半人半魔の来襲
寝台で寝ることに慣れていたティアナが野宿を始めたときは、あまり寝付けなかったり疲れが取れなかったりしていた。しかし、最近はそのようなこともほとんどなくなり、とりあえず翌日は元気に活動できる。
なので、霧の丘で野宿するときも困ることはなかった。日没後しばらくしてから横になったので睡眠時間は普段より長かったくらいだ。
そのせいだろう、ティアナ達はいつもより早く目が覚めた。寝る前に不満を漏らしていたリンニーも横になるとすぐに眠ったので、他の二人と似たような時間に起きる。
「ふぁ~。あれ~、まっくろだけどまっしろ~?」
まだ半分寝ぼけているリンニーが体を起こして周囲を眺めた。
次いでティアナが起きる。目の前が真っ白なのに一瞬驚くが、すぐに自分のいる状況を思い出した。
「おはようございます。リンニー、起きているのですよね?」
「うん、起きた~」
まだ日の出前なので辺りは暗闇だが、見張りは松明を付けているのでそこだけ明るい。しかし、霧が既に周囲を覆いつつあるため視界がほとんど利かなかった。
周囲では他の傭兵がまだ眠っているので無闇に明かりを点けるわけにもいかない。そこでティアナは風の精霊を頼る。
「ウェントス、目を見えるようにしてください」
つぶやくように伝えると、白い世界が灰色に切り替わって視界が一気に明瞭となった。隣でリンニーがぼんやりと座ったまま動かない。
反対側では身じろぎをしたアルマが目を覚ました。上半身を起こすと体を伸ばす。
「あ~よく寝た。やっぱり真っ白なのね。アクア、見えるようにしてちょうだい」
寝覚めが良いアルマは水の精霊に声をかけた。そうしてからティアナへと顔を向ける。
「おはよう。さすがに早く寝ると早く起きちゃうわね」
「そうですね。起きてもやることはありませんが」
「散歩もできないんだもの。いやんなっちゃうわ」
立ち上がったアルマが再び体を伸ばした。
それを見たティアナも立ち上がり、長めに体を伸ばす。
一方、リンニーはようやく本格的に目が覚めてきたようだ。土の精霊に目が利く魔法をかけてくれるように頼むと、遅れて立ち上がる。
「おはよ~。今朝も真っ白だね~」
「おまけに湿気ってるし、嫌よね。早くここから出たいわ」
応えたアルマがリンニーと小声で話を始めた。起きたばかりでまだ食欲がないため、手持ち無沙汰なのだ。
今日は朝の間に移動して昼からは昨日と同じく偵察である。ただし、昨日と同じ傭兵が偵察するかどうかは不明だ。現地に着いてから決めるのだろうとティアナは考えている。
何にせよ、まだ数時間はのんびりとしたものだ。既にテネブー教徒と出会ってもおかしくはない場所にいるが、約五十人の味方と一緒にいるので強い緊張感はない。
何度も生あくびをしながら、ティアナは昨日の残り物である干し肉のかけらを口に入れた。目を覚ますためにゆっくりと噛む。
周囲は相変わらず殺風景な灰色だ。前世の知識を持ち出すのなら白黒の映像と表現するのが一番近い。暗闇や霧の中で昼間並に見えるので文句はないがどうにも殺風景だった。
「さて、これからどうやって暇を潰しましょうか。あれ?」
干し肉を噛みながらつぶやいたティアナは、第四部隊のいる盆地へと続く谷間の奥で何かが光ったように見えた。ただ、そちら側にも見張りはいるが何も反応はしていない。
まだ夜明け前なので光る物があれば目立つはずだが見張りが気付いていない。そうなると、既に霧が立ちこめて見えていないかティアナの気のせいかのどちらかだ。
気になったティアナが何歩か進んで目を凝らすと、アルマとリンニーも近寄ってくる。
「どうしたの~?」
「何かがあちらで光ったように見えたのです」
「今は何も見えないわね。気のせいじゃないの?」
「だと良いのですが」
短時間だけしか見ていないのでティアナも今ひとつ自信がない。
