ミネライ神殿に再訪

 酒場で旧交を温めた翌日、ティアナ達は手に入れた情報を元にこれから先どうやって旅をするか考えた。


 特に直近のミネライ神殿へ向かう予定について再検討する。当初は馬車を借りて移動する予定だったが、運行されている馬車で進めるだけ進んで後は徒歩となった。


 提案したアルマが言うには次の通りである。


「神殿に着いてから馬車を安全に置いておく場所がないわ。馬車を守るために二人ずつに分かれるのは不安だし、前の襲撃を考えると精霊達に番をさせるのも危ないと思うのよ」


「神殿の中に入れてしまえばいいんじゃないのかな~?」


「あの神殿って挑戦者が割といるから、誰に見られてるかわからないじゃない。下手に神殿の主と知り合いだなんて知れたら、テネブー教徒以外からも狙われてしまうでしょ」


 神と知り合いというだけでその人物の利用価値が際限なく上がることをアルマはよく理解していた。特に財宝で名高いクヌートとのつながりを知られると、どんな災難が降ってくるかわからない。そのため、慎重を期するわけだ。


 ティアナも賛成したことにより、一行は馬車を借りずに向かうことになった。インゴルフ達と酒を酌み交わした二日後にオストハンを出発する。


 馬車を乗り継いで町から町へと進むわけだが、幹線となる街道からはずれ、地方へと向かう程に馬車の数は減っていった。最初は快調だった旅もそうでなくなる。そのため、残り三分の一の距離で歩くことになった。


 出発前に予想していたテネブー教徒からの襲撃はなく、後をつけられている様子もない。何となく不安を感じながらも四人は順調な旅に安心する。


 トゥーディが意外に健脚だったこともあり、一行はほぼ予定通りにミネライ神殿へとたどり着いた。トゥーディ以外はこの大陸に来て初めての依頼を引き受けたとき以来だ。


 神殿の正面から中に入ったところで、ふとティアナが首をかしげる。


「どうやってクヌートを呼べば良いのでしょう?」


「そのまま呼べばいいんじゃないかな~?」


「待ちなさい。他に誰かいないか確認してからよ」


 大きく息を吸い込んだリンニーにアルマが注意した。目を見開いたリンニーはしばらくそのまま固まって、大きく息を吐き出す。


 困った顔のリンニーがティアナへと尋ねようとした。しかし、その前にトゥーディが応える。


「僕達が来たってこと、もう知ってるんじゃないかな」


『その通り。ようこそ。今回はリンニーだけじゃなくてトゥーディもなんだ。珍しいね』


 どこからともなくクヌートの声がしたので、トゥーディ以外の三人は周囲を見回した。しかし、周りには誰もいない。


 気になったことをティアナが問いかける。


「今この神殿には挑戦者はいるのでしょうか?」


『挑戦者? いや、きみ達だけだよ。最後にやって来たのは一ヵ月前くらいだったかな。何かあるの?』


「あなたと知り合いだと知られたら、外でつきまとわれたりして厄介なことになりそうなので」


『あー確かに。秘密にしておいた方がいいよね。うん、今度から気を付けるよ。それじゃ、昇降機のある大部屋まで来てくれるかな』


「わかりました。通路は変わっていないですよね?」


『前のままだよ』


 神殿内の造りが前と同じだと確認できたティアナは、明かり代わりの光の玉をリンニーに出してもらって歩き始めた。


 しばらく歩いて階段を登って一般信者のための施設を通り抜けた後、左右に分岐する通路の左側を通り、十字路で左手の下へ続く階段を下りて大部屋にたどり着く。その奥には、壁に半円状の溝が二つ床から天井に伸びており、更に上へと穴が伸びていた。


