すべてが揃った後で

 豪雪地帯の大森林を踏破してティアナ達が古代遺跡に入ってから一ヵ月が過ぎた。暦の上では既に春先であり、北の塔近辺も最近は日差しが暖かくなってきている。


 やっとの思いで北の塔に戻って来たティアナ達は応接室でトゥーディと面会した。


 座ってすぐにリンニーが口を開く。


「疲れた~! もう、雪がたくさん積もってて大変だったんだからね~」


「そりゃ真冬に行ったら積もっているだろうさ。雪が溶ける春に行けば良かったのに」


「でもね、獣には遭わなかったよ~」


「みんな自分の巣穴で寝ているんだと思うよ。それにしても、よくあの雪の中を進めたね。きみ達の背丈以上に積もってたはずだけど」


「アクアに氷の道を作ってもらったから平気だったよ~」


 どのようにして大森林の中を進んだのかリンニーが説明した。たまにぼんやりとした話し方になるところはアルマが補足する。


 三人が踏破した過程を聞いたトゥーディはため息をついた。


「精霊にそんな使い道があるなんてね。まぁ、余程仲が良くないとやってくれないんだろうけど」


「トゥーディだって便利な魔法の道具があるじゃないのよ~」


「確かにあるけど、汎用性には欠けるよ。例えば、氷の道を作るという道具なら、基本的にそれ以外は使えないから、用途ごとに道具を作らないといけないんだ」


「そうなると~、やりたいことが十も二十もあったら、魔法の道具もそれだけ作らないといけないの~?」


「そういうこと。その点精霊だと頼めば何でもやってくれるんだろう? 僕の作る道具よりよっぽどすごいよ」


 やりたいことが増えるとそれだけ道具の数も種類も増えてしまう。様々な研究や開発をしてきたトゥーディにとって、道具の置き場所は悩みの種でもあった。なので、その悩みがないリンニー達が羨ましいのだ。


