北の賢者と精霊石
秋が深まりつつある頃、ティアナ達はガイストブルク王国の王都へとたどり着いた。
毎回この王都に来ると必ずラムペ商会に寄り、エルネスティーネ王女への使いを送ってもらう。いくら親しいとはいえ、最低限の礼儀はあるのだ。
商会で一泊した翌日、使いの返事を受け取ったティアナ達は王女の屋敷へと向かう。
屋敷に着くと、主である王女自らが出迎えてくれた。迷わず抱きついてくる。
「お久しぶりです、ティアナ姉様! ん~!」
「エルネ、久しぶりって、ちょっと待って。どうしてそんなにくっついてくるのですか」
相変わらず積極的なエルネの態度にティアナは困惑した。まったく容赦がない。
そのエルネだが、既に十代後半とこの世界ではすっかり結婚適齢期に入っている。容姿は少女から女へとなりつつあるが態度がまったく伴っていなかった。
ようやく離れてくれたエルネに対してティアナが注意する。
「いい加減、淑女らしくしたらどうなのですか?」
「ティアナ姉様以外にはちゃんとしていますのよ!」
「どうして私だけ」
思わず膝から崩れ落ちそうになったティアナはどうにか踏ん張った。そばに控えているローザをちらりと見るとため息をつかれる。とりあえず黙認されているらしい。
いつもの面子だけならばそのまま屋敷に入るのだが、今回はトゥーディがいるので紹介する必要があった。一歩下がってエルネの視線をそちらへと誘導する。
「エルネ、こちらの方は今回私の旅の同行者でトゥーディです。リンニーと同じく神様なんですよ。トゥーディ、こちらが前にお話したガイストブルク王国のエルネスティーネ・シャルフェンベルク王女です」
「初めまして。僕は研究を司る神のトゥーディです。リンニーみたいにお酒は飲みませんのでご安心を」
「どうしてそこでわたしを出すのよ~!」
自己紹介のネタにされたリンニーが口を尖らせた。しかしトゥーディは涼しい顔をしてその抗議を受け流す。
一方、エルネとローザは呆然としていた。いきなり神様と紹介されてどう対応すべきか迷う。しかし、リンニーの態度から本物だと判断すると深く一礼した。
「お初にお目にかかります。ガイストブルク王国の王女エルネスティーネ・シャルフェンベルクと申します。お見苦しいところをご覧に入れてしまい申し訳ありません」
「エルネスティーネ様の侍女を勤めております、ローザ・ドライヤーと申します」
「あーうん。話に聞いていたから驚いていないよ。あんなに堂々と抱きつくんだとは思ったけどね。それと、そんなに堅苦しくしなくてもいいよ。リンニーと同じでいいから」
「えへへ~、お友達だもんね~!」
「ところでトゥーディ様、わたくしのお話を聞いたとおっしゃいましたが、どなたからお聞きになったのです?」
「最初はティアナから、詳しくはアルマからだよ」
エルネから視線を受けたアルマは視線をそらせた。事実をそのまま告げただけなのだが何となく後ろめたい。
しばらく玄関で話をした後、ティアナ達はエルネの案内で屋敷の応接室へ向かった。
室内に入ると、ティアナの左右にリンニーとトゥーディが座り、その背後にアルマが立つ。一方、正面にはエルネが座り、ローザが脇に控えた。
メイドがお茶の準備をする中、エルネがティアナに話しかける。
「あてのない旅をするようなものだと伺っていましたが、ティアナ姉様はもう目的を達成されたのですか? でも、まだお胸はありましたわね」
「確かにまだ男にはなっていません。けど、その目処はつきました。こちらのトゥーディに協力してもらうことになったのです」
「では、今回はその報告にいらっしゃったのですか?」
「いえ、実は別件でエルネに協力していただきたいことができたのです」
「わたくしにですか?」
想像もできないといった様子でエルネが首をかしげた。
次いで隣のトゥーディが口を開く。
「実はとある事情でティアナは今、闇の神テネブーの魂を体内に憑依させているんだ。けどそのままにはできないから、封印先を作ってそちらに魂を移そうとしているんだよ」
「闇の神テネブー!? どうしてそんなことになったのですか!」
「憑依させた件はティアナ達に聞いて。僕も話を聞いただけだから」
きっかけを示したトゥーディはさっさとティアナ達に話を振った。