しばらく三人で第四部隊の野営地がある西側を眺めていたが何もないままだったので、やはり気のせいかとティアナは思い始めた。思わず目を逸らしてため息をつく。
そのとき、リンニーが声を上げた。
「あれ~? 何かこっちにくるよ~?」
「ほんとね。しかもたくさん。ってあれ、地下神殿で見た奴じゃない!?」
最初はのんきにしゃべっていたアルマが悲鳴を上げた。
釣られてティアナも目を向けると、多数の半人半魔がこちらへ向かってくるのが見える。見張りはまだ気付いていない。半人半魔達は声を上げずに駆けているので、霧が立ちこめる中では気付きにくいようだ。
「西側から敵襲! みんな起きて!」
「テッラ、土人形出して~!」
アルマとリンニーが立て続けてに声を上げた。すると、眠っていた傭兵達が次々と跳ね起き、リンニーの周りの地面から土人形がせり出てきた。
その間に、ティアナはイグニスを自分経由で剣に転移させ、ウェントスを憑依させる。次いで長剣を鞘から引き抜いた。
第一声をアルマが上げてから見張りの傭兵もすぐに剣を抜いたが、霧に視界を阻まれて敵を認識できない。
自分達以外は霧で周囲が見ないことを思い出したティアナがウェントスに命じる。
「ウェントス、この盆地一帯の霧を吹き飛ばして!」
『吹キ飛バス』
指示を受けたウェントスがティアナを中心として強風を発生させた。その勢いで盆地に流れ込んでいた霧が一時的に押し払われる。
それと同時に、突撃してきた半人半魔達が傭兵に襲いかかった。西側に立っていた二人組の見張りに二体の半人半魔が襲いかかる。
「ガアアァァァ!!」
「うわぁぁ!」
裂けた口から鋭く伸びた犬歯を見せつけて向かって来る半人半魔を見て、傭兵二人は恐怖で顔を引きつらせた。かろうじて第一撃である鉤爪を防ぐ。
見張りの傭兵が戦いを始めたのをきっかけに、盆地へと流れ込んできた半人半魔と傭兵の戦いが始まった。半人半魔は目の前の傭兵に襲いかかり、傭兵が迎え撃つ。
もちろんティアナ達も攻撃対象だ。最初に受けて立ったのはテッラの土人形である。
「アアァァァ! コロス!」
「やだ~!」
リンニーへと飛びかかろうとした半人半魔は次々と土人形に行く手を阻まれた。大きい土人形には真正面から両肩を掴まれ、その半分程度の土人形には腰にまとわりつかれる。振りほどこうと半人半魔はもがくがまったく振りほどけない。
一定の間隔でリンニーの周りからせり出ている土人形達は、数を増やしながら半人半魔を一体ずつ捕らえていく。時間さえかけられるのなら数で半人半魔を圧倒できるだろう。
一方、次々と土人形が増えていくのを見たアルマはその土人形に紛れて移動していた。そして、捕らえられている半人半魔に一体ずつとどめを刺している。
「死になさい!」
「ガァ!?」
自分一人で半人半魔と対決するのは厳しいことをアルマは理解していた。そこで、土人形に捕らえられて身動きできない者達を倒していくことにしたのだ。
動かなくなった半人半魔を押さえていた土人形は、その死体から離れて次の半人半魔へと向かって行く。こうして少しでも自由に動ける半人半魔を減らそうとした。
しかし、土人形が増えるのには時間がかかる。そのため、傭兵達の大半は自分達で半人半魔と対決しなければならなかった。
武器を手に取り半人半魔と傭兵達は戦うが、人間と比べると半人半魔の身体能力の方が大きく上回る。一対一ではまず勝てない。それを理解していれば複数人で一体と戦うことができたかもしれないが、初見の傭兵達は対処法を知らなかった。
更に、傭兵側が五十名程度なのに対して、半人半魔は明らかにそれ以上の数が次々と盆地へ流れ込んでいる。
「ギシャァァ!」
「ああああ! いでぇぇ!」
「ちくしょう! 来るなぁ!」
勢いに押されて噛みつかれた傭兵や目の前に集中しすぎて背後から鉤爪で切り裂かれた者が次々と倒れていった。
