絡み合う思惑
やるべきことが決まったヘルゲは派閥固めのために部下へと指示する一方で、ウッツとユッタを呼びつけた。そして、以前のような覇気を取り戻しつつある声で語る。
「これから私は派閥の立て直しをしなければならんが、一方で成すべき事にも手を付ける必要がある」
「なんですかい、その成すべき事って?」
「ティアナの誅殺だ」
断言されたウッツとユッタは顔を見合わせた。確かに個人的に含むところは多々あるが、ティアナを殺すことが派閥の立て直しとつながらない。
首をかしげたユッタがヘルゲに尋ねる。
「ティアナを誅殺してあんたの組織に良いことってあるの? 勇者ならまだわかるけど」
「我らと敵対する者すべてが必ず報いを受けることを示す。そのために、まずは勇者と共に功績を挙げたティアナを亡き者にするのだ。勇者の守りは堅いからな」
「あたしなら、周りの連中を堕として暗殺できるわよ?」
「そのやり方ではルーメン教徒の内紛にしか見えん。我々の仕業とわかる形でなければならんのだ」
「面倒ね」
肩をすくめたユッタだったが、ヘルゲの返答に納得して引き下がった。
一旦会話が途切れると、今度はウッツが口を開く。
「派閥のことも大切なんでしょうが、ほとぼりが冷めるまで隠れてた方がいんじゃないですかね。オレもヘルゲ様もがっつり勇者達に見られてましたし」
「腹立たしいがその通りだ。ルーメン教徒に目を付けられてしまった以上、しばらくは身を隠さねばならなん。やりにくくなるが仕方あるまい」
「それで、どこに身を隠すですかい?」
周囲を見ながらウッツが問いかけたが、誰も返事をしなかった。具体的にはまだ何も考えていなかったからだ。
しばらくして今度はユッタがヘルゲに声をかける。
「ルーメン教の聖教団は思っていた以上にこの大陸で勢力があるわ。いっそのこと東の大陸に渡ってはどう?」
「今ここを離れろというのか。派閥の結束の危機だというのに」
「あんたが死んでしまったら派閥も結束もないでしょう? まずは生き延びないと」
ユッタの発言に誰も反論できなかった。テネブー教徒内の実情を知るヘルゲはその提案が最も現実的だと理解できてしまう。
「やむを得んか。おのれ、この汚辱は必ず雪いでくれるぞ」
しばらく議論した後、最終的にヘルゲはユッタの提案を受け入れた。
一度決めるとヘルゲの行動は速い。現状の把握と最低限の決裁を済ませると信用できる部下に派閥のことは任せ、一部の側近と共に拠点を出発した。
摘発され続ける各地の拠点を点々としながらヘルゲ達は一路港町オストハンを目指す。船に乗った後はウッツとユッタの先導で東の大陸を進んだ。
そして一ヵ月以上かけて、ヘルゲ達はガイストブルク王国の王都にたどり着いた。
とある倉庫の一室に集まると、ヘルゲ達はやや乱雑に置かれた荷物の上に座る。
「よくこんなところを見つけたわね」
「へへ、ここはオレの地元ですから、この程度の伝手はあるんですよ」
いささか得意気にウッツがユッタに返答した。
数年前にとある貴族が王都に巻き起こした混乱で裏社会も引っかき回されたが、それでもウッツの知り合いは何人か生きていたのだ。
そんな二人に対してヘルゲが問いかける。
「事前に話は聞いていたが、ここなら安全なのだな? かつて我々はこの国のとなりで騒ぎを起こしていたはずだが」
「この国じゃねぇんですから大丈夫ですって。ヘルゲ様の顔を知ってるヤツはお城の中ですし、バレねぇですよ」
「それならば、しばらくここを拠点にしよう。活動資金を得るために有力者の協力を得たいが、可能か?」
「とりあえずはおとなしくしておいた方がいいんじゃないですか。近隣諸国も含めて、ヘルゲ様の顔を知ってる貴族や商人がいますからねぇ」
以前隣国のブライ王国でヘルゲが王子に仕えていたときのことを思い出しながらウッツは否定した。さすがに二年程度ではそれほど記憶は薄れない。
