素行の良くない者達
王都に潜伏する邪教徒も動員してようやく発見したティアナを襲撃したウッツだったが、まるで相手にならずに撃退された。
今は王都の官憲の手を逃れるために貧民地区へと逃げ込んでいる。
「くそったれ! なんであんなでたらめに強くなってんだ」
薄汚い部屋の寝台に座りながらウッツは悪態をついた。満を持して計画を実行したというのにまったく歯が立たなかったことが納得がいかない。
思い返せば、ティアナの誘拐を命じられたウッツは、どこにいるかもわからない相手を探すところから始めねばならなかった。しかし、まったくの支援なしというわけではない。
まず与えられたのは、拳程の大きさの黒く羽の生えた裸像だった。手のひらに載せてかざすと、強力な精霊がいる方向の表面が赤く変化する魔法の道具だ。また、この裸像に直接触れていると、精霊のかけた魔法が視覚化されるという効果もある。
次いで、テネブー神を模した手のひらに収まる程度の石像を十体与えられた。これを手にして専用の呪文を唱えると、対象者の魔法の効果を解除できるという代物だ。
更に、ティアナを現地で捕らえるために邪教徒の協力を得られる許可証も与えられた。ここ一番というときに頭数を充分に用意することは重要だからである。
このように、信者でもないのに破格とも言える支援をウッツは与えられていた。もちろんユッタの報告を参考にヘルゲが判断したわけだが、通常なら充分といえる支援だ。
にもかかわらず、ウッツはティアナの誘拐に失敗した。しかも大都市の潜伏先一つを壊滅までさせている。手痛い失態だ。
「結構な使い手の魔法使い十人分の魔法を受けて当たり前のように魔法が使えるってどんだけだ。それとも精霊ってヤツがそんなに大したモンなのかよ」
終わってみれば大した時間は戦っていないはずだが、それでもかなりの実力差を見せつけられた。特に土人形が一度に多数も湧き出てきたのは悪夢だ。
そういえば、ウッツは今回一緒に戦った魔法使いの一人に、系統の異なる魔法を同時に使えるのは優秀であると聞いていた。また、強い精霊を従えていたり、複数抱えているのもその魔法使いの能力を示すともだ。
「しかもあいつ、元お嬢様のくせに剣の腕も確かじゃねぇか。どうなってやがんだ」
体の動かし方が明らかに素人ではなかった。喧嘩主体の実践的な戦い方を身に付けているウッツから見ても、その動きは慣れたものに見えたのだ。
ともかく、充分な支援をしてもらい、なおかつ相手が一人のときという最高の状態で襲ったにもかかわらず易々と返り討ちに遭ってしまった。こうなると迂闊に手を出せない。
「どうせバレんだから報告はするとして、これからだよな。直接やりあうのはダメだ」
魔法を押さえる手段も失ってしまった以上、更に不利な状況では戦えない。そうなると、現時点ではティアナ達を追跡するくらいしかできなかった。
「あーくそ! ムカつくぜ! しばらくはあいつらのケツを追っかけるだけかよ」
大きくため息をついたウッツが立ち上がった。この件で罰せられる可能性があるわけだが、今は敢えて考えないでいる。
消沈する意気を示すかのような重い足取りでウッツは部屋の外に出た。
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聖教団の本部がある都市は元々とある領主の地方都市だった。それがルーメン教の熱心な信者だった数代前の当主が寄進したことにより、現在は宗教都市として発展している。
寄進される前の面影は旧市街地に残っているが、それを覆うように新市街地が広がっていた。この地が本部となったことで信者が長年にわたり多数移住してきたのだ。
今も都市は郊外へと広がっており、その最先端は粗末な建物が建てられている。一方で、意図的に開発されていない平野もあり、たまに聖騎士団の演習などに使われていた。
その平野には今いくつもの天幕が規則的に張られている。聖教団の兵や騎士の姿が見えるが圧倒的に多いのは傭兵だ。しかも更に募集しているようで登録所には列ができていた。
やって来た傭兵は登録所で次々と率いる傭兵団や自分の名前を登録係に伝えている。通常なら報酬の交渉がここで入るのだが、聖教団の募集ではすべて一律報酬だ。ただし、割が良いのとの評判なので抗議されることはなかった。
その列に、ベリーショートの精悍な顔つきの女傭兵が並んでいる。かなり使い込まれた革の鎧に左腰の長剣と右腰の手斧をぶら下げ、離れした様子だ。
女傭兵の前の傭兵が登録を済ませると次の者が呼ばれた。女傭兵が前に進む。
「名前と所有する傭兵団は?」
「ラウラ。一人だよ」
「今回は、勇者アレクサンダー・トロイ様が結成する邪神討伐隊の募集だ。相手は邪教徒だが、無論、戦うことに抵抗はないな?」
