古代遺跡という屋敷
男になるために必要なもう一つの道具である水晶を手に入れるため、ティアナ達はトゥーディが教えた大森林の目の前に立っていた。
既に新年を迎えてから一ヵ月以上が過ぎており、一年で最も寒い時季に入っている。大森林周辺は豪雪地帯でもあるらしく、人間の背丈以上に雪が降り積もっていた。
防寒着で着ぶくれした三人は、目の前の真っ白な壁を見上げてため息をつく。
「トゥーディが春まで待てって言った理由がわかったわね。これどうやって進むのよ?」
「本当にどうしましょうか」
隣のアルマに尋ねられたティアナも途方に暮れた。獣の活動が活発になる春を避けるためにあえて冬の間にやって来たのだが、それが裏目に出たのかもしれないと思う。
獣があまり活動しない理由を目の当たりにした三人はそれでも前に進む方法を考える。
「精霊に手伝ってもらおうよ~」
「雪かきでもさせるわけ? 時間がかかりすぎない? かんじきでもあれば少しは進みやすいんだけど」
「かんじきって何かな~?」
思わず前世の知識をつぶやいたアルマがリンニーへ説明を始めた。
その間にティアナは雪の中を進む方法を考える。
人力だけでどうにかできないことは見てすぐにわかった。なので精霊に協力してもらうことには賛成だ。問題はどのように手伝ってもらうかである。
最初に思いつくのは火の精霊であるイグニスに雪を溶かしてもらう方法だろう。これなら地面を歩ける。問題は火の精霊にとって雪の環境が厳しい点だ。普段よりも消耗が激しくなるのは間違いない。
次いで水の精霊であるアクアに雪を凍らせて足場を固めてもらう方法だ。水の精霊は水分のある環境に強いので四体の中で最も消耗しにくい。問題は氷の上は滑りやすいという点だ。滑って転んで怪我をするのは避けたい。
他には風の精霊であるウェントスに雪を吹き飛ばしてもらう方法がある。新雪ばかりなら強風で吹き飛ばせる可能性が高い。問題は、降り積もった層の底にある雪は果たして吹き飛ばせるのかという点だ。
とりあえず思いつくことを頭に並べてみた。どれも一長一短で甲乙付けがたい。
どうしたものかとティアナが悩んでいると、ようやくアルマがリンニーに言葉の説明を終えた。
「へぇ、そんな便利なものがあったんだ~。持ってくれば良かったね~」
「こっち側にかんじきなんてあるの? ソリならあるかもしれないけど」
「見たことないな~」
「まぁいいわ。それでティアナ、これからどうするのよ?」
「いくつか案を考えてみましたけれど、どれも一長一短で困ってます」
ティアナが思いついたことをアルマとリンニーへと話すと、二人共首をかしげた。
しばらく考えてからアルマが口を開く。
「どれも決め手に欠けるわね」
「何か良い案でもあるかな~?」
「アクアに氷の道を作ってもらうのが一番手っ取り早そうに思うわ。問題は滑りやすいってことなのよね。この点さえ解決できれば」
「それじゃ滑らないようにすれば良いんだよね~」
「確かにそうなんだけど、それをどうやって実現するかよね。スパイクシューズがあれば解決するんだけど」
「スパイクシューズって何かな~?」
またもや前世の単語をしゃべってしまったアルマがリンニーへと説明を始めた。
話を聞いていたティアナだったが悪くない考えだと思う。協力してくれる精霊は四体いるのだから、二体以上の精霊に手伝ってもらっても良いはずと考え直した。
そうなると、アクアに氷の道を作ってもらうとして、スパイクシューズのスパイクをどうするのか考えれば良い。真っ先に思いついたのは、土の精霊テッラに作ってもらうという方法だった。
とりあえず考えがまとまったのでティアナは二人に声をかける。
「二人とも、テッラに棘のある靴を作ってもらいませんか? それをスパイクシューズ代わりにして氷の道を歩くのです」
「それいいわね! アクアには、あたしから頼めば良いのかしら?」
「はい。厚みのある氷の道を作ってくださいね。テッラには私から頼みます。スパイクシューズがどんなものか説明しないといけないので」
「いいよ~!」
目の前の難関を乗り越える方法が見つかった三人は早速精霊に話しかけた。
