邪教徒の反撃

 深夜、ユッタは宛がわれた個人用の天幕内で目が覚めた。光源がないため、目を開けていても閉じていても変わりがない。


 包まっていた外套から腕を伸ばして近場をまさぐって目当ての物を手にする。小袋から取り出したのは自ら光る輝光石の首飾りだ。それが手元を淡く照らしていた。


 簡単に身支度を調えるとユッタは天幕の外に出る。周囲は完全な暗闇だが一点だけ淡く照らされている場所があるので、そちらへと足を向けた。


 周囲からは荒い息とうめきがあちこちから聞こえてくる。ときおり輝光石が照らすその姿は人ならざるものだ。口が左右に裂け、犬歯が鋭く伸び、猿のような毛が全身から生え、手足から鋭い鉤爪が延びている。


 かつてこれらと同じ半人半魔と行動を共にしたことがあるユッタは、特に気にもせずに自分以外の光源へと近寄った。そこには武器の手入れをしているウッツが座っている。


「もうすぐ夏だっていうのに、夜だと冷えるのね」


「起きたんですかい。谷間ですからねぇ」


「ヘルゲ様は?」


「最後の微調整をしてるそうですぜ。あんまり中身を知りたいとは思いませんがね」


 その中身が何かを知っているユッタはウッツの言葉に黙った。特別仲が良いわけではないのでそのまま会話が途切れる。


 袋から取り出した干し肉をユッタは囓った。硬くて食べにくいが今は我慢するしかない。


 口の中の物を飲み込むと再び干し肉を口にしようとしたユッタだったが、何かを思い出したらしくウッツへと話しかける。


「忘れてた。結局、ティアナはどこにいるのよ?」


「向こうで第九部隊と呼ばれている傭兵の集まりだそうですぜ。ちょうどこの丘を調べに来てる連中の一つらしいですが」


「そうなるとこれから襲う部隊にいるのかしら?」


「いえ、こっから見て手前の部隊にはいないって話です。別ん所らしいですねぇ」


「残念ね」


「いやいや、何が残念なんですかい。今回は殺しちゃダメなんですよ?」


 手入れをしている金属製の棒から目を離して顔を上げたウッツが呆れた。この日のために半年もティアナを追いかけ続けた身としては、味方に成果を台無しにされてはかなわない。


