芋虫退治の準備

 御神木に湧いた魔法が効かない芋虫に手を焼いていたクヌートは、思わぬ助っ人に大喜びした。完全にお手上げだったからだ。


 ティアナ達を御神木のある場所へ案内するため、クヌートは部屋につながっている通路に向かって歩き始める。


 先程はやたらと長い通路を走っていたティアナ達だったが、今回はあまり時間はかからなかった。通路の先に天井まで届く扉が現れる。


 立ち止まったクヌートの背後から一体の石人形が現れると扉を開けた。


「さぁ、入って。これから御神木のところへ行くよ」


 勧められるままにティアナ達が入った部屋は全体が白い殺風景な場所だった。横幅が縦幅の倍程あり、正面の横に長い壁には五つの扉がある。扉の高さは床から天井の三分の一程度であり、横幅は人一人が通れるくらいだ。


 この部屋に入ったリンニーが声を上げる。


「あ、転移の扉を使うんだね~」


「そうだよ。御神木のところにはたまに行くから、ここを使った方が便利なんだ」


 この部屋と扉がどういうものかを知っているリンニーとクヌートが言葉を交わしていると、アルマが問いかけた。


「転移の扉ってなんなの?」


「あのね、遠い場所に一瞬で行ける扉のことだよ~」


「便利ね。どこにでも行けるのかしら?」


「扉ひとつにつき一ヵ所だけだよ。向こう側にも扉を設置しないといけないしね」


「ということは、五ヵ所の違う場所に行けるわけね」


「そういうことだよ。スパディに作ってもらったんだ」


「スパディ?」


「空間を司る神だよ。リンニーとも知り合いだから、詳しくはあっちに聞いて」


 言い終わったクヌートが部屋の右へ向かって歩いて行く。右端の扉の前に着くと石人形が開けた扉の向こうへと足を進める。


 警戒することなくリンニーが続いて扉を潜ると、ティアナとアルマもそれに倣った。


 扉の向こうの部屋も同じ石造りのようだが前の部屋と違って空気が湿っている。


 部屋は小さく十人も入ったらいっぱいになるような小部屋だ。正面の壁には同じ作りの扉がある。


 背後の扉が閉まると同時に今度は正面の扉が開いた。自動で開いたのかとティアナが思っていたら、向こう側から石人形が開けたようだ。


 部屋から出てからクヌートの案内で結構な時間をかけて歩くと森を抜けた。しかし、すぐまた向こうから延々と日陰の場所が続いている。


 立ち止まったクヌートが振り向いて語りかけてきた。


「あそこの陰から先が御神木だよ。精霊の庭と同じはずだから、わかると思うけど」


「うわ、久しぶり~!」


 最初に反応したのはリンニーだった。嬉しそうに駆けて御神木の日陰部分へと向かう。


 その間にティアナは周囲を眺めてみた。森の切れ目はきれいに御神木の枝葉に沿っている。緩やかな曲線を描いていることから幹を中心とした円状の姿を想像できた。


 そろそろ日没が近くなってきているのか、当たりが急速に暗くなってゆく。


 本格的な調査は明日から始めるとしてこの日は野宿することになった。


 持参している乾物を温めるために枝葉を集めて火を熾し、それを四人で囲む。


「私の干し肉食べますか?」


「いや、ぼくはいいよ。それより、御神木の状況を説明しないといけないとね」


 ティアナの申し出を断ったクヌートは、のんきに干し肉を囓るリンニーをちらりと見てから話し始める。


「一ヵ月くらい前に気付いたんだけど、御神木の枝に大小いろんな大きさの芋虫が大量に湧いているのを見つけたんだ。葉っぱだけでなく、枝も囓ってる奴がいて驚いたよ」


「何でも食べるそうですね、あの芋虫」


「そうなんだ。で、管理を任されているからぼくが石人形で退治しようとしたら、触れた先から魔力が霧散してばらばらになっていくんだ」


「精霊の庭と同じですね。羽化した芋虫はいますか? あるいは抜け殻を見ました?」


「どちらも見てない。見落としている可能性はあるけど、わからないな」


 途中ティアナの質問に答えながらクヌートは話を続ける。