ならば誰も知らない場所で身を隠せば良いのだが、今度は伝手がないので活動に支障があるのだ。両者を天秤にかけた結果、伝手を優先したのである。
ヘルゲもそれは理解できたので、ため息をつきつつもウッツの進言を受け入れた。そして、当面は裏社会で地道に活動することに決める。
そうして約二ヵ月の間、定期的に西の大陸の情報を向こうの部下とやり取りしながら、ヘルゲ達は隠れて過ごした。
この間のウッツは主に裏社会で活動している。さすがに地元というだけあって顔が利くため、ヘルゲ一派の窓口になっているのだ。
晩秋になりつつある頃、ウッツは西日を浴びながら王都の通りを歩いていた。何気なく周囲を見ていると、一台の馬車が停まっている商会の看板を見て舌打ちをする。
「くそ、イヤなモン見ちまったな」
顔をしかめたウッツはラムペ商会と書かれた看板から目を離した。ここにはろくな思い出がない。
面白くないウッツはさっさとその場から離れようとしたが、聞き覚えのある声を聞いて思わず振り向く。
すると、商会の前に停まった馬車の前に忘れもしないティアナ、アルマ、リンニーの姿があった。商会の主人に出迎えられて中へと入っていく。
「なんであいつらがここにいるんだ?」
呆然とウッツがつぶやいた。しかし、この国にはティアナ達と縁の深い商人や王女がいることを思い出す。ウッツと同様にティアナ達もこの国は勝手知ったる場所なのだ。
どうしてこの国に戻ってきたのかはウッツは知らない。もしかしたら自分達を追いかけてきたのではと想像する。しかし、その姿を見ただけで他のことは何もわからなかった。
足早にウッツは拠点へと歩く。
「やることが増えちまったじゃねぇか」
眉をひそめたウッツが独りごちた。ともかく、皆に報告しなければならない。
厄介なことになったと思いつつも、ウッツはこれからどうするべきか歩きながら考えた。
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行き場のないラウラは仕方なくアルノーの傘下に入ったが、以来ずっと肩身の狭い思いをしていた。元々信者でない上に、ヘルゲの元から鞍替えしたからだ。これに加えて金銭に卑しいということが知れると、更に白い目で見られることが多くなる。
もちろん、ラウラはこんな状態に甘んじるつもりはまったくなかった。手柄を立てて自分の立場を確立しようとする。
ある秋の日、ラウラは周囲に部下がほぼいない状況を狙ってアルノーと面会した。控える側近の胡散臭そうな視線を無視して口を開く。
「アルノーの旦那、ちょいと話を聞いてくれないかい?」
「なんだ、言ってみろ」
「ヘルゲの野郎が落ち目になったきっかけを作ったヤツについてなんだけどさ」
「誰だそれは?」
自分の話に興味を示したことを知ったラウラは気を良くして口元を吊り上げた。ここでうまく取り入れば手柄を上げられると勢いづく。
ラウラは熱弁を振るった。ヘルゲの今までの行動、ティアナの憑依体質、テネブーの魂の合成、そしてそれをティアナに移植しようとして失敗したことなどだ。
これらを話した上でラウラは提案する。
「でさ、あの野郎があれだけ派手に失敗した原因をこっちが片付けりゃ、他のヤツらにでかい顔ができると思わねぇ?」
説明を聞いたアルノーは考えた。
集めた聖なる御魂をまとめて中途半端に復活させ、挙げ句に勇者に滅ぼされたヘルゲの罪は大きい。以前の会議では助命することが決まったものの、ヘルゲは死に体だ。
今もヘルゲ派への切り崩しをして自派閥の強化はしているが、それは他の派閥も同じである。なので、切り崩しだけでは他の派閥に先んじることはできない。
では、ティアナを討てばどうだろうか。勇者を大いに助けた人物の一人として報告書に名前があったことはアルノーもかすかに覚えている。今までは、たまたま邪神討伐隊に参加していた女傭兵としてしか認識していなかった。
しかし、ルーメン教徒の聖教団に反撃する力は今のテネブー教徒にはなく、そのため勇者を討ち取ることもできない。これはテネブー教徒にとっては不満の一つだった。
