第9章 Oppose
第9章プロローグ
夏の暑い日差しを受けながら北の塔へと戻って来たティアナ達は、応接室でトゥーディ向かい合って座っている。雰囲気は若干重苦しい。
三人は邪神討伐隊に参加したときの様子をかいつまんで説明した。テネブーの魂をティアナに憑依させたことも含めてだ。話を聞いたトゥーディが渋い顔をしている。
「仕方がなかったというのはわかるんだけどね。もっと安全な方法はなかったのかな、というのが僕の感想かな」
「安全な方法って、どんな方法なのよ~?」
「いやぁ、それを言われるとつらいなぁ」
口を尖らせたリンニーにトゥーディが苦笑いした。テネブーが中途半端に復活すると思っていなかったのは同じだからだ。それに、ここで言い争っても過去は変わらない。
少し眉をひそめたティアナがトゥーディに答える。
「野放しにできないと思って憑依させましたが、このままというわけにはいきません。この魂を別の場所に封じ込めたいと考えています」
「そうだろうね。それにしても理論上は可能だと思ってたけど、本当に神の魂を憑依させられるんだ。テネブーの力は使えるのかな?」
「まだ試していません。どんな力なのかもわからないので」
「危なっかしくて迂闊に試せないか。ともかく、別の場所にテネブーの魂を移さないといけないのは賛成だよ。ティアナが死んだ場合どうなるかわからないしね」
同じ事を考えていたティアナはうなずいた。憑依するものにとってティアナが鳥籠のようなものならば、その死によって解放されてしまう可能性は高い。
隣で二人の様子を見ていたアルマが口を開く。
「でもそうなると、ティアナの男になる方法の研究はどうなるのよ?」
「中断だね。テネブーを封印する物を作ることは片手間でやりたいくないし」
「そりゃそうよね」
「え~、ちょっとくらい進めてよ~」
脇からリンニーが抗議してきたが、トゥーディはちらりと目を向けただけだ。
心情的にはリンニーの主張に同意しつつもティアナは話を進める。
「私に憑依しているこの魂を移す先を用意してもらえるのですね?」
「まぁね。ただ、テネブーを封印するものとなると簡単じゃないなぁ」
「長くかかりそうですか?」
「見通しすら立たないから何とも言えないんだ。とりあえず作ってみないことには」
腕を組んだトゥーディが難しい顔をした。
それを見たティアナは首をかしげて問いかける。
「見通しも立たないのにとりあえず作れるのですか?」
「霊や精霊を閉じ込めるものを作るところから始めるつもりなんだよ。これだったら既にあるから、成功したらあとは強度を上げるだけでいいし」
「既存の技術で対応できるのか確認するわけですね」
「その通り。これでうまくいくなら楽なんだけどな。ともかく、あり合わせのもので一旦作ってみようと思う。それを元にして今後のことを決めよう」
見通しを立てるためにもある程度の根拠は必要だ。ティアナ達もそれは理解できる。
一応の方策があることを心強く思いながらティアナはトゥーディの提案を受け入れた。
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テネブーの魂を封印する研究が始まって十日が過ぎた。いまだ季節は夏であり、散歩のために外出するには暑すぎる。
試作品作りなのであまり時間はかからないと考えたティアナ達は北の塔で待ち続けた。一旦出ると数ヵ月は戻って来ないので間が空きすぎるからだ。
珍しく研究室へ来るよう告げられた三人が入室すると、トゥーディが口を開く。
「やっとできたよ。材料が少し足りないことあってね、ちょっと手間取ってたんだ」
「そこはどうにかなったのですよね?」
「もちろんさ。足りない物は他で補ったから問題ないよ」
いささか得意気なトゥーディが嬉しそうに返答した。そうしている間にも、完成した品物を取り出して作業台の上に置く。
ティアナ達三人が目にしたのは握り拳くらいの大きさをした立方体の石だ。真っ白などの面も多少ざらついている。
最初に反応したのはリンニーだ。
「これにテネブーを封印するの~?」
「しないよ。これは試しに作っただけなんだから。今回は精霊で試してみようと思う」
