女傭兵との再会
逃げた邪教徒が潜んでいるはずの場所を本格的に調査するため、邪神討伐隊から二部隊百名が先行して調査することになった。
霧の丘へ北端から入った部隊は第四部隊が先行し、第九部隊がそれに続く。それを濃い霧が出迎えた。
両部隊は視界が悪いため、部隊ごとに傭兵が一塊になっている。間隔を開けると仲間からはぐれてしまうからだ。
丘の上に霧はないので視界が開けるが、丘の度に上り下りを繰り返すと体力の消耗が激しい。方角を確認するために少人数をたまに向かわせるのが現実的な対応だろう。
多数の傭兵に混じってティアナ達も丘の谷間を歩いていた。ただし、霧に関係なく周囲を見渡せるので閉塞感はない。
「やはり歩みは遅いですね」
「そりゃ視界が利かないんだからしょうがないわよ」
「みんな動きが鈍いね~」
部隊の最後尾から傭兵達の様子を見ているティアナ達が小声で話した。時折後ろを振り返るが人影はない。
何度か休憩を挟んで進むこと数時間、太陽が南天へ近づくにつれて霧は晴れてゆく。次第に視界が広くなっていく様子に傭兵達は安心した。
そろそろ昼食時という頃に、先行する第四部隊が停止する。丘と丘の間にある、谷間というには少し広い盆地のような場所に陣取ろうとしていた。
盆地のような場所は谷間伝いに進むなら三叉路となっており、今来た谷間を除くと左右に谷間が延びている。ティアナ達の部隊は右の谷間を更に進んだ。
霧が晴れてすっかり元気になった傭兵達に対してリンニーが悲しそうにつぶやく。
「あっちはもうお休みなんだ~。いいな~」
「たぶん次の盆地で休みになるだろうから、それまでの我慢よ」
アルマに慰められたリンニーは口を尖らせながらも再び歩き始めた。
第四部隊から別れて半時間後、第九部隊はようやく次の小さな盆地にたどり着く。部隊長からここで昼食を取ると宣言されたことで、リンニーの顔にもようやく笑顔が戻った。
食事が終わるといよいよ偵察するわけだが、やり方はひどく大雑把だ。部隊の半数を四人前後一組と小分けにして、南東から西に向かって一帯を捜索するというものだ。
くじを引いて当たったティアナ達は偵察側に組み込まれた。更に担当範囲は南東である。
担当範囲が決まるとティアナ達傭兵は一斉に偵察を開始した。この探索は決められた方角に向かってひたすらまっすぐ歩くことになっていたので、道のりは山あり谷ありだ。
最初の丘に登り切って周囲を見渡したティアナ達は意外に見晴らしが良くて驚いた。
感心したティアナが口を開く。
「谷間に沿って歩く方が楽だと思っていましたが、丘の上がこれだけ見晴らしが良いと、確かに上って周りを見た方が良いですね」
「上ったり下りたりするなんて面倒だと思ったけど、これは納得だわ」
「だったら谷間はすぐに通り抜けて、丘の上だけで周りを見たらいいんじゃないかな~?」
「谷間の草むらに何か隠してないかくらいは見て回らないといけませんよ。何かを隠すなら、丘の上ではなく谷間でしょうからね」
「は~い」
「それにしても、見える範囲には建物や人影はないわよね。本当にこんなところにテネブー教徒なんているのかしら?」
手をかざしながら周囲へと顔を巡らせるアルマの言葉に他の二人は返答できなかった。何もなさそうに思えたからだ。しかし、昨日の偵察ではテネブー教徒の姿が見えたそうなので無視もできない。
丘に上るのはティアナ達だけではなく、他の傭兵達も同じだ。時期が合えば別の丘の上にいるところを遠目で目撃できる。ただ、部隊から放射状に進んでいるので、姿を見る度に遠くなっていった。
偵察のために丘へ上がると周囲を見る三人だったが、同時に与えられた砂時計も確認している。時計代わりにだ。今はアルマが紐で括り付けて首からかけている。
「次の丘に登ったくらいで時間切れかしらね。そこで引き返しましょ」
「そうですね。結局テネブー教徒の姿は見かけませんでしたが、どこにいるのでしょう?」
「さてね。案外騙されたんじゃないのかって思えてきたわよ」
「けど、昨日は見かけたんだよね~?」
「あちら側に都合良く振り回されてる感じがするわ」
