魔法書の搬出
王城という警護の厳しい場所に侵入し、ほとんど何も知らないまま城内を探し回り、そうしてようやく目的の禁忌の魔法書をティアナは見つけた。
もしこれでお終いということなら話は難しくない。というより、そもそもティアナが王城へ侵入する必要もなかった。テッラを忍び込ませるだけで充分だったからだ。
しかし、実際にはようやく目的を半ば達成しただけである。ここからどうやって魔法書を持ち帰るのか。
現在、ティアナは城の裏手に潜んでおり、ウェントスの風の魔法で姿を隠している。その状態でテッラを城内に送り込み、宝物庫の下にあるかつての書物庫までたどり着かせた。
このまま土人形に魔法書を持たせたまま外に出られたら良いのだが、そう簡単にいくとはティアナも思っていない。
「というより、まともに通路を通ってたどり着いたわけじゃないから、帰り道がさっぱりわからないんだよな」
テッラだけなら地中のなかを歩いてすぐにでも戻ってくることができるが、魔法書は土の中を素通りできない。なので、通路をたどって帰る必要があった。
頭の中に記憶していることをティアナは思い出す。汚れるままの書物庫から推測すると、かつての施設は利用されることなく放棄されたのだろう。それならば、トゥーディの提供してくれたかつての施設の図面が役に立つはずだと考える。
「テッラ、右手側にまっすぐ進んでくれ。そちらの壁に外へと通じる扉があるはずだ。魔法書を持ってる土人形も一緒にな」
『ワカッタ』
命じられた通りにテッラが右に向いて進んだ。その後を土人形が古びた書物を持ってついて行った。
土の精霊越しに見える視界には埃だらけの本棚が途切れた先で壁が左右に広がっている。そして、左手側へやや進んだところに片開きの扉が見えた。
覚えている図面通りだったことに安心したティアナがテッラに語りかける。
「その扉は開けられるか?」
『開ケテミル』
命じられた土人形が扉を開けようと取っ手を手に取って動かそうとした。すると、取っ手の部分が外れてしまう。経年劣化がひどいようだ。
できるだけ穏便に事を運ぶつもりだったティアナはいきなり出鼻を挫かれてしまった。渋い顔をしながらため息をつく。
「テッラ、扉の向こうがどうなっているか知りたいから、先に通り抜けてくれないか?」
『通リ抜ケル』
一人で扉の向こうに通り抜けたテッラの視界にはあちこちが崩れ落ちた廊下が映った。人が通るには狭い場所もあるように見える。
視界に映る様子を眺めながら考えていたティアナがテッラに伝えた。
「この施設には誰も入っていないというより、もう誰も入れないんだろうな。よし、これなら物を壊しても気付かれないだろう。テッラ、土人形に扉を壊すように命じてくれ」
『ワカッタ、壊ス』
テッラが返事をしてすぐに扉が吹き飛ぶ。猛烈な埃が周囲に広がるが、まったく気にすることなく土人形が魔法書を小脇に抱えながら書物庫から現れた。
そうして階上へつながる階段へ導くように指示をする。テッラと土人形はその指示に従って歩いてくれるが、次の障害にぶつかった。
横の壁が広範囲にわたって崩壊しており、そこから土砂が溢れている。更には天井が崩落しているため、ほとんど通路が遮断されてしまっていた。
「今度は土砂で通路が埋まってるのかよ、いや、少しだけ開いてるのか?」
眉をひそめたティアナが視界の先へと目を凝らした。まだ崩れていない側の壁の天井に近い部分は先へ通じているようだ。しかし、魔法書が一応通るという程度の幅しかない。
すぐにティアナはテッラに問いかける。
「これ、魔法書を向こう側に送る方法ってあるか?」
『魔法書ヲ通路ノ土ノ向コウ側ヘ送ル』
問われたテッラはしばらくじっとしていた。やがて何か思いついたらしく、土人形の手を棒のように伸ばして魔法書を狭い穴の向こう側へと突き出させる。