「でなきゃここに来てねぇさ」
「よろしい。あちらの天幕で部隊への振り分けをしている。行って自分がどこの隊に参加することになるか確かめてこい」
「へいへい。ああそうだ、報酬の額は」
「質問はすべてあちらの天幕でするように。後ろがつっかえてるんでな」
「ちっ、わーったよ」
舌打ちするとラウラは言われたとおりに奥の天幕へと向かう。そちらで必要な手続きを済ませると、指示された場所へと足を向けた。
歩きながら何の気なしに周りへと目を向けると、楽しそうに談笑している傭兵達の姿が見受けられる。会話も、酒、女、博打とお決まりのものばかりだ。
「ちっ、カネさえあったら、こんなところに来ねぇのによ」
つまらなさそうにラウラはつぶやいた。さすがに聞かれると絡まれることくらいは理解しているので、聞かれないように配慮している。
半年程前に参加した遺跡調査の護衛で大赤字を出したラウラは、その後金欠に悩みながら各地を彷徨っていた。そして、夏頃に別の遺跡調査の護衛に参加する。
いつもならケチの付いた同類の仕事を連続でするのは避けているラウラだったが、金がなかったのと勧誘してきた浅黒い肌の男と馬が合ったことから護衛を引き受けたのだ。
そして、その選択は正しかった。ラウラは古代遺跡の調査に同行し、同僚が多数死ぬ中で財宝の一部を手に入れて生還したのだ。
以来遊んで暮らしていたのだが、年末に使い果たしたので再び生活費を稼ぐために聖教団の邪神討伐隊に参加したのである。
指示された場所に着くと騎士とその取り巻きに傭兵が二十人ほど固まっていた。とりあえず部隊長らしき騎士に話しかけると、取り巻きの一人が必要なことを教えてくれた。
部隊定員が満たされるまで待つことになったのでラウラは一人離れたところで待つことにする。男連中と話をしても合わないことを知っているからだ。
すると、所属部隊の傭兵とはまったく別の方向から知った声で呼ばれる。
「ラウラじゃねぇか。なんだ、おめぇも来たのか」
「てめぇ、インゴルフかい? こんなところで出会うたぁね」
笑顔で寄ってくるインゴルフをすました顔でラウラが迎えた。そしてそのまま、近づいてくる知り合いの姿を見る。
装備は以前と同じように見えるが細かいところまでは覚えていない。ただ、何となく新しくなったところがあるように思えた。表情は明るく自信に満ちている。
何か良いことを知っているかもしれないと思ったラウラは探りを入れてみた。
「随分機嫌が良さそうじゃないか。何かいい儲け口でもあったのかい?」
「儲け口って、そんなんじゃねぇよ。けど、機嫌が良いのは確かだぜ。何しろ今の俺は、邪神討伐隊の隊長アレクサンダー・トロイ様の片腕だからな!」
「はぁ?」
自分と同じ一介の傭兵にすぎないはずのインゴルフが何を言っているのかラウラにはわからなかった。疑わしそうに知り合いを見る。
「なんでアタシらと同じ傭兵のてめぇが、いきなり隊長の片腕なんだい?」
「傭兵って点は確かに同じだが、他が違うんだよ。オレはこの邪神討伐隊が結成される前からアレックス隊長と一緒に邪教徒狩りをしてたからな」
「なんでまたそんなことを」
「去年の夏の終わり頃にアレックス隊長が傭兵を募集してたから応募したんだ。そして試験に合格して見事採用されたってわけさ」
話を聞いてラウラは唖然とした。てっきり自分と同じく今回募集に応じたと思っていたが、そうではなかったのだ。
そうなると気になることを思いついたのでラウラは問いかけてみる。
「だったら、アタシらと報酬額が違うってことかい?」
「そりゃ違うさ。具体的にいくらかってのは言えねぇぜ」
「待遇はどうなんだよ?」
「アレックス隊長の片腕なんだから、それなりのモンにゃなるぜ。少なくとも、食えるメシは違うわな」
ラウラは不機嫌そうに顔をゆがめた。自分と同格だと思っていた男が、単に長く参加していたという理由だけで優遇されることに納得いかなかったからだ。
思わず悪態をつく。
「ふん、どうせ隊長のケツについて回ってただけだろ」
「何とでも言いな。手柄さえ挙げちまえば、報酬も待遇も思いのままってモンよ」
「ちっ、わかってるよ。あーもう気分わりぃ。さっさとあっちに行きな」
「じゃぁな」
笑顔を崩すことなくインゴルフは去って行った。
悪くない募集に応じられたと思っていたラウラだったが、インゴルフとの雑談で台無しになった気分だ。しかし、今更辞められない。
しばらく地面を蹴り続けることで、ラウラは気分を紛らわせた。
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聖教団本部がある地域はあまり雪が降らなかったが冬は寒い。室内であっても暖房なしでは底冷えする。
