対等な取り引き?
どうにかして自分の依頼を引き受けてもらえないか苦慮しているティアナを置いて、再びリンニーとトゥーディが会話の中心となる。
「興味がないとお願いを聞いてくれないの~?」
「調べたり作ったりするのは僕だからね。やっぱりつまらないとやる気が出ないんだ」
「それじゃ、どうしたらやる気がでるのよ~?」
「僕が面白いと思うもの、興味を惹かれるものを提示してくれたらいくらでもやるさ」
「そんな大雑把なのじゃわかんない~。もっと具体的に言ってよ~」
「わがままだな、きみは」
「う~お友達なのに~」
「僕と友達なのはきみであってティアナとアルマは違うでしょ」
呆れたトゥーディがため息をついた。そして、話が堂々巡りになり始めたことを感じたようで、話題を変えてくる。
「そうだ、さっきから気になってたんだけど、きみ達って精霊を連れてきてない? それとも精霊に関係する道具を身に付けてるとか」
「ええ、普段私達を守ってもらっています。みんな、姿を現してください」
話に応じたティアナが声をかけると、ティアナの背後にウェントスとイグニス、アルマの頭上にアクア、リンニーの横にテッラの四体が半透明な状態で姿を現す。
それらの精霊を見たトゥーディが目を見開いた。
「なんだってまたそんな上位の精霊が四体もいるの? リンニー、精霊界にでもお願いしに行ったのかな?」
「知らな~い」
「何で拗ねてるんだよ」
「私の方の事情なので、また説明します」
口を尖らせて顔を横に向けたリンニーに代わり、ティアナが呆れているトゥーディへと話し始めた。とある王国で封印されていた精霊を助けた話だ。
話を聞き終えたトゥーディの表情が変わる。
「きみ、封印されている石から直接自分の中にウィンクルムを移したの!? それどんな体質なのさ!」
「どんなと言われましても、そういった憑依体質だとしか言えませんが」
「しかもあれだけの大精霊の影響をまったく受けずにその力を自由に使えるなんて! ねぇ、他にも憑依させても平気なの!? どんなものを憑依させたのさ!」
「えっと、落ち着いてください」
あまりの食いつきっぷりにティアナ達三人ともが驚いた。そう言えば、クヌートが憑依体質のことを話したら興味を持つと言っていたことを思い出す。
身を乗り出して問いかけてきたトゥーディを座らせると、ティアナは幽霊騎士や周囲にいる精霊を挙げる。また、能力を引き出すと影響を強く受けることも伝えた。
目を輝かせて話を聞いていたトゥーディがティアナの話が終わると同時に口を開く。
「すごいよ! そんなの初めて聞いた! 憑依なんてされたら完全に乗っ取られるか、良くてもおかしくなるだけなのに、憑依したものに関係なく操れるなんて!」
「私の感覚では、自分の中に別のものを入れておくみたいですよ。なんと言ったら良いのか、私は入れ物みたいなものでしょうか。馬に乗るというような感じではありません」
「馬に乗るみたいだったら乗りこなさないといけないけど、入れ物に入れておくのなら、とりあえず入れてしまえばどうにかなるわけだ。面白いね!」
「ここに精霊がいますから、やってみましょうか?」
「うん、お願い!」
即答されたティアナがイグニスを呼ぶと目の前に出てきた。そして、触れて憑依するよう念じると消える。
その様子を見ていたトゥーディは目を見開いたまま立ち上がってティアナへと近づいていく。周囲から見ていたかと思うと腕や肩などに触れ始めた。
横で見ていたリンニーが不機嫌そうに目を細める。
「トゥーディ、やらしい~」
「何を言っているんだね、きみは?」
「初対面の女の人にそんなに触るなんて非常識だよ~」
「うっ、確かにそうだったかもしれない。すまない、ティアナ。つい興奮してしまって」
「あーはい、構いません」
半目でリンニーから睨まれてトゥーディはいくらか冷静になった。少し離れてティアナに謝罪する。珍獣扱いされた気分であったが実害はないのでそのまま受け流した。
三人のやり取りを見ていたアルマも話しかけてくる。
「どうせなら、剣に精霊を移すのも見せたらどう? 精霊石からウィンを移した説明もできるんじゃない?」
「そうですね。失礼します」
