芋虫退治再び

 一夜明け、すべての準備が整ったティアナ達の目の前にはその成果があった。


 御神木の枝葉と森の境、ちょうど円形に地面へ日差しが入るところには、ティアナの頭くらいまである土塁が円を描くように連なっている。その内側は土塁作りのために掘り返された溝が延々と続いていた。


 また、土塁の周囲には、陣笠のような帽子をかぶり靴を履いた石人形が剣、槍、盾を持って立っている。大きい方が百体、その四分の一の大きさである小さい方が五百体だ。更に、雑用係としてリンニーとテッラが生み出した土人形百体程度もいる。


 その様子を眺めていたアルマがぽつりとつぶやいた。


「まるで御神木を包囲しているみたいね」


「実際包囲していますけどね。私なんかは、立てこもった犯人を追い詰めた官憲を連想しました」


「あたしもそれを言いたかったのよ」


 くすりと笑ったティアナにアルマが少し口を尖らせて言い返した。


 そんな二人にクヌートが話しかける。


「これで準備はできたけど、いつ始めるの?」


「もう待つ必要もないので始めましょうか。アルマ、お願い」


「アクア、あの御神木の頂上まで登れる水の階段を作ってちょうだい」


 アルマの脇に漂っていた半透明の水玉が、真正面の地面を起点に一筋の川のような水流を発生させる。それは伸びるに従って御神木の枝葉に沿うように螺旋を描き、最後は頂上付近の枝に乗り込めるように延びた。次いで水流の上部が階段状に変化する。


「幅は人一人が上れる分だけで手すりなしってのが恐ろしいけど、できたわよ」


「上るのは私達ではないので良しとしましょう。クヌート」


「わかった。まずは大きい方が十体、小さい方が五十体だったね」


 主人の合図を受けた石人形の一部が水の階段を上っていく。階段に多少足が沈み込むのが見ていてはらはらとするが、当人達は淡々と頂上を目指していった。


 いきなりすべての石人形を御神木に向かわせないのは、実際に駆除を始めて何が起きるのか確認したいのと、頂上部の枝葉の範囲が狭いので数は必要ないからである。


 ちなみに、当初はウェントスの風の魔法で頂上まで運ぶ予定だったが、一体ずつしか運べず効率が悪かったので取りやめになった。


 次第に頂上へと近づいていく石人形を眺めながら、ティアナはウェントスを石人形に付き添わせた。イグニスに憑依してもらって再び内部の様子を見るためだ。


「さて、まずはどうなるか見てみましょう」


「ティアナ、地面に石人形を送るね。大きい方が二十体で小さい方が百体」


「わかりました。それが活躍するまでまだ時間はあるでしょうけど」


 予定ではまだ少し早いとティアナは思ったが、一刻も早く芋虫を退治したがっているクヌートが前のめりにぎみに石人形を枝葉の下へと送り込む。


 御神木の頂上近辺へ着いた石人形はそのまま水の階段をたどって枝に乗り込んだ。内部での駆除経験があるティアナからすると足を滑らさないか不安になるが、意外にどれも危なげがない。


 不思議に思ったティアナがクヌートに問いかけた。


「枝に乗った石人形が足を滑らせる可能性はありますか? まるで地面を歩いているように進んでいますけど」


「今回の石人形は平衡感覚を強化してるんだ。ティアナ達が来る前に対峙しようとして失敗した話をしたでしょ? あのときに気付いたんだ」


「なるほど、でしたら落ちる心配はないわけですね」


 心配事がひとつ減ったティアナは安心した。


 二人が会話している間にも状況は進んでいく。頂上近辺には大きい芋虫がいないため、大きい石人形は幹を伝って下りていった。逆に小さい芋虫はあちこちにいるので、小さい人形がそれらを剣や槍を使う機会が多い。


