更ですね。失敗したとは思いませんが、なんというかこう、もやもやしたものが胸の内に湧いて出てきてしまいます」


 何とも言えない表情のティアナが感想を返した。


 鉱石は六体の土人形に運ばせているので背嚢の重さは往きと同じだが、今朝は冷たい風にずっと晒されているのがつらい。厚手の服と外套だけでは寒さをしのぎきれなかった。


 後ろを振り返って土人形を見たトゥーディがティアナに問いかける。


「馬車に乗るまでの間とはいえ、土人形を使うと目立たないかな? あんまり目立つのは良くなかったんだよね?」


「背に腹は代えられません。あれを四人では担げませんから。それに、土人形自体は他の魔法使いでも使うことがありますから、まだましです」


 質を問わなければ魔法使いが土人形を荷物運びに使うことは確かにあった。


 もっともこの六体のように、人間並の大きさで、充分な運搬能力があり、長時間使役し、精巧に創造された土人形はまずない。ただ、それを見極められる者は滅多にいないが。


 次いでリンニーが口を開く。


「封印石以外の材料がなかったら、わたし達だけでも持てたのにね~」


「うっ、ちょっと調子に乗りすぎたのは認めるよ」


 笑顔を向けてきたリンニーの顔を正視できないトゥーディが目を逸らした。一覧表以外の鉱石も用意してもらった結果、土人形を四体追加することになったのだ。クヌートの視線が記憶に新しい。


 珍しくトゥーディが居心地悪そうにしながらも一行の歩みは止まらなかった。


 神殿を出発した当日の夜、ティアナ達は往路と同じく野宿の準備を始める。生木も含めた枝を集め、イグニスに燃やしてもらい、食事を温め、そして交代で見張りをしながら眠った。


 切り立った斜面を背にして、半円状に土人形四体を等間隔に立たせてその中で三人が眠る。今晩は、ティアナ、リンニー、トゥーディ、アルマの順で見張りだ。


 二時間交替でアルマがトゥーディと変わって起きる。真夜中であるためかなり冷えた。しかも暗くてほぼ何も見えない。


「うう、寒いわ」


 呻くようにつぶやいたアルマは外套に包まったまま消えかかった焚き火の前に座った。こんな寒い日はイグニスの炎で温めてもらいたいが、アルマを守っているのはアクアだ。


 もうすっかり護衛や探検の仕事に慣れたアルマだが、夜の警備は得意ではない。そのため、水の精霊にも手伝ってもらっている。視界を確保する魔法をかけてもらっているのもそのひとつだ。


