避けたい人ほど寄ってくる
知り合いと意外なところで再会し、酒を酌み交わす。これだけならばとても良いことだ。しかし、避けたい人物を引き寄せるとなると、その宴席は純粋に楽しめないだろう。
今のティアナ達はまさにそんな酒の席に招待された状態だ。
上機嫌なインゴルフ達に導かれてとある酒場に入った途端に店内の客がティアナ達へと目を向けてくる。夕方のそろそろ客が増えてきた頃なので視線の数が割と多い。
その視線の意味をティアナとアルマはよく理解していた。男客が女連れでやって来たので好奇の視線を向けられているのだ。特にティアナとリンニーに集中している。
目立って困っているティアナ達に対して、インゴルフ達は得意気だった。酒、女、博打が楽しみな者達にとって良い女を連れ回せるというのは己の優位を他者に示せるからだ。
空いている席はいくつもあるが、インゴルフ達は店内の中央近くにある四人用テーブルを二つくっつけると椅子に座る。ご丁寧に男女交互に座るような配置だ。
さすがに一言言いたかったティアナが口を開く。
「インゴルフ、もっと奥の方に席を取りませんか?」
「別にどこだっていいじゃねぇか。ほら、早く座れよ」
上機嫌に席を勧めてくるインゴルフを見てティアナはため息をついた。どうにもその主張を取り下げなさそうな様子を見て席に座る。アルマとリンニーもそれに倣った。
座った途端にアルマが笑顔でインゴルフに向かって言い放つ。
「お酒は誰も注がないからね。みんな手酌よ?」
「わ、わかってるって」
顔を引きつらせたインゴルフが即座に返答した。以前の諍いをここでばらされたくないからだ。
機先を制したアルマが不適に笑う一方、リンニーは早速給仕を呼んで酒を注文している。相変わらずこういうことは手慣れているとティアナは呆れた。
とりあえず話題を逸らしたいインゴルフはアルマからティアナへと顔を向ける。
「邪教徒って連中があっちこっちで動き回ってるんだが、おめぇらは知ってっか?」
「噂ぐらいしか知りません。関わりのないことですから、知る機会もないですし」
「だろうなぁ。オレ達だってアレックス隊長んとこで働くまでは同じだったしよ。だから隊長から邪神を復活させようとしてるって聞いたときは驚いたもんだ」
「邪神?」
眉を寄せたティアナが首をかしげた。ちらりとリンニーを見ると若干挙動が不審だ。
そのとき給仕がジョッキを持ってくる。テーブルに並べられたそれらを皆が手に取って口に付けた。
最初の一口を飲み終わったローマンが笑顔でティアナに話しかけてくる。
「邪神ってのは、邪教徒が崇める神様のことだよ。えっと、テネブーだったか?」
「聞いたことはあります。復活させるということは、今は死んでいるわけですか?」
「らしいぜ。何でも大昔の勇者に倒されちまったそうだ。そんときにバラバラにされてあっちこっちに封印されたらしい」
「そうなりますと、邪教徒が動き回っているのは、分割された神の魂を集めるためですね」
「アレックス隊長からはそう聞いてるぜ」
今になって復活させようとする理由はティアナにはわからない。
再びリンニーへ目を向けると美味しそうにジョッキを傾けながらホルガーと話をしている。傷だらけの男は大の酒好きだということを思い出した。同好の士で話が合うのだろう。
給仕が置いていった肉料理を摘まみながらインゴルフがティアナに話しかける。
「で、オレ達がその邪神復活を阻止するために働いてるわけだ!」
「勇者殿は聖教徒ですよね? ということは、聖教団全体で動いているわけですか?」
「それがよ、ちょっと様子が違うんだよな」
「違う? 聖教団にとっては重要なことに思えますが」
「オレもそう思うんだけどよ、どうも聖教団も一枚岩ってわけじゃねぇようなんだ。邪教徒討伐に反対するヤツがいるみたいなんだ」
「聖教徒が反対する理由が思い浮かばないですね。理由は何ですか?」
「それがオレ達も知らねぇんだ。アレックス隊長も教えてくれねぇしよ。ま、やることやってカネさえもらえたら、とりあえずはいいけどな」
大して気にしていない様子のインゴルフは話し終えるとジョッキを傾けた。
話を聞いたティアナは気になったが、外部に漏らしたくない事情でもあるのだろうと納得する。
何とはなしにアルマへと顔を向けると、髭面の男トーマスと話をしていた。正確にはアルマが説教をしているみたいだ。博打好きでのめり込む性格を注意しているらしい。
話が途切れたのを機にティアナが肉料理に手を出すと、次はローマンが話しかけてくる。
「ティアナ達の方はどうなんだ? 遺跡の中で別れてから今日までそれっきりだっただろ」
「どうと言われても、あの後は隊商の護衛をして日銭を稼ぎながら旅をしてましたよ」