それからテッラが土砂を通り抜けて向こう側へ移ると、別の土人形がその魔法書を受け取って小脇に抱えていた。つまり、二体の土人形を使って連携したわけである。
「そういえば、何体も作り出せるんだっけ」
『作レル』
前にミネライ遺跡で大量の石人形を作り出していたことをティアナは今更思い出した。
ともかく、難所を一つ越えて安心したティアナは引き続き階段へとテッラと土人形を導く。途中、床が崩落していたものの、石で床を作って穴を塞ぐなどして切り抜けた。
そうしてようやく階段へとたどり着く。ところが、階段近辺は土砂や廃材で完全に埋まってしまっていた。
声にならないうめきを挙げたティアナだったが、気を取り直してどうするべきか考える。
「とりあえず、埋まった先がどうなっているのか確認しよう。テッラ、階段を上ってくれ」
指示を受けたテッラが階段を一段ずつ上がる。行く手を遮る土砂も無視して進むと視界がなくなった。真っ黒ではないが、視界すべてが土砂なのでティアナには何も見えない。
『階段ナクナッタ。ソレト、土カラ石ニ換ワッタ』
土の精霊を介して見える視界の風景が密度の高い何かに変化したとき、テッラから話しかけてきた。なぜ石に変化したのかティアナは問おうとしたが、その前に再び風景が大きく変化する。
いきなりのことで状況についていけなかったティアナだが、土の精霊の視界に映る明るい輝きの数々に目を見開いた。
「これは、魔法の道具? 宝物庫か!」
宝物庫の真下にかつての書物庫があったのだから真上に上がれば元の部屋に戻ってくるのは当然だ。
テッラの足下を見ると石畳だ。隠し扉のような仕掛けもなさそうである。
「完全に通路を塞いでるのか。まずいな」
文字通り進退窮まったティアナは頭を抱えた。魔法の仕掛けがあるなら突破すればよいと思っていたが、まさか完全に道を塞がれているとは思っていなかったのだ。
下手な仕掛けよりも余程厄介な状況にティアナは悩む。
「どうやって魔法書を運べばいいんだ、これ?」
『てぃあな、土ト石デ人形ヲ作ル』
「え? どういうことだ?」
『階段ニアル土ト石デ人形ヲ作ル。人形ヲタクサン作ルト、魔法書ヲ運ブ穴ガデキル』
「人形を作る材料として土砂と石を使い、開いた穴に魔法書を通すってことか?」
『ソウ。コレナラ、魔法書ヲ運ベル』
「テッラは賢いな! そうしよう。あ、ただし、開けた穴は元に戻してくれないか? 見つかると大変なことになるから」
『埋メル。ワカッタ』
趣旨を理解したティアナはすぐにテッラの案を承知した。魔法のことはよくわからないティアナではなかなか思いつかない発想である。
許可が出るとテッラはすぐに行動を開始した。目の前の土砂で土人形を作る。できあがった土人形はテッラの半分くらいの大きさだ。
さすがに以前大量の石人形を作っただけあって手慣れたものである。次々と土砂が土人形へと変わっていった。
穴ができあがると、その中を小脇に魔法書を抱えた土人形が歩いてゆく。
土砂から作られた土人形はその場でじっとしていたが、魔法書を抱えた土人形が通り過ぎたそばから元の土に還っていった。
一連の作業を見ていたティアナは思わず自分の置かれた状況を忘れて感動する。
土人形を作り、穴を掘り、そして土人形を還すという作業を延々と続け、ついにテッラは魔法書を抱えた土人形を宝物庫まで連れ出した。最後に石人形が床に戻ると、何事もなかったかのようにテッラと土人形一体が宝物庫に佇む。
一方、ティアナはかつての書物庫から魔法書を持ち出せて大きく息を吐き出した。
「やっとここまで来た」
周囲の警備の厳しさという点ではむしろこれからが本番なのだが、大きな難所を一つ乗り越えたことをティアナはまず喜んだ。
ひとしきり喜んだティアナはこれからどうするのか考える。テッラが宝物庫までやって来た経路は使えない。土人形が通れる通路や場所を探す必要がある。