 黒い円形の石版を前にティアナが振り返る。


「リンニーとトゥーディが先に上がってください。私とアルマは後から昇ります」


「は~い! トゥーディ、行こう!」


「わかった。クヌートと会うのは久しぶりだな」


 二人ともしゃべりながらそれぞれ黒い円形の石版の上に立った。すると、石版ごと天井の上へと昇っていく。相変わらず音がまったくしない。


 少しの間天井を眺めていたティアナとアルマだったが、やがてアルマが口を開く。


「前にこれへ乗ったときはかなり切羽詰まっていたわよねぇ」


「命がかかっていると思っていましたものね。実は全然そんなことはなかったと知らされたときは、膝から崩れ落ちそうになりましたが」


「まぁ、泥棒しに入って来たんだから、責められないわよね」


 かつての状況を思い出したティアナとアルマはお互い顔を向け合って笑顔を浮かべた。


 しばらくすると石版が戻ってくる。今度は二人が昇った。


 石版が停止した部屋はかつてと同じ場所だ。既に三神が集まって話をしている。


 振り向いた三人のうち、最初はリンニーが手を振ってきた。嬉しそうに声をかけてくる。


「あ、来た~! クヌート、ティアナとアルマが来たよ~!」


「わかってるって。久しぶり。一昨年以来かな?」


「はい。年が明けたばかりですからそうなりますね」


 近づいたティアナが日焼けした少年にうなずいた。


 全員が揃ったところで一行は応接室へと案内される。使用人として使役されている土人形が中央の長テーブルに乾き物のおつまみと水を用意した。


 用意が調うとクヌートがティアナ達に声をかける。


「前と同じものだけど、どうぞ。それで、さっきトゥーディから用件を簡単に聞いたけど、テネブーの魂を移すために作る封印石の材料が欲しいんだよね」


「そうです。ずっと私に憑依させておくわけにはいかないので、トゥーディに作ってもらう予定です」


「思ったよりもずっと早くトゥーディに会えたのにも驚いたけど、旅をするくらい仲良くなっているのは更に驚きだね」


 興味深そうにクヌートはトゥーディへ顔を向けた。研究の神の性格をよく知っているだけに、短期間で親密になっているのが不思議だったのだ。


 ピーナッツを一粒食べたトゥーディがクヌートへ返答する。


「ティアナは面白そうな体質をしているからね。落ち着いて研究するためにも、色々と片付けておかないといけないだろう?」


「ああ、やっぱりそれに食いついたんだ」


「まんまときみの提案に乗っかったというわけさ」


「そっちも面白いことが出来て良かったじゃないか」


「あからさまに乗せられるのは面白くないよ?」


 不満そうな口調でトゥーディが言い返すが、言われたクヌートは涼しい顔をして受け流した。そして、そのままティアナへと顔を向ける。


「でもなんだってテネブーの魂を憑依させたの?」


「そこの経緯は聞いていないのですか?」


「材料が必要としかまだ聞いていないんだ。最初は近況の話をしてたから」


 相手の知識がどの程度かを知ったティアナは、前回この神殿を離れてから今までの出来事を簡単に説明した。


 聖教団の勇者に出会ったこと、北の塔でトゥーディに会ったこと、男になるための道具を集めたこと、邪神討伐隊に参加したこと、テネブーもどきを倒してテネブーの魂を憑依させたこと、そして今はその魂を封印するための材料を集めていることをだ。


