微妙な再会

 散々追いかけ回してウッツを取り逃がしたことに気落ちしていたティアナだったが、宿に戻って一休みしたことである程度回復した。


 宿の階下の食堂で昼食を取ると、三人揃って街の郊外にある停車場へと向かう。目的地まで向かう隊商を探して護衛の仕事を引き受ける交渉をするためだ。


 こういう交渉事になるとアルマの出番である。目星を付けた隊商に近づいては話を持ちかけていった。ティアナとリンニーはその後をついて行くのみである。


 幸い、十度目の交渉で話がまとまった。ちょうど護衛に戦死者が出て欠員を募集していた隊商だ。明後日の早朝に出発するので明日の夕方までに合流することになった。


 時刻は昼下がり、三人は上機嫌で停車場を後にすると、街に入る門を潜ったところでリンニーが他の二人に尋ねる。


「丸一日空いたね~! 何しようか~?」


「アルマの小物探しに付き合いましょうか。結局行けてないままですし」


「ありがとう。見に行けないかもって思ってたから嬉しいわ」


 仲間二人の賛同を得られたアルマが笑みを浮かべた。


 そうしてティアナ達は早速市場へと向かい、小物屋を中心に見て回る。髪飾り、耳飾り、首飾り、腕輪、指輪など、交易の中継地点だけあって飾りの種類も豊富だ。


 様々な装飾品を見ながらティアナがアルマに問いかける。


「今回は何か欲しいものでもあるのですか?」


「うーん、前に耳飾りを買ったから、今回はそれ以外に何かあったら買おうかなとは思ってるけど」


 尋ねられたアルマの態度は今ひとつはっきりとしない。取り立てて何かが欲しくて見て回っているわけではないようだ。


 結局、夕方まで散々見て回って買ったものはなかった。


「ねぇ、欲しそうにしてた髪飾りはどうして買わなかったの~?」


「あたしは髪が短いから、ああいうのは似合わないのよ。あんた達くらい長いと似合うんでしょうけどね」


 リンニーからの質問にアルマは頭頂を軽く叩きながら答えた。定住しているのなら収集品として買っても良いが、旅する身としては使わない物を買うわけにはいかない。


 市場を後にしたティアナ達は次にどこへ向かおうか迷う。そろそろ夕方ではあるが、もう一ヵ所くらいならば見て回れるくらいの時間だ。


 少し考えた末にティアナが口を開く。


「この街の広場に行ってみませんか? まだ何かしているかもしれませんよ」


「確かにそうね。大道芸なんかぎりぎりまだやってそうだわ」


「大道芸? 見てみたい~!」


 嬉しそうに賛成するリンニーを見てうなずいたティアナは広場に向かった。


 どの街にでも必ずと言って良いほど中心地には広場がある。何か催し物を見たいと思うのならば、とりあえず広場に行くのが一番だ。


 三人もそれを知っているので広場に着くまで楽しみにしていた。交易の中継地点として栄えている街だけに、派手な催し物を期待していたのである。


 ところが、いざ広場に着いてみると人の往来こそあるものの、催し物はやっていなかった。ただ、大道芸人の荷物や演劇の舞台装置などは広場の端にある。


 小首をかしげたリンニーが不思議そうに声を上げた。


「あれぇ? どうして何もやってないのかな~?」


「さぁ、私に聞かれてもわかりません。何かあったのでしょうか」


「悩んでてもわからないんだから、聞いて見るのが一番よ」


 言い終わると、アルマは演目の練習をしている芸人に近づく。


「あの、今日はどうして広場で催し物がないんですか?」


「この街に今来たばかりかい? なら知らないのも無理はないな。今朝、住宅街で聖教団の勇者による邪教徒狩りがあったせいだよ」


「聖教団の勇者? この街にいるんですか!?」


「らしいよ。聖教団が認める現代の勇者、アレクサンダー・トロイ。金髪黒目の美男子って言えば、どの街の女にも大人気さ」


 芸人の話を聞いてティアナ達は目を見開いた。


 勇者アレクサンダー・トロイとは、テネブー教徒への弾圧を強める聖教団が勇者認定している青年だ。噂によると大した美男子らしい。


 その勇者がまさかこの街で邪教徒狩りをしているとは予想外だった。


 驚いている三人をそのままに芸人は更に話す。


「ただ、一部取り逃がした邪教徒がいるらしくてね。今はその捜査をしているそうなんだ。それが終わるまで、こっちは商売があがったりさ」


「それは、とんだ迷惑ですね」


「まったくさ。おっと、今のは言いふらさないでくれよ。勇者を批判したと見なされたら、聖教団に睨まれちまう」


「ええ、すぐに忘れますよ。となると、この街で芸を見ることはできないんですね」


「こんな美しい三人に芸を見せられないなんて俺も残念だよ。ああそう言えば、邪教徒狩りでもう一つ話があったな」


「なんですか?」


「勇者が逃げてる邪教徒を追いかけてたときに、三人組の女とぶつかりそうになったらしいんだけど、なぜかその三人も邪教徒を追いかけたらしいんだ」


 芸人の話を聞いていたティアナ達の表情が固まった。アルマの背後で話を聞いていたティアナとリンニーが顔を見合わせる。


「その三人組はどうなったんですか?」


「邪教徒共々消えたらしい。噂だと、勇者が探してるそうだけどね。一体どうなってるのかさっぱりだよ」


 話を聞き終わったティアナ達は芸人と別れて広場の開いている場所に退避した。三人とも表情が硬い。


 最初に口を開いたのはティアナだ。


「どうして私達のことが噂になっているのですか?」


「そんなのあたしにだってわからないわよ。あーもう、追いかけなきゃ良かったわね」


「その点はごめんなさい。あいつを放っておけなくて」


「もういいわよ。それより、これからどうするの。とはいっても、明日には隊商と合流しないといけないから、どうにもならないんだけど」


 難しい顔をしたアルマが答えた。本当に逃げ出したいのならば、今すぐにでもこの街を出るべきだろう。ただし、もう夕方になろうとしているので野宿になってしまうが。


 そこまでする気はなくとも、聖教団や勇者を避けたいのならば明日の昼までどのように行動するべきか考えないといけない。


 考え込むティアナとアルマにリンニーが声をかける。


「いっそのこと、もう隊商に合流したらどうかな~?」


「悪くないわね。ただ、そこまでしなくても、宿の部屋でじっとしておけば大体やり過ごせるとは思うわ」


「でしたら、今日の夕飯は食堂で済ませて、明日の昼まで部屋で過ごすことにしましょうか。それが一番無難そうですね」


 悪いことをしたわけではないと三人は思っているのだが、勇者が自分達を探している理由がわからない。邪教徒狩りの邪魔をしたと思われた可能性を考えると、会わないに越したことはなかった。


