倉庫街での対決

 ようやく一つ目の品を手に入れたティアナは王都郊外の森でテッラと合流すると、土人形から禁忌の魔法書を受け取った。寒い中じっと我慢した苦労が報われた瞬間だ。


 見た目にも傷んでいるのがよくわかり、更に土埃まで付いているのには眉をひそめるが、何も言わずに持ってきた袋へと丁寧に入れる。


「これで良しっと。さぁ帰るか。寒いなぁ」


 白い息を静かに吐き出しながらティアナは手袋越しに手を擦り合わせた。火の精霊イグニスがそばにいてくれたら温めてもらえるのだが、今はリンニーを守っている。


 無い物ねだりもそこそこにティアナは王城へと足を向けた。王城内の探索に王都郊外への遠出とかなり時間が過ぎている。今から歩いて宿に戻ると夜明けになるかどうかだ。


 ほぼ徹夜しているのに眠たくないのは、興奮しているからかそれとも体が若いからかだろう。


 王都の外堀と外壁にたどり着くと、外に出たときと同じくティアナは風の魔法で空を飛んで中に戻った。テッラは地中を歩く。


 外壁の内側沿いの通りに立つとティアナは周囲を見渡した。夜明けにはまだ少し時間があるため真っ暗であり、人通りもない。


 もう風の魔法を解除しても良いように思えたが、前世のおうちに帰るまでが遠足ですという言葉を思い出す。ここまできて油断はできなかった。


 目の前は倉庫街でここを突っ切ると宿屋街まで一直線で行ける。


 大通りまで律儀に回り込んで進むのが面倒に思えたティアナは、このまままっすぐ進むことにした。


 暗い倉庫街の通りは静まり返っている。まだ仕事を始めている業者はいないようだ。


「あ~寒い。一番冷える時間帯だもんな。朝飯食ってから一眠りしようか」


 結局一晩外に出っぱなしだったのでティアナの体は凍えている。空腹を満たすだけでなく、内部から温めるという意味でも温かい食事は必要だった。


 帰った後ことを考えていたティアナに突然暗闇から何かが飛来してきた。まったくの無警戒だったが、いきなり右側面に土の壁が地面からせり出たことで異常を察知する。


「え、なんだ!?」


『アソコカラ棒ガ飛ンデキタ』


 立ち止まって固まるティアナに土の壁を解除したテッラが警告してきた。土の精霊が指差す先には弓を持った覆面をした浅黒い肌の男が立っている。


「いやぁ、神様ってぇのは努力してるモンに報いてくれるってぇ話、ちったぁ信じてもいいように思えてきたねぇ」


「その声は、ウッツ! どうしてここに?」


「てめぇのケツを追いかけてたからだよ。見つけるのに苦労したぜ、まったく」


 弓を捨てたウッツが倉庫の間の路地から手ぶらで近づいてきた。


 それに合わせて下がろうとしたティアナだったが、周囲の路地から何人もの覆面をした者達が現れて取り囲まれる。同時に光の球がいくつか現れて周囲を照らした。


 その輪の外からウッツが話しかけてくる。


「泊まった宿の窓から出たと思ったら城の中へ行って、今度は王都の外へお出かけして朝帰りってか。元とは言え、お嬢様がするようなことじゃぁねぇよなぁ」


 足取りが最初からばれていることにティアナは驚いた。ウェントスの魔法は完璧だったはずと考えたが魔法の道具に思い至る。そうなると、弓矢で攻撃できたのも納得できた。


 しかし疑問は次々と湧いてくる。なぜそんな道具を持っているか。どこで手に入れたのか。いつからつけ狙っていたのか。


 考えている間にも事態は進行する。


「どうせならその姿をきっちりと見せてもらわねぇとな」