「でも、一体どこからやって来たのかさっぱりわからないんだ。去年まであんなの湧いたことなかったのに、どうして今年の春は現れたのかな。精霊の庭だと原因はわかった?」


「いいえ。結局駆除しただけです」


「こっちはどうかな?」


「まだ何も見ていませんから何とも。ただ、あちらと違ってこちらの御神木は森に囲まれていますね。平野のように背丈の低い草しか生えていない広い場所はありますか?」


「こっちはないね。見渡す限り森だよ。広い場所がないと退治できないの?」


「大量に使った虫除けの草が生えているのは原野だったので。あちらと同じ対策が使えないのでしたら、また新しい方法を考える必要があります」


 いささか失望したクヌートの表情を見たティアナはアルマへと顔を向ける。


「アルマ、この辺りにビテレ草はあると思いますか?」


「多分ないんじゃないかしらねぇ。あれ、日当たりの良いところに群生してるから」


「そうですか。念のため、この森の近辺を探してもらえます?」


「いいけど、この森に詳しい人と一緒じゃないと、あたし迷子になるかもしれないわよ?」


 初めての森の中はさすがに不安だとアルマが訴える。すると、クヌートが提案してきた。


「リンニーに付き添ってもらったらどうかな? 以前ここに来たことあるでしょ?」


「では、アルマはリンニーと一緒にビテレ草を探してください。私はクヌートと一緒に御神木の中を確認します」


「わかったわ。リンニー、案内お願いね」


「うん、なんとかやってみる~」


 いささか自信のない返事をするリンニーだったが、アルマは気にすることなく温まって柔らかくなった干し肉を囓った。


 明日の方針が決まったことがわかるとクヌートが幾分明るい声で皆に話しかける。


「明日、芋虫を退治できる方法が見つかると良いね」


「そうですね。なるべく早く退治してしまいましょう」


 明るくティアナが答えると、クヌートは嬉しそうにうなずいた。


 一泊した翌日、取り決めたとおりにそれぞれ行動する。


 朝食後にアルマとリンニーが森へと向かった後、ティアナはイグニスを憑依させた。そうして、ウェントスを御神木の枝葉へと向かわせる。


 それを見ていたクヌートが不思議そうに首をかしげた。


「何をしてるの?」


「ウェントスが見る景色を憑依したイグニス経由で私が見るのです」


「そんなこともできるの!? 器用だね!」


「精霊同士の会話の方法を利用しているわけですが、憑依してもらえるからこそですね」


「乗っ取ってるわけでもないし、乗っ取られてるわけでもないんだよね。不思議だなぁ。同化しているっていうのが一番適切なのかな?」


 理由はティアナもわからないので答えることはできない。できるからやっているというのが本当のところだ。


 ともかく、今は御神木の中がどうなっているかを確認するのが先である。


 意識をウェントスへと向けると既に枝葉の中に入っていたようで、ティアナは周囲の様子を視覚的に捉えることができた。


 中は精霊の庭のときと同じく、大小数多くの芋虫が枝葉を一心不乱に食んでいる。かつて見た光景だ。


「この様子ですと、御神木全体にいるのでしょうね」


「こんなにたくさんの芋虫、どうやって退治するの?」


 問われたティアナは考え込んだ。自分達にできる有効な手段を使って対策を練り上げないといけない。重要なのは、直接魔法を使わずに大量の芋虫を退治できることだ。


 しばらく黙っていたティアナがクヌートに問い返す。


「クヌートは石人形を何十体、何百体と出現させられますか?」


「一度には無理だけど、時間をかけてならできるよ」


「それと単純な武器、槍とか剣で構わないのですが、これをたくさん用意できますか?」


「材料はなんでもいいの?」


「硬い物でしたら何でも良いです。ただし、魔法のかかっていない普通の武器です」


「石人形を出すときに一緒に作ってしまおうと思ったけど、これじゃ駄目なんだね。まぁ、別々に作ればできるけど。そうか、石人形に魔力を帯びていない武器を使わせるんだね」