トゥーディの説明を聞いたリンニーの反応は薄かった。
そんなリンニーを放っておいてトゥーディはティアナへと話しかける。
「きみ達、精霊を四体連れてきているだろう? あのうちの一体をこの中に移してくれないか? まずはちゃんと中に閉じ込められるのかを確認したい」
「どの精霊でも良いのですか?」
「構わないよ」
「それではイグニスを」
そこまでしゃべったティアナは目を見開いた。不思議そうに見守る仲間達に説明する。
「私の中にはテネブーが既にいるので、私経由で精霊をこの石に送り込むためには、テネブーを一度外に出さないといけません」
「あ~逃げられちゃいけないものね。どうするのよ?」
「どうすると言いましても」
ティアナは隣にいたアルマに尋ねられて口ごもった。一番良い方法は躊躇われる。
そのとき、リンニーが当たり前のように提案してきた。その案に一同が驚く。
「だったら、外に出たテネブーを精霊で囲ったらどうかな~?」
「出してしまって良いのですか? 逃げてしまうように思えるのですが」
「あの子達に周りを囲んでもらったら良いと思うよ~」
「トゥーディ、本当に精霊で囲めばテネブーの魂をとどめておけるのですか?」
「僕にはわからない。やってみるしかないんじゃないかな」
首を横に振るトゥーディを見たティアナは精霊四体を自分の周囲に集めた。その上でテネブーの魂の憑依状態を解除する。
「ウェントス、アクア、テッラ、テネブーの魂が逃げないように囲ってください」
お願いされた三体の精霊が動いた。ティアナの正面から少し外れた場所を取り囲む。しかし、何もない場所を囲んでいるようにしか見えない。
「リンニー、あの場所にテネブーの魂がいるのですよね?」
「うん、いるよ~」
「もう本当に核の部分しかないんだ。確かにこれなら精霊三体で抑えられそうだね」
興味を引かれたトゥーディが精霊達のいる場所を眺めて感心していた。
ともかく、これで実験できる準備が整った。ティアナはイグニスを自分の憑依させてから立方体の石へと送り込む。
「トゥーディ、イグニスを石の中に送り込みました。次はどうすれば良いですか?」
「ちょっとまって、様子を見るから」
火の精霊が中に入っても変化のない立方体の石の前にトゥーディが立った。そして、顔を近づけて眺める。こうなると待つしかない。
一歩下がってトゥーディの様子を見ているティアナにアルマが近づく。
「魔法の素養がまったくないから、何やってるのかさっぱりわかんないわね」
「私も同じです。憑依してもらっている精霊に魔法を使ってもらっているだけですから」
「あれ、うまくいくといいんだけど」
「イグニスが入っただけで壊れてしまうようでは話にならないのでしょう」
立方体を眺めていたトゥーディが顔を上げてティアナへと振り返った。気配でそれに気付いたティアナも顔を向ける。
「ティアナ、中にいるイグニスにやってほしいことがあるんだ」
「どんなことですか?」
「この封印石もどきから脱出するために、中で暴れてくれるように頼んでくれないかな」
「それは構いませんが、この研究室の中でですか?」
「防護膜をこれの周囲に張るから、その後に指示を出して」
机の上に置かれた立方体の石の周囲にトゥーディが厚めの透明な膜を発生させた。前世の知識を用いて表現するのならば透明なガラスのようだ。
準備ができて目配せされたティアナが立方体の石の中にいるイグニスに声をかける。
「イグニス、その石の中から脱出してみてください。どんな手段を使っても構いません」
憑依させているわけではないので、ティアナはイグニスの返事が聞こえなかった。代わりにリンニーへと顔を向ける。
「イグニスは承知してくれたでしょうか?」
「うん、やるって言ってるよ~」
「始まったみたいだね」
神様二人の言葉を聞いたティアナが再び立方体の石へと目を向けた。
最初は何の変化もなかったが、やがてうっすらと石が赤みを帯びてくる。ティアナはその意味がわからずトゥーディの顔をちらりと見たが、興味深そうに眺めているだけだ。
同じく何が起きているのかわからないアルマが尋ねてくる。
「あれ赤くなってきてるけど、どうなってるの?」
