港町での再会
北の塔を出発したティアナ達四人が港町オストハンに到着したのは約一ヵ月半後だった。季節は残暑から秋へと変わりつつあり、もう日中でも暑くない。
夕方、停車場で馬車から降りたティアナ達はその場で大きく体を伸ばした。
体のあちこちが軋むトゥーディがため息を漏らす。
「久しぶりの長旅で体が痛いよ。きみ達いつもこんなことしてるの?」
「座れるだけましだよ~。わたし達、今回はお客さんだからね~」
「路銀を稼ぎながら旅していたんだっけ。よくやるよ」
「えへへ、そうでしょう~? けど、この後のお酒がまた美味しいんだよね~!」
「きみ毎日そうじゃないか」
呆れるトゥーディの言葉を聞き流すリンニーの心は既に酒場へと向かっていた。
そんな神様二人の横でアルマが首を左右に振って鳴らす。
「護衛で立ちっぱなしもしんどいんだけど、馬車で揺られっぱなしもきついわねぇ」
「今回の四人乗り馬車は少し狭かったですからね。路銀の心配をせずに済んだのは嬉しいですけど」
体を左右に振ったティアナが大きく息を吐き出した。
いつもの旅ならば荷馬車の護衛を務めながら町から町へ移動するのだが、今回はトゥーディが旅費を負担してくれたので働く必要がなかったのだ。
ということで、今回の宿代もトゥーディ持ちなのでアルマの顔に緊張感はない。余裕の態度で各宿を吟味できた。宿泊先はトゥーディの要望でお高めの宿である。
宿を決めると荷物を置く。今回の当番はテッラだ。
笑顔のリンニーを先頭に宿を出ると日差しが朱くなりつつあった。それでも人通りは衰えていない。
街の様子を見ながらアルマがティアナに話しかける。
「初めてこの大陸に来たとき以来よね。去年の春だから、もう一年半前かぁ」
「来たばかりのときは、こちらの言葉がきちんと話せるか不安でしたね」
「けど、こんなに早く男になる方法を見つけられるとは思わなかったわよ。あたし、最悪十年くらいはかかるって思ってたもの」
「私も下手をすると見つからないと思ってました」
二人共お互いを見ながら苦笑いをした。
男になる方法はトゥーディに研究してもらうということで目処はついている。今でこそ闇の神テネブーの問題で中断しているが、これさえ解決すれば良いのだから心は軽い。
足取り軽く四人がどの酒場にしようかと選んでいると、通りの向こうから意外な人物が歩いて来た。
「インゴルフ?」
「なんでぇ、また会ったなぁ! 元気そうじゃねぇか!」
前と変わらない様子の傭兵が機嫌良く挨拶をしてきた。しかし、不思議なことに他の三人がいない。
気になったティアナが問いかけてみる。
「他の三人はどうしたのです?」
「別件でちょいと離れてんだ。何日かすりゃこっちに戻ってくるぜ。そっちも仕事か?」
「そうですよ。こちらが雇い主のトゥーディ、今は目的地まで護衛をしています」
あらかじめ用意しておいた話をティアナは口にした。トゥーディが神様だと紹介しても信じてもらえない可能性が高い上、面倒なことになりそうだからだ。
簡単な説明を聞いたインゴルフがうなずく。
「仕事がなけりゃ一杯どうかって言えたんだがなぁ。護衛じゃ無理だな」
「以前ティアナと一緒に仕事をしていた傭兵かな? 邪神討伐隊で勇者の片腕だったと聞いているけど」
「お? トゥーディさんはオレのこと知ってんのか?」
「ティアナ達から聞いているよ。旅の間、暇はあったからね。なかなか優秀だとか」
「へぇ、嬉しいじゃねぇか!」
褒められたインゴルフは素直に喜んだ。実はティアナの目的に大きく関与しているのだが、さすがにそこまでは説明しない。
上機嫌なインゴルフを眺めていたティアナがそろそろ切り上げようかと考えていると、トゥーディが意外な提案をする。
「これから僕達は夕食をと考えているんだけど、きみもどうかな?」
「そりゃ嬉しいが、オレも一緒でいいのかよ?」
「邪神討伐で功績があった人物の話は聞きたいと思うだろう。夕飯はこちらでごちそうするよ。お酒もね」
「よっしゃ乗ったぜぇ!」
思わぬ誘いにインゴルフが飛び跳ねた。傭兵にとってただ酒は干天の慈雨だ。
横からアルマがトゥーディに小声をかける。
「誘ってもいいの?」
「テネブー教徒や勇者近辺の話を聞いておきたいんだ。今の僕達にとって無関係じゃないだろう?」
