第7章エピローグ

 芋虫の退治が終わって神殿へ戻ったティアナ達は小さな部屋に案内された。部屋の中央に丸テーブルがあり、その周囲にある椅子へ座るようクヌートから勧められる。


「今から食事を用意するから、ちょっと待ってて」


 どんなものかと三人が期待して待っていると、主人に命じられた石人形が大皿を持ってきた。丸テーブルに置かれたその中を見ると、どれも乾物ばかりである。


「ぼく、人間の食べ物のことがよくわからないから、とりあえず食べられそうな物だけを持ってきたよ」


 本人は料理とは関係のない鉱物を司る神であり、神殿も信者が絶えて久しいことから差し出せる食べ物に限りがあるのだ。


 しかし、いくつもの種類をまとめて供されるとたかが乾物と言えなくなる。皿の上に盛られているのは、アーモンド、杏、無花果、胡桃、ナツメ、バナナ、ピーナッツ、マンゴー、レーズンなど果物ばかりだ。


「ありがとうございます。果物自体が珍しいので大したごちそうです」


「それは良かった。本当は野菜や海鮮の乾物もあるんだけど、あれは料理に使うやつだからそのままじゃ食べられないんだよね」


 大皿に山と盛られた乾燥果物を自信なさげに見ていたクヌートが、安心した表情をティアナに見せる。


 いくつかの果物を口に入れたアルマがふとした疑問を投げかけた。


「あれ? でもクヌートは普段ご飯を食べないのよね? だったら、これはどこから持ってきたの?」


「倉庫に置いてあるやつだよ。昔の神殿にはたくさん信者や来訪者がいたからね。備蓄が必要だったんだ」


 話を聞いたアルマがバナナの乾物を持っていた手の動きを止めた。


 賞味期限の概念などなく、腐っても食べられるなら良しという世界での保存という言葉の意味は、かつての日本とは違うことをアルマは知っているからだ。


 質問してきたアルマの様子を見たクヌートが笑いながら返答する。


「大丈夫だよ。倉庫の中は時間を止めてあるから、中のものは保管した当時そのままなんだよ。ぼくだってさすがに食べられない物は出さないって」


「あんた、時間なんて止められるの?」


「ぼくじゃないよ。テンプスにお願いして調整してもらったんだ。あ、テンプスは時間を司る神だよ」


「神様って便利なことができるのね。羨ましいわ」


 謎が解けたアルマは手にした干しバナナを一目見てから口に入れた。


 次いで今の話を聞いていたリンニーがクヌートへと問いかける。


「お酒はないの~?」


「きみ、倉庫にあるやつ全部飲み干す気でしょ」


「そ、そんなことないよ~? ただ、水ばっかりはちょっと飽きたかなって~」


「精霊の庭にいたときはどうしてたの? 確かあそこってお酒なかったよね」


「あそこにいたときは忘れてたけど、旅を始めて飲み始めたら我慢できなくなったの~」


「完全に中毒症状が出てるじゃないか。ここにいる間も忘れているべきだと思うよ」


「そんな~! ちょっとだけ飲ませてよ~」


 情けない声を上げてリンニーが縋るも、クヌートは決して応じようとはしなかった。


 その様子を楽しそうに見ていたティアナだったが、クヌートを見ていて思い出したことを尋ねる。


「ここの御神木の芋虫を退治できたことを、近いうちにエステへ報告するのですよね」


「そうだけど、あ、すぐにでも話した方がいいかな?」


「もちろん早いほうが良いわけですが、今回どのように対処したのかも詳しく伝えてくださいね」


「わかってる。特に土人形を使った対処法は有効だったからね」


「できれば、今回使った剣や槍、帽子や靴を一緒に渡すと喜んでくれるはずです。ビテレ草を使って追いかけるよりも楽でしたからね」


 前回とは同じ手法が使えなくて仕方なく土人形を使ったが、芋虫が飛び跳ねない分だけ楽だとティアナは感じた。それならば、今も芋虫駆除をしているエステにもこの新しい方法を伝えれば助かるはずだと考えたのだ。