 ウッツが合図をすると、覆面をした者達が呪文を唱えた。すると、今まで見えなかったティアナの姿が半透明になって浮かび上がってくる。


「なんだきっちり覆面してやがる。っておい、なんであんな中途半端なんだよ?」


「悔しいが、術者としての能力の差だ。十人がかりでこれがやっとだとは、あいつ相当な魔法使いだぞ」


「ちっ、案外使い魔の精霊ってヤツのせいかもしれねぇな」


 相手のやり取りを聞いたティアナは、自分の姿が目視でも相手に見えていることを知って驚いた。思わず自分の体を見る。確かに精霊達のように透けて見えていた。


 外向けようの言葉に切り替えたティアナがウェントスに問いかける。


「ウェントス、どうなっているのです?」


『周リノ人間ニ邪魔サレテイル。マタ見エナクデキルケド、前ヨリ大変ニナル』


「飛ぶことはできそう?」


『飛ベル』


 返答を聞いたティアナはすぐに飛んで逃げようとしたが、宿の位置を知られていることを思い出した。このまま逃げても宿にいる仲間二人に迷惑をかけるだけだ。


 逃げることを諦めたティアナは姿を消すことをやめた。これからの戦いに集中することに決めたのだ。


 半透明な状態から完全に姿を現したティアナを見てウッツが声を上げる。


「はは、逃げ切れねぇとわかって観念したか。そのままおとなしく捕まってくれりゃ、楽でいいんだがなぁ、ティアナ」


「私がティアナだという根拠はどこにあるのですか?」


「宿からつけてたってぇのもあるんだが、あんな簡単に空を飛んで城や王都に出たり入ったりできるヤツが、そう何人もいるとは思えねぇからさ」


「捕まえる? 私に何か用でもあるのですか?」


「雇い主のご意向ってヤツさ」


「邪教徒と呼ばれてる者達ですか。となると、この周りを取り囲んでいる者達も」


 秋に一度ウッツと出会ったときのことをティアナは思い出した。アレックスから聞いた話も参考にしたので、大きくは外れていないと予想する。


 ただし、ゆっくりと考えられているのもそこまでだった。


「ま、しゃべるのは後でゆっくりしようや。やるぞ」


 背中から金属製の棒を取り出したウッツと各種武器を手にした邪教徒が大きく動いた。


 魔法でウェントスの魔法を妨害した者以外の邪教徒がティアナに迫る。しかし、馬鹿正直に囲まれたままで戦う気はなかった。


「ウェントス、一旦後ろに飛んで。テッラは土人形で足止めして」


『後ロニ飛ブ』


『土人形デ止メル』


 禁忌の魔法書を探していたときのように歩くのではなく、持ち上げられるようにティアナの体が宙に浮いて後ろ向きに飛び上がった。その間に短剣を腰から引き抜いて手にする。


 一方、その様子を見たウッツが叫んだ。


「おい、あいつの魔法を封じたんじゃなかったのかよ!?」


「不完全だが押さえ込んでるはずだ! なのにまだあれほど使えるのか!」


「くそったれ、こりゃ期待できねぇな」


 包囲して押さえ込む予定が狂ってしまったことにウッツが悪態をついた。しかし、頭数はまだ圧倒的に有利だ。これを活かして捕らえることはできると思い直す。


「しょうがねぇ。とりあえず追いかけて押さえる、うぉっ!? なんだ!?」


 地面に着地したティアナを目で追いかけていたウッツは邪教徒に指示をしようとした。しかし、突然地面からいくつもの土人形が現れて邪教徒の行く手を阻まれる。


 身の安全を確保するためにウッツは手近な土人形を金属の棒で殴りつけた。動きは遅いので金属の棒をまともに頭部へと受けた土人形だったが、まったく怯むことなくウッツへと振り返る。


