神殿の主

 円形の石版が上に向かっているのでティアナも自然と上に顔を向けた。すると、石版が天井を越えてから突然明かりが見えたので驚く。


 音もなく動く石版の上でじっとしていたティアナはすぐに光源のある場所へ着いた。


 その場所は先程までいた部屋と同じ造りに見えた。天井、壁、床の色、外に続く通路の位置、室内の明るさまでも差異が見当たらない。


 到着した同一の部屋の中央には、三人の人物が立っている。二人は見覚えがあった。アルマとリンニーだ。


 もう一人の背丈の低い日焼けした背丈の低い少年は初めて見た。しかし、不思議なことにどこか見覚えのある姿だ。


「ああ、来た来た。きみがティアナだね」


「え?」


 自分の名前を知っていることに驚いたティアナだったが、なぜと疑問に思う前に仲間二人が駆け寄ってきた。


「ティアナ、無事だったのね! 来るのが遅かったから心配してたのよ」


「ほんとだよ~! ねぇ、怪我してない~?」


「大丈夫です。テッラとウェントスに大活躍してもらったので平気です」


 褒められた半透明の土人形が手を振り、竜巻が体を揺らした。


 再会を喜んで落ち着いてきたティアナはアルマに話しかける。


「調査隊の他の人はどうなりました?」


「遺跡、じゃなかった、神殿の外に追い返したそうよ」


「追い返した? 殺したのではなく?」


「余程のことがない限りは殺さないよ。どうせ何度試しても結果は同じだしね」


 話に割り込んできた少年がアルマに代わって説明した。どこかで見た容姿だが何者か知らない少年だ。


 直接少年に尋ねても良かったのだが、ティアナは何となくリンニーへと顔を向けた。


「リンニー、こちらの少年は?」


「えっとね、この神殿の主のクヌートだよ~」


「あなたが以前話してくれた鉱物を司る神様?」


「そうだよ~!」


 嬉しそうにリンニーが紹介してくれる。ティアナが改めてクヌートへ顔を向けると、一見普通の少年にしか見えない。白い簡素な衣服がまぶしかった。


 ただ、外見はそうでも中身が神様である以上、接し方を考えないといけない。ティアナの知っている神様二人はこだわらなかったが、クヌートがどうかはまだわからなかった。


 そんなティアナの態度で何かを察したらしいクヌートが先に口を開く。


「別に人が友人に接するような態度で構わないよ。きみとアルマは、リンニーとエステの友人だしね」


「信者の子供と一緒に遊ぶくらいだもんね~」


「それはきみも同じだったろう。まぁ、そんな話はどうでもいいや。それより、きみ達三人と話がしたかったんだ」


「私達とですか?」


 クヌートとは今回が初見で、興味を引くようなことはしていないはずとティアナは今までのことを思い返した。


 不思議そうにしているとクヌートが更に話を続ける。


「ここに嫌な知り合いの信者がやってきたと思ったら、他の知り合いの気配も感じて不思議に思っていたんだ。でも、不思議という点ではきみが一番だったけどね」


「といいますと?」


「きみって、存在自体がずれているみたいなんだよ。在り方が特殊っていうのかな。何かその辺自覚ない?」


 いきなり本質的なことを問われてティアナは驚く。自分の在り方など考えたこともない。


 ただ、もしかしたらと思ってティアナは返答してみる。


「自分の存在については考えたことはありませんが、もしかしたらこの憑依体質ってそのせいなのかもしれませんね」


「憑依体質?」


「はい。私の体へ霊や精霊に憑依してもらって、その能力を使うことができるのです。引き出す能力が大きくなるほど霊や精霊の性格が強く出てしまいますけど、憑依してもらう対象は私が選択できますし、憑依中に強制排除もできます」