 方針が決まったところで三人は急いで広場を離れようとする。しかしそのとき、背後から声をかける男がいた。


「おめぇアルマか?」


「インゴルフ? なんであんたがここにいるのよ」


 呼ばれたアルマが振り向くと、そこには以前の遺跡調査で一緒だった傭兵が目を見開いて立っていた。頭髪を完全に剃ったいかにもな風貌も相変わらずである。


 インゴルフの背後には仲間である三人もいた。髭面の男トーマス、褐色の男ローマン、そして傷だらけの男ホルガーだ。


 四人全員が揃っているのを見てティアナ達も驚いた。


 機嫌良くリンニーがインゴルフ達に声をかける。


「良かった。みんな生きてたんだね~」


「おうよ! あの程度でくたばってたまるかってんだ! ははは!」


「確か二人は途中で石像に連れ去られてなかった? あたしてっきり死んだものだとばかり思ってたわよ」


「トーマスとローマンだろ? それがよ、こいつらあれから遺跡の外に放り出されただけで済んだらしいんだぜ。それどころか、石像に捕まった奴はみんなそうだったらしい」


「だったら、誰かお宝を持ち帰った人はいないのかしら?」


「遺跡の中で盗ったヤツは全部取り上げられたらしいぜ? 身ぐるみ剥がれてきれいに取り返されちまったんだと」


 アルマとインゴルフの話を聞いていたティアナは神殿の主の話を思い出した。進んで殺す気はないというのは本当だったようだ。


 二人が話し込んでいる間、他の面々は手持ち無沙汰になる。それに耐えかねたのか、ホルガーがティアナに声をかけてきた。


「よう、遺跡の中以来だな。あんときは世話になった。おかげで助かったぜ」


「どういたしまして。仲間でいるときくらいは助け合わないといけないですからね。足の具合はもう良いのですか?」


「もちろんだ! いつまでも歩けねぇんじゃ、傭兵稼業なんてできねぇしな。なんかあったら遠慮なく言ってくれ。借りは返すぜ」


「機会があれば」


 怪我をした足を前に出しながら機嫌良く話すホルガーを見て、ティアナは嬉しそうに受け答えした。ただ、素面のはずなのに酒の臭いが漂うので若干眉間に皺が寄る。


 こうなると女好きのローマンも黙っていない。リンニーへと話しかける。


「いや前から思ってたんだけどよ、リンニーってすっげぇ美人だよなぁ!」


「え? あ、そうなの~?」


「前のときはちょっとしゃべることくらいしかできなかったけどよ、今度は一緒に酒でも飲みながら話さなねぇ?」


「ええ? な、何をかな~」


「何をってそりゃぁ、色々となぁ。へへへ」


 鼻の下が伸び始めたローマンを見て、髭面の男トーマスが突っ込む。


「おめぇそんな言い方じゃダメだろが。見ろよ、リンニーが引いてっぞ」


「そんなことねぇって、なぁ?」


「マジで一歩引かれてやんの。おめぇいつもそれで失敗してんの、まだわかんねぇのかよ」


「うるせぇな。博打で生活費全部スッたヤツに言われたくねぇよ!」


「博打は今関係ねぇだろ!」


 リンニーとローマンの会話は、すぐにローマンとトーマスの口喧嘩へとすり替わった。どうして良いのかわからないリンニーは動揺するばかりだ。


 それに気付いたインゴルフが呆れた様子で二人をたしなめる。


「何やってんだ。いちいち喧嘩してんじゃねぇぞ」


「だってよぉ、インゴルフ、あいつがオレの口説き方に文句言いやがるんだぜ?」


