不穏なな始まり

 雇った傭兵と共にアレックスは門を潜って町に入った。ここまで来るともう先程会って話をした女性達からは見えない。


 昨日の明け方、目星を付けた邪教団の拠点に奇襲を仕掛けた。この作戦自体は成功して大半の邪教徒を殺すか捕らえる。しかし、一人だけ逃してしまった。


 一度は見失ったものの、再び発見したとの報を受けてアレックスも追跡に加わる。そうしてあと少しで捕まえられるといったところでまたもや逃げられてしまった。


 何とも悔しい出来事だったが、邪教徒を逃がす寸前に出会った女三人組のことが気になる。なぜかいきなり逃亡する邪教徒を追いかけ始めたからだ。


 一度後ろを振り返ってティアナ達が見当たらないことを確認したインゴルフが、ぼんやりと考え事をしているアレックスへと話しかける。


「それで、どうでした? あいつらは邪教徒っぽかったですかい?」


「さすがに邪教徒ではなさそうだね。ただ、昨日追いかけ回していた奴とは前に関わりがあったそうだけど、仲は悪そうだったな」


「でなきゃ追いかけたりしませんわなぁ」


「けど、あんな美人が女三人で傭兵なんてしてるのは珍しいね。他にそんな傭兵っているか知ってる?」


「いやさっぱり。たまに女の傭兵は見かけますが、あれくらいの上玉で傭兵なんて初めてでさぁ。よっぽどの事情があるんでしょうな」


「一緒に仕事をしてたときに、その辺の事情は聞いたことない?」


「相手の事情を深く詮索しないってのが、傭兵の流儀の一つなんすよ」


 過去に何かあって傭兵になる者や仕事で秘密を抱える者など、大なり小なりの秘密を誰もが抱えているのが傭兵だ。なので自己防衛のためにもお互い詮索しないのである。


 小さくため息をついたアレックスは口を開く。


「見た目からは想像できなかったけど、三人とも腕が立つんだっけ?」


「そりゃもう。ティアナは剣の扱いがうめぇ上に魔法も使えるし、アルマって赤毛は妙な体術を使うし、あのリンニーってのは土人形ゴーレムを何体も出せる腕利きですぜ」


「だったら誘ったら良かったかなぁ。報酬は弾めるから、来てくれたかもしれない」


「どうなんでしょうねぇ。あいつら旅をしてるって言ってたからなぁ」


「旅? 目的は?」


「そこまでは聞いてませんでしたねぇ」


「肝心なところが抜けてるじゃないか。どうして聞かなかったんだい?」


「いやだから、深くは聞かないのがオレ達の流儀なんですって。勘弁してくださいよ」


 厳つい顔に困惑の表情を浮かべたインゴルフがどうしようもないと主張する。


 結局、一部不明瞭な部分があるものの、あの三人は深追いする程ではないとアレックスは判断した。出会いが衝撃的すぎたので気になりすぎたのかもしれないと思い直す。


 背伸びをすると、アレックスはこの件はお終いと意識を切り替え、次の邪教徒の拠点を探すために再び考え事に没頭した。


-----


 ルーメン教徒に弾圧される状態が長く続いたため、テネブー教徒に教会のようなわかりやすい拠点はない。町の中では民家のように、外では寂れた村のような姿をしている。


 さすがに本拠地となるとその規模は大きくなるが、それでも見た目に違いはなかった。過去に何度も討伐された経験からだ。


 テネブー教の幹部であるヘルゲは、大きめの村にある屋敷の一室に居を構えていた。同時にそこは執務室でもある。


 聖教団の勇者にウッツが襲撃されて二週間後、ヘルゲはその執務室で本人から直接報告を聞いた。目の前の机には拳大の深紅の玉が置かれている。


 ルーメン教からの弾圧をはねのけるため、テネブー教徒は現在自らの神を復活させる一大事業に取り組んでいた。既に聖なる御魂は四つのうち三つまで集め終わっている。


「これでようやく我らが主の復活に目処がついたな」


 ウッツの報告が一通り終わると、ヘルゲは満足そうにうなずいた。聖なる御魂の一つを失ったのは痛恨の極みだが、それを補う手段は目の前にある。


 ただ、まだすべてが揃ったわけではなかった。儀式に必要な活力を手に入れなければならないが既に二度失敗している。今はこれが悩みの種になりつつあった。