 話を聞き終わったクヌートは感心する。


「男になるための準備はもうできてるわけだ。それに、封印石も後は材料を揃えるだけなんだったら、随分順調じゃない」


「簡単に言ってくれるけど、作るのは僕なんだよ?」


「だからじゃないか。ティアナは待ってるだけでいいんだから」


「ちぇっ、気楽なもんだね」


「息抜きでやりたいことができるんだから、いいじゃない」


 反論してきたトゥーディに対してクヌートが楽しそうに言い返した。今まであちこち回って苦労したティアナだったが、これからはクヌートの言う通りなので黙っている。


 笑顔のクヌートがちらりとリンニーを見た。それからトゥーディへとまた話す。


「ところで、リンニーはたくさんお酒を飲むって前にも聞いたんだけど、実際今はどのくらい飲んでるのかな?」


「僕の塔でもお酒を出したことがあるけど際限がないよ。もう飲めないって言ったことがないからね。あの体のどこに入っているのか不思議だよ」


「胃が直接血管とつながってるんじゃないかって思わない?」


「いや、いくら何でもそれは。でも、実際のところはどうなんだろう」


 突然話題の中心に放り出されたリンニーは目を見開いて二神を見ていた。しかし、どちらも黙り込むと抗議する。


「ひどい~! わたし際限なしに飲まないよ~!」


「でも、きみが自分でやめたことってないよね? いつもティアナかアルマに止められて、仕方なく止めてたじゃないか」


「そ、そんなことないよ~」


 トゥーディに言い返されたリンニーの声は次第に弱くなった。形勢不利とみてアルマに目で助けを求める。


「資金をトゥーディに出してもらってからは特にだけど、出費の半分以上はリンニーの酒代よ? 気付いてないんでしょうけど」


「え? お金の減りが速いとは思ってたけど、原因は飲み代なの?」


「お友達だからいいのかなってその辺は黙ってたけど、まずかったかしら?」


 話を聞いたトゥーディが目を見開いたままリンニーへと顔を向けた。同時に当のリンニーは目を逸らす。


 その様子を見ていたクヌートが声を出さずに腹を抱えてもだえていた。ティアナも力なく笑う。


 少し落ち着いたクヌートがティアナに話しかけた。その目には涙が浮かんでる。


「ああ苦しい。でも、今それだけ飲んでるとなると、ティアナ達三人で旅をしていたときはどうしてのさ?」


「こちらの大陸に渡ってきてからは資金に限りがありましたので、毎回制限をかけていました。私達が稼げる額は大したものではないので」


「そりゃそうだよね。となると、あっちの大陸では?」


「以前一山当てたので、それを売り払ってまとまった資金を手に入れました。あとは知り合いの方に支援していただいたりもしていましよ」


「なるほど、その半分以上が酒代に消えたわけか。冒険よりお金がかかるって恐ろしいね」


 言い終わると、クヌートは再び腹を抱えた。また話せなくなってしまったらしい。


 憮然としたトゥーディがつぶやく。


「お金にそこまでこだわりはないけど、なんか納得いかないなぁ。ティアナだって自分の身を差し出して望みを叶えようとしているんだし、リンニーも何か対価を支払うべきじゃないかな?」


「わ、わたしは慈愛の女神だから、笑顔でお支払いっていうのはどうかな~」


「笑顔そのものに値段はつかないわよ、リンニー」


「そんな~」


 にやにやと笑っているアルマが横から突っ込みを入れた。困った表情を浮かべたリンニーが今度はティアナへと助けを求める。


「最終的には資金を提供してくださっているトゥーディと飲んでるリンニーで決めることになりますね。それで、トゥーディはリンニーに制限をかけるべきだと思いますか?」


「今回の旅はもういいよ。塔に帰るまでの旅費はあるんだよね?」


「ええ、酒代込みでありますよ。詳しくはアルマに聞いてください」


 視線を向けられたアルマは苦笑いしながらうなずいた。二人の様子を見ていたトゥーディはそれならば良いと矛を収める。リンニーは思い切り安心していた。


 酒代の話が終わったところで、ティアナはクヌートへと声をかける。


「それで、話はかなり逸れてしまいましたが、封印石を作るための材料はいただけるのでしょうか?」


「いいよ。何が必要か言ってくれたら用意するから」


「具体的な話はトゥーディとしてください。専門的な話は私ではわからないので」


「トゥーディ、後で話を聞かせて」


「一覧表にしてまとめておいたから、それを渡しておこう」


 トゥーディが封筒を懐から取り出した。それを手渡されたクヌートは中の用紙に記載された材料一覧を確認する。


「結構多いね。これ全部必要なんだ」


「実は封印石とは別の件で欲しい材料も書いてあるんだ。せっかく来たんだし、まとめてもらっておこうかと思って。封印石に必要なのは最初の一枚目だけだよ」


「しっかりしてるじゃない。うん、これなら全部用意できるよ。一日待って」


 わかっている者同士の会話だけあって二神の間ですぐに話はついた。


 目の前の様子を見ながら、ティアナはテネブーの魂を封印するための準備が一つずつこなせていることに安心する。


 あとはいかに何事もなく北の塔へと戻れるかだった。

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