「おめぇだって関係ねぇ博打の話を持ち出したじゃねぇか」


「あーもうだから止めろっつってんだろうが」


 強引に口喧嘩を止めさせると、インゴルフはティアナに顔を向けて謝る。


「わりぃな。あいつら戦ってるとき以外はいつもあんな感じなんだよ」


「構いませんよ。こちらに害があるわけではありませんから」


「そう言ってもらえて助かるぜ。ところで、今のおめぇさん達は何やってんだ?」


「隊商の護衛をしています。昨日までここが目的地の隊商を護衛していて、明後日ここから出発する隊商と明日合流する予定ですよ」


「精が出るこったな。忙しそうじゃねぇか」


「毎日が綱渡りですけどね。それで、あなたの方は今何をしているのです?」


「よくぞ聞いてくれたな! オレたちゃぁよ、今、聖教団の勇者様の元で世直しの旅をしてんだぜ!」


 胸を張って嬉しそうにしゃべるインゴルフを見ながらティアナは固まった。まさかここで勇者という言葉を聞くとは思わなかったからだ。隣でアルマとリンニーも驚いていた。


 相手が思惑通りに驚いたと思い込んでいるインゴルフは更に話を続ける。


「つっても先月雇われたばっかなんだけどな。それ以来、一緒に旅をして邪教徒を討伐してんだよ!」


「何でまた勇者殿に雇われることになったのですか? こう言っては悪いですが、まったく接点がないように思えるのですが」


「そりゃそうだ! 確かに接点なんてこれっぽっちもなかったからな! けどよ、縁なんてどこでつながるかわかんねぇもんだよな!」


「確かにそうですけど」


「本当なら聖教団の聖騎士様が来るはずだったんだが、都合が悪くなって傭兵を雇うことになったらしいんだよ。そこでオレ達を売り込んで試験を突破して雇われたってわけさ」


 意外な理由にティアナは再び驚いた。


 何にせよ、勇者から離れたいティアナ達にとってはインゴルフとの話を早く切り上げなければいけない。長居すると厄介なことになりそうな気がした。


 そんなティアナ達の思惑など知らないインゴルフは陽気にしゃべる。


「そうだ! もう巡回の仕事も終わりだからよ、再会を祝して飲まねぇか? 明日中に隊商へ合流すりゃいいんだったら、時間はあんだろ?」


「え、ええ」


 余計なことを話してしまっていたことをティアナは後悔した。とっさに断る理由が出てこない。


「よっしゃ! それなら早速酒場に行こうぜ!」


「あ、あの、私達だけですよね? 勇者殿は」


「なんだぁ? やっぱ来てほしいのかぁ? アレックス隊長は大した男前だしなぁ!」


「い、いえぇ! そんなことないですよ!?」


「そうかぁ? まぁけど、たぶん呼んでも来ねぇんじゃねぇかな。この町の領主様との付き合いで忙しいらしいからよ」


 インゴルフの返答を聞いてティアナは心底安心した。


 今までの受け答えから、インゴルフはティアナ達が勇者の探している人物だと気付いていないことはわかった。後はいかにこの状態を維持して別れるかだ。


 顔を横に向けたティアナはちらりとアルマとリンニーの二人を見る。どちらも困った表情を浮かべていた。特にリンニーは酒の席で余計なことを言ってしまわないか不安である。


 突然危機を迎えたティアナ達はどうやってこれを乗り越えようか内心で頭を抱えた。

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