ルーメン教徒側がテネブーの魂についてどの程度知っているのか、インゴルフを通じて確認したいというトゥーディの思惑だった。
インゴルフを含めた五人は赤い鯨亭という酒場に入る。
四人席のテーブル二つをくっつけてその周囲にティアナ達は座った。上座にトゥーディ、その右手側にインゴルフとアルマ、左手側にティアナとリンニーだ。
焼き豚の塊、鶏肉の丸焼き、焼いた羊肉のスライス、空豆を磨り潰して煮込んだスープ、硬いパン、そして酒をアルマとリンニーが次々と注文していった。
注文を受けた給仕が下がると、早速インゴルフが口を開く。
「随分と羽振りがいいっすねぇ、トゥーディさんよ」
「貴族や金持ち相手に商売しているからね」
「あやかりたいもんだ。何やってるんですかい?」
「ちょっとした魔法の道具を作ってるんだ。欲しいものならいくらでも出してくれるからね、あの人達は」
「なるほど、手に職があるってわけだ。オレには無理だなぁ」
苦笑いしたインゴルフが肩を落とした。
そのとき、木製のジョッキが七つ運ばれてくる。三つはリンニーの前に置かれた。嬉しそうにリンニーが一つを手に取り、一気に傾ける。
「ん~、おいし~!」
「相変わらずいい飲みっぷりだなぁ。負けてらんねぇ!」
「競わなくてもいいでしょうに」
争うように木製のジョッキを傾けるインゴルフを見てアルマが呆れた。酒に口を付けた後、空豆のスープを手に取る。
焼き豚と鶏肉を切り取って取り皿に置いたティアナは硬いパンを千切って空豆のスープにつけた。掬うように持ち上げて口へと入れて食べた後、インゴルフへと顔を向ける。
「先程あなたも仕事をしているように言ってましたけど、私達に付き合っていても大丈夫なのですか?」
「大丈夫だぜ。この街での仕事はとりあえず済んだし、後はあの三人が戻って来たら一旦引き上げるからよ」
「その様子ですと邪神討伐隊は解散して、また新しい仕事をしているようですね」
「ああそうさ。けど、実はまだ聖教団絡みなんだよなぁ」
意味深に笑うインゴルフが木製のジョッキをテーブルに置いて給仕を呼んだ。今度はジョッキを二つ頼む。
その間ティアナは首をかしげて考えた。傭兵として雇われていたのだから、その仕事が終われば解雇されるはずである。それなのにまだ聖教団で仕事をしているのは不思議だ。
再び顔を向けてきたインゴルフにティアナが尋ねる。
「そう言えば、あの勇者殿はあなたのことを評価していましたよね。もしかしてあの討伐の功績を認められて別の仕事をもらったのですか?」
「ああ! 具体的なことは言えねぇが、オレは今も勇者様の下で働いているんだぜ!」
自慢げにしゃべりながら、インゴルフは羊肉のスライスを一枚手で掴んで口に放り込んだ。うまそうに噛む。そして、給仕から木製のジョッキを一つ受け取って口へ流し込んだ。
肉とスープとパンを三角食べしていたアルマが隣からインゴルフへ声をかける。
「意外ね。さっさとどこかに行ってると思ったのに。テネブー教徒の残党狩りでもしてるわけなの?」
「よくわかったな。実はそうなんだ。アレックス隊長の覚えめでたいヤツらだけを集めて、各地に派遣されてんのさ」
「聖教団ってそんなに人手不足なの? 信者も兵士も騎士もいくらでもいるじゃない」
「アレックス隊長の手足となって働けるヤツぁそんなにいねぇってことだよ」
「邪神を討伐した勇者様がどうして信者を動かせないのよ? 一緒に働きたいって人はいるでしょうに」
「確かにそうなんだけどよ、実はあの討伐のときにちょっと聖教団内部で揉めてたらしんだ。それで隊長は傭兵を使うことにしたみたいなのさ」
最後だけ声を低くしてインゴルフはアルマに語った。あまり大っぴらにできることではないらしい。
あまり食の進んでいないトゥーディがその話に興味を持つ。
「テネブー教徒との争いで、ルーメン教徒が内輪揉めする理由なんてあるの?」
「オレもそんなに詳しく知ってるわけじゃねぇんすけどね、捕らえたテネブー教徒の扱い方で見解の相違ってのがあったらしいって聞いてますよ」
「そこを具体的に聞いてもいいのかな?」
「改宗させるか、殺しちまうか、ってことです」
「宗教絡みだとよくある話だね」
宗教のご本尊になりえる一神がしたり顔でうなずいた。ティアナとアルマが微妙な表情になるがインゴルフは気付かない。
周囲の様子など気にすることなくトゥーディは会話を続ける。