氷の道については苦労はなかったが、靴底に棘のある靴を作ってもらうのにティアナは苦労する。更に、できあがった靴は重いという難点も作ってから判明した。
足首当たりまでを包み込むように石で固めた靴をテッラに履かせてもらった三人は眉をひそめる。
「これ、重くない~?」
「重いわね。我慢して使えなくもないけど。ティアナ、どうにかならない?」
「ウェントス、この石の靴を風の魔法で軽くすることはできますか? 浮かせなくても構いません。ただ、私達三人分ですけど」
「できるって~!」
半透明の竜巻から返事を聞いたリンニーが元気に代弁した。
こうして、ティアナ達は豪雪による積もった雪を凍らせながら棘の着いた石の靴を履いて大森林を踏破する。さすがに寒さまではどうにかできなかったが、自然の障害を乗り越えることはできた。
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雪化粧をこれでもかと施した大森林の奥に古代遺跡はあった。しかし、ミネライ遺跡のような荘厳さは微塵もなく、古ぼけた平屋の屋敷にしか見えない。
その屋敷の敷地には木々がないので見晴らしは良い。しかし不思議なことに、屋敷の敷地にだけ雪がまったく積もっていなかった。まるで最初からそこにだけ雪が降っていないかのようで、剥き出しの土がそのまま見えている。
人間の背丈以上積もっている雪の上を凍らせながら歩いてきたティアナ達は、敷地との境目まで進んでやや見下ろすように屋敷を眺めた。
微妙な表情をしたティアナがアルマへと話しかける。
「ここで良いのですよね? 普通のお屋敷に見えますけど」
「あたしもよ。古い屋敷にしか見えないわ」
「ちゃんとあって良かったね~」
確かにリンニーの言う通り、探すのに苦労するよりはるかに良い。しかし、ティアナとアルマは素直に喜べなかった。
「これ、魔法か何かで敷地内だけ雪を溶かしているか、吹き飛ばしているのでしょうね」
「そうでしょ。さすがに雪かきで除雪ってなると、多少雪が残るでしょうし」
「ということは、この古代遺跡は生きているということですか」
「うーん、古代遺跡って呼ぶには見た目が普通のお屋敷すぎるのよね。違和感がありすぎだわ」
心の整理がついていないかのように歯切れの悪い口調でアルマが言葉を返した。
こうなると、トゥーディに用意してもらった物が役に立ちそうだ。三人とも懐から手のひらに収まる大きさの石板を取り出す。表面が滑らかで真っ黒な薄い石版だ。
不思議そうにその石版を眺めながらリンニーが口を開く。
「これがあれば平気なんだよね~?」
「トゥーディ曰くそうらしいけど、実際どうなんでしょうね? あたしは少し心配だわ」
「まともに動いていれば大丈夫なのでしょうね」
「きっとお屋敷もちゃんと見てくれるよ~」
トゥーディを信用しないわけではないが、それでも正常に石版を認識してくれるのか不安な二人に対し、リンニーは無条件で信じている。この辺りの感覚は恐らくリンニーの方が正しいと理性ではわかっていても、やはり未知のものは怖いのだ。
とはいっても、このままじっとしているわけにもいかない。
意を決してティアナはアクアに声をかける。
「アクア、ここから地面まで氷の階段を作ってください」
「できないわね。いえ、氷が敷地内へ延びようとしたら押し返されてるの?」
「作っても作っても溶かされるってアクアが言ってるよ~」
精霊の言葉を伝言したリンニーの言葉にティアナとアルマが顔を見合わせた。どうも屋敷の除雪能力が高すぎて魔法を受け付けないらしい。
「どうするのよ? 飛び降りられる高さだから、階段がなくても大丈夫だとは思うけど」
「帰りはどうするのかという問題がありますよね。アクア、一旦作業を止めてください」
「とりあえず、飛び降りて敷地に入る?」
「いえ、敷地の外周に沿うように階段を作りましょう。外周の外ならば、雪は積もったままですから階段も作れるはずです」
とっさに思いついたことをティアナが提案した。これなら帰りの心配もない。
意図を理解したリンニーがアクアにティアナの案をそのまま伝えた。すると、右手側に一段ずつが広い階段が敷地の外周に沿ってできてゆく。
