エルネ邸での日々

 精霊殿にトゥーディを残して屋敷に戻ったティアナ達は応接室に戻ると、最後に別れてから今までの話をお互いに披露した。刺激的なティアナ達の話をエルネは喜ぶ。


「こんな大冒険ができるなんて、皆さんが羨ましいです。わたくしもお供したいですわ」


「エルネなら優秀な魔法使いとして引く手数多でしょう。ただ、日々の生活費を得るのが大変ですけどね」


「それよりも、地面に寝転がる方が大変そうです。ちゃんと眠れるのですか?」


「私も最初はきつかったですけれども、慣れたら眠れますよ」


「働いた後のお酒はおいしいのよ~!」


「リンニー様は先程からお酒のお話ばかりですわね」


「うっ!?」


 思わぬ突っ込みにリンニーがうろたえた。それを見たティアナ達が笑う。


 昼食後、トゥーディが再び精霊殿へ向かうと五人での話を再開した。しかし、食事前とは趣が異なり、少し真面目な話だ。


 最初に話を振ったのはエルネである。


「ところで、ティアナ姉様。その退治したテネブーという神を信じていた信者達は、その後どうしているのですか?」


「詳しいことは私にもわかりません。ただでさえ普段から潜伏しているそうなので、噂すらあまりないのです」


「そうなりますと、ティアナ姉様と敵対した者達の行方はわからないままなのですね。まさかわたくしが知っている者が再びティアナ姉様を襲っていたなんて」


 少しばかり眉を寄せたエルネが不機嫌そうに言った。指導者らしいヘルゲとその配下らしいウッツは顔を見たことがあり、ユッタは何度かその名を聞いている。


 一瞬会話が途切れると、アルマがローザに顔を向けた。


「テネブー教徒が潜伏していないか調べることはできませんか?」


「私はもちろん、エルネスティーネ様の権限でも難しいですね。この国で問題を起こしていればともかく、単に潜伏しているだけとなると」


「やっぱり都合良くはいかないですよねぇ。そうだ、この国にテネブー教徒ってどのくらいいるんです?」


「ほとんど聞きませんから、数はかなり少ないと思われます。ただ、偽装することがあるのですよね? そうなると実態の把握はほぼ無理でしょう」


「何かあってからでないとわからないわけですね。厳しいなぁ」


 相手の行動待ちという状態を知ってアルマは嘆息した。逃げるにしても相手の動向がわからないとうまく逃げられない。


 今度はローザがティアナに尋ねる。


「こちらにテネブー教徒はほとんどいないのですから危険だとは思えません。ですから、ほとぼりが冷めるまで当面はこのお屋敷に滞在してはどうですか?」


「短期間でしたら構いませんが、私に憑依している神様の問題ありますので」


「申し訳ありません。失念していました。そうなると、あちらの大陸に戻ってからのことを考えるべきですね」


 ローザはガイストブルク王国でティアナ達が襲われる心配はないと考えていた。


 再び応接室に場を移して話を続けていると夕方になる。ローザが夕食の準備のために退室した後にトゥーディが入して来た。


 迎えに行くまで精霊の間にこもっていると思っていたティアナは驚く。


「早いお帰りですね。もう終わったのですか?」


「とりあえずはね。非効率なところもあったけど、独創的で面白い作りだったよ。やっぱりああいうのを見ていると楽しいね」


「ということは、これで封印するための檻は作れるわけですね」


「そうだね。時間があるのならもっと見ていたいんだけどな。予想はできても確認しきれていない部分がまだあるから」


 ティアナの隣に座ったトゥーディはメイドが用意してくれたお茶に口を付けた。その満足そうな表情から本当に目処がついたことを知る。これで一安心だ。


 その様子を見ていたエルネがトゥーディに話しかける。


「もっと調査なさった方がよろしいのですか?」


「調べるほど作るときの参考になるからね。個人的な興味もそうだけど、確認できるところは見ておきたいから」


「でしたらティアナ姉様、ローザの提案を受け入れてはいかがですか? そうすれば、テネブー教徒の襲撃を避けられるかもしれませんし、何より調査が進みますわよ?」


「なるほど」


「え、何の話?」


 自分がいない間に何らかの話があったことを知ったトゥーディが、ティアナに問いかけた。そして、ローザの提案を聞かされる。


 一通り話を聞いたトゥーディの反応は薄かった。一瞬興味がないのかとティアナは思ったが、話を聞いてそうでもないことを知る。


「だったら十日程ここに滞在する? 今すぐティアナの中にいるテネブーの魂がどうこうなるわけじゃないから、この件でそんなに急ぐ必要はないよ」


「よろしいのですか、トゥーディ様!?」


「え?」


 ティアナに話をしていたら横から声をかけられてトゥーディは驚いた。以前仲間から聞いていた話を思い出し、エルネの期待に満ちた態度に納得する。


「僕は急いでいないよ。だから、身の危険があるティアナ次第だね」


「だそうです、ティアナ姉様! できるだけ長く滞在しましょう!」


「どうして滞在することが決まっているのですか。私はまだ何も言っていませんよ?」


「何をおっしゃいます! トゥーディ様に精霊石をしっかりと調べてもらわないといけないではありませんか!」


「思惑が透けて見えるどころか丸見えですよ、あなた」


 勢いに押されたティアナがのけぞりながら答えた。


 結局、ティアナはそのまま押し切られて十日間屋敷に滞在することになる。精霊石の調査の精度を上げる他、旅の疲れを癒やすためでもあった。


 滞在中、基本的にはトゥーディが精霊の間で調査を行い、たまにティアナやリンニーがそれを手伝うのが日課だった。エルネの相手は二の次になるわけだが、エルネにもやるべき仕事があるのでティアナに付きっきりというわけにはいかない。