「なんだこいつ! 全然効いてねぇぞ! おい、こいつはどうやって倒すんだよ!?」


「頭を潰せば土に戻るはず! それでダメなら、体のとこかにある魔法の核を潰すんだ!」


「体のどこにあんだよ!」


「大抵は胴体の中央だ!」


 更にどうやって胴体の中にある魔法の核を潰すのか問いかけようとしたウッツだったが、相手の邪教徒はそれどこではなく土人形から自分の身を守るのに精一杯だった。


「ちくしょう! こんなバケモンやたらめったら出しやがって!」


 もはや計画どころではなく、ウッツも目の前の土人形を相手にせざるを得ない。


「一体だけ作り出すのも大変なのに、どうやってこれだけの数の土人形を作ったんだ!?」


「くそ、全然攻撃が通じない! 土人形ってこんなに硬かったか!?」


 別の邪教徒がウッツの言葉に重ねるように叫んでいた。もはや悲鳴に近い。


 地面に着地して短剣を構えていたティアナは、テッラが作り出した多数の土人形が邪教徒を追い込んでいるのを見て驚いた。ここまで圧倒するとは思っていなかったのだ。


 振り返ってみれば、精霊の庭での芋虫退治やミネライ遺跡での脱出戦での印象が強すぎて、土人形は手軽に作れるがあまり強くない印象があった。


「そういえば、リンニーが結構すごいことだって言ってましたっけ?」


 気軽に要求したときに言い返されたような気がするものの、ティアナははっきりと思い出せない。何にせよ、土人形に対する評価を改める必要があった。


 しばらくするとテッラがこちらへとやって来る。褒めてやると嬉しそうに手を挙げた。その様子が何ともかわいらしい。


 わずかな間だけ和むとティアナはウッツの姿を探す。すぐに風の魔法で飛ぶ前の辺りで土人形と戦っている姿を見つけた。


「ウェントス、今度は空を歩けるようにしてください。テッラ、ついて来てください」


『ワカッタ』


『ツイテ行ク』


 指示を出すとティアナは城の外壁を越えたときのように中空へと駆け上がった。邪教徒が土人形と必死に戦っている上を軽やかに過ぎていく。


 すぐにウッツのそばまでやって来たティアナは地面へと下りた。


「テッラ、土人形を下がらせて。さぁ、観念するときが来ましたよ!」


「ちょっと魔法が使えるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ! 得物使って貴族の小娘ごときにやられるわけがねぇ!」


 舐められたと感じたウッツが激高した。相手をしていた土人形が離れたのを見ると、向きを変えてティアナへと金属製の棒を振り上げる。


 怒りにまかせて襲いかかってくるウッツをティアナは冷静に見つめる。武器が短剣というのが心許ないものの、引き下がる理由にはならない。


 容赦なく振り下ろされる金属製の棒をティアナは左へと小さく飛んで避ける。そして、すかさず短剣をウッツの右腕に打ち込んだ。


「うぉっと! てめぇ!」


 すんでのところでウッツに躱され、腕の皮を多少切りつけるのみだった。しかし、ティアナは焦ることなく体の向きを変えて対峙する。


 周囲の土人形が次第に邪教徒を圧倒していく中、ティアナはウッツに話しかけた。


「降参してくれませんか? 色々聞きたいこともありますから」


「うるせぇ! てめぇなんぞにするわけねぇだろが!」


 再び動き出したウッツを見てティアナは気を引き締めた。しかし、ウッツはティアナへと向かわずに懐から取り出したものを地面に叩き付ける。すると、多量の煙が湧き出した。


 周囲に煙が蔓延すると共に意図を察知したティアナが叫ぶ。


「煙玉!? 逃げる気! けほっ」


 煙を吸ったティアナが精霊に指示を出し損ねた。落ち着いてからウェントスに風の魔法で煙を散らすよう命じる。しかし、視界が開けたときには既にウッツはいなかった。


 改めて周りへと目を向けると、大体の邪教徒が土人形に組み敷かれている。たまに煙玉を使用した跡が見受けられるが、その中がどうなっているのかはわからない。


 ようやく襲撃が終わったとティアナが肩の力を抜いて空を見上げたとき、わずかに明るくなっていることに気付いた。


「そうでした、ここ倉庫街じゃないですか。もうすぐ人がやって来てしまいますね」


 目を見開いたティアナがつぶやいた。この状況で見つかれば官憲に通報されることは間違いなく、そうなればティアナも必ず連行されるだろう。そのとき、この禁忌の魔法書のことをどのように説明すればよいのか。


 できればウッツの代わりに邪教徒を尋問したいところだが、あいにく不慣れな場所なので尋問できる適切な場所がわからない。


「仕方ありませんね。すぐに逃げましょう。ウェントス、また私の姿と足音を消してください。テッラ、土人形を戻してください。急いで宿に戻りますよ」


『ワカッタ』


『戻ス』


 土人形の姿が地面へと沈んでゆく中、ティアナの姿が消えてゆく。そうして、誰に知られることもなくその場から立ち去った。


 空はいつも通り徐々に明るくなり、地面で気絶したり呻いたりする邪教徒を次第に照らしていく。いつも通り仕事を始めるために商売人や人足が倉庫街へやってきたのはそのすぐ後だった。

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