「こういうときって、全然時間が過ぎないから嫌なのよね。冷たっ!?」


 寒さに震えながら見張りをしていると、顔に小さな水の塊がぶつかった。一瞬何事かと驚いたアルマだったが、アクアからの合図だとすぐに気付く。


 改めて周囲を見回すと、最寄りの町の方面からまとまった人数の集団が近づいて来た。明かりも点けずに近づいてくるなどまともではない。


 もう少し相手が近づくのを待つと十数人の集団だとわかる。


「アクア、みんなを起こして」


 立ち上がったアルマは消えかかった焚き火を足で踏んで完全に消した。


 起き上がった三人のうち、最初にティアナが問いかけてくる。


「真冬に冷たい水を顔に浴びせられるのは冷えてつらいですね。それでどうしました?」


「町の方から十人以上の集団が明かりも点けずにこっちにやってくるわ」


「テネブー教徒ですか?」


「たぶん。あ、散開し始めたわね」


 アルマの話を聞きながらティアナもそちらへと目を向けた。火の精霊に視界を確保してもらっているので全体に赤系統の色彩となっている。


 その視界の中で相手は二手に分かれた。一方は十人の集団で左右に広がって近づいて来て、もう一方はその少し後方で五人が集まっている。そのうち四人が両手を合わせた。


 思わずティアナはアルマと顔を見合わせる。


「広場で襲ったときと同じになるかもしれません。精霊の支援は期待できなさそうですね」


「そうだったら逆にあんたは調子良くなるんでしょ。頑張ってちょうだい」


 そこへ寝ぼけ眼のリンニーとしっかり目覚めているトゥーディがやって来た。もうあまり時間はない。


「おはよ~、どうしたのかな~?」


「ああ、襲撃か。ほとんど囲まれてるね。奥にも人がいるじゃないか」


「襲撃者です。前と同じく精霊の支援は期待できそうにありません」


 簡単な説明を聞いたトゥーディがうなずいた。そしてすかさず問い返す。


「どうする? 前みたいに第三者の介入は期待できないよ?」


「作戦という程ではありませんが、私が飛び出してあの奥の四人を倒します。それまでこの土人形を盾に守り切ってください」


「わかった。リンニー、今から土人形の数を増やしておいて」


「あれ、小さいのしか作れないよ~?」


 戸惑うリンニーの声にティアナ達は眉をひそめた。既に戦いは始まっていることを改めて知る。


 相手がかなり近づいて来た。そして、十人全員が小袋から何かを取り出すと、一斉にティアナ達へと投げつける。自ら発光する輝光石だ。


 てっきり攻撃手段を投げつけられたと思ったティアナ達は思わず土人形の背に隠れた。そのため、初動が遅れる。


「かかれ!」


 奥にいた一人の号令と共に相手が駆けだした。


 気付いたときにはもうそこである。最初に反応したのはティアナだ。


「土人形で相手を取り押さえて! 他の三人は迎撃!」


 叫んだティアナも向かってきた敵一人に長剣を向けた。雄叫びと共に振り下ろされる剣を余裕で躱し、その首筋に長剣を叩き込む。前回同様いつもより調子が良い。


 そのまま土人形の輪の外に飛び出したティアナは、両手を合わせて何かを唱えている四人へ向かって一直線に走る。まるで魔法を使っているかのように体が軽い。


 この時点で相手がテネブー教徒だとティアナは確信した。どんな魔法かわかっているので相手の正体もはっきりとする。


 四人の術者はティアナが一人で向かって来るのを見て驚愕した。指揮者らしい人物が迎え撃とうとする。


「イグニス! こちらを攻撃する敵を邪魔して!」


 命じられた火の精霊はティアナに向かって魔法を撃ち込もうとする指揮者らしい人物に、いつもより小さい火の玉をいくつも放った。しかし、その直前で透明で膜のような防壁に遮られてしまう。


 それでも火の精霊はずっと小さい火の玉を出し続けた。延々と防壁に遮られてしまっているが、反撃する機会のない相手は次第に焦りの色を顔に浮かべる。


 ついにその距離を縮めたティアナは、透明な防壁を迂回して機会を窺っていた指揮者に斬りかかった。相手は避けようとしたが、ティアナの方が一枚上手で右手を切断される。


「ぎゃっ!」


「イグニス! ここから他の奴等を攻撃して!」


 崩れ落ちる指揮者から目を離したティアナは、透明な防壁の裏から他の四人を攻撃するよう火の精霊に命じた。ティアナの真上に揺らめく半透明の火柱から、再びいくつもの小さい火の玉が撃ち出される。


「うわぁ!」

「くそ、化け物め!」

「あづ!」


 決定的ではないものの、当たれば無事では済まない火の玉が次々と四人へと命中した。ある者は悲鳴を上げ、またある者は転げ回る。


 これを機に、火の精霊の撃ち出す火の玉の威力が元に戻る。それは相手への致命的な攻撃に切り替わったということだった。


 一人くらい生かしておきたかったティアナは攻撃の中止を命じようとしたが、その直前に右手首を切り落とされた指揮者に襲われる。


「この悪魔め! 殺してやる!」


「今更!」


 短剣で斬りかかってくる相手から離れようとしたティアナだが、先程と違って体の動きがもどかしいくらい遅く感じられた。これが普通なのだが感覚の修正が遅れてしまう。


 体ごとぶつかるように迫ってくる相手に対し、ティアナはその腹部へと蹴りの一撃を見舞った。動きを止めた敵から更に一歩下がって振り上げた長剣を頭めがけて振り下ろす。


「はっ!」


 相手の頭を砕く感触を手にしたティアナはすぐに火の精霊へと顔を向けた。既に火の玉は撃っていない。地面へと目を向けると四つの焦げた死体が倒れていた。


 思い通りにはいかないとため息をついたティアナだったが、気持ちを切り替えて仲間達の方へと駆け出す。感覚が普段の調子に戻ってきた。


 自分達の魔法を妨害する相手の魔法の効果は消えたため、精霊達の使う魔法が派手に炸裂するのが見える。土人形の動きも元通りだ。アルマとトゥーディを襲っていた者達は既に地面に倒れており、リンニーを助けに回っている。