 自慢げなリンニーに替わってティアナがトゥーディに話しかけた。


「頼まれていた水晶を持ってきましたので、お渡ししますね。はい、これです。意外と重いので気を付けてください」


「懐かしいなぁ。久しぶりに見たよ」


 入れてあった袋を下敷きにしてテーブルに置かれた水晶をトゥーディは懐かしそうに見ながら手に取った。


 その様子を見ながら、気になることを思いついたティアナがトゥーディへ問いかける。


「あの、この水晶は壊れていませんよね?」


「たぶん大丈夫なんじゃないかなぁ。けど、例え壊れていても実物があるからもう一回作り直せるよ。そんなに気にしなくても平気だって」


「そうですか」


 開発者の余裕なのかトゥーディはティアナの質問を意に介さない。ティアナとしては安心できると言えば安心できるが、不安と言えば不安だった。


 そこで会話が途切れると、今度はアルマが問いかける。


「それで、男になる方法の研究ってどのくらい進んだのかしら?」


「今は文章の解析中だね。知ってる内容だからそんなに苦労はしてないけど、面倒な作業だから時間がかかるんだ」


「あたし達からすると早いか遅いかはわからないけど、詰まってはいないのよね?」


「そこは心配しなくても大丈夫だよ。詰まるところがあるとすれば、文章の解析が終わってからだね」


「なるべくすんなりと進めてほしいわ」


「同意見だね。僕も本命はティアナの研究なんだから、早く片付けてしまいたいよ」


 そんな約束をしていたことを思い出したアルマの表情が微妙になる。友人が被験者になるので良い気分ではないが、当人同士の取り決めなので口は出せない。


 精巧な人型の石人形に水晶を片付けさせたトゥーディが話題を変える。


「きみ達があの水晶を取りに行っている間に、例の討伐隊の噂がまた流れてたんだけど、みんなは知ってるかい?」


「邪神討伐隊が邪教徒の本拠地を滅ぼしたという話ですか?」


 旅の間に聞いた噂を思い出しながらティアナが返答した。古代遺跡へと向かう途中で聖教団本部から出発したと聞いていたが、帰りに邪教徒の本拠地の件を耳にしたのだ。


 ただ、あくまでも噂でしかないのでティアナはその信憑性をある程度疑っていた。なので、トゥーディにその辺りを尋ねてみる。


「邪教徒の拠点を攻めたのは間違いないでしょうが、そこが本当に本拠地なのかは噂ではわからないですよね? それに、攻め滅ぼせたのかどうかも」


「僕も同じ考えだね。内輪揉めが激しくなってる今の聖教団じゃ思うように動けないだろうから、そう簡単に討伐を成功させられるとは思えないんだ」


「内輪揉めですか? まだやっているのですか」


「去年の夏頃から邪教徒の扱い方で意見が割れているらしいよ。他にも争う理由はあるんだろうけど、最近はそれが中心だって聞いてる」


 これではせっかく勇者が前線で大きな成果を上げても充分に活かせないのではと、ティアナは人ごとながら心配した。


 そんなティアナに替わってアルマが尋ねる。


「邪教徒の扱い方って、争う程のことなの?」


「簡単に言うと、捕らえた邪教徒を改宗させるか皆殺しにするかってことだからね」


「皆殺しって、穏やかじゃないわね。どうしてそんな過激になるのよ?」


「本当に改心したのかわからないからだと聞いている。心の中の問題だから、嘘なんていくらでもつけるからね」


「ひっどい話。あ、でも、討伐隊が勝ったのなら、邪神の魂ってのは見つかったわけ?」


「それが、その手の話は全然出てこないんだ。元々邪神討伐隊って名乗ってるくらいなんだから、そっちの方が本題のはずなのに」


「そうなると、邪神は討伐できなかった?」


「恐らくは。けど、敵の本拠地を攻撃した割に帰還した討伐隊は手ひどい損害を受けていないらしいから、一体何がどうなっているのやら」


 話をしているアルマとトゥーディが首をかしげた。大きな宗教組織の政治や面子の問題もあるので蚊帳の外にいる二人にはまったくわからない。


 目の前に置かれたカップを手に取って一口飲んだティアナは考えた。


 噂がある程度事実であるのならば、テネブー教徒達は勢力を弱めたことになる。そうなると、ティアナどころではなくなって襲撃する余裕がなくなるのではと期待してしまう。


 しかし一方で、追い詰められたテネブー教徒がよりティアナに執着する可能性も考えられた。藁にも縋る思いで手を伸ばすことはよくあることだからだ。


 結局のところ、なぜ狙われているのかティアナ自身がわかっていないため、推測に推測を重ねるしかない。


「ウッツが関係しているので、テネブー教徒の勢力に関係なくまた襲ってきそうですよね。いっそのと邪神討伐隊に参加してみましょうか」


「あんた、前は参加するのを嫌がってなかった? 使い捨てにされるからって」


「確かにそうなんですけど、いつテネブー教徒が襲ってくるかわからない状態がこれからもずっと続くのは嫌じゃありません?」


「うーん、傭兵と比べて身の危険が高いのはどちらなのか、よねぇ」


 一度は却下された邪神討伐隊の案を持ち出されたアルマが唸る。今回の水晶を持ち帰る旅でも四六時中ウッツやテネブー教徒の襲撃に備えていたが、やはり気疲れが地味にきつかったのだ。