 こうして日々を過ごしていったわけだが、ティアナには一つだけ困ったことがあった。それは、トゥーディによるティアナの身体調査だ。


「たまには息抜きをしないとね」


「同じ研究ですのに息抜きになるのですか?」


「なるよ。誰かに頼まれた研究じゃなく、自分のやりたい研究だしね」


 約束したことなので求められれば協力するのだが、ティアナはトゥーディの主張を聞いてもその理屈はあまりわからなかった。


 それはともかく、憑依体質について色々調べられるわけだが、アルマとリンニーだけでなくエルネも同席した。


 初めてエルネが同席したときにティアナは訝しむ。


「エルネ? 仕事はよろしいのですか?」


「ティアナ姉様の身体検査の方が重要です!」


「そんなわけないでしょう。ローザさんに叱られますよ?」


「仕事ならもう終わらせてあります! ですから何の問題もありませんわ!」


 目をぎらつかせて興奮気味のエルネからローザへと目を向けるとうなずかれた。仕事を片付けたのは事実らしい。


 次いでトゥーディを見ると微妙な表情をしている。


「邪魔をしないんだったら、好きにさせたら良いと思うけど」


「はい、絶対に邪魔はいたしませんわ!」


「う、うん」


「そこはもうちょっと抵抗しませんか?」


「リンニーもアルマもいるんだから今更だよ」


 困り顔のトゥーディに言い返されたティアナは確かにその通りと納得してしまった。


 わずかにやりにくそうなトゥーディだったが、いざ調べ始めると没頭する。ティアナに何らかの魔法をかけたり紙に記録したりと動き回った。


 そうした様子をエルネは最初熱心に見ていたが、やがて首をかしげた。そして、トゥーディが一区切りをつけたところで問いかける。


「トゥーディ様、ティアナ姉様は服をお脱ぎにならないのですか?」


「え? うん、脱がないよ」


「なぜですの!?」


「いやだって、僕が興味あるのはティアナの憑依体質だから、肉体は対象外なんだよ。場合によったら見るかもしれないけど、今はまだいらないかな」


「そんな!?」


「どうしてそんなに驚くのさ?」


 不思議そうに問いかけるトゥーディに対して、ティアナとアルマは力なく笑った。


 一方、リンニーは笑顔でエルネに語る。


「あのね~、トゥーディは最初ティアナにいやらしいことをしようとして、わたしが止めたんだよ~! それ以来、ティアナの体に触らないって約束したんだよね~」


「そんな! 本当ですか!?」


「嘘だよ! ちょっとリンニー、何てこと言うんだ! そんな言い方じゃ僕が痴漢みたいじゃないか!」


 リンニーの発言のせいで興奮したエルネに詰め寄られたトゥーディが叫んだ。


 少し眉を寄せたローザがアルマに問いかける。


「実際のところはどうだったのですか?」


「初対面でちょっと肩や背中をぺたぺた触っただけです。」


「なるほど、そういうことでしたか」


 事情を把握したローザが納得した。


 最初の見学で散々騒いだことにより、エルネは一旦追放されかかってしまう。しかし、以後は余計な口出しをしないことを条件にトゥーディから見学を認められた。


 結局、エルネの屋敷でトゥーディはティアナに触れることはなく、服を脱がせることもなかった。エルネが落胆したのは言うまでもない。


 いよいよ晩秋も間近というある日、ティアナ達はエルネの屋敷を旅立つことになった。準備は前日までに済ませ、当日はエルネと朝食を共にしてから出発する予定だ。


 食堂で一同が会して食事を始める。ティアナ達は旅姿だ。その姿を見てエルネがぽつりと漏らす。