確認した砂時計から手を離したアルマが眉を寄せた。
それでも、主張にこれといった根拠がないのなら進まなければならない。ティアナ達は再び前に進み谷底へと進む。
すると、その谷底で思わぬ人物に出会った。
驚いたティアナが口を開く。
「あなたは、ラウラ?」
「ちっ、こんなところで会うたぁね」
微妙に嫌な顔をしたラウラが吐き捨てるように返事をした。相変わらずの態度に三人は眉をひそめる。
しかし、ティアナはラウラが一人であることに気付いた。部隊別に方針が違うのかもしれないが、ティアナは尋ねてみる。
「私の部隊では偵察は四人前後で一組でしたけど、そちらは違うのですか?」
「はっ、足手まといとなんか一緒にいられるかよ。前にも言ったろ? アタシは一人の方がやりやすいんだ」
「よくその意見が通りましたね」
「ハナシなんてのはね、ねじ込むモンなのさ。どうせみんなてめぇ勝手に生きてるんだから」
さすがに一年くらいで性格が変わるとはティアナも思っていなかったが、よくそんな無茶を通したものだと呆れた。もちろん強く主張する必要があるときがあることはティアナも知っているが、何でもかんでもというのはどうかと思う。
今度はラウラが尋ねてきた。
「それにしても、よくてめぇらが偵察なんて志願したモンだね」
「くじ引きで決まったのです」
「はっ! なんだ、外れを引いちまったのかい! どうりで! そりゃ残念だったな! 帰り道はちゃんと覚えてるのかい?」
「もちろん覚えていますよ。まっすぐ歩いてきただけですから」
「バカでも帰ってこれるように部隊長が考えたんだろうね。ま、どうでもいいや。ところで、てめぇらの部隊は右に曲がっていったけど、どのくらい進んだんだい?」
「第四部隊のいる場所から谷間沿いに進んで、最初の盆地に本隊はいます。また三叉路の盆地です」
「ああ、隊長が話してた通りなのかい。ふーん」
今までは小馬鹿にするような態度だったラウラだが、部隊の話をするとわずかに真剣な態度になった。
ラウラの質問は更に続く。
「そうだ、こっちに敵はいなかったけど、そっちはどうだったんだい?」
「同じです。昨日はテネブー教徒の姿を見かけたそうですが、今日はまだ一度も見ていません」
「なぁんだ。つまんねぇの。せっかく稼ぎに来たってぇのによ」
「私達はもうすぐ砂時計の時間が尽きるので引き返しますが、あなたはどうするのです?」
「はは、マジメだねぇ。もっと臨機応変にすりゃいいのにさ」
「そうは言っても、雇い主の決めたことはできるだけ守らないといけないでしょう?」
「はっ、さすがお嬢様、躾が行き届いているねぇ。傭兵なんて使い捨てにされるモンだから、馬鹿正直に命令なんて聞いてると命がいくつあっても足りねぇよ」
「そうですか。では、あなたはまだ先に進むつもりで?」
「さぁてね。そのときになったら決めるさ」
生き方や考え方の違いと言ってしまえばそれまでだが、あまりにも考え方が違うことにティアナは内心驚いた。どうりで嫌われるわけだとも同時に納得する。
二人の会話に間が空いたとき、アルマが砂の落ちきった砂時計を手にティアナへと話しかけた。
「時間よ。そろそろ行きましょ」
「それでは、私達はこれで失礼します」
「ホントに時間きっちりに動くんだな。そんなんで肩が凝らねぇのかよ」
「休暇のときはのんびりとしていますよ?」
「ちっ、そうかい」
面白くなさそうな表情のラウラの舌打ちを聞きながらティアナ達は踵を返す。同時にラウラも反転して元来た谷間を歩き始めた。
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偵察を終えてティアナ達が所属部隊に戻ってきたのは夕方だった。そろそろ初夏が近い時期なのでまだ明るいが、さすがに今からはもう部隊行動はできない。
一番最初に戻って来たティアナ達三人を皮切りに次々と部隊長へ報告されるが、どの結果も邪教徒の姿はなしだった。
部隊長直下の伝令兵が隣の第四部隊へと向かう頃には、ティアナ達にやることはなくなっていた。
