第8章 Intersection
第8章プロローグ
自らの願いを叶えるためにティアナが別大陸に渡って半年が過ぎた。遺跡の調査に参加するなど生計を立てながら旅を続けているが、相変わらず目立った成果はない。
ただ、鉱物を司る神クヌートから研究を司る神トゥーディという存在を教えてもらえたことは、ティアナ達にとって精神的に大きな支えとなっていた。
秋口のある日、護衛していた隊商が最終目的地に着いたことでティアナ達はお役御免となる。郊外の停車場で報酬を受け取り、三人とも背嚢を背負って町へと向かった。
背伸びをしたティアナが大きく息を吐き出すとアルマとリンニーへ顔を向ける。
「やっと終わりましたね。馬車の後ろで立ちっぱなしというのも疲れます」
「あたしは足がむくんでつらいわ。宿を取ったら揉みほぐさなきゃ」
首を左右に振って鳴らすアルマが顔に疲労を浮かべていた。今回担当した護衛の隊商は大半が荷馬車だったが、商人乗る馬車の後ろに二人は立ち乗りしていたのだ。
肩まで波打った金髪を揺らしながらリンニーも口を開く。
「護衛は疲れるよね~。早くお酒が飲みたいな~」
「普段飲んでるやつなんて、水に色と味が付いたようなものじゃない?」
「そんなに言うんなら、前の大陸みたいにもっとちゃんとしたお酒を飲ませてよ~」
「完全に酒狂いのおじさんと化しているわね」
「ふーんだ。女の子だってお酒が飲みたいときがあるんだもんね~」
頬を膨らませたリンニーが顔を横に向けた。本人は怒っているようだが、端から見ているとかわいらしい。
何百年何千年と生きているのにまだ女の子なのかと思いつつも、ティアナは話題をこれからのことに変える。
「まだ日は高いですけど、これからどうします? 先に宿を探しますか?」
「微妙よねぇ。すんなり決まるってわかってるんなら、次の隊商を探した方がいいんだけど。リンニーはどう?って、酒場よね、あんたなら」
「まだ何も言ってない~!」
発言の内容を決めつけられたリンニーがアルマへ抗議した。
自分で怒らせたリンニーをなだめているアルマを眺めながらティアナは考える。
現在は男になる方法を調査できそうな地方都市へと向かう途中だ。交易の中継地点として栄えているこの町で何かを調べるつもりはない。
できるだけ早く目的地へと向かいたいのは確かだが、同時にそろそろ一旦休みたいともティアナは思っていた。幸い、ぎりぎり生活費は稼げているので蓄えはまだ豊かだ。
考えをまとめたティアナが仲間二人に声をかける。
「これから宿を押さえて、今日はそのまま酒場に行きましょうか」
「次の仕事はどうするのよ?」
「明日探しましょう。根を詰めて働き続けないといけない程お金に困ってませんし、隊商探しは明日ゆっくりとしませんか?」
「あんたがそう言うんなら構わないけど。まぁいいか。一息つきましょう」
「やったぁ! 酒場~!」
つい先程までの不機嫌さはどこへいったのかという程の笑みをリンニーが浮かべた。その姿を見たティアナとアルマはその現金な態度に苦笑いする。
三人はアルマを先頭に街へと入ると最初に宿屋街へと足を向けた。一階が食堂の宿屋を選ぶと借りた部屋に向かう。
特に特徴のない部屋に三人は背嚢を下ろすと最低限の持ち物を手にした。
外出する準備が済んで残りの荷物を一ヵ所に集めると、ティアナはお付きの精霊に声をかける。
「ウェントス、荷物番をお願いします」
呼ばれた風の精霊は、半透明な竜巻姿を明滅させながらティアナの元を離れて背嚢の上に浮かんだ。そこで再び姿を消した。
これは新しい大陸に渡ってからアルマが提案した窃盗対策である。例え高級宿であっても盗られるときは盗られてしまうので、どうやって荷物を守るか考えた末の方法だ。
ちなみに、番は四精霊で巡回させている。世界を見たくて出てきたのに荷物番を一体に押しつけるのは良くないとティアナが主張したのだ。
出かける準備ができたことを知るとリンニーが楽しそうに声を上げる。
「さぁ酒場に向かいましょう~!」
「はいはい、どうせ宿屋街の隣にあるんだから急かさないの。今ならがら空き間違いなしなんだから」