 石人形伝いに枝葉の状況を把握しているクヌートが笑顔になる。


「思った通り倒せるね! これなら時間はかかっても退治できそう!」


「とりあえず芋虫に対して有効な手段みたいですので良かったです」


「何か気になることでもあるかな?」


「そうですね。石人形が枝の先端に行く程たわみが大きくなることでしょうか」


「石人形が鉄製の武具を持ってるからね。小さくてもやっぱり重いと思うよ」


「枝が折れてしまいませんか?」


「うーん、普通の木よりはずっと丈夫だって聞いているけど、どこまで耐えられるかはわからないなぁ」


 植物を司る女神がこの場にいれば即答してもらえただろうが、今はこの場にいない。どうするべきかティアナは考えた。


「小さい石人形の更に半分程度の土人形をリンニーとテッラに作ってもらいましょう」


「大きさを小さくして体重を軽くするんだね。でも、武器や防具がないよ?」


「それはクヌートに作っていただこうかと」


「あーうん、そうなるよね」


「小さい芋虫の相手は、この極小の土人形でも相手にできそうですから、小さい石人形の武器や道具をすべて取り上げて再利用してはどうですか?」


「確かにできるけど、いきなり忙しくなったなぁ」


 ぼやいているクヌートを尻目にティアナはリンニーへと声をかけた。


「リンニー、テッラと一緒にやってほしいことがあります」


「な~に~?」


「御神木の枝に石人形がたくさん乗ると負担が大きいので、小さい土人形を作って軽くします。しかもなるべくたくさん作ってください」


「たくさんってどれくらい~?」


「そうですね。七百体くらいでしょうか」


 小首をかしげてティアナが脳内で計算した。待機している小さい石人形の武具や道具を再利用するとなると、そのくらいになる。


 想像以上だったらしいリンニーが呆然とつぶやいた。


「な、ななひゃくって~?」


「今ある土人形を元に作り直せませんか? あちらにある小さい石人形の半分くらいの大きさなのですが」


「あの半分ね~。それなら、今ある一体から八体くらいできるから、どうにかなるかな~?」


「それにテッラもいますから、あなたひとりで作業する必要はないでしょう?」


「簡単に言うけど、これって結構面倒なんだよ~」


 途方に暮れていたリンニーが不満を漏らすが、それでも必要なことだと理解しているので指示通りに極小の土人形を作り始めた。


 こうして実際に得た経験を元に計画を修正しつつ、ティアナ達は芋虫退治を続けていく。


 御神木の枝葉に巣くう芋虫は、大きな石人形八十体と小さい石人形五十体、そして極小の土人形七百体によって徐々に数を減らしていった。


 現在進行形で武具や道具を作り直していたクヌートも、次第に状況が改善されていくのを知って笑みを浮かべる。


「ぼく一人だったときは手も足も出なかったのに、こんなにあっさりと芋虫を退治できるようになるなんて驚いたな」


「普通は魔法がまったく効かないなんて思わないですものね」


「効きにくいっていうのなら経験はあるんだけどな。それにしても、魔力を付与しないものがこんなに役立つなんて思わなかったよ」


「しかし、あちらの神殿内では魔力を帯びないものばかりでしたので、その言葉は意外ですね」


「身の回りにあるものは確かに魔力のないものばかりだけど、逆に戦うときは魔法ばっかり使ってたから」


 人間からすると非常に極端に思えるが、魔法をいくらでも使える神だからこその盲点なのだろうとティアナは想像した。


 そうやって会話をしながらも芋虫の駆逐作業は続いていく。


 昼頃には御神木の頂上から三分の二程度までの駆除が終わる。この時点で地面は上から降ってきた芋虫の死骸で地面が見えなくなりつつあった。


 そんな雨のように降ってくる芋虫を気にすることなく、大小の石人形は黙々と生きている芋虫がいないか見回っている。


 その光景を眺めていたアルマが呻いた。


「絵面が結構きついわね。そのうち地面が芋虫の死骸でいっぱいになるんじゃない?」