「飛び込みで隊商の護衛って結構きつくねぇか? ああいうのって、大体護衛するヤツが決まってるだろ?」
「らしいですね。どこの誰だかわからない傭兵を雇うのは不安だと聞いたことがあります。ですから、大きめの隊商で護衛に欠員が出たところを狙うんですよ」
「なるほど。新顔ばっかじゃ不安だけど、何人かだったら構わねぇってわけか。賢いねぇ」
「アルマが思いついたんですよ。けど、大きな隊商が来ない町には行けないのは難点です」
苦笑いするティアナがローマンに返答した。
こうして酒を飲みつつ話をしていく。それだけならば楽しい酒盛りなのだが、インゴルフの雇用主のことを考えるとティアナはできるだけ早く抜け出したい。
どうしたものかと考えながら宴会に参加し続けていたティアナは酔いきれない。この場合は都合が良いのだが、あまり面白くない状況だ。
店内の席は急速に客で埋まりつつあった。どうも日が暮れたらしい。
少し早いがここで切り上げようとティアナは決めた。とりあえず言い訳が思いついたのでインゴルフへと告げる。
「悪いですけど、今日はここまでにしたいと思います」
「なんでぇ、まだ宵の口じゃねぇか」
「旅の準備がまだ終わっていないのです。買い物がありますから、明日の朝の間に済ませておきたいのです。武器の手入れや道具の補充は必要でしょう?」
「あーまぁそりゃそうだな」
「皆さんほど私はお酒に強くないですから、このくらいにしておくのですよ」
「あっちのリンニーは底なしっぽいぜ?」
「リンニー?」
「わ、わたしもそろそろ帰ろうかな~」
まだ理性が残っていたリンニーはティアナの優しい笑みを見て愛想笑いを返した。ちょうど空になったジョッキはテーブルへと置く。
「だそうですよ。あなただってホルガー程は飲めないでしょう?」
「ちぇ、しょうがねぇな。それならまた次にどこかであったら飲もうぜ!」
「わかりました。またお目にかかりましょう」
お互い笑顔で別れの挨拶を交わすとティアナは席を立った。アルマとリンニーもそれに続く。
軽く一礼して酒場を出たティアナ達はその途端に大きく息を吐いた。
最初に口を開いたのはアルマだ。
「なんとか切り抜けたわね」
「そうですね。それにしても、勇者に雇われていて私達の件を知らなかったのは不思議ですね。都合が良かったですけど」
「あのときあの場にいなかったからなんじゃない?」
「とりあえず、明日隊商に合流して明後日この街を出たら、当面は安心ですね」
「お酒、もっと飲みたかったな~」
勇者の動向を心配しているティアナとアルマをよそに、リンニーは酒が名残惜しそうにつぶやく。飲むという観点からすると確かに中途半端なのはティアナも認めるところだ。
直接口にはしないが、次に一休みする街に着いたらいつもより多めに飲ませても良いとティアナは考えた。
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翌日、ティアナ達は昼過ぎに宿を出た。部屋からは朝の間に追い出されたのだが、階下の食堂で昼食を済ませてから出発したのだ。
いつもなら暇潰しに市場でも冷やかすところだが、今回はできるだけ人目を避けるためにおとなしくしていた。
「なんか面白くないね~」
「あたしもそう思うけど、この街を出るまでの辛抱だから我慢しましょ」
ろくに暇潰しもできなかったリンニーが若干不機嫌そうにしているのをアルマがなだめた。気持ちは同じだが、態度はずっと大人である。
一方、ティアナは内心であと少しとつぶやき続けていた。できれば走って停車場へと向かいたいくらいだが、逆に目立つので我慢している。
町の門を潜り、三人は外に出た。特にティアナは大きく肩の力を抜いた。邪教徒狩りをしている勇者は門の奥のはずなので、ここまで来ればもう脱出したも同然だからだ。
「あれ~?」
そんな警戒心を緩めたティアナの横でリンニーが声を上げた。何事かとその視線を追うと、木の下でインゴルフが三人を指差しながら一人の青年に何かを話している。
昨日酒場で一緒に飲んだインゴルフがなぜここにいるのか不思議だったティアナだが、隣の青年にも見覚えがあった。
金髪に黒目と珍しい組み合わせにとても整った顔立ち、あのような青年に声をかけられたら普通の女の子は舞い上がるだろう。
自分達には関係がないと思いながら通り過ぎようとしたティアナ達だったが、インゴルフを置いて青年がこちらへとまっすぐ向かってきた。とても良い笑顔だ。
「やあ、きみがティアナだね」
「いきなりですね。あなたはどなたですか?」
「これは失礼。俺はアレクサンダー・トロイって言うんだ。今は邪教団を討伐する勇者をやってる」