そこで勇者の手助けをした者を誅することができれば、現在も激しい迫害を受ける同胞達も喜ぶのではないか。そしてそれを成した者は称賛されるだろう。
更にこれをアルノーが成し遂げたとすると、ヘルゲの面目は完全に潰れる。ヘルゲ派への切り崩しは一層進み、異教徒に立ち向かえる指導者としての評価も高まるだろう。
そう考えると、自分達に厄災をもたらしたティアナを討つという案は悪くない。
しばらく考えてからアルノーはラウラに問いかける。
「悪くない案だが、簡単に討ち取ることができる相手なのか? ヘルゲが移植に失敗して暴走した我らが主の魂を討ち取るきっかけを作ったと聞いているが」
「あいつは単に逃げ回っていただけさ。あのバケモンを討ち取ったのは聖教団の勇者だよ。妙な使い魔を使える魔法使いがいるけど、あいつら自体は大したことないね」
さすがに信じる神を化け物呼ばわりされてアルノーはこめかみをひくつかせたが、少し不機嫌な表情になっただけで何も言わなかった。
一方、ラウラの言葉自体にはアルノーも興味を引かれる。ティアナの行動に対する報告書は読んだことがあるが、当事者からの評価は初めて聞いたのだ。
「妙な使い魔とは、どんなものだったのだ?」
「なんか向こうっかわが透けて見える人の形をした土くれみたいなヤツだよ。そいつと魔法使いが土人形ってのかい? それをいくつも作ってやがった」
「土人形をいくつもだと? 戦っている中でいくつも作っていたのか?」
「そうだよ。おかげであの魔法使いの周りは土人形だらけで近づけやしなかったんだ」
多少は魔法の心得があるアルノーはラウラの言葉に目を剥いた。あまりにも簡単に作っているように聞こえたからだ。
その発言が気になったアルノーはラウラに再び問い返す。
「待て、そこは重要なところだ。もっとはっきりとどうだったが思い出せ」
「ええ? そうは言ってもよ、あんときゃ夜中だった上に霧でろくに何も見えなかったんだぜ。こっちも忙しかったしよ。そんなちゃんとは見てねぇぜ」
その後もアルノーは質問を変えて問い続けるが要領を得ない返答ばかりだった。隠しているというよりも、よくわかっていないようだ。
不機嫌そうにため息をついたアルノーは決断する。
「若干の不安はあるが、まぁ良かろう。ティアナを討つというお前の案を採用してやる。追跡班はこちらで用意しよう」
「アタシもその中に入りゃいいんだね」
「そうだ。しかし、くれぐれも勝手な行動はするなよ」
自分の意見が通ったことで機嫌の良いラウラを見てアルノーは一抹の不安を覚えた。しかし、自派閥が優位に立てるのならばと我慢する。
一方、提案が採用されたラウラは満面の笑みだ。これで誰にも文句を言わせないだけの手柄を立ててやると意気込む。
「わかってるって! アタシがやるからにゃ、絶対にティアナをぶっ殺してやるぜ!」
「それで、お前はティアナの居場所はどこか見当がついているのか?」
「ああ? いや、さすがにそれはわかんねぇなぁ」
「となると、まずは捜索からか」
あまり期待していなかったのか、ラウラの返答にアルノーは失望した様子を見せなかった。
そんなアルノーの内心など知らないまま、ラウラがのんきにつぶやく。
「でもあいつ、東の大陸から来たって言ってたっけ。だったらオストハンで待ち伏せしてりゃ、そのうち引っかかるかもしれないねぇ」
「いくら何でも短絡的だとは思うが」
全否定するだけの根拠を持ち合わせていないアルノーは途中で口を閉ざした。どうせ真っ白なところから捜索を始めるのならば、あやふやでも取っ掛かりがあった方がましだ。
最終的には、オストハンに重点を置きながら捜索をするということで落ち着く。
方針が決まると、喜び勇んでラウラがテネブー教徒の本拠地から飛び出した。
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