 難しい顔に変化したヘルゲに執務机の手前で立っているウッツが声をかける。


「つらそうじゃないですか。働き過ぎじゃないんですかい?」


「難問の解決方法を考えていただけだ。問題を一つ解決してもすぐに別の問題が湧いて出てくるからな」


「そりゃなんだって同じだと思いますけどね」


「確かにその通りなのだが、面白くはないな」


 儀式に必要な活力を手に入れるために、ヘルゲは人間の居住範囲から隔絶された御神木を利用しようとした。これは聖なる御魂の助言によって得た着想だ。


 己の信じる神のため、テネブー教徒は植物から大量の活力を奪う蛾の幼虫を生み出す。これを御神木にばらまくことで、その膨大な活力を得ようとした。


 しかし、どの御神木も人間が到達できるような場所にはない。そこで、ヘルゲ達は聖なる御魂の力を使った。


 完成したその芋虫は去年の春にとある御神木へ大量にばらまかれる。計画では充分に活力を得ると羽化して蛾となり、戻ってくるはずだった。


 後は待つばかりだったヘルゲ達だったが、この計画はなぜか失敗してしまう。聖なる御魂の助言に従って対神用の完璧な魔法耐性まで付けたにもかかわらずだ。


 何とも残念な話だが、一度だけで諦められるものではない。今度は今春に複数の御神木へ大量の芋虫をばらまく。しかし、やはり蛾は一匹も戻って来なかった。


 結果を見るに、何者かが何らかの手段によって防いだと見るべきだろう。しかも、すべての芋虫をだ。こうなると別の手段を講じなければならない。


 そんなヘルゲに対してウッツが再び声をかける。


「それでですね、ヘルゲ様。実はもう一つ報告があるんですよ」


「何だ? 言って見ろ」


「勇者に追いかけ回されて逃げてたときなんですが、実はティアナにもばったり出くわして追いかけられてたんですよ」


「以前邪魔をしてくれた小娘か」


 ティアナの名前を聞いたヘルゲが若干不機嫌になった。何しろ聖なる御魂が欠ける原因なのだ。ただ、報告であるため、不愉快ではあるが一応その顛末も聞かねばならない。


 細かい報告を終えるとウッツが話題をずらす。


「まったく、ルーメン教の聖教団だけでも厄介だってぇのに、勇者なんて名乗るヤツにまで追いかけ回されるなんて、たまったモンじゃないですよ」


「私としても憂慮するべき事態だと認識している。既にいくつかの拠点を潰されてしまったのだ。黙っているわけにはいかん」


「だから今、ユッタが聖教団で頑張ってるんですよね」


「その通りだ。夏頃に潜入してから、例の力で大いに内部をかき乱しているようだ」


 明るい話題のため二人の表情が緩む。


 夏の始まりと共に勇者のテネブー教徒の拠点潰しは始まった。聖教団がとあるルーメン教徒を勇者認定したとの噂はヘルゲも知っていたが、ここまで強いとは予想外である。


 もちろん拠点の強化は指示しているが壊滅を防ぐには至っていない。そこで、ヘルゲは聖教団の内部工作で勇者の足を引っ張ることも始めた。その手段がユッタだ。


 送り込まれたユッタは聖教団内で信者を特殊能力で籠絡していき、無視できない勢力にまで成長させる。この勢力を使って勇者の行動を間接的に妨害していた。


 知り合いの活躍を聞いたウッツが感心する。。


「あっちは順調みたいで、結構なことじゃないですか。こっちもあやかりたいですねぇ」


「それでも勇者の活動が鈍る程度でしかないというのは困ったものだがな」


「いっそのこと、ユッタに勇者を誘惑させたらどうなんですかい?」


「以前試して失敗したらしい。あの能力は強力だが、万能ではないからな」


 前に自分もユッタの誘惑に耐えたヘルゲが返答した。理由は不明だが効果がないという報告を本人から受けている。


「それでも大したモンじゃないですか。オレなんて何にもありゃしないんですから」


「持って生まれた能力はどうにもならない。羨みすぎるのは控えるべきだ」


「わかってますって。そのユッタから聞いた話ですと、ティアナは悪霊に取り憑かれやすい体質らしいじゃないですか。同じ能力でもこんなのは勘弁してほしいですよねぇ」


 何気ない雑談をいているウッツの言葉にヘルゲが反応した。