 ただ、その他大勢として使われる危険性を考えると、どうしても足踏みをしてしまう。


 そこへトゥーディが声をかけてきた。


「今のままだとこの先ずっとテネブー教徒に狙われることになるんでしょ? だったら、逃げるか戦うかのどちらかしかないと思うよ」


「放っておいてくれないのは厄介だよね~。どうしてティアナは狙われるんだろ~?」


「その理由を突きとめることができれば良いんだけど、何か方法ってありそう? さっき言ってたウッツを捕まえて話を聞き出せるのなら一番だけどね」


「お話してくれるかな~?」


「恨まれているんだったら、まず無理だろうね」


 トゥーディの結論を聞いたリンニーが肩を落とした。明らかに落ち込んだ様子なのでトゥーディは顔を引きつらせたが敢えて黙っている。


 二神の様子を見ていたアルマが嫌な顔をしながらティアナに問いかけた。


「討伐隊に参加するのは良いとして、引き上げる時期はどうするのよ? 邪神を討伐して隊は解散だったらわかりやすいけど、多分そうならないでしょ」


「どういうことですか?」


「邪神を討伐しても邪教徒の討伐を続ける場合とか、邪神を討伐できずに延々と邪教徒の拠点を攻撃する場合とかあるじゃない」


「聖教団の目的と私達の目的は一致してないので、討伐隊から抜ける条件を考えておかないといけない、というわけですね?」


「その通りよ。でないと、いつまで経っても振り回されっぱなしになるわよ」


 いつ襲撃されるかわからない心理的負担から逃げることばかりを考えていたティアナは、アルマの話を聞いて天井を見上げた。


「発想が後ろ向きになってますね。良くない傾向です」


「見えないだけに厄介よねぇ」


「けど、どうして私が必要なのでしょう? テネブーという神様とは関係ないはずですが」


「あんたにどんな利用価値があるかよね。剣の腕は前よりも上達してるけど達人ってほどじゃないし、魔法は使えない。憑依体質は、何に使えるのかしらね?」


「欠けたテネブー神の魂を私に憑依させても、それで終わりですしね。あまり意味があるとも思えません。ああ、精霊達が必要なのでしょうか?」


「あの子達を何に使うのよ?」


「それはわかりませんが、さっきトゥーディも便利な存在だと言ってましたから、何かと使えるのではないですか?」


 自信なさげにティアナは言ってみたものの、何か考えがあったわけではない。思いつくまま話しているだけだ。


 そして、その勢いのまま更にしゃべる。


「どちらかと言えば、リンニーの方が利用価値はありそうですよね」


「え~!? わ、わたしは何にも使えないよ~?」


「でも、欠けた魂を補うとしたら、同じ神様の方が都合も良いでしょう? 同格の存在の魂ですから。体だってそうですし」


「そ、それは~」


 いきなり矛先を向けられたリンニーが驚いて否定しようとする。しかし、説得力のある反論をされて口ごもってしまった。


 助けを求めるようにリンニーはトゥーディへと顔を向ける。


「ティアナの言っていることは正しいね。欠けた魂を補うのならリンニーの方が有効だろう。体もそのまま使えるはずだから」


「トゥーディ、ひどいよ~!」


「ただ、現実的には難しいんじゃないかな。本人が完全に受け入れるのならともかく、こんなに拒絶されてたら憑依も融合も無理だよ」


「そうだよね~! わたし絶対承知しないんだから~!」


 ようやく都合の良い意見を聞けたリンニーがトゥーディの言葉に何度もうなずく。


 そこへアルマがぽつりとつぶやいた。


「色々言ってるけど、結局あっち側はティアナをご所望なのよね。考えを変えない限り」


「どうして私なのでしょうか」


 言葉が聞こえたティアナはがっくりとうなだれた。


 そんな三人にトゥーディが話しかける。


「何にせよ、男になる方法が完成するまではまだ時間がかかるよ。待っている間どうするかはゆっくりと決めたらいい」


「そうですね。もう焦る必要はありませんから」


「ここで滞在して待つというのなら、それでも構わない。僕としてはその方が都合が良いけどね」


「なぜですか?」


「息抜きにきみを研究できるからさ」


 楽しそうにトゥーディが答えた。


 それを見たリンニーが口を尖らせて反論する。


「え~! ティアナの方を優先させてよ~」


「だからしてるじゃないか。息抜きだよ。きみだってお酒がないと困るだろう?」


「うっ」


 的確に再反論されたリンニーが言葉を詰まらせた。横でティアナとアルマが苦笑いをしている。


 ひとしきり笑うとティアナが口を開いた。


「やはり、一度邪神討伐隊に参加してみましょう。私達のことだけではなく、聖教団と討伐隊、それにテネブー教徒の動向をもっと正確に知っておきたいですから」


「火中の栗を拾いに行くわけね。噂ばかりじゃ行動の指針にならないから仕方ないか」


「ねぇ、カチュウノクリヲヒロイニイクってどういう意味なの~」


 できれば関わりたくないのは今も同じだが、身の危険がこれからもある以上は対策をしなければならない。そして、そのためには情報が必要だ。


 幸い、ティアナは待っていれば願いが叶うところまでたどり着いた。この上は身の安全を図って万全を期したい。


 不安はあるものの、ティアナは再び旅立つ決意を固めた。

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