完成した階段を伝って敷地まで下りると、ティアナ達は石の靴をテッラに解除してもらった。移動の不自由さがなくなって歩きやすくなったことに三人が喜ぶ。
地面に降り立った三人は何もない敷地をそのまま進んで屋敷の正面へと立った。
屋敷の正面玄関の大きな扉を見つめながらティアナはリンニーへと問いかける。
「リンニー、このまま入っても大丈夫なのでしょうか?」
「え? 大丈夫なんじゃないかな~」
「ここを訪問したことはないのですか?」
「うん、来たことはないよ~」
「トゥーディはこの石版を使えば大丈夫だと言ってましたが」
取り出した石版にティアナは不安そうな目を向けた。
やがて正面を向いて前に進むと、正面玄関の大きな扉に付いている取っ手を掴もうとする。すると、その前に扉が手前に向かってひとりでに動き出した。
そのままティアナが呆然としていると、扉の奥の薄暗い玄関内の燭台に次々と灯が点って中が明るくなる。
「すごい。使用人もいないのに自動で動くのですか」
「石版があればこそなのよね? あっちこっち行くだけで何でもしてもらえそうじゃない」
「ほら~、だから大丈夫だって言ったじゃないのよ~!」
驚くティアナとアルマを置いてリンニーが先に中へと入った。それを追って二人も玄関に踏み込んだ。
外見と同様に中も古めかしい作りをしているものの清潔感がある。というより、まるで毎日手入れがなされているかのように埃ひとつない。
なまじ生活に密着した部分で古代の技術力を見せつけられたティアナとアルマは、ある意味屋敷に圧倒されていた。
「すごいですね。当たり前のように魔法が使われているなんて」
「屋敷そのものが魔法の道具みたいね。これだとメイドなんていらないんじゃないかしら」
「えへへ~、すごいでしょ~!」
なぜリンニーが自慢しているのか二人にはわからなかったが、いくらか冷静になることはできた。そうして本来の目的を思い出す。
小さく息を吐き出したティアナがアルマとリンニーに顔を向けた。
「それでは、地下の倉庫へと行きましょう。玄関の裏手から行けるそうですが」
「たぶんあそこね。屋敷の作りは色々あっても、使用人やメイドの往来するところは裏方って決まってるからね」
実際に裏方の仕事をしていたアルマは勘を働かせて進んだ。少し外からは見えにくい作りの出入り口の奥に下へと続く階段を見つける。
アルマを先頭に階下へと下りるのに先んじて壁に掛けてある燭台が明るくなった。それに感心しながら三人は地下室の倉庫へとたどり着く。
またしても触れられることなく開いた扉に驚きつつも三人が中へと入ると、整然と品物が保管されていた。
思わずティアナがつぶやく。
「すごい。まるで王城の保管庫みたいです」
「前に忍び込んだ所もこんな感じだったの?」
「はい。けどこちらは人が管理していなくてもこの状態なんですよね。とても長い年月を経たようには見えません」
「どれもきれいに置いてあるね~」
三人はまるで博物館にいるかのようにしばらくゆっくりと保管されている品々を見て回った。やがて満足すると、本来の目的である水晶を探し始める。
おおよその位置はトゥーディから聞いていたので三人は手分けして探し始めた。
「記憶違いでまったく別のところに置いてある、なんていうのはやめてほしいですが」
「まったくね。ここで寝泊まりする分には野宿よりはるかにましそうだけど、っと、あったわよ!」
丁寧に並べられている中から水晶を見つけたアルマが叫んだ。ティアナとリンニーもすぐに寄ってくる。
「これですね。あ、意外と重いですね」
「早く見つかって良かったね~! わたし眠くなってくるところだった~」
早速目的の水晶を手にして袋の中に入れているティアナの横で、やる気のなさそうな感想をリンニーが漏らした。ちらりとアルマが目を向けるが何も言わない。
トゥーディのお膳立てがあったとはいえ、思いの外簡単に水晶を手に入れることができた。特にティアナはいよいよ願いの実現が具体化してきたので喜びも大きい。
これで必要な物はすべて揃ったことになる。後は大森林を再び踏破して北の塔に戻るだけだった。
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