「待って何それ、初めて聞くんだけど」


 目を見開いたクヌートにティアナは植物を司る女神と同じように説明した。


 話を聞いて難しい顔をしたクヌートが感想を漏らす。


「ぼくの専門外のことだから詳しくはわからないけど、大した能力だね。欠点や制約がほぼないまま霊や精霊を好きに使えるんだから」


「すごいでしょ~!」


「どうしてリンニーが喜ぶのかわからないけど、確かにすごいよ。これ、仮に神の霊魂を憑依させたらその力を振るえるんでしょ? 無茶苦茶だと思うけど」


 半目のクヌートに見つめられたティアナだったが、自分で望んで得た力ではないのでそんなことを言われても困るだけだった。


「エステにも似たようなことを言われました」


「そりゃ言うよ。まぁきみ自信に悪い影響はないみたいだけど、あんまり大っぴらに言いふらさない方が良いよ」


「そのつもりです。ろくな目に遭ったことがありませんから」


「ああ、もう経験済みなんだね」


 肩の力を抜いたクヌートがため息をついた。そして、気を取り直して再びティアナに話しかけてくる。


「リンニーとアルマから聞いたけど、きみ達はあの嫌な知り合いの信者ヨハンという人間に雇われたんだってね」


「ええ、この大陸に最初にたどり着いた港町で誘われました。信者ですか?」


「先にこっちの質問をさせて。念のためにきみにも確認しておくけど、ヨハンという人物については何も知らないんだよね。その港町で会う前のことは」


「雇われるときに話してもらったこと以外は知りませんが」


 ヨハンの最後を思い出したティアナはそこで言葉を切る。


 最初に余程のことがない限りは殺さないとクヌートは言っていたが、ヨハンは一体何を調査しようとしていたのだろうかとティアナは考える。そもそも何かの信者など初耳だ。


 回答を聞いたクヌートは何度かうなずいた。


「そっか。だったらきみ達は偶然雇われただけなんだね。リンニーがいた時点でおかしいとは思ってたけど、とりあえず疑いは晴れたということにしよう」


「わ~い、やった~!」


「相変わらずのんきだね、きみは。そもそも、あんなに近くにいて何も感じなかったの?」


「うっ、だ、だって~」


「どうせまたお酒ばっかり飲んでたんだろうけど」


「そんなことない~!」


 瞳を潤ませて弁護を求められたティアナとアルマだったが、そっと目を背けた。リンニーの顔に絶望の色が広がる。


「どうして何も言ってくれないのよ~?」


「神様に嘘をついてはいけないと教わったからです」


「良い心がけだね。実に素晴らしい」


「あんたの酒代って結構馬鹿にならないのよ」


「放って置いたらいつまで経っても飲んでるからね、きみは」


「うぅ」


 攻められ続けてしょげかえったリンニーは、すっかりいじけてしまった。


 酒代という言葉でティアナはインゴルフの仲間を思い出す。思い返せば道中酒の話ばかりをしていた。一山当てて良い酒を飲むらしいこともだ。


 そうしてひとつ疑問が湧いたティアナはクヌートに尋ねる。


「私達以外で遺跡に入った人の中には、祭室であなたの物を盗った人達がいますけど、あの財宝はどうなったのですか?」


「ぼくの作品のこと? もちろん返してもらったよ。あげたならともかく、盗るのは論外だからね。その上で、お帰りいただいたのさ」


 返答を聞いてティアナは何かが引っかかった。それが何か少し考えて、先程の戦いを思い出す。


 少し目を見開きながらティアナは口を開いた。


「このひとつ手前の部屋で石人形が私への攻撃をやめたのは、もしかして」


「祭室から出した石人形はきみ達三人を狙っていなかったよ。あれはぼくの作品を取り戻すために動かしただけだから」


「え?」


 ティアナはアルマと顔を見合わせた。祭室から散々逃げ回っていたのは無駄なことだったとわかって顔を引きつらせる。


 大きなため息をついてティアナ達は体から力を抜く。死の危険を感じていたのが馬鹿みたいに思えた。


 そんな三人を見て苦笑いをしたクヌートだったが、こちらも思い出したことがあったようでティアナに話しかける。


「そうだ。ヨハンが信者だってことをまだ説明していなかったね。あの調査隊の隊長は闇を司る神テネブーの信者なんだ」


「単に信者というだけなら他の探索者だって色々信仰していると思いますが、この場合はそれ以上だと言いたいわけですね?」


「察しが良いね。その通り。持ち物の中にかなり嫌な感じがする物があったんだ」