概略だけは説明すると思っていたティアナ達は驚きつつも、事の顛末を最初から話す。勇者に出会い、邪教団に狙われ、そして邪神を倒したことすべてをだ。
ティアナが中心になって話し、アルマが補足し、リンニーが合いの手を入れた説明を聞いたエルネが感嘆のため息をつく。
「さすがティアナ姉様ですわ! 得体の知れない邪神と対決するなんて!」
「結局、追いかけ回されていただけですけどね」
尊敬の念がこもった視線を向けてくるエルネに対して、ティアナは苦笑いを返した。
目を輝かせてティアナを見つめるエルネの脇からローザが問いかける。
「そうなりますと、エルネスティーネ様に求める協力とはどういったものなのですか?」
「あのね~、精霊石を見せてほしいの~!」
「精霊石ですか?」
「そうなの~! あのウィンクルムが閉じ込められていた石だよ~」
返答したのはリンニーだった。それを聞いたエルネがうなずく。
「なるほど、あれだけの大精霊を閉じ込めた精霊石ならば、神を封印する参考になるというわけですのね」
「その通り。いつまでもティアナの中に閉じ込めておくわけにはいかないからね」
「わたくしもその点には同意いたしますわ。一刻も早くティアナ姉様の中から出ていってもらわないと」
「もっとも、ウィンクルムを閉じ込めていたという話を聞いて個人的にも興味はあるけど」
「わかりました。ティアナ姉様のためでしたらお目にかけましょう。ただ、今ではすっかりただの宝石にしか見えませんけど」
トゥーディから個人的な興味も素直に示されたエルネは小さく笑った。好意を寄せるティアナのためでもあるのなら断れない。
許可が下りてティアナ達は喜んだが、アルマが何かに気付いてローザへと尋ねる。
「精霊石って精霊殿にあるんですよね? そうなると、中には入れる人は限られるわけですから、あたしはここでお留守番になりますね」
「既に以前程は厳しくありません。精霊石の中身は既になく、力も失っていますから」
「でしたら、あたし達みんな中に入れちゃうわけですか?」
「ええ。警備兵の数も減らされておりますから、エルネスティーネ様のお知り合いでしたら中へ入ることはできます」
意外な話を聞いたアルマは微妙な表情を浮かべた。同行できるのは嬉しいが、エルネが軽んじられているように思えたのだ。
二人の話を聞いたティアナが以前の話を思い出した。そして、エルネに問いかける。
「そう言えば、前に精霊石の巫女の役から解任されるかもしれないと言ってましたよね。もしかして、既に解任されたのですか?」
「はい。本来でしたらお城に戻らねばなりませんが、あちらは好きになれないので、こちらに住み続けています」
「よくその意見が通りましたね」
「兄二人の王位継承問題がいよいよ本格的になってきたからですわ。わたくしのことまで気が回らないというのが、本当のところでしょう」
楽しそうにエルネが微笑んだ。王城に移ったところで良いことはないので、粘れるだけ粘るということらしい。
次いでアルマが首をかしげて尋ねる。
「ローザ様、確か王女様ってお見合いをなさらないといけないんでしたよね? それとも、このお屋敷にいてもできるからどこにいらっしゃるかは重要でないとか?」
「実のところ、エルネスティーネ様の縁談はなかなか話が進まなくなっています」
「王女様ならいくらでもあるように思えますけど」
さすがに具体的に触れることは躊躇われるらしく、ローザが言い淀んだ。
代わって、苦笑いしたエルネが答える。
「精霊石が力を失ったことで、兄上二人の派閥にとってはわたくしの価値が失われたからですわ。それにブライ王国の一件もあって、皆が避けつつあるのです」
「どういうこと~?」
「精霊石の力がないわたくしはただの王女だということですわ。確かに魔法は得意ですけど、今度は呪いの噂がわたくしとの縁談を躊躇わせているようなのです」
「呪い~? エルネは何かに呪われているのかな~?」
「わたくしが呪われているわけではありません。ブライ王国の王子が狂ったのはわたくしの呪いのせいだということになっているのです」
噂の出所は不明だが、繰り返す求婚に怒ったエルネがブライ王国の弟王子を魔物に変え、怒り狂った弟王子が屋敷を襲撃したということになっていた。今は落ち着いたものの、王女が天才魔法使いという事実と結びついてこの噂は根強く信じられているのだ。