「予想はしていましたが、見たいとは思わない光景ですね」


 多数の芋虫が蠢いているところを見るのも嫌だが、山積みの死骸を目にするのも嫌というわけである。


 それでも確認しないといけないことがある。ティアナはクヌートへと顔を向けた。


「地面に生きている芋虫は落ちてきましたか?」


「今のところはほぼないね。忙しくなるのはこれからだと思う」


「地面に配置している石人形はあれで足りそうですか?」


「はっきりいってわからない。余ってる小さい石人形に武器や道具を作って送ろうか? ああでも、材料がないから地中から引っ張ってこなきゃいけないのか。面倒だな」


「小さい芋虫でしたら踏んでも殺せますから、まずは帽子と靴を優先してはどうです? 武器については、森の木から槍を作れば大きい芋虫にもなんとか対抗できるかと思います」


「それいいね。それじゃ、槍の材料は集めてきてよ」


 材料集めを頼まれたティアナはアルマへと声をかける。


「アルマ、短い槍にできそうな木を集めてくれますか?」


「焚き火の薪拾いとは違うから、簡単には集まらないわよ。木を切り倒して持ってくるにも斧なんて持ってないし」


「アクアに切ってもらえば良いですよ。切り倒した木はあれを使ってここまで流してくれば簡単でしょうし」


 ティアナが指差した先には、アクアが石人形が御神木へ乗り込むときに使った水の階段があった。御神木への突入組はすべて送り込んだので、今は誰も使っていない。


 それを見たアルマが納得する。


「水で作った魔法の斧で木を倒して、後は流木みたいに流すのね」


「とりあえず、一本倒してくれないかな。それでどれくらい作れるのか確認したいんだ」


 背を向けようとしたアルマにクヌートがひとつ注文を付けた。そして、それを聞いたアルマが何かを思い出してティアナに問いかける。


「そうだ、あの水の階段はもういらないわよね? 誰も使ってないし」


「そうですね。アクアの負担にもなりますから、解除してください」


 二人の話を聞いていたアクアが震えると、水の階段は御神木の頂上から消えていく。


 アクアが魔法を解除したことを見届けたアルマはすぐに森へと入っていった。


 芋虫の駆除も後半になるとやることは限られてくる。既に御神木の枝葉の九割で駆除が終わった。


 ここまで来ると枝の上にいてもやることがない石人形や土人形が目立ち始めた。そういった人形達は地面に下ろして落ちた芋虫を退治させる。


 そうしてついに、夕方に御神木へと巣くっていた芋虫をすべて退治した。最後の一匹を土人形が踏み潰すと、全員がため息をつく。


「やっと終わった~」


「以前みたいに動き回らなかったのは楽ですけど、やはりきついものはきついです」


 その場に座り込んだリンニーの声にティアナが呼応する。


 隣までやって来たアルマがティアナに声をかける。


「結局、芋虫は飛ばなかったわね」


「そもそも食べるのに夢中でほとんど逃げませんでしたし」


「ねぇ、この芋虫の死骸、どうするの~?」


 問われるまで気付かなかったことを指摘されてティアナとアルマが顔を見合わせた。恐らくは地面に埋めるしかないのだろうが、何しろ量がすごい。


 首をひねりながらティアナは口を開く。


「そのまま埋めようにも溢れてしまいそうですし、燃やすのが一番でしょうけどその場所がありませんものね」


「ぼくがやっておくよ。地面に埋めるのならぼくの方がずっと得意だしね」


 悩んでいると脇からクヌートが声をかけてきた。後処理はすべて引き受けてくれるとの申し出にティアナ達は喜ぶ。


「ありがとうございます」


「元々手伝ってもらっただけだしね。それくらいは自分一人でやるよ」


「ということは、芋虫の駆除はこれでお終いですね」


「うん。ありがとう本当に助かったよ!」


 いくらか疲れた表情のクヌートだったが、それでも本当に嬉しそうな笑顔をティアナ達に向けた。

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