こういった店は気前よく金を落としてくれる人々の近くに集まりやすい。宿屋街の隣に繁華街があることは旅人なら誰でも知っていることだ。
今度はリンニーが先頭になって宿を出ると迷うことなく道を進む。その姿を見てティアナは半笑いを浮かべた。
「繁華街を探し出すときのリンニーは間違えたことがありませんよね。宿屋街の隣といっても、街ごとにどの方向にあるかなんてばらばらですのに」
「大方酒精の臭いでも嗅ぎ分けられるんじゃないの?」
「あった~!」
背後でティアナとアルマが話をしていることなど気にもせず、リンニーは笑顔を浮かべて振り向いた。二人がその先を見ると確かに酒場や食堂が軒を連ねている。
しかし、リンニーが先導するのはここまでだ。これからはティアナとアルマが前に出る。
「それじゃ二人共、おいしいお店探してね~!」
「お酒の臭いには敏感ですのに、善し悪しは全然区別できないなんて不思議ですね」
「大雑把すぎるわ」
顔を向け合ったティアナとアルマがため息をついた。しかし、当たりの店に入りたいのは二人も同じなので良い店を探すことに異論はない。
まだ夕方ですらないので、夜に比べると繁華街の通りを往来する人は少なかった。また、両側にひしめく店の中には準備中のところもある。
入ってみないとわからないことは多々あるが、それでもティアナとアルマは表から見て今までの経験から問題のありそうなところを除いていった。
そうしていくつもの店を見た末にアルマが一件の店を指差す。
「このお店なんてどうかしら?」
「他のお店に比べて、少しきれいだね~」
三人が目を向けているのは周囲の店よりも小綺麗な酒場だ。そして、その小綺麗さが正に選んだ理由だった。
首をかしげたリンニーがアルマに尋ねる。
「でも、どうしてこのお店なの~?」
「建物自体は古いけどきれいに掃除されてるのがわかるでしょ? 外まで掃除するくらいなんだから調理場だってきれいなはずよ。そういうお店は下手なものは出さないものなの」
「だったらお酒もおいしいの~?」
「水増しされたものを飲まされる心配はいらないでしょうね」
他にも衛生管理上の問題なども理由としてあるのだが、とりあえずリンニーが期待していることだけをアルマは答えた。
期待に目を輝かせるリンニーに苦笑いをしつつ、ティアナを先頭に三人は店へと入る。昼間だけあってほとんど人はいない。
店内を掃除していた給仕に営業していることを確認すると、ティアナ達は奥にある四人掛けのテーブル席に陣取った。
最初に注文した四杯のエールが届くと、次に豚と鶏の肉、パン、野菜を煮込んだスープをアルマが給仕に再び注文する。その頃にはリンニーが一杯目のジョッキを空にしていた。
「はぁ、おいし~! 良いお店だね~!」
「三番絞りっぽいわね、この味。外れじゃないみたいだわ」
「お肉もちゃんとしたものですよ。野菜のスープと食べるとおいしいです」
酒と料理の確認ができた三人は安心して手と口を動かした。ティアナは肉と野菜のスープ、アルマは肉とパンと酒、そしてリンニーは酒を中心に体へと入れていく。
幸せな時間を堪能して人心地ついたところで、アルマがジョッキをテーブルに置いてから口を開いた。
「それにしても、前の遺跡から出発してもう四ヵ月くらいになるけど、相変わらずさっぱりよね。手がかりの手の字も見えやしないわ」
「もとより簡単に見つかるとは思っていませんでしたけど、今のままだと単に旅をしているだけですものね。ここまで何も見つからないことに今更ですが驚いています」
「まぁね。最初は魔法でどうにかなるんじゃないかって思ってたけど、まさか神様でも簡単にできないなんて思わなかったもの」
話をしていたティアナとアルマから何となく目を向けられたリンニーは、話題の雲行きが怪しくなってきたことを知ってジョッキをテーブルに置いた。
自分達の様子を窺っているリンニーを見てティアナは苦笑する。
「別にあなたを責めているわけではありませんよ。元から無茶な望みだとはわかっていましたし。ただ、思った以上に性転換の魔法についての資料がなくて驚いているだけです」
「良かった~!」
