飲み会での情報交換
徹夜明け当日の夜、ティアナ達はインゴルフ達四人と酒場で落ち合った。再会を祝しての飲み会である。
八人用テーブルに座った八人は行き渡った木製のジョッキを次々と傾けた。その間に料理が続々と運ばれてくる。
「う~ん、おいし~!」
「この一杯のために生きてるってもんだ!」
早速木製のジョッキ一杯を空にしたリンニーと傷だらけのホルガーが幸せそうに叫んだ。そしてすぐさま続いて二杯目を手にした。安定の酒好き組である。
そんな二人には劣るものの、他の六人も木製のジョッキを傾けていた。
上機嫌に髭面のトーマスが口を開く。
「いやぁ、タダ飯はうめぇよなぁ! 金持ちはこうでなきゃよ!」
「本人を目の前にしてよく言うわね、あんた」
「ははは! ほめてんだからいいじゃねぇか! 金は天下の回りものだぜ!」
呆れたアルマが指摘したが、既にできあがりつつあるトーマスは気にしなかった。
一方、焼き豚の薄切りを摘まみながら褐色のローマンがティアナに話しかける。
「それにしても、昨日の晩は驚いた。路地裏の広場で乱闘騒ぎがあるって聞いたから駆けつけたら、おめぇさんらがいたんだもんな」
「昨夜の事情聴取でもお話しましたけど、罠に誘い込まれたのです」
「随分と簡単に着いて行っちまったもんだな」
「やられてわかりましたけど、気づけませんよ、あれは」
難しい顔をしたティアナがローマンに言い返した。確かにテネブー教徒に狙われているかもしれないとは考えていたが、まさかあんな形で誘き寄せられるとは思わなかったのだ。
まんまと罠にかかってしまったことを内心恥じ入りながら、ティアナはインゴルフへと顔を向ける。
「それで、あの後襲撃者達は捕らえられたのですか?」
「見事にみ~んな消えちまってたんだよなぁ。くっそ、煙幕のせいで出だしが遅れなきゃ一人くらい捕まえられたのによぉ」
渋い顔をしたインゴルフが気を紛らわせるために木製のジョッキの中身を飲み干した。オストハンの官憲と聖教団の信者と協力して捜索したが空振りに終わったとのことだ。
冷静な顔のままのトゥーディがインゴルフに確認する。
「あの広場に襲撃者の落とした持ち物はなかったの?」
「なぁんもなかったね。おめぇらの話じゃ十四人くらいに襲われたらしいが、全員がそれだけ慎重だったってわけだ」
「ということは、昨夜の手がかりは何もなしってことかな?」
「そういうこった。面白くねぇよな」
返答するとインゴルフが鶏肉の塊を口に放り込んだ。その隣ではトーマスとローマンが下品な話題で盛り上がっている。
仲間二人の笑いを横目で見ながらインゴルフが少し表情を真剣なものにした。そして、ティアナへと顔を向ける。
「事情聴取のときは襲われた理由はわかんねぇって言ってたけどよ、本当にそうなのか?」
「あら、疑う理由でもあるのですか?」
「別のおめぇらを信じてねぇわけじゃねぇけどよ、なぁんか邪教徒と関わりがありすぎるような気がするんだよなぁ」
「あなたが引っかかるようなことをしていましたっけ?」
「具体的にってなると難しいんだが、邪神に追いかけられて霧の丘から逃げ出したときのことが引っかかってんだ。なんでおめぇらは邪神に目を付けられてたのかって」
微妙な表情のインゴルフが木製のジョッキを空にした。そして給仕に追加を注文する。
話を聞いたティアナは良い感をしていると内心感心した。歴戦の傭兵は皆このようなものだろうかとインゴルフを見直す。
ただ、体内にテネブーの魂を抱えている以上、あまり深入りはされたくなかった。
どう返答したものかとティアナが悩んでいると、トゥーディが横から助け船を出す。
「邪神に追いかけられてた話は僕もティアナから聞いたことがある。あれ、もしかしたら精霊に反応したのかもしれないよ」
「精霊だぁ? そういや、なんかいたなぁ。土人形とか召喚するヤツだろ?」
「知ってるのなら話は早いや。魔力の強い存在に反応したんじゃないかって僕は考えてる」
「なるほど。ということは、討伐隊に向かってきたのは、もっと強いアレックス隊長に反応したからか。辻褄は合うな」
疑問が解消したらしいインゴルフの表情が和らいだ。しかし、今度はトーマスがアルマに尋ねてくる。
「邪神に狙われた理由はそれでわかったけどよ、邪教徒に狙われる理由はなんだよ?」