「楽しい日々はあっという間に過ぎてしまいますわね」


「本当にそうですね。それに、久しぶりにゆっくりと過ごせました」


 スープにひたしたパンを飲み込んだティアナが笑顔で答えた。例え慣れていても、長く旅をしていると疲れは積み重なる。たまには取り除く必要があるのだ。


 和やかに朝食の会は進んでいたが、ティアナの隣に座っているトゥーディが思い出したように口を開く。


「みんな、北の塔に戻る前に、クヌートの所へ寄りたいんだ」


「クヌートのところ~? どうして~?」


「テネブーの魂を閉じ込める封印石を作る材料をもらうためだよ。塔にはないものが多いからね。北の塔からお使いに行くのは面倒だろう?」


「わたしはいいけど~」


 リンニーとトゥーディがティアナとアルマへ目を向けた。とはいっても、二人とも拒否する理由はない。


「私も構いません。必要な物でしたら手に入れないといけませんからね」


「あたしもいいわよ。それで、結構な荷物になるのかしら?」


「そうだね。鉱石ばかりだから重くなると思う。背負って持ち歩くよりも馬車に積んだ方が絶対楽だよ」


 拳大の大きさの精霊石を基準にしてどのくらい必要なのかと想像したティアナだったが、そもそも精霊石と同じ大きさとは限らないことに途中で気付いた。


 ローザをそばに控えさせたエルネがため息をつく。


「海を渡らなければ、ずっと馬車をお貸しいたしますのに」


「仕方ありません。向こうの港に着いたら、馬車を買うか借りるかします」


 実際はトゥーディの資金を使ってアルマが手配するのだが、代表してティアナが答えた。


「ティアナ姉様、次はいつ戻ってこられるのですか?」


「具体的なときは言えませんが、このまま何もなければ、次に会うときは男になっているときでしょうか? トゥーディ、いつ頃になるかわかります?」


「封印石を作り終わってから研究を再開するから、まだ一年以上先になるかな」


「うう、長いですわ」


 回答を聞いたエルネが気落ちした。先が見えていたとしても長いものは長いのだ。


 悲しそうな表情を浮かべる王女の様子を見たリンニーがトゥーディに声をかける。


「研究している間はエルネのお屋敷にいてもいいのかな~?」


「ああそうだね。息抜きの研究ができなくなるけど、困るのはそれくらいかな」


 特に困った様子もなくトゥーディが答えた。そのやり取りでエルネの表情が明るくなる。


 そこへアルマが提案した。


「だったら、年に一度くらいこっちのお屋敷に来たらどうかしら? そして一ヵ月くらい滞在するの」


「それがいいですわ! いかがです、ティアナ姉様!?」


「べ、別に構いませんが。トゥーディもそれでよろしいですか?」


「半年くらいはこっちにいてくれるんだ。それだったら別に構わないかな」


 エルネの勢いを受け流すようにティアナが確認すると、トゥーディが暗算してからうなずいた。これで今後数年の生活サイクルが決まる。


 そのとき、エルネのそばに控えていたローザがティアナ達に声をかける。


「そろそろ馬車の用意をさせようかと思いますが、よろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


 いつまでも長居できないことを思い出したティアナがローザに返答した。残っているパンとスープを急いで食べる。


 食後にしばらくエルネとの歓談をした後、ティアナ達は用意してもらった馬車に乗り込んで一路北の塔を目指した。

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