任務から解放された三人は部隊の外れに固まって座る。そして、背嚢から干し肉とパンを取り出して食べ始めた。
水袋から一口水を飲んで一息ついたリンニーが笑顔になる。
「終わったね~。これで今日はもうお休みなんでしょ~?」
「見張りは居残り組がやってくれるしね。こういうときにずっと眠れるのは助かるわ」
機嫌良く返答したアルマがパンを噛み千切った。
いまだ危険地帯にいるとはいえ、一応味方と共にいることから全員気を抜いている。もちろん、精霊が常時守ってくれているという安心感も大きい。
そうしてのんびりと夕食を取り終わり、空が赤色から濃い藍色へと染まっていく。この頃になると傭兵達は一塊となり、夜の見張り役が立つ。
更にそろそろ他人の顔の判別も難しくなってきたという頃になって、伝令が戻って来て部隊長と話をする。すると、見張り以外の傭兵に集合がかかった。
何事かと揃った傭兵達が見守る中、部隊長の騎士が口を開く。
「今日の邪教徒捜索で、隣の第四部隊が邪教徒の一部と交戦したとの連絡があった。場所は第四部隊の駐屯する位置から南東側へ二時間の場所だ」
「なんでぇ反対側じゃねぇか」
「黙って聞け! それで、明日の朝、我々は第四部隊を越えて反対側の盆地まで進み、そこで再び偵察を開始する」
「おい、偵察は一日だけじゃなかったのかよ?」
「何も見つからなければの話だ。有力な手がかりが見つかった以上、早急に調査するのは当然である」
「待てよ、保存食一日分しか持ってきてねぇぞ、オレ」
部隊長の話の合間にも傭兵からの声は上がったが、伝達が終わると皆が口々に部隊長に質問をしたり、仲間内で話をしたりした。
そんな中、ティアナ達は傭兵達の輪から抜けて元の場所に戻る。
最初に口を開いたのはアルマだ。
「どうせ荷物は全部持ってきていたから困りはしないけど、行き当たりばったりね」
「向こうを見つけたということはこちらも見つかったということですが、あの部隊長さんはその辺りはどう考えているのでしょう?」
眉をひそめて小首をかしげたティアナが疑問を口にした。
仮に敵を全員殺したとしても、戻って来ない兵士や教徒がいれば異変に気付く。そうなると当然相手側も何らかの対処をするはずだ。現在は少数を先行させているティアナ達を一気に叩くため先に攻撃される可能性もある。
先程の部隊長の口調からして、敵に見つかっていないかあるいは敵は何もしないという前提のような気がした。本当にそれで良いのかティアナとアルマは不安に思う。
そんな二人に対してリンニーが声をかけてきた。
「後ろにいる討伐隊の人達は応援に来ないのかな~?」
「まだ来ないでしょうね。今は偵察の段階ですから、様子を見守っていると思います」
「そっか~。不安だね~」
不安なのはティアナも同じだ。自分の判断で勝手に逃げるわけにもいかないので、死ぬ危険がいつもよりもずっと高い。
今度はアルマがつぶやく。
「忘れてた。ここ、朝になったら霧が立ちこめるんだったわよね。天幕がないからびしょ濡れになるじゃない」
「あ~、ほんとだ~。やだな~」
「外套に包まって寝たとしても限度があるし、地面の湿気でお尻が冷えそうだわ」
「テッラに寝台を作ってもらおうかな~?」
「それはやめておきなさい。こういうときに自分だけ良い目をすると、他人から恨まれるから」
悪いことではなくとも些細な差異も許せない人間がいる。これから一緒に戦う仲間から嫌われることは避けるべきだ。
結局、リンニーは目立たないように魔法を使うことで妥協する。自分が寝転がる場所に土の魔法でぎりぎり一人分の薄い板を作ったのだ。寝返りを打つとはみ出てしまいそうなのでリンニーは不満だったが、アルマの説得で諦めた。
こうしてやることのなくなったリンニーは、外套に身を包んで半ばふて寝をするように横になった。アルマもそれに倣う。
仲間二人が横になったのを見てティアナは今日も一日が終わったことを実感した。そうして自分も横になる。どうにも不安が拭いきれなかったが今は忘れることにした。
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