邪神の討伐

 巨大な黒いサイに追いかけられ続けたティアナ達はひたすら北側に向けて逃げ続けた。


 走っては逃げ、追いつかれては火の玉で追い払い、再び逃げるということを延々と繰す。


 ほとんど休みなしで走っていた三人は、さすがに疲れで足がもつれそうになっていた。特にリンニーはかなりきつそうだ。


「休みたいよ~!」


「追いつかれたら大変なことになるわよ! もう少し頑張りなさい!」


「土人形におんぶしてもらったらどうですか!?」


「それ~!」


 ティアナの提案に飛びついたリンニーが早速テッラに土人形を作ってもらった。最初の一体目の背中に飛びつくようにしがみつくと、土人形がリンニーをしっかりとおぶさる。


 二体目にアルマが、三体目にティアナが続いておぶさると一列縦隊で走った。


 息を切らせたアルマがやけくそぎみに叫んだ。


「これ楽ね! 今まで走ってたのが馬鹿みたい!」


「お、思いつくのが遅すぎました」


 荒い息を繰り返すティアナが疲れ切った表情で後悔を口にした。


 本来土人形は動作が素早くないので逃げる場合には足手まといになる。しかし、この三体は特別に走ることに特化した状態で作られているので、その速度はかなり速い。


 おかげで、徐々に巨大な黒いサイとの距離が開いてきた。ようやく逃げ切れそうだと安心したところで三人の目の前が突如として開ける。


「霧の丘を抜けた!?」


 見晴らしの良い平原が地平線まで続くのを見てティアナがつぶやいた。


 次いでアルマが右へと顔を向けて口を開く。


「あれ、本隊じゃない!?」


「ほんとだ~! 戻ってきたんだ~!」


 のんきに喜んでいるリンニーの言葉は無視してティアナは背後へと目を向けた。今この状態で巨大な黒いサイを平原に出してしまったらどうなるのかと考えて目を見開く。


 急いで方向転換をしようとしたティアナだったが、半透明な黒い巨体が平原へと飛び出てきたのが先だった。そして、突如無音で止まると討伐隊へと向き直る。


 焦ったティアナがリンニーへと叫んだ。


「リンニー! これどうやって止めるのですか!?」


「え、止める!? ねぇ、みんな止まって~!」


 睨むような形相で尋ねられたリンニーは涙目で土人形にお願いした。新たな命令を受け入れた土人形は徐々に速度を落としていく。


 その間に巨大な黒いサイは邪神討伐隊の野営地へと突っ込んで行った。半透明な巨体が示すとおり実体はないので物理的な遮蔽には意味がない。柵や置き盾などを素通りして直進していく。


 突然現れた正体不明の存在に傭兵達は逃げ惑った。巨大な黒いサイに触れた者は片っ端から瞬く間に干からびる。


 そんな中、一人火花を散らしながらも半透明な黒い巨体の攻撃を防いだ者がいた。ティアナ達はそれが勇者だと知る。


 自分と触れて平気だったのが気に入らなかったのか、巨大な黒いサイが振り向いて勇者と対峙した。


 今までの様子を呆然と見ていたアルマがつぶやく。


「どうするのよ、これ?」


 もちろんティアナもリンニーも答えられない。大きくなってしまった事態を収集する方法はもちろんだが、巨大な黒いサイをどうにかする方法も思いつかなかったからだ。


 どう動くべきか判断できずに見守っていると、今度は自分達が出てきた谷間から半人半魔が何十体も出てきて邪神討伐隊の野営地へと突入していった。すぐに阿鼻叫喚が聞こえてくる。


 更に、半人半魔がすべて野営地に向かってすぐに、ヘルゲ達が現れて巨大な黒いサイに向かっていった。


 先程まで当事者だったティアナがようやく口を開く。


「リンニー、どうしてあの大きなサイもどきは野営地に向かったのですか?」


「わかんない~。あの勇者さんと関係あるのかな~?」


「あの勇者様って、前の勇者の剣と鎧を装備してるのよね? 案外あれに反応したのかもしれないんじゃない?」


「聖剣と聖鎧でしたっけ」


「そうそう。言い伝えが正しいのなら、あのサイもどきと因縁があるってことでしょ? 気になってもおかしくないと思うわ」


 最後に当てずっぽうだけどとアルマは付け加えたが、案外それが正しいかもしれないとティアナは思う。何にせよ、一息付けたのは幸いだった。


 疲労による脱力感を全身で感じながら三人が話をしていると、ユッタに籠絡された男三人とラウラがインゴルフ達と戦い始める。ユッタは男の一人に守られて観戦だ。そして、ヘルゲはウッツと共にその脇を通り抜けた。