立ち上がったティアナは腰に佩いていた長剣を鞘から抜くと、イグニスを剣に移した。更に剣身がほのかに赤く明るくなることで証拠を示す。
「先程私に憑依した火の精霊イグニスがこの剣に移りました。トゥーディなら恐らく精霊の存在を感じ取れるはずだと思いますが」
「うん、わかるよ! 物に移すこともできるんだ! なるほど、だから封印された石からウィンクルムを移せたんだね!」
「実を言うと、イグニスは完全にこの剣に移っていないようで、一部は私の中に残ったままです。ただ、それがどうしてなのかは今のところわかりません」
「不思議だね。ウィンクルムは精霊石から完全に移動できて、イグニスは駄目なんだ」
話を聞いたトゥーディは腕を組んで唸った。
実演が終わったところでティアナはイグニスを自分の体に戻して憑依を解除する。すると半透明の火柱が背後に現れた。
首を横に振ったトゥーディがティアナへと問いかける。
「うーん、わからないや。でも、聞いている範囲だと随分とすごいことができるね。何か制約はないの?」
「憑依したものの力をより強く引き出そうとすると、精神的に強い影響を受けます」
「乗っ取られる状態に近くなるわけだね。となると、無制限に取り込んだものの力をつかえるわけじゃないんだ」
「ただ、どんな状態であっても、私が拒否すれば憑依の状態を解除できます。なので、悪意のあるものを憑依させたとしても、完全に支配されることは今のところありません」
「ちゃんと安全対策があるんだ。すごいね。まるで精巧に作られた仕掛けみたいじゃないか。大抵は大きな制約条件があるものなんだけど」
「皆さん同じ感想を持ちますが、先程言ったように私は入れ物のようなものじゃないかと思います。力が利用できるのは、むしろたまたまではないでしょうか」
「なるほどなぁ。そうなると、僕が思っているものとは違うのかもしれない」
ティアナの意見にトゥーディは悩む。眉をひそめて腕を組むと歩き始めた。
客人を放って歩きながら考えるトゥーディにどうやって声をかけるか悩む。お願いをする立場なのであまり気分を害するようなことはしたくなかった。
しかし、そんなティアナの思惑などお構いなしにリンニーが不満を漏らす。
「トゥーディ、自分ばっかりずるい~」
「ずるいって、何が?」
「ティアナのお願いは全然聞いてくれないのに、自分の気になることばっかり聞き出してるじゃないのよ~」
「うっ、それは」
思わぬ人物から思わぬ反撃を受けたトゥーディが言葉に詰まった。言い方は若干幼いが正論には違いない。
立ち止まったトゥーディから目を向けられたティアナだったが、どのように話を持って行くべきか迷う。リンニーのおかげで交渉材料が一つ手に入ったが、それが自分自身となると簡単には使えない。慎重になってしまう。
二人ともつい無言になってしまったが、遠慮のないリンニーが更にしゃべった。
「ねぇ、トゥーディ、ティアナのお願いも聞いてあげてよ~」
「うーんまぁそうだねぇ。別にやるのは良いんだけどさぁ」
「それじゃ、やってあげたらいいじゃないの~?」
「だったらこうしようか。僕が男になる方法を研究するからさ、ティアナの体質を調査させてくれないかな?」
「やったね、ティアナ~! 協力してもらえるよ~!」
後半部分の条件をまるっきり無視したリンニーが満面の笑みを浮かべた。それを見たティアナとアルマは微妙な表情を浮かべる。
横合いからアルマが声をかけてきた。
「リンニー、あなたトゥーディの言葉を最後まで聞いた?」
「男になる方法を研究してくれるんだよね~」
「ティアナの体質を調査させてほしいっていうのは?」
「え~?」
アルマの話を聞いたリンニーが小首をかしげた。どうも本当に聞いていなかったらしい。これにはアルマは頭を抱え、トゥーディも呆れる。
仲間の抜けた問答に脱力するティアナだったが、道を切り開いてくれたことには違いなかった。問題は交換条件の方だ。
さすがに何も知らないまま約束するわけにはいかないので、ティアナはトゥーディに質問する。
「体質の調査といいますけど、過激なこともするのですか?」
「過激なこと? 例えば?」
「体を切り刻んだり、劇薬を飲んだりです」
「いやさすがにそんなことはしないよ。恐らく肉体じゃなくて精神や霊魂の方だろうから、そんなことをしても意味ないと思う」