怯える必要がないとわかったリンニーが満面の笑みでジョッキに残ったエールを飲み干すと給仕を呼んだ。
現金なリンニーの態度に少し呆れていたティアナだったが、ふと思い出したことを口にする。
「男になる方法の方はさっぱりですけど、他のお話はちらほらと入ってきますよね」
「戦争が少ないっていうのは助かるわ。回り道をしなくていいし、軍隊に引っ張られなくて済むもの」
「あれは問答無用ですものね」
渋い顔をするアルマにティアナもうなずいた。
戦地は略奪の場でもあるので当然危険だが、戦争当事国の後背地も安全ではない。勝つために領主は何でもするのだ。中には雑用夫として旅人などを駆り集めることもある。
そんな危険が少ないというのだから旅人にとってはとても良いことだ。
次にアルマが別の話題に変える。
「領主同士の戦争が少ないのは結構なことだけど、別の争いがあるのは面倒よね。しかも宗教関係だし」
「ある意味こちらの方が厄介ですね。一方が消えてなくなるまで続くでしょうから」
「それに、どこにどんな信者が住んでいるかなんて、よそ者のあたし達にはわからないものね。ある日突然鉢合わせになりそうで怖いわ」
「こちらの大陸ですと、ルーメン教とテネブー教でしたっけ。聖教団と邪教団って呼ばれることが多いみたいですけど」
「ルーメン教は大陸最大の宗教で、対立してるテネブー教は少数派で潜伏してるらしいじゃない。街中でやり合うのは勘弁してほしいわ」
二人は言葉を句切ってジョッキに口を付けた。
聖教団は光を司る神ルーメンを、邪教団は闇を司る神テネブーを崇拝している。神同士が対立していたこともあって教徒同士も最初から対立していた。
次第にその諍いは激しくなり、ルーメンが遣わした勇者によりテネブーの魂が分割される事件が起きてしまう。以来、主神を失ったテネブー教は衰退してしまったらしい。
以来、一昔前までは忘れ去られていたテネブー教だったが、近年活動を活発化させてルーメン教に挑戦するようになる。そのため、あちこちで宗教的な諍いが起きていた。
関係のないティアナ達のような一介の旅人には迷惑な話である。なまじ本物の神様を連れているだけに尚更だ。
ふと気になったティアナはリンニーへと顔を向ける。
「あなた、ルーメンとテネブーの二人とは知り合いなのですか?」
「ん~? ん~」
ジョッキに口を付けたまま唸るリンニーはティアナから視線を逸らした。態度から知り合いだが話したくないことがよくわかる。
今度はアルマへと顔を向けた。
「どう思います?」
「関わっていないんだから、根掘り葉掘り聞かなくてもいいんじゃない?」
「確かに急いで知る必要はないですが。そういえば、その聖教団って近頃内部争いが激しいようですね。私は傭兵の方から聞きましたが、アルマは知ってます?」
「前の街で買い物したときに立ち聞きしたわ。大きな組織だとよくあることよね」
お互いにそれ以上のことは知らないので詳しい話はできない。ただ、市井に話が漏れてくる程なのでかなり面倒なことになっていると二人とも想像した。
再びティアナはリンニーへと顔を向けると、今度はジョッキをテーブルに置いて言葉を返してくれる。
「わたし、信者のことまでは知らないよ~」
「そうですよね」
神同士が知り合いであっても相手の組織内部についてはさすがにわかるはずもない。
返答を期待していたわけではなかったのでティアナも落胆はしなかった。
そんな二人のやり取りを見ていたアルマもリンニーへと問いかける。
「神様同士で連絡する手段ってないの? 遠く離れていても話ができるような」
「わたし達だって万能じゃないもん~」
「確かに。できたらあたし達も神様捜しで苦労しないもんね」
万能ではないことはアルマも承知していたが、何か超能力のようなものが一つくらいないものかと期待したのだ。そして、やはりないことを知って力なく笑う。
結局のところ、今まで通り地道に探していくしかないことが改めてわかったティアナは小さなため息をついた。
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