 状況が動いたことに気付いたアルマが他の二人に伝える。


「ヘルゲとウッツがどこかに行くわよ! もしかして勇者とサイもどきのところ?」


「勇者殿が危ないですね。走っても間に合いそうにないですし。あ、リンニー、もう一度土人形を出してください」


「またおぶさっていくの? 戦うかもしれないんだから、もっと安定感のあるやつにはできないの? ほら、馬とか」


 土人形の背中に乗ったまま戦うのは厳しいと考えたアルマが提案してくる。


「馬の形だったらいいの~?」


「そうよ。あとは背中に乗っていけばどうにかなるでしょ。ああでも、くらあぶみがないと乗れないわね」


「そこは土人形、いえ、土の馬ですか? その背中に私達の下半身を固定してもらいましょう。本物にこだわる必要はありません。乗れたら良いのですから」


 自分の提案に疑問を持ったアルマに対して、ティアナがすかさず修正案を出してきた。


 方針が決まるとテッラが馬の形をした土の塊を作り出す。それの胴体の部分をリンニーが手でぺたぺたと叩いて振り向いた。


「これでいいかな~?」


「よいしょっと。あら、本当に外れないですね」


 伏せた土の馬の背に乗ったティアナは、内股を中心に馬の背中にぴったりとくっついて離れないことに驚いた。


 評価してもらえたリンニーはテッラと共に残り二頭を作ってアルマと共に乗る。


「さぁ、ヘルゲとウッツを止めますよ!」


 立ち上がった土の馬の背から仲間二人に声をかけたティアナは、そのまま先頭切って走り出した。土の馬はすぐに速度を上げてヘルゲへと一直線に向かう。


 正面遠方では、ヘルゲが魔法による攻撃を仕掛け、ウッツが金属製の棒で殴る機会を窺っていた。対する勇者は光の刃を収めて二人と戦っている。しかし、巨大な黒いサイが気になるらしく思うように動けないでいた。


 状況を理解したティアナが指示を出す。


「アルマ、勇者殿と一緒にウッツの相手をして! リンニー、二人でヘルゲの相手をしますよ!」


「わかったわ!」


「がんばるよ~!」


 三人が二手に分かれた直後、最初に行動を起こしたのはリンニーだ。勇者とヘルゲの間に薄く白い膜のようなものを出現させた。ちょうどヘルゲから撃たれた火の玉がぶつかって爆発四散する。