「あちらの五人は全員倒しました! あとはこちらだけですよ!」


 仲間に伝えた言葉は敵にも聞こえた。生き残っていた六人のうち、一部は逃げようとして土人形に取り押さえられ、残りは取り押さえられるとすぐに動かなくなる。


「あ、こいつら毒を飲んだのか!?」


 様子がおかしいことに気付いたトゥーディが、動かなくなった敵の様子を見て驚いた。他の三人の様子も見て回るが首を横に振る。


 合流したティアナはアルマとリンニーに近づいた。土人形に取り押さえられている敵が呻いている中、仲間二人に声をかけた。


「大丈夫ですか?」


「どうにかね。トゥーディは動かなくなった敵の様子を見て回ってるわ」


「わたしも平気だよ~。テッラが頑張ってくれたんだ~」


 息を切らしている仲間二人とお互いの無事を確認していると、トゥーディも戻って来た。その表情は暗い。


「あーもう。肝心な者達がみんな自殺しちゃったよ。残ったのはその二人だけだね」


「先程、毒と言ってましたよね?」


「口の中に仕込んでいたんだよ。こういう手合いの常套手段さ。失敗したときのね」


 説明を聞いたティアナも気分が滅入った。しかし、まだのんびりと気落ちすることはできない。


 地面に取り押さえられている敵二人を尋問するため、ティアナは火の精霊に命じる。


「イグニス、あの二人の顔にかするように小さな火の玉を撃ってください」


 頼まれた火の精霊は同時に二つの火の玉を撃った。狙い過たず、どちらの身動きできない敵二人の顔をかすめて地面に着弾して爆ぜる。


「ひぃぃ!」


「あちぃ!」


「面倒なので化かし合いはなしにしましょう。返答を拒絶したり嘘をついたりすれば、今の火の玉を当てます。お二人の頭と同じくらいのものを」


「わ、わかった! しゃべるよ!」


「助けてくれ!」


 自分の立場を充分に理解させたことを確認するとティアナは尋問を始めた。


 結果、この二人は町で雇われたごろつきで他にも四人雇われていたことが判明する。他の襲撃者の素性は何も知らないということだった。


 逃げ去っていく二人から視線を外したティアナはアルマへと顔を向ける。


「何もわかりませんでしたね。肝心な者達は殺されるか自殺するかしてしまいましたし」


「あっちの信者が自殺したときに何となく予想できたけどね。厄介だわ」


「これだけのことをされて収穫なしというのも嫌ですね」


「そうでもないよ」


 火の精霊が倒した七人の死体を調べていたトゥーディが戻って来た。手のひらに収まる程度の石像と拳程の大きさの黒く羽の生えた裸像を手にしている。


「それは何ですか?」


「これは石像は尊き主の像、僕達の魔法を妨害していた魔法の道具だね。こっちは黒精霊の導き、精霊の位置がおおよそわかる魔法の道具だよ。こいつで居場所を探られたらしい」


「ということは、テネブー教徒が襲ってきたわけですか?」


「自殺した者達もいることを考えると盗賊の可能性は低いし、残された道具から確定でいいんじゃないかな」


 考えながら話すトゥーディの言葉に他の三人は無言になった。予想外の執拗さなので、ティアナ殺害は思った以上に優先順位が高いのかもしれないと想像したからである。


「ティアナ、どうする~?」


「どうすると言われましても、私達だけで宗教一つを相手にはできません。まずはオストハンへ早く帰りましょう」


 ティアナはとりあえず落ち着ける場所に戻ることを最優先とした。結論を先延ばしにしたとも言えるが、現状でやれることはないので仕方ない。


 ともかくすべては日が昇ってからだと考えたティアナは、もう少しこの場で休むことにした。

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