 同じ話をヘルゲも聞いたことがある。まだユッタが貴族だった頃、同じく貴族だったティアナが学院で騒動を起こした顛末だ。


 事件は既に終わったことなのでヘルゲにとってはどうでもよい。問題なのはティアナが悪霊に取り付かれやすい体質の方である。


 神を復活させるにあたって一番の問題は依り代をどうするかだ。元の体がないからである。更に相性の問題もあるので誰でもというわけにはいかない。


 この点、聞く限りではティアナはうってつけのように思えた。霊に取り憑かれやすい体質というのは依り代として都合が良いからだ。


 今までは単なる厄介者でしかなかったティアナだったが、ここに来て急にその有用性が明らかになってきた。ヘルゲはそれが面白くて仕方ない。


 いきなり笑みを見せたヘルゲを見てウッツが怪訝な表情を浮かべる。


「どうしたんですかい?」


「何がどうなるかなどわからんものだと思っていたのだ。ウッツ、お前に与えていた任務は一区切り付いたな?」


「ええ、目の前にあるとおりですぜ」


「よろしい。では次の任務を与える。ティアナを生きたままここまで連れて来い」


「は? あいつをですかい?」


「その通りだ。我らが神が復活するための重要な役割を担ってもらうことにする」


 唖然とするウッツを置いたままヘルゲが愉快そうに笑う。


 問題が解決したわけではないが、目処が付いただけでもヘルゲの気は随分と楽になった。


-----


 ヘルゲの部屋を出たウッツは扉を閉めると大きなため息をついた。そして、力なく歩き始める。


「ああもう。やっと一仕事終わったと思ったら、これだ」


 今すぐ動けと命じられたわけではないので、一日や二日くらいなら休んでも叱責されないとはウッツもわかっている。ただ、精神的な余裕がないのはなかなかきつい。


 しかも今回はあのティアナを生きたままここへ連れてくるようにという任務だ。ある意味今までで最も難易度が高い。


「どうやって連れてくりゃいいんだよ」


 誘拐自体は慣れたものだが、今までその相手は魔法を使えない者達ばかりだった。あんな得体の知れないものを扱う相手をどうやって生きたまま捕らえるのか想像もできない。


 昼間にもかかわらず薄暗い廊下を歩きながらウッツは首をひねる。


「これだったら前の仕事の方が楽だったよなぁ」


 この夏の遺跡調査のことをウッツは思い返した。


 初夏のある日、ウッツは失われた聖なる御魂に代わるものを盗ってくるようにヘルゲから命じられる。担当していたヘルゲの友人の仕事を引き継いだ。


 対象となる遺跡は既にヘルゲが洗い出していたので、ウッツは実務担当として調査隊を編成して率いるのが仕事だった。


 最低限の調査隊員だけは融通してもらった後、ウッツは傭兵を集めるなどして一応体裁を整える。ただし、やはり問題はいくつもあった。


 特に問題だったのがラウラという女傭兵だ。とにかく自分勝手に行動してばかりで、ウッツなどの言うことは全然言うことを聞かなかったのである。


 それでもどうにかして古代遺跡を調査し、大きな犠牲を支払いつつも成果を上げることができた。それがヘルゲの前に置かれた拳大の深紅の玉である。


「帰りに勇者やティアナに鉢合うたぁ思わなかったが、まさかこんなことになるとはなぁ」


 ウッツからすると完全に余計な手間でしかなかったが、それが次の一手につながるのだから先のことはわからない。


 ただ困ったことに、その次の一手をどうするかは自分で決めなければならないのだ。


「何日もあいつを縛ったままここまで移動するだけでも大変だってぇのに、そもそもどうやって捕まえたらいいもんか」


 いっそ殺せと命じられた方が楽だったとウッツは思う。しかし、そういうわけにもいかない。


「あーダメだ。とりあえず一休みしねぇと。酒でも飲んで落ち着くか」


 仕事でしばらく飲んでいなかったことを思い出すとウッツは自然と喉を鳴らす。


 厄介なことはとりあえず先送りにして、今は前の仕事が成功したことを祝うことにした。

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