北の塔の賢者

 隊商護衛をしていたティアナ達は当初目指していた地方都市に無事着いた。本来ここで男になる方法を調べるはずだったのだが、すぐに旅立つ。


 理由は、勇者から聞いた北の塔の賢者捜しを優先したからだ。今までの経験からこちらの方がまだ希望があると判断したのである。


 もちろん三人ともその賢者がどこにいるかなど知らないので道中色々と聞いて回った。集まる話は噂ばかりなので頼りないことこの上ない。


 それでも一ヵ月以上かけてようやくそれらしい場所を発見した。雪が降り積もり始めた山脈の麓で割と起伏が激しい。また、切り立った岩壁があちこちに見える。


 濃淡の異なるねずみ色をした岩や石を使った円筒形の塔が特定の岩壁に密集していた。塔の頭頂部には円錐形の屋根がついており、最も高い塔と低い塔では三倍以上も差がある。また、それぞれの塔は通路で結ばれていた。


 その様子を見たティアナがつぶやく。


「意外に普通の建物みたいですね。もっと奇抜なものを想像していましたが」


「こんな所に住んでいる時点で充分変わり者だと思うけどね。あの塔の集まりを見てると、なんかつくしが集まってるみたいに思えるわ」


「ねぇ、つくしってなに~?」


「え? こっちの世界にはなかったっけ?」


 隣のリンニーから思わぬ質問を受けたアルマが驚いた。どんなものか説明しようにも、大して知識がないのでしどろもどろとなる。


 そんな二人をよそに、吹きつける秋風に身をすくめながらティアナは歩き始めた。


 塔の近くまでやってきた三人は賢者と会うため呼び出そうとしたが、そこではたと気付く。北の塔の賢者の名前を知らないのだ。


 意外な事実にティアナは目を丸くする。


「色々と呼び名はありましたけど、何とお呼びしたら良いでしょう?」


「北の塔の賢者様でいいんじゃないの? 駄目なら一つずつ順番呼んでいくとか」


「ねぇ、この塔って、どこから入るのかな~?」


 建物は目の前にあるが、もうあと一歩のところで立ち往生してしまった。


 しかし、いつまでもじっとしているわけにはいかない。第一、先程から吹いている秋風が冷たくて仕方ないのだ。


 思い切ってティアナが叫んでみる。


「北の塔の賢者様! 私はティアナと申します! 今日はご相談があって参りました。お話を聞いていただけないでしょうか!」


 叫んだ後、三人ともしばらく黙るが反応はない。もしかして聞こえなかったのかもしれないともう一度叫んでみるが、やはり反応はなかった。


「聞こえないのでしょうか? それとも無視されてます?」


「さぁ、これじゃわからないわねぇ」


 尋ねられたアルマも首をかしげるばかりだ。中の様子がわからないので何とも言えない。


 今度はリンニーが声を上げた。


「北の塔の賢者さま~! わたしはリンニーで~す! 今日は相談しに来ました~! 中に入れてくれませんか~!」


 まるで隣近所のお宅に呼びかけるような調子にティアナとアルマは微妙な顔をする。初めての相手にこれで大丈夫なのか胸中に不安がよぎった。


 ところが驚いたことに反応があった。正面の塔の高さ三階程度の壁の一部が薄く透け始めたかと思うと 人一人分が見えるだけきれいに消えた。


 その開いた部分に線の細い青年が立っている。青い目はともかく白髪はやや特徴的だ。


「驚いた。本当にリンニーじゃないか。なんでこんなところにいるのさ?」


「どうしてトゥーディがここにいるの~? 北の塔の賢者さんは~?」


「それは僕のことだよ。相変わらずぼけてるよね、きみは」


「ひど~い! だって誰も教えてくれなかったんだもん!」


「そりゃそうさ。馬鹿正直に本当の名前なんて教えないんだから」


 突然始まった呆れるトゥーディと怒るリンニーの日常会話にティアナとアルマは呆然とする。事態が急展開して意識が追いつかない。


 そんな二人を目にしたトゥーディがリンニーに尋ねる。


「ところで、そっちの二人は誰なの?」


「銀色の髪の毛の方がティアナで、赤色の方がアルマだよ~!」