「それが私にもわかりません。リンニー、今イグニスに何をしているのか聞けますか?」
「いいよ~。イグニス、今何をしてるのかな~? へぇ、そうなんだ~。イグニスは今石を燃やそうとしているらしいよ~」
「石を燃やす?」
聞き慣れない言葉にティアナとアルマが首をかしげた。しばらく考えてから火の精霊が何をしようとしているのか理解する。
「火山から噴き出す溶岩みたいに溶かしてしまうわけですか」
「高温でないと溶けないわよね、石って。どのくらいの温度かまでは知らないけど」
若干不安そうに立方体の石を見つめながらアルマもつぶやいた。
しばらくするとトゥーディがため息をついて口を開く。
「駄目か。リンニー、イグニスに脱出をやめてもらって。もうわかったから」
「は~い! イグニス、脱出はお終いだよ~」
赤く高温になってきた立方体の面が崩れ始めたところでトゥーディは実験を中止した。顎に手をやって何かをつぶやいている。
「思ったよりもあっさりと突破されたな。作りが甘かったのか、それとも材料に問題があったのか。なかなか厄介そうじゃないか」
「トゥーディ、実験は失敗だったのかな~?」
「予想より脆かったけど、別に失敗じゃないよ。これでわかったことだってあるんだから」
「何がわかったの~?」
「一から作らないと駄目だってことだよ。上位の精霊に突破されるようじゃ、テネブーを封印することなんてまず無理だからね」
「良い知恵が浮かぶといいよね~」
「さすがにそんな簡単には思い浮かばないよ。ちょっと文献を調べないといけないかな」
苦笑いしながらトゥーディは頭をかいた。リンニーは残念そうに立方体の石を見ている。
加熱された石はまだ赤く輝いており、トゥーディが防護膜を解除すると猛烈な熱を周囲に放出した。さすがにこれには参ったトゥーディが再び防護膜を張り直す。
「こりゃ駄目だ。熱くてかなわない。冷めるまではこのままだね」
「でしたら、イグニスにはしばらくそのままでいてもらうしかありませんね。丸一日我慢してもらいます。その間、テネブーの魂はまた私に憑依してもらいましょう」
「だったら、アクアに石を冷ましてもらったらどうだい?」
「わかりました。ウェントス、魔法でテネブーを見えるようにしてください。テネブーは私に憑依してください」
魔法で大きめの黒っぽい塊が見えるようになったティアナは、それに近づいて触れると自分に憑依させた。その間にリンニーが水の精霊に立方体の石を冷ますようお願いする。
それらの様子を見ていたアルマがちらりと実験に使った石を見た。そして少し眉を寄せてからトゥーディに話しかける。
「結局、研究に時間はかかりそうなのかしら?」
「残念ながらかかるだろうね。少なくとも簡単にいかないことはわかったから」
「そもそも神様を封印することなんてできるの?」
「できるできないで言ったらできるよ。難しいけどね」
「体があったら捕縛の種で縛れるのに」
「どうしてそんなの持ってるの?」
「リンニーがお酒で問題を起こしたときのために預かってるのよ」
「あー」
会話を聞いていたリンニーが体を震わせた。悲しそうな表情を浮かべて首を横に振る。
ほとんど使ったことがないことを思い返しながらティアナは苦笑した。そのとき、とあることを思い出す。
「そうだ、ウィンクルムが閉じ込められていた精霊石なんて参考になります?」
「え? あ! 確かそんなこと言ってたね! そうか、ウィンクルムくらいの大精霊を捕まえられるなら、きっと参考になるよ! どこにあるんだっけ?」
「ガイストブルク王国です。この大陸ではなく、東の大陸にある王国です」
「遠いなぁ」
「でも、実物を見た方が参考になりますよね。一度一緒に行ってみませんか?」
「あんまり動きたくないけど、行くべきなんだよなぁ」
研究のための労は惜しまないトゥーディだが拠点を離れることはあまり好まなかった。基本的には引きこもりなのだ。とはいっても、背に腹は代えられない。
腕を組んで悩んでいたトゥーディだったが、最終的にはその必要性からガイストブルク王国へ赴くことにした。
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