 今までティアナ達の問いかけに応じていたクヌートだったが、今度は気になったことをティアナに尋ね返す。


「みんなはこれからどうするの? そういえば旅の目的を聞いてなかったけど」


「突然出会ってそのままでしたものね。一番の目的は私が男になる方法を見つけることです。旅はそのためにしています」


「え、男に? なんでまた?」


「実は、私は前世の記憶がありまして、その意識に大きく引っ張られて女でいることに違和感があるからです」


 話を聞いたクヌートは難しい顔をした。とっさに言葉が出ないらしく、目を閉じたり首をひねったりしている。その末にリンニーへと顔を向けた。


 まるで他人事のように話を聞いていたリンニーは、ピーナッツをおいしそうに食べた後に口を開く。


「な~に~?」


「念のために聞くけど、きみはティアナの願いを知っていて旅に同行してるんだよね?」


「知ってるよ~。エステと一緒に聞いたから~」


「この世界で女として生まれたんだから、そのままで良いと思わない?」


「ん~どっちでもいいかな~。結局、本人がどう思うかだし~」


「まぁそうなんだけど」


「それにね、精霊の庭でティアナの仲間の願いをひとつ叶えてるから、ティアナのも叶えてあげたいなって思ってるの~」


「どういうこと?」


 尋ねられたリンニーは、異世界から迷い込んできた少年を元の世界に戻して上げたことを話した。その際に、どちらかひとつと提案してティアナが少年を優先したこともだ。


 話を聞いたクヌートは更に難しい顔となる。


 その様子を見てリンニーが首をかしげた。


「どうしたの~?」


「あ、いや、色々考えてたんだ。ところで、少年の願いを実現するために、きみ、エステ、クストスの神二人に竜一体が協力したんだよね?」


「とっても大変だったよ~」


「そりゃそうだろう。よくきみ達だけで異界に帰せたものだね」


「お城の下にある遺跡でティアナとアルマが見つけた水晶を使ったからだよ~」


「昔の人間が作ったの? そんなの知らないなぁ」


 眉をひそめながらクヌートが首をかしげた。


「あーでも、案外トゥーディが作ったのかもしれないね。あいつ、人間に交じって研究するのが好きだったし」


「そうだね~! 懐かしいな~」


 神が二人して昔に思いを馳せていると、話が見えないアルマが尋ねた。


「トゥーディって誰なの?」


「あのね~、研究を司る神なんだよ~。何にでも興味を持つの~」


「そうだ。どうせなら旅のついでにトゥーディを探してみたらどうかな?」


 何かを思いついたらしいクヌートがティアナに話しかけた。


「あいつ、珍しいことだとすぐに興味を持つから、ティアナの話を聞いたら協力してくれるかもしれないよ」


「もしそうなら是非お願いしたいですが、こちらから見返りとなるようなものをお渡しできるでしょうか?」


「そんなのは気にしなくてもいいよ。自分が面白いと思ったことだったら勝手に首を突っ込んでくるから。逆に興味がなかったら絶対何もしてくれないけど」


 何かを思い出したのかクヌートの顔が渋くなる。


 しかし、手がかりすら見つけられなかったティアナにしてみると、非常に有力な情報を教えてもらえた。次に何をすれば良いのかはっきりとわかっているのは安心できる。


 期待に満ちた顔をしてティアナが問いかける。


「それならば、当面はトゥーディを探してみます。どの当たりにいらっしゃるかご存じですか?」


「うーん、それがね、どこにいるかさっぱりなんだ。そもそも落ち着いて一ヵ所にいないからね、トゥーディは」


「この大陸にいるかどうかもですか?」


「うん、悪いけど、本当に一から自分で調べてもらうしかない」


 まるで砂漠で砂粒をひとつ見つけるような話だとティアナは思った。非常に希望のある話だが、こだわりすぎると他の機会を見失ってしまいそうだ。


 微妙な表情をしたティアナを見て、自分が無茶なことを言っていることに気付いたクヌートが謝る。


「無闇に希望を持たせすぎちゃったね。探すのは大変だろうけど、ぼくも力になれることがあったら協力するよ。道具を作るときの材料くらいだったらいつでも言って」


「ありがとうございます。何かあれば、頼りにさせてもらいますね」


「ここにも好きなだけいたらいいよ。欲しいものもあったら言ってね」


「はい」


 新たに協力してもらえる神を得てティアナは喜んだ。


 話がまとまったと見るとリンニーが声を上げる。


「ねぇ、お酒ちょっとだけわけてよ~」


「さっき我慢するように言ったばかりじゃないか」


「だって、欲しいものがあったら言ってって言ったじゃないのよ~」


「それはティアナの願いを叶えるためのことだよ。きみがいくらお酒を飲んでもティアナは男にならないでしょ」


「うう~いじわる~」


 涙目になったリンニーは干し果物を次々と口に入れては食べていく。アルマが慰めるがあまり効果はない。


 その様子を面白そうにティアナは見ていた。

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