「不法侵入をした身で言えた義理ではありませんが、それが殺す理由だったのですか?」


「いや、決め手は何を調べているのかわからない、だね」


「どういうことです?」


「正確には、ここにはテネブーやその信者がほしがるような物はないはずなのに、どうしてわざわざやってきたのかわからないからだよ」


 相手の目的が不明なまま追い返した場合、クヌートは何も対策を講じられないのに相手は一方的に目的を達してしまうかもしれない。それは危険だと考えたわけだ。


 簡単にうなずけるものではなかったが、とりあえずクヌートが何を考えて判断したのかわかったのでティアナはうなずいた。


「そうですか。神様の事情は私達にはわかりませんが、理解できる理由ではあります」


「わかってもらえて嬉しいよ。ところで、実はぼくってエステから御神木の管理を片手間でいいからって頼まれてるんだ」


「鉱物の神様なのにですか?」


「そうなんだよ。まぁ、あっちこっちに植えてるから大変なのはわかるんだけどさ。ともかく、別に手間がかかるわけじゃないからいいかなって引き受けたんだ」


 それはどうなのかと思うティアナとアルマだったが、話の続きを聞くために黙っておく。


「それで、今までは何ともなかったんだけど、今年の春に魔法が効かない芋虫がたくさん湧いちゃって困ってるんだ」


 眉をひそめたクヌートの頼み事を聞いてティアナ達三人は視線を交わした。ちょうど一年前に必死になって駆除していたことを思い出す。


「それでね、ぼくからお願いがあるんだ。この芋虫を取り除く作業、手伝ってくれない?」


 一瞬気が遠くなり方ティアナだったが、すぐに体に力を入れて踏みとどまる。まさか再びそんな話が持ちかけられるとは思わなかったのだ。


 どう返答しようかティアナが迷っていると、リンニーが無邪気に声を上げた。


「うわ~、精霊の庭でも同じ事があったよ~」


「そうなの? それで、駆除ってできた?」


「できたよ~! ティアナ達が手伝ってくれたから~」


「きみ達あれ退治できるの!?」


 意外な事実を聞いたクヌートが目を見開いた。そして、良いことを聞いたとばかりにティアナへと迫る。


「ならこっちの芋虫も退治してよ! あれ本当にどうにもならなくて困ってるんだ!」


「エステに他の御神木の場所は教えないって言われたのですが」


「大丈夫だって! 芋虫を退治するためだって言ったら、エステだって絶対文句は言わないよ! 第一、きみ達は精霊の庭にも入ったんでしょ? だったら大した問題じゃないって」


 余程困っているらしく、クヌートは熱心に頼んでくる。以前のリンニー達もそうだったが、頼みの魔法が効かないのでお手上げなのだろうとティアナは推測した。


 一度経験したことなので引き受けても良いと思ったティアナだったが、答える前にアルマへと顔を向ける。


「あっちは退治したのに、こっちはしないって言えないんじゃないの?」


「そうだよね!」


 アルマの問いかけにティアナが答えるよりも早く、クヌートが嬉しそうに返事をした。


 今度は先程から笑顔で様子を見ているリンニーに声をかける。


「あなたはずっと楽しそうですね」


「だって、前みたいにティアナがほとんどやってくれるんでしょ~?」


「また飛んできた芋虫に追いかけ回される役をやってもらうことになるでしょうけどね」


 過去を思い出したリンニーの笑顔が凍り付いた。


 そこへにっこりと笑ったティアナが追い打ちをかける。


「一緒に芋虫を退治しましょうね~」


「わ、わたしは役に立たないから、ここで待っていようかな~なんて~」


「まぁ、リンニーはご友人を手伝って差し上げないのですか?」


「そんな言い方しないでよ~」


 形勢が不利になってきたリンニーが涙目で訴えるが、ティアナは笑顔で受け流すだけだ。


 二人のやり取りを見ていたクヌートは嬉しそうに話しかけてくる。


「芋虫退治は引き受けてくれるっていうことで良いんだよね?」


「アルマもリンニーも反対していませんし、引き受けましょう」


「やった! ありがとう!」


 芋虫退治の経験者を仲間に迎えられたクヌートが上機嫌で笑った。


 やはり根本的な対策が必要ではと思いつつも、ティアナは去年どのように駆除したのか思い出す。今回も同じ方法で退治できることを願うばかりだった。

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