「お初にお目にかかります。ティアナと申します」


「初めまして、アルマです」


「人間だよね? そうかぁ、リンニーはまた旅をしてるんだね。よくエステが許したなぁ」


「えへへ~。二人とも、エステとも友達なんだよ~! あ、クストスやクヌートとも~!」


「え、どういうことそれ?」


「それより中に入れてよ~! ここ寒い~!」


「あーうんそうだよね。わかった。とりあえず表に回ってくれる? 玄関から入ってよ。あっちから崖の上に上れるから」


「あれ~? こっちは~?」


「家で言ったら裏側だよ。なんでそっちから呼んだの?」


 不思議そうに尋ねてくるトゥーディを見上げながら、ティアナはまず一周して建物を確認しておくべきだったと思った。


-----


 ようやく塔の中に入れてもらえたティアナ達は冷たい秋風から解放された。塔内の作りも外の壁と同じなので見た目は寒々しいが、なぜか春のように暖かい。


 応接室は簡素なもので木製の椅子と机があるだけだ。壁際にある窓から外の景色が見える。また、廊下と同様に暖炉がないにもかかわらず暖かかい。


 勧められた席に座ると、室外から石人形が一体入ってきた。以前遺跡で見たようなとりあえず人型というようなものではなく、もっと人間に近い姿だ。指も五本ある。


 その石人形は盆を手にしており、湯気の立つ木製のコップをティアナ達の前に置いた。動きはややぎこちないが、それでも大したものだとティアナ達は驚く。


「この石人形、すごいね~! こんな細かい動きができるんだ~」


「調整するのに結構かかったけどね。ま、やり方さえわかったら後は簡単だけど」


 去って行く石人形を見ながらトゥーディは自慢げにリンニーへ返答する。その様子を見たティアナとアルマはトゥーディの性格の一端を早速知った。


 ともかく、改めて挨拶をした後にトゥーディが尋ねてくる。


「ところで、どうしてこんなところまで来たんだい? ここって周囲に何もないから普通は誰も来ないんだけど」


「ミネライ遺跡、いえ、神殿でしたね。そこのクヌートから頼ってはどうかと勧められたのです」


「クヌートから? また珍しい。そんな紹介したんだ。それで、どんな用件なの?」


「実は、男になる方法を探しているので、何かお知恵を貸していただけたらと思い、寄せてもらいました」


「男になる方法」


 ティアナから話を聞いたトゥーディは眉を寄せてリンニーへと顔を向けた。すると、笑顔でリンニーが答える。


「えっとね、今のティアナってちょっとだけ男の人だから、ちゃんとした男の人になりたがってるの~」


「ちょっとだけ男? 何それ?」


「すいません、自分ですべて説明します」


 誤解が膨れ上がる危険を察知したティアナは即座に口を挟んだ。不思議そうにしているリンニーを尻目にしゃべり始める。


 前世が男でその記憶を持っていること、認識が男なので体も男にしたいこと、邪教徒の秘宝のせいで一部が男になってしまったことを順番に話していった。


 説明を聞いたトゥーディは納得したかのようにうなずく。


「ありがとう。リンニーは思いつくままにしか話してくれないから、長い説明は向いていないんだよね」


「ご理解いただけて良かったです」


「にしてもそっかぁ。テネブーのせいで中途半端に男になったんだ」


「ねぇ、トゥーディならできるでしょ~?」


「研究したらそりゃできるんだろうけど、性別の変換って差し控えるようにって言われてなかった?」


「そんな決まりあったっけ~?」


「最初の時に人間が無節操に変換して混乱したから、取り上げたって覚えてるけど」


 神話の時代の話なのでもちろんティアナとアルマにはわからない。しかし、不思議そうに小首をかしげているリンニーも覚えていないようだ。


 呆れたトゥーディが頭をかく。


「人間からそういった類いの魔法を取り上げたって話だけで、厳密には禁止されたわけじゃないけどね。あれ誰と話し合ってたっけなぁ」


「わたしはそのときいたのかな~?」