 もちろんユッタもヘルゲから手出しを禁止されていることは承知している。例えティアナ達を殺す充分な戦力を持っていても、実際に殺すわけにはいかないのだ。


 ちょうど良い区切りだったのか、ウッツは武器をしまい込んで立ち上がった。そして、首飾りの輝光石を手にして周囲を見る。


「以前やったところを見たことがあるんで驚きやせんが、今回は百人ですかい。大した数ですねぇ」


「念のために朋友の首飾りをしてるけど、これなら大丈夫なはず」


「わかっちゃいるんですが、それでも襲ってこねぇか不安になりますよ」


 ぼんやりと立っている半人半魔を眺めているウッツの表情が微妙なものに変わった。


 この半人半魔百体は、テネブー教徒が集めた男達をユッタが籠絡してから朋友の秘薬を飲ませた者達だ。以前の地下神殿での戦いを参考にヘルゲが考案した。


 制御を確実にするために薬の効きは若干弱くなっているが、これにより人間性がより残っているのでユッタが意のままに操れる。


 ただそうは言っても、やはり万が一の不安はあった。そこで、ヘルゲは薬の成分を応用して半人半魔に仲間と誤認させる首飾りを作ったのだ。


 二人が途切れながらも話をしていると、やはり輝光石を首から提げたヘルゲが現れた。


 先に気付いたウッツが声をかける。


「ヘルゲ様、ご苦労様です。って、なんですかい、それは?」


「先程調整が終わった、聖なる御魂だ」


「赤く光ったり、黒く光ったりしてますよね。もしかして動いてる、とか?」


「半分はな。この状態でティアナに埋め込み、我らが主に憑依してもらう」


 どす赤くそしてどす黒く光る人の頭程の大きさの玉を見て、ウッツは不安そうな表情を浮かべた。


 対して、ユッタの表情はあまり変化していない。


「確か黒い玉は三つあったわよね? 肉体、魔法、感情の三つでしたっけ。残り二つは?」


「その三つを一つにまとめたのだ。更に、知性の代わりに以前手に入れた遺跡の動力源もな。これで、我らが神に再臨していただけるはずだ」


「その遺跡の動力源って代用品になるの? 相手は神様なんでしょう?」


「遺跡の動力源には神の力を宿したものもあるのだ。そしてウッツが持ち帰ったあれは、正にそれなのだよ」


 誇らしげに語るヘルゲから目を離してユッタは顔を横に向ける。胡散臭そうな目を向けられたウッツは首を横に振った。


 そんな二人の様子など意に介さず、ヘルゲが話を続ける。


「さて、私の準備はできたが、どちらも動けるか?」


「あたしは大丈夫よ」


「オレもいつでもいけますぜ」


「よろしい。計画は日没前に話した通りだ。予定の変更はない」


 ヘルゲが断言すると、聞いていた二人がうなずいた。


 今回の計画では最も重要なのがテネブーの復活だ。ユッタが籠絡した男達とウッツが接触できた偵察中のラウラからの情報を基にいる。失敗はできないだけにヘルゲも今回は矢面に立つことになった。


「今出発すれば、明け方前に敵の偵察隊の一角を殲滅できるだろう。そして、孤立したもう片方を片付けて我らが主に復活していただく」


 話をしているうちに機嫌が良くなってきたらしいヘルゲの顔に笑みが浮かんだ。光源が胸元の輝光石のみなので、陰影の付いた顔がなかなか怖い。


「そして、我らが主にさえ再臨していただければ、もはやルーメン教徒など恐るるに足りん。勇者と名乗っているあやつも我らが主の前にひれ伏すだろう」


 これがテネブー教徒の前ならば興奮や感動に包まれるのだろうが、生憎と目の前には信者でもないユッタとウッツしかない。今回同行しているテネブー教徒は、現在見張りに立っているかこの場にいないかのどちらかだった。