「警備の手薄なところって、あるのかなぁ」
魔法の仕掛けならテッラの視界からすぐに見抜けるが、魔法に寄らない仕掛けとなると判別できない。偽装や隠蔽を念入りにされているとティアナにはお手上げだ。
最悪、例え見つかっても土人形を大量に作って魔法書を連携してここまで持って来てもらうという方法はある。ただ、後が面倒なので最終手段は避けたい。
「となると普通の通路を通って城の外に出るってのは難しいかもしれないな。隠し通路でもあったら利用できるの、に」
そこまでつぶやいてティアナは思い出す。確かテッラを宝物庫まで送り込む途中で、人一人やっと通れる大きさの通路を見つけていた。
問題はあの通路の入口が城のどこにあるかだ。ティアナはその可能性を探ることにする。
「テッラ、今いる宝物庫で、壁の向こうに通路が続いているところはいくつある?」
『二ツアル』
「二つあるのか。なら、近い方へ行ってくれ」
指示を受けたテッラが土人形を従えて歩き出した。
着いた場所には堂々と両開きの扉があった。念のためにテッラに奥の様子を窺ってもらったが、階上へ続く階段までの通路しかない。
続いてもう一方へと向かってもらう。すると、そこには扉はなく、単なる宝物庫の隅にある壁だ。その壁をテッラがすり抜けるとあの狭い通路が現れた。
「よし、ここだな。テッラ、土人形が壁の向こうの通路へ移動させる方法はありそうか?」
『土人形ヲ壁ノ向コウ側ヘ行カセル』
ティアナとしては隠し扉の仕掛けが周囲にないか尋ねたつもりだったが、テッラはそう受け取らなかったらしい。壁を材料に石人形を作って物理的に壁を消し、土人形が隠し通路へ移動してから石人形を還して壁を再構築させた。
結果的には要望が叶ったので文句はないが、思わぬ力技を見てティアナはしばらく絶句する。異種族間の意思疎通は難しいと改めて感じた。
「まぁ、これで脱出できそうなんだし、良しとするか。テッラ、そのまま進んでくれ」
『ワカッタ』
命令を受け入れたテッラが歩き始めた。視界は狭く変化に乏しい。
しばらくその様子をぼんやりと眺めていたティアナだったが、とあることに思い至って首をかしげる。
「テッラ、今どこにいるんだ?」
『地面ノ下ノ通路』
「いやそうじゃなくて」
再度問いかけようとしてティアナは言葉を切る。どう説明したものか。悩んだ末に再び声をかける。
「一旦止まってくれ。それで、地面まで真上に上がってくれないか」
『ワカッタ』
返事と共にテッラの視界が上昇した。そして、ティアナの目に入った地上の風景は、どこかの小さな庭園だ。
あとは自分と合流するだけだと思って軽く考えていたティアナだったが、その合流が最後の難関だと今になって気付く。
「しまった、どうやって合流したもんかな。今のテッラのいる場所がどこか、どうやって調べよう」
『うぇんとすガ知ッテル』
「え、本当に?」
『てっらノ場所、大体ワカル』
風の精霊からも返答があってティアナは驚いた。どうも精霊はお互いの位置がわかるらしい。
新しい知見を得たティアナがテッラとウェントスに話しかける。
「そっか。なら、テッラはそのまま土人形と通路を進んでくれ。ウェントスはテッラのいるところを教えてほしい。それに従って俺も移動する」
『ワカッタ』
『教エル』
そうしてティアナはウェントスの案内でテッラを追いかけた。その距離は結構なもので、なんと最終的に王都の郊外の森まで移動する羽目になってしまう。
確かに非常時の脱出路としてはそれくらい離れていないといけないのだろう。しかし、出口がどこかわからない状態で彷徨うのはもう勘弁だとティアナは強く思った。
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