湧いた力の謎

 罠に嵌められた翌朝、ティアナ達はやっと宿に戻ってきた。一晩中かけて官憲と聖教団から事情聴取を受けていたのだ。


 宿の部屋に入ると、リンニーが半分寝かかった状態でつぶやく。


「もう寝る~。お休み~」


「ちょっと待ちなさい。せめて体を拭いてからにしないと」


 武装したまま寝台に倒れ込もうとしたリンニーの肩を掴んでアルマが止めた。しかし、そのアルマもあくびをかみ殺している。


 宿の従業員にもらったたらいをトゥーディが床に置くと、ティアナがアクアとイグニスにお湯を作るように頼んだ。


 アルマがリンニーの鎧を脱がせている横で、トゥーディはティアナに話しかける。


「それじゃ僕は隣の部屋に行くよ。そっちでお湯を作り終わったら、アクアとイグニスを貸してくれないかな?」


「いいですよ。あ、もう一つたらいを借りれば良かったですね」


「僕も今そう思った。どうも寝ぼけてるらしいね。これから借りてくる」


 苦笑いしたトゥーディはうなずくと退室した。


 鎧を脱がせたリンニーを椅子に座らせたアルマは自分も鎧をさっさと外す。そして荷物から手拭いと着替えを取り出すと寝台の上に置いた。


 腕まくりをしながらアルマがリンニーに近づく。


「はい、両手を挙げて。ちょっと寒いけど服を脱ぐわよ」


「は~い」


 半分以上寝かかっているリンニーが疑うことなく指示に従った。慣れた様子でアルマがリンニーを上半身裸にする。


 手拭いをお湯に浸して絞ったアルマは、最初に顔を拭いてやり、首、腕、背中と順に汚れを拭き取っていった。


 アクアとイグニスへトゥーディのいる隣の部屋に行くよう指示すると、ティアナは自分も鎧を脱ぎ始める。徹夜明けで眠いせいか動きが鈍い。


 寝るのは体を拭いてからと自分に言い聞かせながらティアナはアルマへと声をかける。


「昨日の襲撃、あれって私達を狙って襲ってきましたよね」


「ラウラはそんな風に言ってたわね。どうもあんた個人っぽいけど」


 船をこぎ始めたリンニーをうまく座らせながらアルマがその体を拭いていった。その作業と並行してティアナへと返答する。


「あっちの神様を退治しちゃったんだから、恨まれても仕方ないとは思うけど」


「倒したのは私ではなく勇者なのに」


「そんな理屈が通用しないから襲われたんじゃない。それに、勇者は聖教団にがっちりと守られてるから、今のテネブー教徒じゃどうにもなんないんでしょうね」


「つまり、狙いやすいから狙われたと?」


「勇者が倒すように誘導したのは事実なんだし、狙われる理由は充分にあると思うわ」


 リンニーの上半身をきれいに拭き終わったアルマが自分の考えを披露した。なんとなく同じ考えだったティアナはそれ以上反論できない。


 無言になったのを機にティアナも上半身裸になった。冬の冷気が体温を奪ってゆく。手拭いを湯に浸してゆるめに絞ると顔から順番に吹き始めた。温かい湯の感触が気持ち良い。


 若干頭が冴えるとティアナは再び口を開く。


「ということは、これからも狙われるということですか」


「間違いないわね。はい、リンニー、上は終わったわ。次は下よ、立って!」


「は~い」


 上の服を着せたアルマはリンニーを立たせて下の服を脱がせ始めた。


 上半身を拭きながらティアナは更にしゃべる。


「そういえば、戦っているときに精霊の魔法が随分と弱くなりましたよね」


「最初驚いたわ。トゥーディを守りながら二人も相手にしなきゃってときに、アクアの支援が当てにならないんだもの。そっちも苦労していたみたいよね」


「はい、イグニスの火力がかなり弱くなっていました。トゥーディは奥にいる戦いに参加していない敵が原因だと指摘してくれましたが」


「あれって何だったのよ?」


「逃げられてしまったのでわかりません。ただ、以前ウッツとテネブー教徒に襲われたときに似たようなことがあったので、同じ事をされた可能性はあります」


「土埃だらけの魔法書を手に入れたときね。あっちも原因はよくわからなかったっけ」