「へへ~んだ! そんなのじゃ壊れないもんね~!」


 土の馬の速度を緩めたリンニーが自慢げに声を上げた。魔法で間接的に戦うことに決めたようだ。


 次いでティアナが馬上から切り込む。両手を自由に使えるので可動範囲が広い。


 倒れるようにして躱したヘルゲが叫ぶ。


「おのれ貴様! またしても邪魔をするか!」


「何度だって邪魔しますよ!」


 剣を躱されたティアナは馬で弧を描くように移動しつつ、剣先をヘルゲに向けて火の精霊に命じる。


「イグニス、本当の火の玉を見せて差し上げなさい!」


『見セルダケデイイ?』


「ああもうそうじゃなくて! あの男に大きな火の玉を撃ちなさい!」


『大キナ火ノ玉ヲ撃ツ』


 精霊に婉曲な言い方が通じないことを改めて思い知ったティアナは改めて言い直した。命令を理解したイグニスは大きな火の玉を生み出すとヘルゲに向かって撃つ。


 巨大な黒いサイへと打ち込んでいたものと同等の火の玉がヘルゲに向かった。もちろん狙われた当人は逃げるが、火の玉は軌道を変えて追いかける。


「うわぁぁぁ!」


「ウ゛アァ!」


 追い詰められたヘルゲが恐怖で顔を引きつらせるが、火の玉はその手前で何かにぶつかったかのように弾けて爆発四散した。


 霧の丘でティアナはその光景を見たことがある。とっさに巨大な黒いサイへと土の馬ごと体を向けた。


 それまで様子を見ていた半透明な黒い巨体が動き出す。


「敵と味方の区別くらいはつくわけですか」


「ティアナ~! 逃げて~!」


 離れた場所からリンニーが声をかけてきた。目を付けられたことは確からしいとティアナは覚悟を決める。


「リンニー、ヘルゲを押さえておいてください!」


 返事を聞くことなく土の馬を翻したティアナは人のいない方へと駆け出した。他人を巻き込むわけにはいかない。巨大な黒いサイは後を追ってくる。余程危険視されたようだ。


 とりあえず土の馬の速度ならば追いつかれることはないが、いつまでも追いかけっこをしているわけにはいかない。早急に決着をつける必要があった。


 問題はどうやって決着をつけるかだ。勇者の聖剣はどうも有効なようなので、あれを利用したいとティアナは考える。


 背後をちらりと見ると巨大な黒いサイが一緒について来ていた。ならばと円を描くように土の馬を走らせて勇者のいるところへと進路を変える。


 かなり大回りをしながらも野営地に戻ってきたティアナは進路を調整した。勇者を見ると今はアルマと一緒にウッツと戦っている。


 まだ声の届きそうにない距離でティアナは風の精霊に命じた。


「ウェントス、今から話す私の声をアルマにまで直接運んで!」


『声ヲ運ブ』


「アルマ、今からそちらへサイもどきを連れて向かいます! その場を離れて! あと、勇者殿に聖剣であいつを斬ってと頼んでください!」


 いきなり初めての方法で命じたので本当に正しくやってくれるのかティアナは不安だったが、今は信じるしかない。


 正面を改めて見ると、勇者がこちらに顔を向けたのが見えた。それに合わせて仕掛けようとしたウッツがアルマに牽制されている。


 勇者がティアナ側に向かって聖剣を垂直に構えた。光の刃はまだ出ていない。どんな考えかはわからないが、もうこのまま突っ込むしかない。


 巨大な黒いサイに気付いたウッツが一目散に逃げ始める。それを見届けたアルマもその場を離れた。


 土の馬の速度は維持したまま勇者に近づく。勇者はちらりとこちらを見たようだが、すぐにティアナの背後にいる巨大な黒いサイへと目を戻した。


 勇者の脇をティアナが土の馬ごと駆け抜ける。風圧で勇者の髪の毛と外套が揺れるが勇者自身は身じろぎもしない。


 巨大な黒いサイが近づいてくる。触れるものすべてに死を撒き散らしながら、目の前の敵を滅ぼすために音もなく全力で走っていた。


 ティアナが勇者とすれ違った数秒後、巨大な黒いサイが勇者の至近まで迫る。口を大きく開けて咆吼した。


 同時に勇者も叫んだ。


「天に御座します我らが偉大なる神よ! 敵を討つ神威しんいをあなたのしもべにお与えください!」


 言い終わると同時に剣身から光の刃が急速に伸び始めた。それはどこまでも伸び、ついには巨大な黒いサイよりも高くなる。その刃を勇者は一気に振り下ろした。


 目の前に突然現れた光の刃に驚いた巨大な黒いサイは避けようとするが、あまりにも近すぎて避けられない。振り下ろされる光の刃に自ら飛び込む形で真っ二つに切られた。


 実体があるわけではないので血しぶきや臓物が撒き散らされることはく、切断面を境に巨大な黒いサイはそのままの勢いでまっすぐ進みながら地面を滑った。そして、その端から黒い瘴気となって縮んでゆく。


 先程戦ったときは光の刃に恐れをなして避けていたことから、ぎりぎりまで待つことで確実に一撃を打ち込むことにした勇者の判断が正しかったのだ。


 こうして、邪神討伐隊の隊長、勇者アレックスは本当に邪神を討ち果たした。

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