自室として使っている客室で服を重ね着してふっくらとしたユッタが、白湯の入ったカップを片手に思案していた。
去年の晩秋に勇者から提案された邪神討伐隊の提案を潰そうとユッタは動き回っていたが、結局採用されてしまった。最後の最後で勇者の直訴によって押し通されたのである。
「教皇採決になる前に廃案にしたかったけれど、やっぱり現状では無理よね」
良いところまで押し込めたのだが、有力者と直接の接点がないのは致命的だった。特に上層部へ直訴できる勇者と競うとなると矢面に立てないユッタは勝てない。
ともかく、提案が採用されてしまったのは仕方がないと気持ちを切り替えたユッタは、次に邪神討伐隊の編成で足を引っ張ることにする。
当初勇者は聖教団の主力である聖騎士団や聖教軍から兵力を割こうとしていた。しかしそれにユッタが待ったをかけさせたのである。
ここから更に短いながらも熾烈な争いがあり、聖騎士団や聖教軍からは指揮官のみを派遣し、主力は傭兵という形で落ち着いた。勇者は難色を示したが最終的には同意する。
一進一退の綱引きをしながらユッタは権力闘争をしていたわけだが、新年を迎えてすぐに連絡役の邪教徒から書類を渡された。
「これは、去年の遺跡調査の人員名簿?」
添えられていた手紙によると、ウッツが古代遺跡を調査したときに参加した傭兵の一覧だった。手紙には書かれていなかったが、何を期待されているのかはすぐに気付く。
傭兵の名を一通り見て覚えると手紙もろとも燃やして立ち上がった。
邪神討伐隊の野営地に向かったユッタは記録係に傭兵の名簿を見せてくれるよう頼む。名簿を用意してくれた記録係に礼を述べるとユッタはそれに目を通した。
とは言っても真剣には見ていない。傭兵は単純な名前で同名が珍しくない上に、戦場ごとに偽名を変える者もいるからだ。つまり、あまり当てにならないのである。
大して期待していなかったことを反映したかのように収穫はごくわずかだった。しかし、あることにはあった。
その中の一人を部隊編成担当者経由で呼び出してもらう。通常ならば部外者がそんなことはできないが、相手が男ならユッタには可能だ。
寒空が朱に染まる頃、野営地の隅、人が来ないところにユッタはラウラを案内した。
立ち止まり振り向いたユッタに対してラウラが声をかける。
「こんなクッソ寒いところまで連れ出して、一体何の用だい?」
「あなたが去年遺跡の調査隊に参加したことについて、お話をしたくてお呼びしました」
「あぁ?」
横柄な態度のラウラが目を細める。対してユッタは笑みを崩さずにその視線を受けた。
「八月から九月にかけて、テネブー教徒の調査隊に参加されたでしょう? ああ、きちんと調査しましたから白を切っても意味はないですよ?」
「何言ってんだてめぇ。ナメたこと言ってるとぶっ殺すよ?」
「別に脅迫しているわけではありません。もっと良いお話です」
剣に手をかけたラウラに対してユッタが愛くるしい笑みを浮かべながら制した。
聖教団が結成した討伐隊に邪教徒関係者が紛れていたとなるとただでは済まない。ラウラはこんなところで死ぬつもりはなかった。
「アタシはカネになるから参加しただけだよ」
「そうでしょうとも。でなければ邪神討伐隊に参加しようとは思いませんものね」
「わかってんだったら」
「でしたら、もう少しお金を稼いでみませんか?」
弁解しようとしたラウラの言葉に重ねてユッタが誘いをかけた。相手が興味を持ったのを知ると更にたたみかける。
「こちらの指示に従って動いてくだされば、相応の報酬をお支払いしますよ?」
「どのくらいだい?」
「どうぞ」
懐から出した小袋を差し出したユッタは、尚も警戒を解かないラウラに微笑み続ける。
しかし、金には抗えなかったのか、ラウラは剣から手を離して小袋をひったくった。すぐに中身を確認する。すると、口元を緩めた。
「へぇ、毎回このくらいくれるってのかい?」
「やっていただくことの内容によります。大体はその程度ですが」
ユッタの言葉を聞きながらラウラは小袋を懐にしまった。その目には以前警戒心が浮かんだままだが、次第に頬は大きく緩んでいく。
「ふん、だったら引き受けてやるよ。ただし、余計なことは誰にも言うなよ?」
「もちろんです。取り引きが成功して嬉しいですわ」
「用はこれだけかい? だったらアタシは戻るよ」
「はい。では近いうちにまた」
会話が終わるとラウラはすぐに踵を返した。
それを見ながらユッタは案外簡単に話に乗ってくれたことに安堵する。能力の使えない女性相手だったので不安があったのだ。
次は誰に話を持ち込もうか考えながらユッタは野営地へと戻った。
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