「官憲に捕まるわけにはいかなかったので、調べることができませんでしたから」


 結局のところ、何らかの手段で自分達の魔法の威力を抑えられているということしかわからなかった。テネブー教徒は潜伏しているので調べるのも難しい。


 上の体を拭き終わったティアナは新しい服を着る。そして、今度は下の体だ。脚が露わになるとひんやりとした。


 リンニーの下半身を拭き終わったアルマは服を着せながらしゃべる。


「それにしても、魔法の支援が不充分なのによくあの人数を支えられていたわよね。あたしが二人、トゥーディが一人、リンニーが二人くらいだっけ。あんたはどうだったの?」


「途中ラウラが入って来たのも入れると四人です」


「四人!? イグニスの支援は当てにならなかったのよね? ウェントスは宿で荷物番してたし。相手が格下だとしても出来すぎじゃない?」


 驚くアルマにティアナはうなずいた。最後の方はイグニスの支援もなかったので、純粋に自分一人だけで四人を相手にしていたことを思い出す。


「いつもより調子が良かったので私も驚きました。更にまったく疲れもしなかったので、終わっても息切れ一つしていませんでしたよ」


「明らかにおかしいわよね。精霊の支援なしでしょ?」


「はい。私に憑依しているのはテネブーの魂でしたから」


 そこまで話してティアナは自分の言葉に疑問を抱いた。精霊の支援は確かに受けていなかったが、テネブーの魂はどうだったのか。


 手を止めたティアナに続いてアルマも動きを止める。


「ねぇ、そのテネブーの魂って本当にあんた使わなかったの?」


「使っていないはずです。少なくとも、自分では意識して使おうとはしませんでした」


「ということは、テネブーが勝手にやったってこと?」


「でも、以前リンニーは意識すらないと言っていましたよね。無意識に何かしたのでしょうか」


 問われたアルマは何も答えられなかった。それきり二人とも無言になる。


 少しして、ティアナは下半身が冷えることに気付いた。自分が体を拭いている途中だということに気付く。風邪をひいてもつまらないので手早く拭いて服を着た。


 脱ぎ散らかした服をある程度まとめたティアナが寝台へと近づく。


「私達二人だけじゃわからないので、後でリンニーとトゥーディにも聞きましょう。お昼ご飯のときで良いですか?」


「そうね。神様のことは神様に聞きましょっか。はい終わり! リンニー、もう寝ていいわよ!」


「は~い。お休み~」


 ようやく体を拭かれ終わったリンニーが寝ぼけ眼のまま寝台に倒れ込んだ。そのままだと体が冷えてしまうので、ティアナがきちんと寝台に潜り込ませる。


「もう眠いので私も寝ますね。お昼頃に起きてみんなで一緒にご飯を食べましょう」


「はいはい。後はやっとくわよ。ああ、トゥーディにも連絡しなきゃね」


 ようやく一段落ついたティアナは、アルマの言葉を背に受けながら自分の寝台へと入った。最初は冷たかったが徐々に温かくなっていく。


 全身の力を抜いたティアナはようやく安心して意識を手放した。


-----


 徹夜明けのティアナ達が目覚めたのは昼過ぎだった。さすがに昼前に起きるのは無理だったようである。


 アルマが最初に起きてから、ティアナ、リンニーの順で寝台から離れていった。用意が出来ると火の精霊に荷物番を任せて室外に出る。


 隣の部屋のトゥーディを呼び出すと、合流した四人は宿の一階に下りた。昼時を外れているので利用客は少ない。食堂の隅に陣取るとパンとスープを注文した。


 最初にティアナが口を開く。


「トゥーディ、寝る前にアルマと話をしていて、わからないことが出てきました。なので質問したいのですがよろしいですか?」


「何を話していたのか教えてくれるなら」


 まだ何も話していないことに気付いたティアナが苦笑いした。そこで簡単に説明する。ティアナがテネブー教徒に狙われる理由、精霊の魔法の威力の低下、そしてティアナだけ絶好調だったことについてだ。


 話を聞いたトゥーディが続きを促すと、ティアナは改めて問いかける。


「精霊の魔法の効きが悪くなったとき、奥の四人が原因だとどうしてわかったのですか?」


「あれが何か実は知ってるんだ。テネブー教徒が相手の魔法を封じるために使う魔法だよ。尊き主の像って魔法の道具を使ってるはず」


 意外な答えに全員が驚いた。リンニーが思わず感想を漏らす。


「そうなんだ~。わたし知らなかった~」


「仕方ないね。僕が知ってるのは魔法の道具に興味があるからだし」


「わたしもあんまり魔法が使えなかったのはそのせいなんだね~」


「うん、そうだよ。僕の道具にも影響あったから焦ったけど、術者の生命力も使っていたみたいだね。そうでないとあれほどの効果は出ないよ」


 給仕がパンとスープを運んできたのを認めたトゥーディは一旦言葉を句切った。そして、パンを千切ってスープに浸して口に入れる。硬いパンが柔らかくなっていた。


 眉をひそめたアルマが尋ねる。


「生命力って、そんなことして平気なの?」


「平気なわけないよ。寿命は確実に縮むんだし。覚悟の上で使ってるんだよ」


「ひっどいことするわね」


「それだけティアナを殺したかったんだろう」


 視線を向けられたティアナは嫌な顔をしながら目を逸らした。しかし、すぐにトゥーディへ顔を向けて問い返す。


「対抗策はありませんか?」


「以前、水晶を取りに行ってもらった屋敷にあったはず。作り方はどうだったっかなぁ」


 二切れ目のスープに浸したパンを口にしたトゥーディが考え込んだ。その様子からあまり期待できないことを皆が知る。


 気持ちを切り替えて、ティアナは次の質問に移った。


「もう一つ、こちらの方が気になっているのですが、その尊き主の像を使われているときの私はものすごく調子が良かったのです。それはどうしてなのかですが」


「さっき言っていたやつだね。テネブーの魂の影響は絶対あるはずだよ。あれ、テネブーの力を利用した魔法だから、テネブーに対して悪い影響があるはずないし」


「しかし、それは相手の魔法が効かない理由ですよね? 私の調子が良くなる理由ではないように思えますが」


「これは推測になるけど、恐らく術者が自分の生命力を使って魔法を行使したからなんじゃないかな」


「といいますと?」


「その術者の生命力をテネブーの魂経由でティアナが活用したというわけさ」


 説明を聞いたティアナの顔が引きつった。その推測が正しく思えるだけに気が重い。


 眉をひそめたアルマがトゥーディに尋ねる。


「それ、ティアナに悪い影響はないの?」


「絶対とは言い切れないけど、大丈夫だとは思う。生命力を取り込んだテネブーの活性化に影響されて、憑依対象のティアナの体が元気になっただけだろうから」


「ということは、テネブーの魂を外に出したら問題なしってわけなのね?」


「そうだね。ティアナ自身がテネブーの力を思い切り引き出さない限りは、気に病むことはないかな。何かありそうだったら、僕もリンニーもいるしね」


 とりあえずは問題なしと聞いたアルマは安心した。隣で聞いていたティアナも食欲が戻ってくる。手にしたパンを千切ってスープに浸した。


 笑顔になったリンニーがティアナに顔を向ける。


「何かあったらすぐに言ってね~。股から棒が生えてきたときみたいに魔法をかけてあげるから~」


「けほっ」


 朗らかに善意を伝えられたティアナは口に入れたパンでむせた。胸を叩いて落ち着こうとする。隣のアルマは目を剥いてリンニーを見た。


 一瞬事情を理解できなかったトゥーディが誰にとはなく問いかける。


「股から棒って何のこと?」


「あのね~」


「リンニー待ちなさい。ここでそういうことを言うものではありません」


 むせてから完全に立ち直りきらないティアナはそれでもリンニーを止めようとした。さすがにアルマも同調する。


「お酒の件以外で捕縛の種を使いたくないから、とりあえず黙りましょうね?」


「え、え~?」


 何が悪いのかわからないリンニーは、いきなり強権を発動されそうになって動揺した。


 その様子を見ていたトゥーディは以前話してもらった話を思い出してうなずく。


「あーうん、もういいよ。聞いた僕が悪かった。リンニー、言わなくていいからね?」


「うん、わかった~」


 危機を脱したことを知ったリンニーは肩の力を抜いた。


 ようやく立ち直ったティアナが皆の様子を見て宣言する。


「この話はここまで! 夜はインゴルフとの飲み会がありますから、リンニーはそのときのことを楽しみにしていなさい」


「は~い! お酒~!」


 笑顔が戻ったリンニーは嬉しそうにスープを飲んだ。ティアナもようやく恥ずかしい話から話題が逸れたことに安心する。


 厄介な話に一応の区切りをつけたティアナ達は、その後他愛ない雑談を交えながら食事を続けた。

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