「では、我らが主の栄光のために、出発しようではないか!」


「わかったわ」


「承知しやした」


 暗く明滅する聖なる御魂を手に演説を終えたヘルゲに対し、ユッタとウッツは冷静に返事をする。正直なところ、突然始まった演説にどう対応すれば良いのかわからなかった。


 ともかく、ヘルゲが計画した作戦がいよいよ実行される。ヘルゲを中心にユッタとウッツが松明を持って脇を固め、その周りへ半人半魔百体が集まった。


 全員が集まったことを確認するとヘルゲが号令をかける。そして、居残り組のテネブー教徒を残して暗闇の中を進んでいった。


-----


 邪神討伐隊の第四部隊が野営をしていた盆地には惨劇の残滓が強く残っていた。あちこちで半人半魔達が傭兵の死体を貪っている。


 その様子をユッタは眉をひそめて見つめていた。想像できたとはいえ、実際に惨状を目の当たりにすると気分が悪い。


 しかし、じっと立っているわけにはいかなかった。第四部隊の生き残りの傭兵を相手にしなければならないからだ。


 光の球を召喚して頭上に掲げたユッタは、盆地へと足を踏み入れて傭兵達に声をかける。


「皆さん、こんばんは。恐れなくても大丈夫ですよ。お伝えしたとおり、皆さんは襲われなかったでしょう?」


 立ったまま周囲の状況を呆然と眺めている傭兵達は、ユッタの姿を見るとあからさまに表情が緩んだ。この傭兵達は以前に籠絡していた者達である。


 周囲を無視して自分の周りに集まってきた傭兵達にユッタはにこやかに応えた。その間も次々に選択肢を選んで下がった好感度を上げ直し、不安を取り除いていく。


 むせるような異臭の中、続いてウッツも盆地へと入った。周囲に発生し始めた白いもやが半人半魔の行為を隠しつつあることに安堵していると、ラウラが近づいてくる。


「うまくいったようだね」


「ああ、えげつねぇ程にな」


「てめぇがバケモンって言うからどんなモンかと思ったら、本当にバケモンだとはね。この首飾りがなけりゃ死んでたところさ」


「昨日会えて良かったろ? 間に合って良かったぜ」


 首から提げた朋友の首飾りを手にして笑うラウラにウッツがにやりと笑い返した。


 実は昨日の偵察行動中にラウラはウッツと落ち合い、今日からの行動を打ち合わせていたのだ。そのときに首飾りも傭兵達の分をまとめて引き取ったのである。


 これもラウラが早い段階でユッタの勧誘に応じたからだ。ユッタが聖教団本部を去る直前に、離れていても話ができる魔法の道具を与えていたからこそ可能だった。


 あちこちから咀嚼音が鳴り止まない中、ラウラが親指でユッタと傭兵達を指す。


「なんだいありゃ? 出来の悪い芝居みたいじゃねぇか」


「まぁそういうなって。あれがユッタさんの十八番なんだって」


「あれが?」


「そうなんだよ。あれでどんな男でもイチコロって話だぜ?」


「ちっ、わっかんねぇなぁ」


「男をたらし込む特別な能力があるらしいのさ」


「なんだいそりゃ?」


「さぁね。オレだってはっきりは知らねぇよ。ただ、周りのバケモンもユッタさんにぞっこんなんだぜ。だから、迂闊なことはすんなよ?」


 不機嫌そうな表情を不審げなものに変えたラウラがウッツに目を向けた。しかし、ウッツもはっきりと理解しているわけではないので肩をすくめるしかない。


 そこへ満足そうな表情のヘルゲがやって来た。怪しげな紋様の入った純白の衣装に身を包んでいる。ラウラが胡散臭そうに見るのに対して、ウッツが下手に出た。


「ヘルゲ様、見ての通り、あっという間に片付きやしたぜ」


「ああ、見ていたとも。予定通りだな。素晴らしい」


「こいつは討伐隊ん中の協力者で、ラウラです。ユッタが一本釣りした女傭兵っすよ」


「アタシがラウラだよ。これからの雇い主ってことかい?」


「そうなるな。良い働きを期待しているぞ」


「任せな。そのかわり、報酬ははずんでもらうよ」


「約束しよう」


 特に抵抗や疑問を示すこともなく、ラウラはヘルゲと言葉を交わした。より稼げる場があるのなら鞍替えすることにためらいはない。


 そんなラウラに対してヘルゲが早速問いかける。


「私達はこれからティアナに会いに行くのだが、お前は居場所を知っているのだったな」


「知ってるよ。隣の盆地にいる。暗くてよく見えない、ちっ、霧も出ちまってるが、あっちに続く谷間を伝っていきゃいいよ」


「どのくらいかかる?」


「半時間くらいって聞いてたね。何にせよ、そんなに遠い距離じゃない」


「それは素晴らしい」


 話を聞いたヘルゲが懐から小袋を取り出してラウラへと手渡した。


 一瞬何かと訝しんだラウラだったが、小袋の中を覗いてにんまりと笑う。


「さっすが! やっぱこうでなきゃね!」


「働きに応じて報いるということはこれでわかっただろう。是非張り切ってもらいたい」


「任せな!」


 上機嫌で小袋を懐にしまったラウラだったが、何かを思い出したらしくヘルゲに語りかける。


「そうそう! ティアナってヤツのそばに二人ばっか仲間がいるよ。一人は赤毛の剣士っぽいヤツで、もう一人は波打った金髪の魔法使いだったかな」


「どんな者達かわかるか?」


「赤毛の方はしっかりしてたね。剣の腕はなかなかだったけど、アタシほどじゃない。金髪の方は間抜けそうだったかな」


 得意気に話すラウラの隣でウッツが微妙な表情をしていた。


 その様子をちらりと見たヘルゲが大きくうなずく。


「わかった。他に何かあるか?」


「いや、今はそんなところかな」


「また何か思い出したら話してもらいたい。では、ティアナのいる場所を案内してもらおうか」


「あれ、それだけ?」


「何かあるのか?」


「あ~、ちっ、まぁいいや。ついてきな。ああ、でも霧が」


「それに関しては問題ない。そら、これでいくらかは見えるだろう」


「うお、すげぇ!」


 ヘルゲが右腕を払うように振ると、しばらく先までの霧が割れるように消えた。


「ユッタ、行くぞ!」


 籠絡した傭兵達の相手をしていたユッタに声をかけるとヘルゲが歩き出す。それにウッツが続いた。


 声をかけられたユッタは傭兵達との会話を打ち切ると、半人半魔へと声をかけてヘルゲ達の後を追う。呼びかけられた半人半魔達は死体を貪るのを止めてついていった。

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