「自分とこの神様が倒される原因になったんだから、そりゃ恨まれるでしょ。あのときラウラ以外にも逃げたテネブー教徒はいたんだし」
「あーいたな確か。そうか、それで狙われてんのか。かぁ、大変だねぇ!」
首を横に振ったトーマスがティアナ達に同情した。倒したという意味では討伐隊の傭兵達も同じだが、ティアナ達は段違いに目立っていたことを思い出す。
酒で口を湿らせながら考えをまとめたティアナが、今度はインゴルフに問いかける。
「前から気になっていたのですが、今のテネブー教徒の状態ってどうなっているのです? 神様を倒されたのならかなり混乱しているように思えるのですが」
「オレも最初はそう思ってたんだけどよ。実際のところはあんまし混乱してねぇみたいなんだ。というのも、自分とこの神様が倒されたって信じてねぇヤツが多いんだと」
「信じてない? ルーメン教徒から聞かされたのならともかく、同じテネブー教徒からは伝わっていないのでしょうか?」
「どうなんだろうなぁ。あるいは聖教団本部なんかは何か知ってるかもしれねぇが、オレんところまでは話が回ってこねぇからな」
やけくそぎみに笑い飛ばしたインゴルフが木製のジョッキに口を付けた。結局テネブー教徒の現状はわからないままなのでティアナは内心落胆する。
昨晩の襲撃に関する話が一段落して話題は雑談へと移った。その間に酒と料理が進む。
リンニーとホルガーは相変わらず延々と酒を飲んでいた。最初はどこで飲んだ酒がうまいだのと情報交換をしていたが、そのうち話が噛み合わなくなっていく。それでも本人達は平気なようで酒が飲めれば構わないようだ。
一方、アルマはトーマスとローマン相手に話をしていた。博打と女についての話で、最初は相談だったものが次第に説教へと変わる。普段なら説教など嫌がるトーマスとローマンだが、かなり酒が入っているためかおとなしく聞いていた。
時間の経過と共にそれぞれの輪ができあがってきたわけだが、ティアナもトゥーディとインゴルフ相手に話し込む。
「ティアナ、おめぇ秋にトゥーディさんの護衛してたけどよ、今も続けてるんだよな?」
木製のジョッキを片手にインゴルフが新しい話題を振ってきた。口の中のものを飲み込んだティアナがうなずく。
「おめぇ、しばらくどこかに隠れてた方がいいんじゃねぇのか? 狙われてんのは今回のでよくわかったろ?」
「それはわかっているのですけどね。私達にも生活がありますから」
「食い扶持か。だよなぁ。一生遊んで暮らせる金なんて、オレ達にゃ縁がねぇし」
自分達の懐事情を思い出したインゴルフはティアナの返答に納得した。食べていく必要がある以上、働かなければならないのだ。
それならばとインゴルフは別の提案をする。
「だったら思い切って連中に反撃してみるか?」
「反撃ですか?」
「撒き餌にするみたいで気分は悪いだろうけどよ、今のおめぇらって邪教徒を釣り上げるいい囮になると思えるんだ」
「またはっきりと言いますね」
あまりにもあけすけな言い方にティアナは苦笑した。インゴルフ達聖教団側からするとそのように見えると知る。ただ、一方的に使われるのは危険なばかりで面白くない。
何をどこまで考えているのか知るためにティアナからも尋ねる。
「さすがに使い捨てになる気はありませんよ?」
「そりゃそうだ。もちろんオレ達だってちゃんと支援はするぜ。それによ、聖教団を頼れるってのは何かと便利と思わねぇか?」
「私達も利用できるのですか?」
「協力者に便宜を図るのは当然じゃねぇか」
言い切ったインゴルフが木製のジョッキの中身を飲み干した。
どれだけ聖教団を利用できるかはまだわからないが、具体的なことは協力する内容によるだろう。ともかく、一方的に好き勝手されるわけではないことはわかった。
話を聞いてうなずいたティアナが返答する。
「あなたの話はわかりました。何にせよ、今のトゥーディの護衛が終わってからですね」
「そうなるよな。まぁ考えておいてくれ」
ティアナの悪くない反応を見たインゴルフは機嫌良く木製のジョッキを傾けた。
機嫌良く木製のジョッキを傾けたティアナに代わって、今度はトゥーディが問いかける。
「インゴルフ、テネブー教徒はまた僕達を襲ってくると思う?」