意外な話にティアナ達は驚いた。てっきりエルネが縁談に強く抵抗していると思っていたからだ。
しかし、エルネは逆に嬉しそうに語る。
「確かに良くない噂ですけど、今のわたくしにとって都合が良いのも確かですわ。何しろ、縁談の話を進めなくても良いですし、王城へ移らなくても構わないのですから!」
「抵抗するよりも避けられている方が楽だということですか」
「その通りですわ、ティアナ姉様! これで安心してティアナ姉様のお帰りをお待ちできます!」
意外に元気そうなエルネの様子に、なるほどそういうことかとティアナ達は苦笑した。
話が一段落すると、軽く手を叩いてエルネが問いかける。
「それではトゥーディ様、精霊石へはいつご案内いたしましょう?」
「できればすぐがいいな。実は早く見てみたいんだ」
「よろしいですわ、ご案内いたしましょう。ティアナ姉様?」
「はい、二人に合わせます」
返事を聞いたエルネが立ち上がると、続いてティアナ達も席を立った。
ローザに見送られたティアナ達はエルネの案内で屋敷の隣に建つ精霊殿に足を向けた。敷地に入ると一見厳重に警護されているように思える。しかし、何度か来たことのあるティアナだけは張り詰めた空気がないことに気付いた。
飾り気のない精霊殿へと入ると、脇道から隠し通路へと移り、精霊石が安置されている精霊の間に入る。そこには、奥に拳大の宝石が
薄暗い部屋の中を歩いた一行は精霊石を半円状に囲んだ。
精霊石を興味深そうに見るトゥーディがエルネに問いかける。
「これにウィンクルムが閉じ込められていたのか。触ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
許可を得ると遠慮なくトゥーディは精霊石を触り始めた。
その隣でアルマがティアナに目を向ける。
「精霊がたくさんいるって前に話してくれたことがあったけど、全然見当たらないわね。もしかして魔法の素養がないと見えないのかしら?」
「いえ、ウィンがいなくなったので、みんなどこかへ去ったそうですよ」
「それは残念ね。夜空にきらめく満天の星空って期待していたのに」
「精霊の庭に行ったらいつでも見られるよ~」
「え? ああそうね」
善意で言ってくるリンニーにアルマは何とも言えない表情を見せた。確かにその通りなのだが、アルマはこの場所で期待していたことを微妙にわかってもらえない。
しばらく黙ってトゥーディの様子を見ていたティアナ達だったが、一向に調査が終わる気配はなかった。
さすがにどうしたものかと思ったらしいエルネがティアナに小声をかける。
「ティアナ姉様、トゥーディ様の調査はいつ終わるのでしょう?」
「本人に聞いてみましょうか。トゥーディ、いつまで調べるつもりですか?」
「これなかなか面白いね! よくできてるよ。しばらく調べたいな」
精霊石の方を見ながらトゥーディが返答した。すっかり夢中になっているようだ。
こういうのが好きなのかと改めて思ったティアナ達だが、いつまでもぼんやりと待つわけにはいかない。
眉を寄せたリンニーが提案する。
「トゥーディ~、わたし達、お屋敷に戻ってもいいかな~?」
「いいよ。こっちはまだこの精霊石を調べたいからね」
「ご飯はどうするのよ~?」
「ん~、呼びに来てくれないかな」
完全に研究者へと切り替わったらしいトゥーディが、やはり精霊石に触りながら答えた。
その様子を見ていたティアナがエルネに顔を向ける。
「トゥーディはこう言ってますけど、構いませんか?」
「以前ならばともかく、今でしたらよろしいですわ。それに、神様の行いに制約をかけるなど不遜ですし」
「ありがとう!」
横合いからトゥーディが礼を述べた。ティアナとエルネは顔を見合わせて笑う。
「それではトゥーディ様、お食事の時間になりましたらお呼びいたしますね。それと、さすがに夜の出入りは控えていただきたいので、夕方には一度退室していただきます」
「仕方ないね。それでいいよ」
ちらりとエルネに目を向けたトゥーディはうなずくと、再び精霊石へと集中した。
熱心に調べるトゥーディ以外はそれ以上精霊の間には用はない。とりあえず最低限の約束をすると、ティアナ達は精霊の間から立ち去った。
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