 芋虫に石人形が触れると魔力が霧散して崩れてしまうが、魔法のかかっていない武器は普通に通じる。ならば、その武器を石人形に持たせて退治すれば良いわけだ。


 精霊の庭での経験を活かしてティアナは更に案を述べる。


「あと、石人形用の靴や盾もほしいですね」


「盾はまだわかるけど、靴はどうして?」


「今の御神木は芋虫だらけなので、石人形が枝を歩くときに小さい芋虫を踏んでも平気なようにするためです。というか、小さい芋虫を踏み潰せるようにするためですね」


「それは良い考えだね! 小さな芋虫は踏み潰して、大きな芋虫は剣でやっつけるわけだ」


「それと、石人形は通常の大きさのものと小さいものの二種類を用意してください」


「どうして?」


「細い枝に通常の石人形は重くて乗れないからです。そういう枝には大きな芋虫もいませんから、小さな芋虫を倒せる程度の大きさでないといけません」


「そっか、それは考えていなかったなぁ」


 次々に案を披露してくるティアナにクヌートは感心した。大半が自分でやれることだが、魔法を使うことが当たり前になっていたので思いつかないことばかりだったのだ。


「これで、芋虫を退治できる見通しは立ったわけだよね。ぼく、石人形用の武器や靴を先に作ってくるよ」


 居ても立ってもいられなかったクヌートは話を終えるとすぐに森の中へと去った。


 数時間後、入れ替わりにアルマとリンニーが戻って来たがその表情は冴えない。


「お帰りなさい。その様子ですと駄目だったみたいですね」


「一応あったけど、小さい上に量が全然なかったわ。ビテレ草を使った対策は無理ね」


 期待できないことについては事前に仄めかされていたのでティアナに落胆はない。別の対策の目処がつきつつあるというのも大きい。


 駄目なものは仕方ないとすっぱりと頭を切り替えてたアルマがティアナに問い返す。


「クヌートの姿が見えないけど、どこに行ったの?」


「神殿に戻りました。やらなければいけない作業ができたので」


 問いかけられたティアナはクヌートとの会話をまとめた要点を二人に説明した。


 意外に話が進んでいたことにどちらも目を見開く。


「解決策があっさり見つかるのは良いことなんだからそれでいいでしょ。それより、まだ決まってないことはあるの?」


「御神木の枝で芋虫を退治して死骸をどんどん落としていくときに、生きた芋虫が巻き込まれて地面に落ちると思うのですが、その対策をどうしようかと悩んでます」


 説明を聞いたアルマは唸った。前回は枝葉の下で活動しなかったので盲点だったのだ。


 しかし、それを横で聞いていたリンニーがつぶやく。


「そうなると、石人形は帽子を被らないと危ないね~」


「帽子、なるほど! 大きめの陣笠のような帽子があれば、上から芋虫が落ちてきても何とかなりますね!」


「ティアナ、この世界に陣笠なんてないわよ。案自体は良いけど」


 思わずアルマが突っ込むが、リンニーの案は採用するべきだと賛意を示した。


 新たな道具を使うことを前提にティアナが再び考える。


「帽子を使えるのなら、石人形もかなり安全に行動できますね。後は、地面に落ちてきた芋虫が逃げられないようにして、その都度駆除すればどうにかなるかもしれません」


「地面に落ちる芋虫はいるだろうし、枝の上で動き回っていても頭上には気を付けないといけないものね」


 次第に駆除対策の案がまとまってきたことにティアナ達は喜んだ。


 クヌートが御神木のところへ戻って来たのは翌朝だった。


「神殿での作業はどうでしたか?」


「終わったよ。剣、槍、盾、靴、いずれも鉄製で魔法による補強はなし。いずれも大きい方は百組、小さい方は五百組作った。石人形も同じだけ作ったからもうすぐここに来るよ」


「ありがとうございます。それで、実は鉄製の円錐状の帽子を追加で作ってほしいのです。上から落ちてきた芋虫対策のためです」


「確かにほしいね。どうして気付かなかったんだろ。わかった。また戻ってすぐ作るよ」


「それと、これからリンニーの土人形と精霊達で、御神木と森の境目に土塁を築きます。生きている芋虫が落ちてきたときに逃がさないようにするためです」


「そっち側は任せるよ」


 明確な時間の制約はないとはいえ、芋虫に囓られている御神木の耐久力にも限界がある。なので駆除は早いほうが良い。そのために、思いつくことは皆で並行して作業を行う。


 再びクヌートが去ると、ティアナ達は作業を始めた。


 御神木の周囲に築く土塁はリンニーとテッラの土人形が作成する。リンニーは精霊の庭でも同じ作業をしているので機嫌良く作業を指揮していた。


 ティアナとアルマの二人は、土塁を築くための土を掘り起こす作業を精霊にさせている。今回は掘り起こせる場所が限られているので細心の注意が必要だ。


「ウェントス、今度はそこからあそこまでを真四角に切り取ってください」


 命じられたウェントスは大きな円盤状の刃を出現させると正確に地面を切断した。そして、更に細かい四角形に切り分けていき、それを土人形が運んでいく。


 その様子を見ていたアルマが感心するようにつぶやいた。


「真四角な立方体として切り取って、それをそのまま土塁として積み上げるだけなのね。強度は大丈夫かしら?」


「地上にも芋虫を駆除する石人形をたくさん配置する予定ですから、今回はそんなに強度は重視していません。精霊の庭のときだって、結局必要なかったでしょう?」


「盛大に外へ飛び越えられていたけどね」


「今回は唯一それだけは対処できないので不安ですが、煙で追い詰めていくわけではないので、芋虫はその場から逃げないはずです」


「だといいんだけどねぇ」


 森と御神木の距離が近いため、芋虫が大きく跳躍すると森に逃げ込まれる可能性がある。しかし、使える土の量に限りがあるため、高い土塁を築けないのが今回は苦しい。


 それでも、やれることこなしていくしかない。何か抜けがないか常に考えながら、ティアナ達は作業を進めていった。

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