「たぶんいなかったと思う。後でみんなに説明したはずなんだけど、興味ないと忘れちゃってるか。まぁいいや」


「それじゃ協力してくれるのね~!」


「えー。なんで僕がそんなことをしなきゃいけないの? 僕は別に男になる方法には興味ないよ」


「でも、取り上げただけなら男になる魔法はあるんでしょ~? 教えてくれても良いじゃないのよ~」


「正確には性転換の魔法だよ。ともかく、あの魔法はもう失われた。僕は興味なかったから元々知らなかったし、魔法ごと葬られたはず」


 話を聞いていたティアナはかつて精霊の庭での選択を思い出した。あのとき、別世界に移動する魔法を作ってもらったが、性転換の魔法も一から作る予定だったのだろう。


 そして、出会った神に男になりたいことを説明しても良い顔をされない理由の一端を知ってティアナは内心唸った。これは説得が難しいかもしれないと眉をひそめる。


 不満そうなリンニーをちらりと見ながら、ティアナは一旦話題を変えるべく口を挟んだ。


「お願いするのは難しそうですね。ところで、北の塔の賢者ということでトゥーディさんは有名ですが、他に方にも色々と相談されるのですか?」


「さん付けはしなくていいよ。それで、人間に頼まれることならたまにあるね。もちろん僕が神であるってことは誰も知らなくて、あくまでも人間の賢者としてだけど」


「噂では作り上げた魔法の道具はどれも一品だと聞きましたよ」


「そりゃ、長い間ずっと研究したり製作したりしてたんだから、それなりにはね」


「となると、先程の石人形だけでなく、この室内や廊下が暖かいのも何か?」


「もちろんだよ! 年間を通して快適に過ごしたいから、室内の気候を一定に保つ魔法を作ったんだ。おかげで暖炉がいらなくなったよ」


 自分の得意分野に話題が移るとトゥーディは嬉しそうに語り始めた。リンニーはつまらなさそうにしているが、ティアナとアルマは興味深そうに話を聞く。


 今まではティアナが会話をしていたが、そこへアルマも加わる。


「それだけ立派な魔法の道具を作ってもらうとなると、かなり値が張りそうですね」


「まぁね。でもいいんだ。どうせ来るのは金持ちばっかりで、多少多めに取っても困らないんだから」


「貧しい人は来ないんですか?」


「さすがにこんな辺鄙なところへ来る貧乏人はいないなぁ。頼まれたら相応の物は作るかもしれないけど」


「でも、それだとお金はほとんど払ってもらえませんよ?」


「ないところから取る気はないよ。どうせ頑張っても出てこないんだから。それだったら、金持ちに一言言うね。それで金貨の詰まった袋がいくらでも出てくるよ」


 確かにその通りだとアルマはうなずいた。金銭とは、ないところにはいくら探してもないが、あるところにはいくらでもあるものだと知っているからだ。


 うなずきながらアルマは更に問いかける。


「でも、それだけ有名でしたら、もっと頻繁に来客があってもおかしくありません?」


「来た人間全員の依頼を引き受けているわけじゃないよ。僕が気に入ったことだけ仕事として請け負っているのさ。だから、断られた大半の金持ちからは評判が悪いだろうね」


「それでも北の塔の賢者と呼ばれるくらいですから、作った道具が余程良い物なんでしょうねぇ」


「そこは僕も自信があるところだよ」


 嬉しそうにトゥーディが胸を張った。


 そこへ今度は顔につまらないと明確に描いたリンニーが口を挟んでくる。


「トゥーディ楽しそうだね~」


「そりゃ褒められて悪い気はしないもの」


「だったらお友達のお願いを聞いてくれても良いと思うんだけどな~」


「う~ん、そうは言っても、正直なところ興味ないしなぁ」


 最初の頃と違って対応はかなり柔らかくなってきたが、それでもトゥーディの態度は変わらない。


 他に手立てがないティアナとしては是非受けてもらいたいが、相手が相手だけにねじ込むこともできない。さてどうしたものかと頭を悩ませた。

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