「でしたら、私の精神を異常にしたり、体から魂を離したりするようなことはどうです?」
「確かに興味深いことではあると思うけど、今のところティアナ一人しかいないからできないよ」
「換えが利かないからですか」
言葉に詰まったトゥーディが弱った表情を見せる。さすがにひどいこと言ったことに気付いたようだ。
そこへリンニーが怒りを漂わせた顔で抗議する。
「トゥーディひどいよ~! もしティアナに変なことしたら、みんなに言いつけてやるんだからね~!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「だってお友達にひどいことするって言うから~!」
「そんなこと言ってないよ。勝手に発言を作り上げないでくれ。あーもうわかった。わかったから! 調べるだけ、それだけで何もしないから。な、泣かないでくれよ」
自分の言葉に感情を揺さぶられたらしいリンニーが目に涙を浮かべると、トゥーディは明らかに動揺した。こういった事態には慣れていないことが明らかだ。
さすがに放って置くわけにはいかないとティアナも慰めに入る。
「ありがとう、リンニー。私のために怒ってくれて。トゥーディも約束してくれたからもう大丈夫ですよ」
「ほら、これで鼻かみなさいよ」
ハンカチを取り出したアルマもリンニーを慰めにかかる。
一瞬ちらりと自分を見てうなずいたのを知ると、ティアナはトゥーディに向き直った。
「それでは、私の憑依体質の調査と引き換えに、男になる方法を研究してもらうということでよろしいですね?」
「うん、それでいいよ」
「あと調査ですが、原則として調べるだけですが、危険がない範囲でなら寄り踏み込んだことでもお引き受けします」
「いいのかい?」
「でないとこちらが有利すぎるでしょう?」
「確かに」
いくらか譲歩した案をティアナから聞いたトゥーディの顔に安堵の表情が浮かぶ。大きくため息をつくと席に着いた。
鼻水をちーんとかんでいるリンニーをよそにトゥーディは木製のコップを手に取ると、ぬるくなった白湯を口に含んだ。
「ともかく、これで約束は成立したわけだね。引き受けた以上はやるけど、そのためには集めてほしいものがあるんだ」
「どのようなものでしょう?」
「一つは禁忌の魔法書、もう一つは僕が作った水晶だよ」
「必要でしたら集めますが、どのようなものですか?」
「魔法書はずっと前に僕の弟子だった人間が記した書物なんだ。さっき性転換の魔法は葬られたって言ったけど、それに関する概要くらいはその魔法書に書いてあったはずなんだ」
「もう一つの水晶は?」
「そっちは僕が前に作った魔法の威力を増幅させる道具だよ。一時期大量に魔力を消費する実験をやっていてね。そのとき使ってたんだ」
「以前それと同じような物を遺跡から取ってきたことがあります」
「何人かの人間にも作り方を教えたことがあるから、誰かが作ったのかもしれないね。それで、使ったのかな? できれば感想を聞きたいんだけど」
「この世界に迷い込んだ人間を元の世界に送り戻すために使いました。そのときエステとクストスが大量の魔力を注ぎ込みましたが、それで壊れてしまいました」
「上限値を超えたのかな? それとも水晶の作りが甘かったのか。まぁ、僕が作った水晶だったら耐えられただろうなぁ」
自分の言葉にうなずきながらトゥーディが目を閉じて考え事を始めた。
それに構わずティアナは話しかける。
「その二つが揃えば、男になる方法、魔法を蘇らせてもらえるのですね」
「本当は魔法書がなくてもどうにかなるんだろうけど、間違いなく遠回りになるから」
「水晶は必須なのですか?」
「事実上ね。何しろやっちゃ駄目だってこの世界では禁止してることをやろうとしてるんだから、無理を押し通す分だけ魔力が必要なんだ」
詳しくはわからないが、自分の望みがそこまで禁忌であることにティアナは驚いた。それでも、やってできないわけではないことに安心する。
ともかく、ようやく具体的に願いを叶える方法を見いだすことができた。これから本格的に望みを叶える行動へと移れることにティアナは喜んだ。
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