爽やかな笑みを浮かべながら青年が自己紹介をした。
一目見たときからそんな気がしていたのでティアナに驚きはなかったが、そのかわり全力でこの場を離れる理由を考える。
隣にいるアルマとリンニーがどうするのかと目で訴えてくるのを感じつつ、ティアナは青年に問いかけた。
「何か御用でしょうか?」
「そんなにかしこまらなくても良いよ。アレックスって呼んでくれ。みんなそうしてるから。ところで、昨日の朝に市場で会ったよね」
「すみません、よく覚えていません」
「え? ある意味衝撃的な出会いだったと思うんだけどなぁ。ほら、俺が追いかけてた邪教徒がいきなり曲がって路地に入った後、ぶつかりそうになったろ?」
「ああ、そんなこともあったかもしれないですね」
「そうそう、あったんだよ! それで、あのときそっちの三人ともあの邪教徒を追いかけたよね? どうしてかな?」
この問いかけに関してはティアナも予想していた。何しろ通りすがりの旅人がいきなり逃亡犯を追いかけたのだ。追跡者からすると気になってもおかしくはない。
のらりくらりと躱す応答は諦め、ティアナは説明する。
「あの逃げていた人物には以前諍いを起こされたことがありました。それで、今回も悪事を働いていると思ったので、どうせなら捕まえてやろうと思っただけのことです」
「そりゃまた大した偶然だね! どこでどんなことを揉めたのかな?」
「東の大陸でのことです。諍いの内容は誘拐とだけお話しておきましょう」
「東の大陸? そりゃまた遠いところから来たね。それにしても誘拐かぁ。穏やかじゃないな。でもどうして詳しく話せないの?」
「私だけの話では済まないからですよ。醜聞を隠したがる方もいらっしゃいますから」
遠回しな言い方でティアナは青年に伝えた。聞く人が聞けばある程度の身分の人物が関わっていることが理解できる言い方だ。
青年は目をつむって眉を寄せる。そして目を開くと口を開いた。
「今は直接関係なさそうだからいいかな。それじゃもう一つ、あの邪教徒がどこの辺りに逃げたかって知ってる?」
「あの街の貧困地区で見失いましたので、それ以上はわかりません」
「やっぱりあそこかぁ。まいったなぁ」
天を仰いだ青年が大きくため息をついた。確かにあそこを捜し回るのは大変だろうとティアナも思う。
次にどんな質問がやってくるのかとティアナが身構えていると、表情を元に戻した青年が話しかけてきた。
「そういう理由であの邪教徒を追いかけたってのなら、きみ達は真っ当なんだろうね。あーあ、魔法なんかで逃亡者をすぐに見つけられたらいいのになぁ」
「便利そうですね。そういった魔法は聖教団にはないのですか?」
「あれ、俺って聖教徒だって言ったっけ?」
「邪教徒を追いかけている勇者だなんて名乗られたら、誰でも気付きますよ。みんな聖教団の勇者殿の噂くらい知っていますから」
「なんだそうか! さっきの質問だけど、逃亡者を見つける魔法は残念ながらないんだ。神ルーメンの偉大さを称える賛歌ならいくらでもあるけど」
「そんな都合の良い魔法はありませんか。あったらあんなに追いかけ回していませんよね」
「その通り。そんな魔法を使えるとしたら北の塔の賢者くらいかもしれないね」
初めて聞く言葉にティアナは小首をかしげた。興味を覚えたので問い返してみる。
「北の塔の賢者とは誰なのですか?」
「知らないの? そっか、東の大陸出身だっけ? なら仕方ないか。北の塔の賢者ってね、ひたすらいろんな事を研究しているらしい変わり者のことだよ」
「変わり者なのに賢者と呼ばれているのですか」
「問いかけには何でも正確に答え、作った魔法の道具はどれも一級品だって噂だよ。いくら何でも言い過ぎだとは思うけどね」
噂のような評判が特に当てにならないことはティアナもよく知っている。ただ、それでも当てのない旅に目標の一つができたような気がした。
思わぬことを聞けたティアナは内心喜びつつも青年に別れを切り出す。
「申し訳ないですが、そろそろここまでで。これから護衛する隊商と合流しないといけませんから」
「そうなんだ! 引き留めてごめんね! ありがとう、話が聞けてすっきりしたよ!」
爽やかに礼を述べると青年はインゴルフのところへと戻り、街の中へと去って行った。
あれほど避けていた勇者だったが、実際に会ってみると大したことは尋ねられていない。出会いがいきなりすぎたために無駄に警戒しすぎたのかもしれないとティアナは考える。
本当の意味で肩の力を抜けたティアナ達は停車場へと足を向けた。
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