「ところで、邪神を討伐したというのは本当なのかな?」
「もちろん討伐したぜ! アレックス隊長がな! その場にいたヤツらが証人さ! トゥーディさんを護衛してるこの三人もあそこにいたしよ、な!」
「そうだったね~!」
既に最初の三杯を飲み干していたリンニーが同調した。給仕から四杯目を受け取り、すぐに口を付ける。
実際はまだティアナの中にその魂はあるのだが、インゴルフの様子からして聖教団ではテネブーは滅んだことになっていることがわかった。
ジョッキを傾けるリンニーから目を離したトゥーディは再びインゴルフへ顔を向ける。
「神が滅んだのなら、その信徒は放って置いても消滅するんじゃないのかな?」
「そんな簡単にゃいかねぇでしょう。信じる神様が滅んだって聞かされて、はいそうですかって納得するヤツの方が少ないんじゃないすかね」
「だから討伐すると」
「オレはアレックス隊長からそう聞きましたぜ。まぁ、こっちは取りっぱぐれのない仕事が続けられて嬉しい限りですが」
言い終わってからインゴルフはうまそうに酒を飲み干した。
テネブー教徒の受難はこれからも続きそうだが、今の話を聞いてティアナは気になったことをインゴルフに問いかける。
「そう言えば、ラウラはまだ見つかっていないのですか?」
「あの裏切りモンか。それがまだなんだよなぁ。こりゃ多分無理だと思うぜ」
戦いの後、ティアナ達は邪神討伐隊で偵察隊の状況を問われていた。その際に、裏切ったラウラ、テネブー教徒の司教ヘルゲ、その他ウッツとユッタについて供述している。そのため、現在この四人は重要参考人として聖教団から指名手配されていた。
にもかかわらず、現在四人は行方をくらましたままである。当面は相手の油断も期待できないので見つからないというのがインゴルフの見解だ。
眉を寄せたティアナが更に訪ねる。
「テネブー教徒が東の大陸に逃げた場合はどうするのですか?」
「それが一番の問題なんだよ。あっちにゃ聖教団の力がほとんど及ばねぇらしいんで、逃げられたらお手上げなんだ」
「追いかけないのですか?」
「アレックス隊長は行きたがってんだけど、さすがに上の連中が許してくれねぇんだと。だからオレがこっちに来て網を張って、あ」
調子良く話していたインゴルフが呆然とした表情を浮かべた。そして、渋い顔をしてティアナ達に告げる。
「しゃべりすぎちまった。聞かなかったことにしてくれねぇか。特に最後のはよ」
「構いませんよ。ただ、最後に一つだけ。ラウラだけでなく、ヘルゲ、ウッツ、ユッタはあちらの大陸に行った形跡はないのですか?」
「少なくともオレ達は知らねぇな」
難しい顔をしたインゴルフが返答した。そして焼き豚を切り取ると口に放り込む。
とりあえずルーメン教徒もテネブー教徒も闇の神の魂について何も知らなさそうだ。つまり、魂を奪回するという理由でティアナが宗教団体から狙われることはないはずだった。
ただし、個人的に復讐される可能性は充分にある。何しろ復活直前のテネブーを暴走させたのはティアナの一撃のせいだからだ。
問題はこれから向かう東の大陸にどれだけテネブー教徒が逃げたか、そしてあの四人がどこにいるかである。ヘルゲは以前あちらで暗躍したことがあり、ウッツとユッタはあちらの出身だ。逃げ込んでいても不思議ではない。
かつてあの三人と争ったことのある地へとこれから赴くだけに、ティアナは嫌な予感がして仕方なかった。どうしたものかと一瞬迷う。
いっそのこと、全員が捕らえられるまで北の塔でじっとしていようかともティアナは考えた。しかし、こんなことで何年も待つのは嫌だった。
「結局のところ、このまま向かうしかないのですよね。なるようにしかなりませんか」
「何か言った~?」
「いいえ。って、どれだけ飲んでいるのですか、あなたは」
隣から声をかけられたティアナは、リンニーの目の前にいくつもの空になった木製のジョッキが林立していて驚いた。まだテーブルを囲ってからそこまで時間は経っていない。
この夜、インゴルフを交えた夕食は後半が飲み会に変わって深夜まで続いた。そして翌朝、ティアナとアルマは頭の重さに呻く。
四人が東の大陸へ向かう船に乗ったのは更に翌日だった。
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