「正しくはティアナを襲ってくるでしょうなぁ。間違いなくまた来ると思いますぜ」
「どの辺りで襲うかな?」
「そりゃもちろん襲いやすい場所や油断してるときっすね。昨日みたいに誘い込むって手もありますし。どっか気になるところでもあるんですかい?」
「旅の途中にまた襲われるのかなって思ったんだ」
「邪教団がトゥーディさんの目的地ってのを知ってるんなら可能性はありますね」
話を聞いたトゥーディがティアナに目を向けた。
聞いた話を吟味する二人に対して、インゴルフが思い出したように告げる。
「そうだ、もう一つ可能性があったな。これからトゥーディさん達を尾行するかもしれねぇな。これならどこでも襲える」
「尾行か。その手は考えていなかったな。インゴルフ、きみはやると思うかい?」
「実は今一番手堅いやり口だと思いますぜ。昨日の連中はみんな逃げおおせてるんで、人手は充分あるでしょうしね」
「ちなみに、オストハンのテネブー教徒はどのくらいいるのかな?」
「ヤツら隠れてるんでわかんないっすよ。ただ、組織があるとしたらまだ生きてるでしょうから、トゥーディさん達を尾行する能力はあるでしょうねぇ」
「聖教団でも町の官憲でも良いけど、近々テネブー教徒を一斉検挙する予定はある?」
「ないっすね。連中の居場所を今探してるところですよ」
トゥーディの問いかけにインゴルフが肩をすくめて答えた。
話を聞いているとインゴルフはお手上げと言ってるが、少なくとも尾行される可能性が高いと最初からわかっているだけでもましだろう。
結構酔いの回ってきた頭でティアナは他に聞きたいことはないかと考えた。一つ思いついたので尋ねてみる。
「そうだ。前に会ったときはオストハンから離れるところだって聞きましたけど、まだいるのですね」
「あれからすぐに別の場所に行ってたぜ。けど、こっちでテネブー教徒の動きがあるって聞いたから急いで来たんだ。それで昨日の夜ってわけよ」
「偶然なのでしょうか?」
「さぁなぁ。んなことは神様でもない限りわかんねぇよ」
短く笑ったインゴルフが木製のジョッキの中身を飲み干した。もう何杯目かわからない酒を給仕に頼む。
一方、ティアナはトゥーディに視線を向けた。しかし、当の神様は澄ました顔のままだ。別の神様は人間相手に飲んだくれている。
それにしても、尾行される可能性についてティアナは考えていなかった。言われてみれば、確かにやらない手はないと思える。
次の目的地はミネライ神殿だが尾行されても大丈夫なのかとティアナは考えた。酒のせいで頭がうまく回らないのでこれからの課題として記憶にとどめておく。
給仕から木製のジョッキを受け取ったインゴルフが口を付けてうまそうに喉を鳴らした。そして、テーブルにジョッキを置く。
「ま、ともかくだ。先のことはなるようになるさ。てめぇらくらいの腕がありゃ、どうにかなるだろうよ」
「これからは尾行されるという前提で移動した方が良さそうですね。それがわかっただけでも良しとしましょう」
「そういうこった」
「ねぇ、ホルガーが寝ちゃったよ~?」
話に区切りがついたところで、リンニーから声がかかった。全員がそちらへと顔を向けると、傷だらけの男がテーブルに突っ伏している。
木製のジョッキに囲まれるようにして寝ている酔っ払いを見たインゴルフが立ち上がった。近づいて様子を確かめる。
「あーダメだこりゃ。しょうがねぇなぁ。今日はここまでだ。トーマス、ローマン、担いでいくぞ」
「ホルガーが潰れるなんて珍しいなぁ」
「なのにリンニーは平気なのか。すげぇ」
呼ばれたトーマスとローマンも立ち上がりつつも、ホルガーとリンニーを見比べて感心する。そしてそのまま両脇からホルガーの肩を支えた。
それを見たインゴルフがティアナ達に顔を向ける。
「あんがとよ。今日は楽しかった。トゥーディさん、なんかあったらいつでも呼んでくれ」
「私達も楽しかったです。それではまたの機会に」
「色々為になる話を聞けて良かったよ」
お互いに挨拶を交わすとインゴルフ達は酒場から去った。
気がつけばティアナ達も結構飲んでいたことに今更気付く。それでも久しぶりに楽しい食事が出来て皆が満足していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます