路地裏への誘い
ガイストブルク王国を出発したティアナ達は、三週間程で西の大陸にある港町オストハンにたどり着く。晩秋から冬に移ろうとしている頃なので冷え込みが厳しくなっていた。
朱い日差しを浴びながら桟橋を歩くリンニーがつぶやく。
「寒い~」
「こう風がきついと、厚着していてもたまらないわ」
続いてアルマも愚痴を漏らした。手袋や耳当てもしているが頬に当たる風までは防げない。ほぼ吹きさらしなので風当たりは容赦なかった。
海に面した倉庫街を抜けて商店街に差しかかったところでティアナが振り向く。
「まずは宿を決めてからどこで食べるか決めましょうか」
「賛成~! 早く酒場に行きましょう~!」
相変わらずなリンニーの態度にティアナは苦笑した。一方、トゥーディは明日以降のことを考えている。
「馬車の手配は明日かな。そうなると出発は明後日くらいか」
「今更ですけど馬車をまるごと買えるお金があるのですか?」
「一応はね。けど、またここに戻ってくるつもりなら借りた方がいいかな。買ってもどうせ最後は売っちゃうし」
「それなら借りましょう。オストハンなら馬車の運行は豊富ですから困りませんし」
「妥当なところだね。それで、馬車は操れるの?」
「私とアルマは隊商護衛のときに教えてもらいました」
「リンニーは? 一緒に護衛をしていたんだよね?」
「最初は一緒に練習していました」
最後は目を逸らせながらティアナは若干小さな声で返答した。
雑談交じりに話をしながら歩いていると宿屋街にたどり着く。ここからはいつもの通りアルマが今晩の宿を選んだ。そして、宿に荷物を置いて風の精霊に荷物番を頼むとティアナ達は繁華街へと向かう。
日が暮れつつある中、繁華街は喧騒が次第に大きくなりつつあった。一日の仕事が終わった労働者やこの街にやって来た商人や旅人が酒を片手に盛り上がっている。
その中にティアナ達も入った。前に利用したことのある酒場に入って料理と酒を楽しむ。
「ん~おいし~! やっぱりこれよね~!」
「毎回見ていて驚くんだけど、きみ本当に際限なく飲めるんだね」
「美味しいものは別腹なんだよ~!」
「別腹もなにも、ほとんどお酒しか口にしてないじゃないか」
「知らな~い!」
一向に飲む速さが衰えないリンニーを見たトゥーディは驚き呆れた。肉類を中心に料理もテーブルの上にあるのだが、リンニーは見向きもしない。
明日もこの街に滞在する四人はかなり遅くまで夕食を楽しむ。酒場を出たのは結構遅い時間だ。全員良い加減となっており、後は宿に戻って寝るだけだった。
そんな四人が表通りを宿屋街に向けて歩いていると、突然路地から身なりの貧しい女が現れ、ティアナに縋って叫ぶ。
「助けて! 友達の女の子が襲われてるの!」
「え?」
いきなりの出来事にティアナは固まった。思わす仲間へと振り返る。
最初に反応したのはアルマだ。縋る女に近づいて優しく語りかける。
「落ち着いて。いつ、どこで、何があったの?」
「ついさっき、路地の向こうの広場で、男達に襲われたの! あたしは逃げられたけど友達が捕まったみたいだから、助けを呼ばなきゃって!」
まだ混乱しているような様子の女だったが、四人は相手が言いたいことを理解した。
自分に縋っている女からアルマへと顔を向けたティアナが口を開く。
「助けましょう。この方のお友達を助けないと」
「さすがに見て見ぬ振りはできないわね」
「仕方ないね」
「早く行こう~」
幸い武装はしているので多少の荒事はどうにかなるという自信が四人にはあった。
助けてもらえることに喜んだ女は喜色を浮かべてティアナの腕を引っ張る。
「ありがとう! こっちよ!」
女を先頭に四人は路地へと入った。すっかり暗くなって進みにくいが、女の手引きで奥へと進む。
いくつかの分岐路を曲がって進んだ先に果たして広場はあった。狭い家数軒分の広さで周囲は民家の壁が高くそびえる。月明かりでかろうじて周囲が見渡せた。
そんな広場に到着したティアナ達だったが、四人以外に誰もいなかった。何かおかしいと気付いたティアナが振り向く。
「あの、お友達は」
言葉を続けようとしたティアナは、自分に縋ってきた女の姿がないことに気付いた。その瞬間、罠にかかったと悟る。
ちらりと仲間を見ると、アルマとトゥーディも理解しているようだ。リンニーだけは不安そうに周囲を見ている。
そしてすぐに変化は訪れた。広場には三箇所の路地がつながっているが、正面と左手の路地から数人ずつ現れる。背後の通路からも同様だ。
出入り口を塞がれた状態で広場に押し出されたティアナは、周囲に注意を払いながらリンニーに声をかける。
「リンニー、広場の上に光の玉を出して辺りを照らしてください」
「うん、わかった~」
指示通りにリンニーは光の玉を出現させた。これで広場内が明瞭になる。
姿を現したのは敵意を露わにした者達だ。数は十四人。ぼろをまとった者、労働者、傭兵などその姿は様々だ。武器は木の棒や棍棒、他に剣やナイフも持っている。八人が前に出てティアナ達を囲み、六人が奥に控えていた。
その奥側に見かけた顔に思わずティアナが叫ぶ。
「あなた、ラウラですか!?」
「へぇ、アタシのことを覚えていたとはねぇ。すっかり忘れているモンだと思ったよ」
「ということは、ここにいるのはテネブー教徒?」
「さぁどうだかね。ただ、世の中にはてめぇに死んでほしいって思ってるヤツが意外にいるってことを覚えておきな」
「今回はウッツやユッタとは一緒ではないのですね」
「はっ、あんな連中はとっくの昔に見限ったぜ」
にやつきながら自分を見るラウラをにらみ返しながらティアナは考えた。
テネブー教徒で恨まれているとしたらウッツとユッタと一緒にいたヘルゲのはずだが、ラウラの話では袂を分かったらしい。そうなると襲われる理由がなくなるはずなのだが、すぐに自分が相手の神を倒してしまったことを思い出した。
そうなると、ラウラはヘルゲ以外に乗り換えて襲ってきたことになる。神の仇を取りに来た可能性は高い。
できるだけしゃべらせようとティアナはラウラに声をかけようとしたが、主犯格らしき男が先に口を開く。
「余計なおしゃべりはここまでだ。ティアナで間違いないようだな。ここで死ね!」
「簡単には死んであげませんよ! リンニー、テッラ、土人形を! アルマとアクアはトゥーディを守って! イグニスは周りに火の玉を撒き散らして!」
主犯格らしき男の宣言と同時に襲いかかってきた八人の敵を前に、ティアナは長剣を抜きながら矢継ぎ早に仲間へ指示を出した。とりあえず土人形さえ何体か出してしまえば負けることはない。
ところが、イグニスが前方の半円状に射出する火の玉は思った以上に弱々しかった。一応牽制にはなっているようだが、相手に痛打を与えるようなものではない。
「イグニス、どうしました?」
理由をイグニスに問いかけようとしたティアナだったが、いつもと違って精霊を憑依させていないので会話ができないことを思い出した。
三人の敵を同時に相手していたティアナは背後からリンニーの戸惑った声を聞く。
「あれ~? どうしてこんな小さいのしかできないの~?」
「リンニー?」
「何かに邪魔されて、うまく土人形が作れない~。テッラも大変だって~」
小さな土人形二体が敵二人を足止めしていた。いつもなら人間と同じ大きさなのに今回はその半分しかない。
調子が悪いのはイグニスだけではないことを知ってティアナは眉をひそめた。
更に調子が悪いのはアクアも同じだ。敵二人を相手に長剣を振るうアルマの余裕のない声が耳に入る。
「アクア、あんた調子悪そうね! あたしの両側から来る攻撃だけを防いで!」
「自分の身は守れるから、アルマは僕の護衛にこだわる必要はないよ!」
小型の魔法の道具で薄い膜の防壁を出現させたトゥーディがアルマに伝えた。その膜に触れた敵の一人が電気に触れたように痺れて膝をつく。
この状態にティアナは覚えがあった。かつて魔法書を拝借した帰りにウッツが襲撃してきたときだ。あのとき相手の何人かが自分に対して何かしていたことを思い出した。
三人の敵を相手にしているティアナに対して、トゥーディが声をかける。
「奥の四人が何かしてる! 魔法使いだ!」
その声に釣られてティアナも戦っている更に奥へ目を向けた。何かを両手で握りしめた四人が青い顔をしながら歯を食いしばっている。
あの四人さえ倒せば状況は好転するとわかったティアナは、敵三人を相手にしたまま奥へと進もうとした。ところが、そこへラウラが割って入ってくる。
「ははは! やるじゃないか! けど、てめぇはここで終わりだ!」
「邪魔です!」
余裕のない戦況に焦っていたティアナは笑うラウラを睨んだ。ついに女傭兵を含めて四人を相手にした。
仕方なく、ティアナはイグニスに命じる。
「イグニス、向こうの四人に火の玉を集中して!」
動けない自分の支援よりもティアナは火の精霊に相手の術者を攻撃させた。ところが、その直前で透明な膜のようなものに当たって小さい火の玉を弾け飛ぶ。ここで相手が何らかの防衛手段を持っていることにようやく気付いた。
顔を歪ませるティアナに対して、ラウラが楽しそうに声をかけてくる。
「ふん、自慢の使い魔もこの程度かい! いよいよ死ぬときが来たようだね!」
「私の寿命はまだ尽きてません、よっ!」
前、右、左後ろからの同時攻撃を器用に避けたティアナが地面を転がって立ち上がった。ラウラ達四人は一瞬目を見開くが、すぐに落ち着きを取り戻して攻撃を再開する。
いつのものように火の精霊を長剣に宿していれば相手の武器を切断することもできるが、テネブーの魂を受け入れて以来それはできない。
ラウラ達は入れ替わり立ち替わり攻め立てるため、ティアナは一息つく暇もなかった。延々と攻撃が続く。
しかし、いつまで経ってもティアナの調子は崩れなかった。とうの昔に息が上がっていてもおかしくないのにその気配すらない。
圧倒的優勢にもかかわらず攻防が続くことに苛立ったラウラが叫ぶ。
「しぶといね! さっさと死にやがれ!」
「あなたの都合なんて知りません!」
思わず言い返したティアナだが、違和感を持ち始めているのはラウラと同じだった。
かの幽霊騎士の経験を体で覚えているとはいえ、本来ならばまだそれを充分に引き出せる技量は今のティアナにはない。ところが今回に限ってはその経験を完全に引き出せているのだ。
更にこれだけ激しく動いているにもかかわらず、息は上がらないし体の動きも鈍らない。リンニーや精霊達が苦戦しているのが嘘のようだ。
おかげで複数の敵を一度に引き受けて一歩も引かずに戦えているわけだが、その理由がまったくわからないのが恐ろしい。一体何の力を引き出しているのかと考える。
完全に両者の力が拮抗したため、戦いは膠着状態に陥った。光の玉が照らす広場でいつまでも剣戟の音が響く。
しかし、戦いは意外な形で終わった。路地の一つから第三者が近づいて来たのだ。
主犯格らしき男がそれに気付いて声を上げる。
「くそ、引き上げるぞ!」
後方で術をかけていた四人が懐から何かを取り出し、次々と地面へと叩き付けた。同時に広場に白い煙幕が広がる。
「ちっ、ツイてやがるね! 次は必ず殺してやるよ!」
「待ちなさい! けほっ」
煙幕の中に消えていくラウラを追いかけようとしたティアナだったがむせてしまった。とっさに風の精霊へ煙幕を吹き飛ばすよう命令しようとするが、今晩は宿で荷物番をさせていることを思い出す。
そこへ第三者がようやくやって来た。煙幕の濃さに驚く。
「うおっ! なんだこりゃ!?」
「その声は、インゴルフですか?」
「ティアナか? 何だってこんなところにいるんだよ?」
呆れたような野太い声がティアナへと届いた。それを説明するのは構わないが、まずは現状をどうにかしてからだ。
仲間の安否を確認しながらティアナはようやく戦いが終わったことを実感した。
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