土人形から遠い場所にいた傭兵達は急速にその数が減っていく。そして、数が減るごとに半人半魔の勢いが増していった。
「ひぃっ、た、助け」
「はっ!」
目の前の傭兵に噛みつこうとした半人半魔の頭部が上下に切断される。それに伴い、半人半魔の体から急速に力が抜けて崩れ落ちた。
赤く淡く輝く長剣を振りきったティアナが助けた傭兵に告げる。
「あなたは仲間に加勢しなさい! 決して一人で戦わないように!」
「お、おう」
一撃で半人半魔を斬り倒したティアナに圧倒されながらも傭兵はかろうじて返事をした。それを見届けることなく、ティアナは次の傭兵へと加勢する。
動きは軽やかに剣捌きには無駄がないティアナだが、これは幽霊騎士の感覚をなぞっている結果だ。この感覚がなければティアナも一人では対抗できない。
では敵なしなのかというとそこまで強くはなかった。一番の問題はティアナがこの感覚をなぞりきれていない点だ。いまだ道半ばのティアナに達人の到達点は追いかけることも難しいのである。
もちろん、ティアナ自身もそれをよく理解しているので、足りない分は精霊の力を借りていた。体捌きや剣の軌道の修正を風の魔法で、剣の切れ味を火の魔法で補っている。
味方の傭兵を一人でも助けるために駆け回っているティアナは大活躍をしているが、内情は結構綱渡りだ。
それを知っているアルマから声がかかる。
「ちょっと、あんた離れすぎよ!」
「わかってますけど、こっちの方が!」
最初は土人形近辺の傭兵を助けていたティアナは、次第に離れて半人半魔が優勢な場所へと移っていた。状況はこちらの方がより深刻なので、どうしても寄ってしまうのだ。
心配するアルマがティアナに近づこうとするが、土人形のいない場所に出た途端に半人半魔に行く手を遮られてしまう。
「ああもう邪魔!」
繰り出された鉤爪を剣で防ぎつつ後退したアルマが吐き捨てるように叫んだ。
「リンニー、もっとこっちに寄ってきて! それだけいたら充分でしょ!」
「わ、わかった~」
誰の周囲から土人形が増えてきているのかを思い出したアルマが、リンニーへと指示を出した。聞き届けたリンニーがゆっくりと盆地の中央へと寄っていく。
これにより土人形で傭兵を助けやすくなるわけだが、効果が現れるまでにはしばらく時間がかかる。ティアナはそれまでは傭兵を助けて回るつもりだった。
目の前の半人半魔を斬り倒して一瞬間が空いたティアナは手早く周囲を見る。一時的に視界を確保する風の魔法を解除すると、再び盆地が霧に覆われていることを知った。
「ウェントス、もう一回この盆地一帯の霧を吹き飛ばして!」
『吹キ飛バス』
再び指示を受けたウェントスがティアナを中心として強風を発生させた。その勢いで盆地に流れ込んでいた霧がまたもや押し払われる。
同時に次はイグニスへと言葉をかけた。
「この盆地を明るくしたいのですが、頭上に太陽のように明るい火の玉を出せますか?」
『明ルイ、火ノ玉? 明ルイダケデ良イ?』
「はい」
『ワカッタ』
要請を聞き届けたイグニスは長剣の先から五つの明るく輝く火の玉を生み出し、盆地の四方と中央に浮かび上がらせた。これにより、盆地全体がぼんやりと明るくなる。
傭兵達のためにできることをとりあえず思いつくだけやって、改めてティアナは周りに目を巡らせた。何体かの半人半魔が自分に注目しているのを知る。
やはり目立ったかと顔をしかめながらもティアナが剣を構え直したとき、ふと半人半魔がやって来た西側の谷間へと目をやった。すると、浅黒い肌の男と女傭兵、それに愛くるしい姿の女を引き連れた皺の多い陰湿な顔の男がちょうど盆地に入ってくる。
その姿を見てティアナは驚く。ウッツ、ラウラ、ユッタ、そしてヘルゲだった。
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